第20話縮まる隙間と余計な言葉。
山野さんが物理的に近い。
例えるなら、友達【異性】として距離感を保っていたのだが、今日は友達【同性】位な距離だ。
暇つぶしにノートパソコンで映画を二人で見ているのだが、俺と山野さんは大体30センチの隙間を空けて座っていた。
しかし、たまたまだろうが今日は20センチくらいの隙間しかない。
別に密着しているわけでもないというのに、いつもより近くにある横顔にどきりとしてしまう。
「間宮君?」
「な、何ですか?」
「なんか、ボーっとしてたから」
「え、映画に集中していただけです」
「それなら良いんだけど……。それにしても、扇風機のおかげか部屋の温度が大分変わったよね」
山野さんの言う通り、扇風機を設置したことにより部屋の温度はだいぶ変わったのだ。
設定温度を1度高くしても、以前と同じくらいの快適さを保ってくれている。
広い部屋でもないし、風が体に吹き付けてくれていると言うのも涼しさを感じる要因だろう。
風を浴びるためにも、以前に増して夏らしい半袖や半ズボンと言った感じで過ごすようになった。
今だって、横を向けば山野さんの綺麗な腕が丸見えで、ちょっとしたを向けば血色の良い太ももがある。
「ですね。後、やっぱり風って偉大だなと思いました」
「半袖、短パンなこの状態で風を浴びると本当に涼しいって感じるよね。でも、風を浴びることを考えると間宮君から譲り受けたジャージを着る機会が減って残念かも……」
「そんなに気に入ってくれたんですか?」
「何気にダボッとした感じが楽でお気に入り。ま、そのダボッと感じで痛い目を見たこともあるけど……」
どこか遠い目をして呟く。
痛い目とはもちろん……あの事だ。
ちょっと思い返していると、山野さんからとある質問を受けてしまう。
「実際どうだった?」
「……」
思考停止した。
え、あ、えっと、どうだった? って何がだ?
いや、分かってるけどさ。どうだったって聞かれても良い答えが見つからない
「ごめんね。困るような質問して。セクハラとか言わないから、率直な感想を言って良いよ?」
聞かないという選択肢はない様子。
当たり障りのない発言を少しばかり時間を使ってから口にした。
「答えにくいんですけど、その……、女の子ってああいうのを穿くんだなと思いました」
薬でも毒でもないような言葉を選ぶ。
そんな返答が気に食わなかったのか、山野さんは追撃を仕掛けてきた。
「興奮した?」
どう答えれば良いんだと心はたじたじ。
「それを聞いてどうしたいんですか?」
「興味本位かな」
とは言われても、答えづらい。
何せ、下手なことを言おうものなら『間宮君。私の事をエッチな目で見てたんだね……。私は気の合う友達だと思ってたけど、間宮君は違うんだ。体目的な人とは一緒に居たくないよ』と思われる。
待てよ……これは試されているのでは?
最近は肌の露出も増えた。
今一度、俺が襲うような奴かどうかを見極めるために試している可能性が……あるかもしれない。
いいや、考えすぎだな。
さすがに今更になってそんな風に思われてたら普通に泣く。
でも、用心するには越した事はない。
「普段は見えないものですからね。知らない誰かのパンツだろうと見ればさすがに少しは興奮します」
「誰のでも少し興奮するんだ……。うん、そっか。ごめんね、変なことを聞いて」
落ち着きのある声だ。声にはどこか切なさも感じさせるような気もする。
しかしながら、たかが声だ。実際問題、どんな風に思われているかなんて完全に把握できるものではない。
「ま、誰にだって興味本位で聞きたくなることだってありますって」
「そうだよね。じゃあ、間宮君も私に今まで聞けなかったようなことを聞いても良いよ? なんでも答えるから」
「何でも答えてくれると言われても、デリカシーの問題がありますし」
「む。それは、私がデリカシーがないって遠回しに言いたのかな?」
冗談で怒った顔を作りながら、指先をくねくねと動かしながら俺の体に触れて来た。
要するにくすぐられている。
こちょこちょと俺のわき腹をくすぐって来ているのだ。
「ちょ、や、やまのさん。や、め、て」
くすぐったくて声が出しづらい。
別にさほどくすぐるのがうまくなかろうとも、他人から触れられるだけでこそばゆさを感じるのは俺だけではないはずだ。
くすぐりが効果抜群だと分かるや否や。
一層と手を動かし、くすぐって来られる。
「あはは。やめ、やめ、やめ……」
少しの間、くすぐられるのであった。
理不尽と思われがちだが女の子からくすぐられるだけで心は弾んで仕方がない。
「ふぅ……。成し遂げた」
俺で楽しんだ山野さんは満足そう。
ムカつきはしていないが、ちょっとやり返したい。
なんだかんだで、俺が触れてもセクハラだなんて言わない事くらい分かっている。
という訳で、同じようにわき腹に手を伸ばしてくすぐった。
「あははは」
部屋に山野さんの声が響く。
山野さんはくすぐりから逃げようと動き出す。
わき腹へ伸ばした手は逃げられて、虚空を裂いてくれれば良かった。
残念なことに俺の手は虚空を裂いてくれはしない。
わき腹から逸れた手が捉えてしまったものは短パン。
デニムで固い生地なら俺の指がちょっと変な方向に曲がるだけで済んだはずだ。
しかし、俺の指が引っかかったのは柔らかい伸縮性のある運動の時に着るのにふさわしい生地で出来た短パン。
指が引っかかったまま、山野さんは逃げようと大きく動く。
結果。ちょっと脱げた。
短パンからちょっぴりピンク色でレースのついた下着が露わになる。
「間宮君! やりすぎだよ!? まあ、私からくすぐったのが行けないんだけどさあ……」
怒るにも怒れない。
先に手を出したのは山野さん。
そんな彼女は自分の短パンがずり落ちてピンクで可愛いというかエロいというに相応しい下着が露わになっているのに気が付かない。
「あの、山野さん。短パンがちょっと脱げかけてますけど」
「ん? あっ……うん」
ちょっとどころか結構脱げている短パンを見てやってしまったという顔。
そそくさと短パンを上げて下着を隠す。
「すみません。調子に乗りすぎました」
「ううん。最初に手を上げたのは私だし気にしてないよ。でもね、間宮君。ちょっと、傷ついたかも……」
「何がですか? もしかして、肌を引っ掻いちゃいましたか?」
「ううん。違う。間宮君が女の子の下着を見ても反応が薄い! さすがに私の事を女の子として意識しなさすぎてショックかな……。一応、私も女の子だし」
反応はしていないと思いきや、くすぐる事でいっぱいだった頭から見えたピンク色な下着に頭が切り替わる。
同年代の可愛い女の子が穿いているパンツが見えるなんて、男子高校生にとってはたまらないシチュエーション。
気がつけば、短パンから少しはみ出ていた下着の事で頭が一杯だ。
「全部見えているよりもちょっと見えている方が有難みがありました。と言うか、安心してください。山野さんはきちんと女の子だと思ってます。だから、恥ずかしい思いをさせまいとすぐに脱げてると伝えたわけですし……」
さすがに女の子と思われてないと言うのは傷つく。
なにせ、お前はがさつで下品な男友達と同じようなものだと一括りにされているようなもの。
それはそれは女の子にとっては複雑な気持ちであり、しっかりと女の子として見ていることを伝える。
「じゃ、じゃあ、私で興奮しちゃうの?」
手はもじもじとしていて、声は震えていた。
女の子として見て無さ過ぎると怒られかけているので、答えは一つ。
「興奮しますって。山野さんみたいな可愛い女の子で興奮しないのは世間一般的にあり得ません」
「そっか。世間一般的にかあ……興奮はする……。でも、世間一般的にかあ……」
ぼそぼそと何やら引っかかりを覚えている様子。
俺の答えのどこに不満があったのだろうか? まあ、何度も世間一般的にと呟いているので、世間一般的にという点なのは何となくわかる。
しかし、なぜ引っかかりを覚えるのかまでは分からない。
「どうしたんですか? 何か、引っかかりを覚えてるみたいですけど」
「え、あ、なんにもないから安心して。興奮するって分かっただけで今日は十分。さすがに女の子として見られてなかったらショックで寝込むとこだったし。それよりも、何だかんだで映画が大分進んじゃったね。戻して見直そ?」
パソコンをいじり再生していた映画の再生時間を戻す。
映画見るべく、俺と山野さんは二人して肩を並べた。
「間宮君。今まで遠慮してたから言わなかったけど、パソコンの画面をしっかりと見たいから、もうちょっとそっちにずれて良い?」
「良いですけど」
「ありがと」
俺の許可を得ると山野さんは俺との隙間を詰めてくるのであった。
理由が画面をしっかりと見たいじゃ無くて、俺に近づきたいからだったら良いのにな……。
そう思いながら、俺は映画へと意識を向け始めた。




