第8話 アルテミスの道
第8話 アルテミスの道
「アルテミスと共に歩む事。それは、人としての時間を失うことになるわ。」
シンシアは神妙な面持ちで語りだした。
「その理由を説明する前に、二人にはこの世界の事とアルテミスの使命についてもう少しだけ詳しく知る必要があるわね。まずは世界についてだけれど――、」
まず一つ目とばかりに、シンシアは人差し指を一本立てて見せ、この世界についての説明を始める。
この世界は、各々に歴史と発展を遂げた五つの小さな世界から成っているとシンシアは述べた。
通常、その小世界が辿る歴史は一つだけである。
しかし、ここは他世界とは異なり、歴史のある一点から三つに分岐し、各々に歴史を歩んでいる世界なのだ。
その特質上、世界はお互いに引き寄せ合い、一つの結末に向かって束ねられる運命にある。
その現象を世界統合現象――、終末――、その終末にちなんでラグナロクと称されるようになった。
「やがて世界はラグナロクを迎え、世界は一つに統合される。その統合現象で多くの命が犠牲になることは間違いないわ。その時に救えるだけ多くの命を救い、この世界を維持する役割をアルテミスは担うことになるの。」
シンシアはそう言い切ると、次の話に移行するまでに少し間を取った。
質問が出るだろうと予想していたのだと思うが、俺達は静かに次の話を待つ。
それを察して、彼女は二本目の指を立てて二つ目の話しを語りだした。
「次にアルテミスについて――、以前妖魔を超える存在だと説明したのは覚えているかしら?」
復習とばかりに、シンシアは質問をし、俺達は同時に頷いて肯定を示す。
それを確認し、彼女は安心した面持ちで説明を続けた。
まず、妖魔を超える存在と表現したのには二つの理由があった。
一つは、適性する属性数の違いを分かりやすくし、種族の違いを知る必要があった為。
もう一つは、俺の存在――、女神と協力し、世界を災厄から守る存在の秘匿性に関わるからと言うものである。
「記憶を無くしている状態の貴方を試したことは謝るわ。でも、今から話す内容は世界の存亡に関わるもの。それだけ慎重なことなのだと理解して欲しかったの。」
彼女はそう言うと、秘匿とされている部分の内容を話し始めた。
女神と契約し、不老の身となって災厄から世界を守る者を聖者と呼ぶ。
聖者は女神の助力を得ることで特殊な力を発揮することができ、精霊術とは違う固有の能力を発揮することができるそうだ。
ただし、女神の助力の効果は、女神の特性により変化する。
各々の小世界に女神が存在し、その存在毎に特性が違うのだ。
ちなみに、俺の固有能力――、全属性への適性も彼女の力によるものだろうと思っていたが、彼女の場合、直接的な力や能力の付与はできないらしく、俺が全属性への適性を有している事とは関係がないらしい。
この力は、約200年前に起こった災厄を阻止するために、四大精霊と契約したことで得た力ではないかとの見解であった。
そして、この四大精霊との契約により、俺は不老の力を得ることとなったと彼女は言う。
つまり、俺とシンシアは未だ未契約なのだそうだ。
「つまり、俺は聖者のようで聖者ではないと言う事なのか……。」
彼女の話を整理し、そう解釈する。
「そうね……。聖者として契約する予定ではあったのだけれど、先に私の眷属達と契約したことで、自ら聖者の域に達してしまったみたいね。一応、聖者の候補者を神凪と呼ぶのだけれど……、女神の助力の一部を得ることで候補者となるから、これもまた微妙に当てはまらないのよね。」
俺の解釈に対し、シンシアは少し考えながら言葉を返した。
「つまり、俺は人でも聖者でも神凪でもなく、神凪に近しい存在になるのか。」
「そう言う事になるわね。」
結論が出たわけではないが、俺は神凪と聖者の狭間にいるのだと理解する。
それを知ったことで、俺は聞きたいことができた。
「聖者候補であり、行く行くは聖者として世界を救うのは分かった。ただ聖者になった場合、今まで……、といっても記憶がないんだけど……、記憶が戻っても、今までのように暮らすことが出来なくなるって事でいいのかな?」
記憶が戻ったときの事を考え、俺は少し不安を抱いているのであろう。
その思いから湧いて出た疑問であった。
その問いに、シンシアは首を左右に振って答える。
「この世界に見舞う避けようのない災厄は、対抗しなくては世界が終末を迎えてしまう。生存を選ぶなら、必然と貴方は災厄に対抗しなくてはいけなくなるわ。それでも……、例え定められた役割を果たしながらでも、貴方は貴方の望むままにこの世界を生きればいいの。無理に聖者になる必要はないわ。選択肢の一つとしてその可能性もあるということよ。」
その言葉に、俺は突っかかりが外れるような――、重い責務から解放されるような感覚を得、重圧から解放されたように安堵した。
それを察知してか、シンシアはソアへと視線を移し、再度選択を提示する。
「ソア・ヴァルキュリス。アルテミスと共に歩むということは、この先幾度なく見舞う災厄に立ち向かう彼に協力し、世界救済を担うことになるの。その為には、アルテミスの眷属として誓約を立て、更なる力を得る必要があるわ。その力の代償として、人が持つ時の流れから離脱する。更に、誓約を立てた彼と運命を共にすること、つまり聖者が消滅すれば眷属も消滅する事になるのだけれど……、それでも貴方はアルテミスと共に歩みたいと思うかしら?」
人が持つ時の流れからの離脱――、つまりは不老の身となり世界が終焉を迎えるまで生き続けるということだ。
シンシアが述べた『人として生きることを失う』とはまさにこの事だろう。
そして、彼女がソアに告げた覚悟とは、俺と誓約を交わし、人としてではなく眷属として生きること――、運命を共にするという覚悟だ。
一度決めれば後戻りはできない。
この選択は時間をかけて熟考すべきだ。
「そんなの、答えは最初から決まっているわ。」
しかし、ソアは躊躇も無く、ましてや少しの迷いすら感じさせない程の早さで即答する。
シンシアの予想通り――、いや寧ろ期待していた通りに、彼女は迷い無く答えた。
「共に歩むことを選択する。その上で協力が必要なら当然、惜しまず協力するわ。」
その言葉には、はっきりとした強い意志が感じられる。
シンシアにもその意志は伝わっているはずだ。
ソアがそこまでの意志を示してくれた以上、俺も覚悟を決めなくてはいけない。
そう決意を固めようとしていた矢先のことである。
「あ、でも、眷属にはならないわよ。」
「「ええええぇぇぇぇ!?」」
肩透かしを食らい、俺とシンシアの驚嘆が響いた――。




