第7話 ウィンディーネの行方
第7話 ウィンディーネの行方
水龍の消滅により再び静寂を取り戻した部屋で、俺は再度ディヴァインコアに歩み寄る。
「ちょっと、また触れようとしているのかしら?次同じのが出てきたらあなた一人で対処して貰うわよ。」
歩みを進める俺に対し、水龍が召喚された時を思い起こしたソアが注意を促した。
難無く倒せたとはいえ、水浸しになるのはもう御免ということなのだろう、その声色は不機嫌そうな色合いを醸し出している。
どうやら信用されてないようだ。
「大丈夫、もう触れたりしないさ。」
俺も面倒な戦闘は避けたい。
「ただ、ウィンディーネという大精霊はどこにいるんだろうと思ってな。そろそろ姿を見せてくれると有難いんだが……。」
俺はそう言いつつ、ディヴァインコアの周辺を捜索する。
ディヴァインコアの周囲を歩きながら観察するも、特に変わったところは無い。
一周回って、今度はその位置から四方を見渡すが、四方の内三方は同じ石の壁があるだけだ。
唯一違うのは、この部屋へと入ってきた方の壁には扉があるくらいだが――。
「なぁ、シンシア。この部屋にウィンディーネはいるのか?」
何度周囲を見渡しても、何度ディヴァインコアを観察しても見当たらない。
そこで、入ってきた扉の前にいるシンシアに質問することにした。
「そ、そうね、だんだんと気配は近づいて来ているわ。」
「近づいているということは、この部屋には今はいないと言うことになるのかしら?」
シンシアの歯切れの悪い回答に、濡れた服の端を絞りながらソアが訊ねる。
どうやら濡れた状態が気持ち悪いらしい。
彼女はそのまま上の服を脱ぐ素振りを見せる。
「もう少し時間がかかりそうなら、待っている間に着替えようと思うのだけれど。」
そう言いつつも、既に言い終わったときには上着を脱いでおり、華奢な肩や、そこから伸びる白く細い腕、シルクのキャミソール越しに、控えめだが女性であることを象徴する膨らみが露わとなっていた。
「ダメに決まっているでしょ!目の前にアルテミスが居るのに、よく堂々と裸になれるわね。だいたい――、」
当然、シンシアからのお怒りを受けるが、ソアは気にせず――、否、あからさまな挑発をするように、今度はスカートを下ろしだす。
「――って!何で下も脱いでいるのよ!!」
「濡れた状態が不快だからよ。何か問題でも?」
下着姿となったソアにシンシアが突っ込みを入れるも、ソアはムキになるシンシアを更に煽っていた。
「問題大有りよ!あなたには女としての恥じらいというものが無いのかしら!?」
「ちゃんと恥じらいは有るわよ。でも、将来を誓い合った相手になら、見られても構わないわ。」
ソアは言い切ると同時に、視線を飛ばしてくる。
勿論この仕草も、そのあと返ってくるであろうシンシアの返答を予想して――、というより、誘導するものだ。
「いつアルテミスがあなたのものになったのよ!!そしてさりげなく視線を送らないように!アルテミスもジロジロ見てはいけませんっ!!」
どうやらバレていたらしい。
妖魔世界最強を冠するだけあり、狂暴な一面も持ち合わせてはいるが、どう見ても美少女である。
その美少女が下着姿になっているのを、みすみす見逃すわけがない。
ただ、ガン見していたのがバレてしまい、少し恥ずかしい気持ちと申し訳なさに苛まれ、視線を外してしまった。
その様子に満足したのか、ソアはクスッと笑みを零すと――、
『宝庫の鍵』
と、白銀の魔法陣を目の前に展開し、その中に手を入れる。
別の空間からだろう、光の中から何かを取り出そうとしていると予想は出来た。
そして、ソアはガサゴソとその中を探り、見つけたとばかりに手を引き抜く。
引き抜かれたその手には、新しい衣服が握られていた。
「今のは一体……。」
ふと言葉が零れる。
「宝庫の鍵という、持ち物を収納する精霊術よ。空間属性にはこういう使い方もあるの。」
彼女は俺の言葉を拾ってそう回答すると、今度は濡れていた衣服を魔法陣の中へと収納した。
「空間属性は神域の属性と言われているから、強力な攻撃術として扱われやすいけど、私達の世界では争いなんて殆ど起こらない。その為、攻撃以外の活用方法が多く模索されているのよ。」
説明を続けながら、ソアはまた【宝庫の鍵】から手探りで何かを探す。
「さっき防御に使った漆黒の翼も、装備みたいに扱うことができるの。この宝庫の鍵や漆黒の翼のように、装備やアイテムに近い精霊術のことを、私達の世界ではアクセサリーと呼んでいるわ。」
またしても、見つけたとばかりに引き抜かれた手には、純白の布が――、もとい下着が握られていた。
「さて、今から下着も穿き替えるのだけれど……。」
「あっ、悪い!」
そうソアが言ったところで、俺はその意図に気付き後ろを向く。
「フフフッ。ありがとう。」
ソアの笑い声と謝辞が背中越しに聞こえた後、静寂となった空間に衣服の擦れる音だけが僅かに響くのであった――。
布の擦れる音が聞こえなくなり、俺はシンシアやソアの方へ体を向ける。
シンシアは先ほどと変わらず、表情一つ変えないままこちらを見つめていた。
不思議――、と言うか、少し異常さを感じる程にである。
対して着替え終わったソアは、白いブラウスと黒のハーフスカートの姿になっており、銀髪に真紅の瞳を持つ彼女に、とてもよく似合っているように思えた。
そうこう考えていると、いつの間にか視線がソアに吸い込まれていくことに気付き、同時に心音がドクンッと跳ねる。
その動揺に気付かれないよう、俺は無理矢理に言葉を切り出した。
「あ、あれから結構時間も経っているんだが、いったいいつになればウィンディーネは現れるんだ?」
そう問われたシンシアは、依然として入り口の前から動こうとせず、質問にだけ答える。
「そうね、すぐそこまで来てることは確かよ。」
「それは元々この部屋にはいないことと、あなたがそこから動かない事にも関係あるのかしら?」
そう答えたシンシアに対し、ソアはすぐに疑問をぶつけた。
もっともな疑問だと俺も思う。
そして、その問いを受けたシンシアの表情が、一瞬――、ほんの僅かに曇らせるのを、俺は勿論、ソアも見逃さなかった。
「やっぱり何かあるのね。」
「シンシア、説明してくれ。大精霊に会うように言ったのは君のはずだ。」
俺達の質問攻めを受け、シンシアは溜息を一つ吐く。
諦めにも、開き直りにも捉えることのできるような、うなだれた溜息だった。
彼女なりに気持ちを整理し、渋々なのだと思われるが、全てを話す気になったのだろう。
「本当ならここを出た後に協力者を探し出して、その後に説明をする予定だったのだけれど――、どうやらその協力者にあなたが相応しいみたいね。」
言い切ると同時に、シンシアは視線をソアに向けた。
「ソア・ヴァルキュリス、あなたを協力者として認めた上で、忠告と、これから先の事、これらに対して覚悟を決めてもらうわ。」
シンシアの言葉が強くなり、場の緊張感グッと増す。
そして、シンシアはゆっくりと語りだした――。
▽設定の一部▽
【属性と色の関係表】
<四大属性> 水 (青) 風 (緑) 地 (茶色) 火 (赤)
<複合属性> 凍 (水色) 光 (白) 闇 (紫) 雷 (黄色)
<進化属性> 流 (藍色) 気 (深緑) 鋼 (黒) 絶 (紅蓮)
<神域属性> ??(??) 空間(白銀) ? (??) ??(??)




