第15話浴衣姿と屋台。
今度の日曜日にお祭りに行くことになった。
この文だけなら、なんてことはない。
ただ、この文に一言、山野さんとが付け足されるだけで意味は大きく変わる。
「この機会は逃したくない」
関係の変化を望む俺にとって、この機会は逃せるわけが無い。
という訳で、山野さんと行くことになったお祭りに関して下調べを始めた。
まず、一緒に行くことになったお祭りの規模だ。
駅周辺で開催されるお祭りで、毎年たくさんの人が訪れる大きなもの。
屋台は数多く出されており、何でもあり。
……そんなお祭りはただただ練り歩くだけできっと楽しい気分になれるはずだ。
「下調べしたところで別に何かが変わるわけが無いか……」
ただ単純にお祭りが行われている付近に詳しくなっただけで、何もいい案は思い浮かばないのであった。
それから、3日後。
普通にお祭りに行く日が訪れる。
お隣さんである山野さんとは待ち合わせる必要もない。と言うか、日中は俺の部屋に居るのですでに待ち合わせている状態だ。
「さてと、そろそろ準備をしてくるね」
準備と言って、俺の部屋から一度消えた。
そして、20分が経つと来客を知らせる音が鳴る。
部屋には入る頻度が頻度なので、勝手に入って来ても良いと伝えてはいるものの、相変わらずチャイムを鳴らす山野さんを迎えるべく玄関へと向かう。
「準備は大丈夫で、」
息が止まった。
だって、目の前には薄い水色の生地に花模様をあしらった浴衣姿な山野さんが居たのだから。
「私が浴衣を着てくると思わなかった? まあ、実を言うと、この日のために友達とみんなで浴衣を買ったんだよ……。なのに、お祭りに行くのは中止。節約して無理して買ったのが無駄になるところだったからね。で、どうかな?」
くるりと一回りして浴衣姿を見せてくれた
「……凄く良いです」
それ以外、掛ける言葉が見つからない程に似合っていた。
「いや~、無駄にならなくて良かったよ。ま、お財布がさらに寂しくさせた甲斐があったね」
「浴衣を着ようと言って、みんなと一緒に買ったというのにお祭りに行くのは中止とか萎えますよね」
「でしょ? いや~、間宮君が一緒にお祭りに来てくれるおかげで無駄にならずに済んだよ。ありがとね」
微笑みかけられながら言われる。
普段とは違う装いのせいで、可愛さは倍増。
その威力にやられそうになりながらも、そろそろ時間が時間なのでお祭りへと向かい始めた。
電車に乗ると、周囲にはそこそこな浴衣姿の女性。
それほどまでにデカいお祭りだという事である。
「間宮君。ズバリ、今日のお予算は1500円だよ。それ以上は今後のお出掛けを考えると厳しいかも」
「別にそれだけあれば十分じゃないですか?」
「絶対にそれ以上に使いそうだから、間宮君に言っただけ。今後の事を考えなければ使えるお金はあるんだよ……」
つまりは使いすぎそうになったら止めてくれという事か。
確かに夏は始まったばかり、出費はこれからかさむ一方だ。
「了解です。使い過ぎないように見張ります」
そんな感じで話していると、あっという間にお祭り会場へとたどり着く。
駅周辺とアクセスが非常に良く、人だかりは物凄い事になっていた。
「こんなに規模の大きいお祭りに来るのは初めてかも知れません」
「私は去年も来たよ。で、去年から、来年はみんなで浴衣を着来ようね~と約束して浴衣を買ったし」
浴衣を購入したというのに無駄になりかけたのでご立腹。
まあ、そこまで相手へは根に持っていないで、なんとなく口走っているだけなはずだ。
「さてと、行きますか」
「そうだね」
浴衣姿な山野さんと一緒にお祭りを楽しむべく、歩き出す。
大きな規模であり、見たこともない珍しい屋台がちょくちょく見受けられる。
「間宮君。ホタテのバター焼きが食べたい」
と言われ、購入。
このままだと1500円の予算なんてあっという間になくなりそうだ。
美味しそうに屋台で買ったものを食べる山野さんを見て、俺はもっと色々と食べさせてあげたいと思ってしまう。
しかしながら、一方的に奢るのは断られるはずに違いない。
いい案は無いかと思っていると、練り歩いているカップルが教えてくれた。
「山野さん。じゃがバターを買って来て良いですか?」
「うん、良いよ」
さすがに短時間で予算を使いきるつもりは無いらしく、買わない様子。
そして、じゃがバターを購入した後、山野さんの元へと戻る。
少し、道からそれて、じゃがバターを食す。
ほくほくとしたじゃがいもとバターの濃厚な味の相性は抜群だ。
ある程度、食べ進めて俺は先ほどカップルが教えてくれた良い案を試す。
「なんか、これだけでお腹いっぱいになりそうです。よ、良ければ食べますか?」
そう、良い案とは一方的に奢るのではない。
シェアすることで、奢られた感を軽減させ気兼ねなく山野さんに色々と食べさせることができるのでは? という事だ。
「良いの? じゃあ、お言葉に甘えちゃおっかな」
こうして、山野さんと一緒に一つのじゃがバターを味わった。
ゆっくりと歩きながら、あれ美味しそうだねと話したり、他愛のない話題で盛り上がったりする。
「あ、リンゴ飴買ってくるね」
ちょっと小走りで屋台に並びリンゴ飴を購入し齧る。
大きいのを買ったこともあり、頑張って齧りつくも悪戦苦闘している。
「あたた、顎が外れそうだよ……」
「予算もありますし、小さい方にした方が良かったんじゃないですか?」
と言うとやっとの思いで一口齧る。
ぼりぼりと飴とリンゴを口で味わうと、山野さんは手に持ったリンゴ飴を俺の口元へと運んできた。
「ううん。この大きいので良いんだよ。はい、どうぞ」
口に当てられるリンゴ飴。
一応、山野さんが残した歯形が無い部分だが、それでも意識してしまう。
とでも思ったか?
残念な事に、普通に鍋とかで食事を共にしているし、何のためらいもなく反射的に差し出されたリンゴ飴を齧ってしまう。
「さすが、間宮君。私と違って一口でガブリだね」
「いえ、めっちゃ顎痛いです……。それに、歯茎に飴が刺さりました……」
思った以上に口を開いて齧ったため、普通に顎が痛い。
さらにはリンゴに纏わりつく飴が刺さった。
「あはは、リンゴ飴って本当に食べずらいよね」
「でも、惹かれる魅力があるんですよね……。正直に言うと、あんまり美味しくないのに」
「あんまり美味しくないとか言わないの。失礼だよ?」
ちょっぴり怒られたので素直に謝る。
「すみません。リンゴ飴はおいしいです」
「それで良し。さてと、次は……と言いたい所なんだけど予算がもう尽き掛けてるんだよね……」
そう言えば、下調べした時に自治会が主導している屋台がここら辺にあった気がするぞ。
「ちょっとあっちに行きませんか?」
「うん、良いよ」
と言って、自治会がやっている屋台へ。
すると、俺の思った通りだ。
「さすが自治会がやってる屋台ですね。他のお店より安い」
そう、自治会がやっている屋台は利益をそこまで求めない。
他の屋台にもあまり目を付けられることは無く、安い値段で地域の人たちに振る舞っているのだ。
ま、焼きそばとかたこ焼きとか、本当に簡単な奴しかないけど。
「ほんとだ。じゃあ、焼きそばを買ってくる」
と言って列に並び始めたので、俺はその横で売っていたお好み焼きを買う。
二人して買い終わると、買って来たものを頬張り始める。
「やっぱ、お祭りと言えば焼きそばだよね」
「ですね」
もぐもぐとある程度食べ進めていると、山野さんの手がこっちに伸びて来た。
「一口、頂戴?」
「あ、はい」
手に持つお好み焼きを渡す。
それと同時に俺の手には焼きそばがやって来た。
「間宮君もどうぞ」
「どうも」
山野さんが使った箸が添えられたまま、俺もお好み焼きが入っている容器に箸を添えたまま渡している。
つまり、箸ごと交換する必要も無いのに交換したという訳だ。
これが漫画やらアニメだったら、間接キスだとか恥じらうかも知れない。
「焼きそばですね」
「うん、お好み焼きだね」
現実は間接キスで恥じらうとかそんなのは無くて、ありふれた味の感想を言いあうだけだ。
……なんか現実に負けた気がするので、ちょっとしたことを口走る。
「そう言えば、間接キスですね」
「ま、私と間宮君の仲だし気にしないよ?」
しかし、残念なことに恥ずかしがられるなんてことは無かった……。
恥ずかしがる姿が見たかったのにと心で悔やんでいると。
「間宮君。ほっぺにソースが付いてるよ?」
チリ紙でほっぺを拭いてくれた。
急にそんなことをしてくれたので、俺は慌てふためいてしまう。
「じ、自分で拭けますから」
「間宮君が私の反応を楽しもうとして間接キスとか先に言うのがいけないんだよ?」
どうやら、『間接キスですね』と言ったのが反応を楽しむためのわざとだと、見透かされていたらしい。
その反撃でほっぺをいきなり拭いて来て、俺をからかって来たのだ。
「でも、何だかんだで得した気分です。ただで、可愛い女の子にほっぺを拭いて貰えるなんてそうそうないですから」
「むっ、可愛い女の子ってからかわないの。そんな悪い子にはこうだよ!」
山野さんに何もついていない頬っぺたをチリ紙でゴシゴシと擦られるのであった……。
幸せな気分に包まれていると、大抵嫌なことが起きる。
「哲君。相変わらず、お熱いね~」
クラスメイトでクラスのまとめ役なみっちゃんが、こっちをニヤニヤと見つめながら、近づいてくるのだ……。