第10話へまをやらかす山野さん
野郎どもに加え、クラスの女子の一部に俺が女の子と一緒に歩いていたという噂が広まった。
人間関係ができ、落ち着きを見せ始めた一年生の夏休み前、浮足立った話題が出れば当然食い物にされる。
「なあ、教えろよ。哲」
幸喜からもしつこく、俺がどんな女の子と歩いていたのかを質問されまくる。
もういっそのこと、話してしまった方が良いかも知れないが、お隣さんという格好の餌食になるようなネタを言えるわけが無い。
俺だけが迷惑を被るのは良いが、山野さんにはダメだ。
「絶対に言わないからな。相手に迷惑が掛かったらどうすんだよ」
「っち、しけた野郎だぜ」
冗談な悪態をつかれた。
とまあ、男子からは質問攻め。
女子からは『あいつ、彼女がいるらしいよ』と噂される。
面倒くさいなあと思いながら、家に帰るべく用意を始めると、スタンバイしている奴が居た。
そう、みっちゃんである。
先日、山野さんを家に泊めた時、コンビニへと出かけた際にも出会った人物だ。
あの時のさりげない挨拶のせいで、俺が近所に住んでいるのが確かに、買い物袋を提げて山野さんと一緒に歩いていたのが俺だと確信したんだろう。
「おい、みっちゃん。俺の後を着けるつもりか?」
「自意識過剰なんじゃない? 別に私がどのタイミングで家に帰ろうとか勝手でしょうに」
「じゃあ、俺は帰る。また、明日な」
「じゃ、私もそろそろ帰ろっと」
適当に撒くか……。
今日は俺がスーパーに買い物に行く日だ。
スーパーまでは遠いし、途中で俺と山野さんの事を探ろうとするのは諦めてくれるだろう。
山野さんに『今から、スーパーに行きます。買うものは何ですか?』と連絡。
すると『今日は大丈夫だよ。何も買わなくて良いから』とすぐに返事が来た。
「ねえねえ、哲君。実際問題、あの横に歩いていた女の人って誰なの?」
「教えないからな。いい加減、しつこいぞ」
「えー、良いじゃん。別にさ。というか、どこに向かってるの?」
「スーパー」
「そう言えば、あの時も買い物袋を提げてたじゃん。以外に家庭的~」
煽られてるんだか褒められてるんだか。
そして、普通に付いて来ている。そんなに浮足立った話が好きなのだろうか? と思いながらあしらい続けた。
「まさか、スーパーまでついて来るなんて思いもしなかったぞ?」
「ん? まあ、ほら私って家庭的な女の子だからお夕食のお買い物もあるし別にスーパーだったら後をつけても良いかな~なんてね」
「へー」
適当に返事をしながら、スーパーの中に入った。
入ると同時に、とある人物が居るのを目撃してしまう。
「こっちとこっちどっちが良いと思う?」
そう、山野さんだ。
一人ではなく、もう一人女の人が横に居て、その人にどっちの野菜が良いのかを聞いている。
なるほど、今日は自分でこういう風に買い物に来ているから、何も買ってこなくて良いよと言われたわけか。
「あの~、お聞きしますが、間宮哲郎君とはどのようなご関係なんですか~?」
!?
気が付けば、みっちゃんは山野さんに話しかけていた。
さすがクラスのムードメーカー、行動力が段違いだ。
「えっと。間宮君との関係?」
俺の話題が出たせいか、近くに俺が居るのかもしれないと見渡す山野さん。
目があい、二人して苦笑いを浮かべる。
「はい、この前、間宮 哲郎君と一緒に歩いてましたよね? ちょっと、気になりまして。というか、うちの高校の人だったんですね」
ぐいぐい攻めていく。
それと同時に山野さんと一緒に居た女の人がみっちゃんに同調し始める。
「みっちゃん。この子は教えてくれないわよ」
「というか、お姉ちゃんも知りあいが男連れて歩いてるとか、この前私と歩いてた時にほざいてたけど、まさか私のクラスメイトの横を歩いている人を見ていたとは思わなかったよ」
ん? もしかして山野さんと歩いていたもう一人の女の人ってみっちゃんの姉なのか?
「ええ、私もよ。という訳で、教えて頂戴? あの子との関係をね?」
みっちゃんの姉? はにやにやとしながら山野さんへ詰め寄る。
そんな山野さんはと言うと、
「ただの知り合い。たまたま、ご縁があって一緒に買い物して帰り道を一緒に歩いてただけ。別に深い関係じゃ無いからねけい先輩とえーっと、その妹のみっちゃんだっけ? 本当に何もないよ」
「はい、みっちゃんです。姉がいつもお世話になっております」
「ううん。けい先輩には私の方がお世話になってるよ」
山野さんと横に居た女の人は先輩、後輩、関係らしい。
けい先輩? の制服をよく見れば、3年生用の校章が付いている。
客観的に場を眺めている俺だが、当然黙って居られるわけが無かった。
「哲君。なんで、そこでボケっとしてるの? こっちおいでよ」
山野さん、みっちゃん、みっちゃんの姉であるけい先輩? の元へ。
たどり着くと、山野さんがこう言った。
「なんか、面倒くさい人に二人で歩いてる所を見られちゃったね」
「ですね……」
みっちゃん姉妹が俺達の関係を嬉々として探りに来ているという災難に見舞われてしまう。
俺達がお隣さんという事を知られて、変な風に勘違いされても困る。
別に勘違いされても良いが、山野さんは困るはず。
という訳で、お隣さんと言うのはうまい具合に隠し通すしかない。
「えっと、みっちゃんのクラスメイトよね? 私はけい。けい先輩とでも呼んで頂戴。私は生徒会長でやまのんは役員。で、君とやまのんはどういう関係なの?」
みっちゃんの姉であり、生徒会長なけい先輩が、子供のように純粋な眼差しで、どういう関係かと聞いて来た。
けい先輩から山野さんはやまのんと呼ばれてるんだな。
ちょっと意外である。
「山野さんとはただの知り合いですよ。偶然、仲良くなったんです」
「気になる関係ね。どういうきっかけで知り合ったのかを教えて貰えない?」
ぐいぐい来る当たりがみっちゃんとそっくりである。
まさしく、姉妹としか言いようがない。
「俺が落とし物をしたのを拾ってくれたんです。それで、知り合いになったって言う感じですかね」
「間宮君の言う通り、そんな感じで知り合いなったわけ。別にやましい事なんて無いからね。けい先輩とその妹であるみっちゃん」
適当な嘘に山野さんが乗ってくれた。
俺と同様に変に勘繰られるのが嫌だという事だ。
「そうなのね。さてと、買い物を続けましょうか」
スーパーの中でおしゃべりするのは似合わない。
買い物をしながら、ちょっとした会話を繰り広げていく。
どうやら、今日は自炊を始めた山野さんが家庭的なけい先輩にどういう風にスーパーで買い物をしたら良いのかというアドバイスを貰うべく、二人で来ていたとの事だ。
なんだかんだで、俺もけい先輩から野菜、肉、魚、の選び方というアドバイスを受けながら買い物をした。
レジを終えて店内から出る。
ここからが問題だ。
お隣さんと気が付かれないように振る舞うにはどうすべきか頭を悩ませる。
俺なんかとお隣さんと知られれば困るのは山野さんだし。
「ちなみに哲郎君はどこら辺に住んでるのか、良ければ教えて貰える?」
哲郎君と呼んできたのは、けい先輩。フレンドリーにして来る当たり、みっちゃんそっくりである。
早速、痛いところを突く質問だな……。
「駅から結構離れた場所ですよ」
隠すのも怪しまれるので、曖昧な感じで答える。
にっこりとけい先輩はそうなのねと納得した顔つきで疑わない。
それから、色々と会話をしながら歩いていると、
「じゃあ、私とお姉ちゃんはこっちだから」
みっちゃんとけい先輩は俺達の帰り道から外れた道へ。お隣だとバレるには至らなかったようで一安心だ。
少しだけ歩いたのち、心労の所為か、つい、ため息が出てしまう。
「ふぅ……」
「はあ……」
二つのため息。
一つは俺でもう一つは山野さんだ。
「すみません。うちのクラスメイトがうざくて。一応、迷惑が掛かるかもと思いまして、お隣さんである事は隠しています」
「ごめんね。うちの、けい先輩が色々と勘ぐって。ほら、私とお隣さんとバレて迷惑が掛かるとあれだから私も隠し通したよ」
大体、同じ考えで動いていたとの事。
俺のためにお隣さんと言うのを隠そうという配慮が地味に嬉しい。
「絶対にあの二人は俺達がお隣さんと言うの知れば、色々と茶々を入れてきますよね」
「だよね。変に疑われて噂を立てられるのも嫌だし、外ではお隣さんと言うのは隠そっか。それで良いかな?」
「はい。そうしましょうか」
互いに迷惑が掛かるのを恐れ、外ではお隣さんと言うのを隠すことになった俺と山野さんであった。
共通の秘密が出来て嬉しいと思うのは俺だけではないはずだ。
とか、思っていると、カーブミラーに二つの影を見つけてしまう。
俺は小さな声で山野さんに話しかける。
「あの二人。俺達の事を怪しんでるのか後を着けて来てますね。カーブミラーを見てください」
「あ、ほんとだ。一緒のアパートに入るところを見られたら、格好のネタ。二人は舞い上がって変に茶々を入れて来るだろうし、上手く撒かないとね。でも、お肉を買っちゃったから二人を撒くために遠回りなんてしたらこの季節だし、腐るかも……」
「あー、確かに。一応、氷は貰ったんですけどね」
着けてくるけい先輩とみっちゃん姉妹をどのように撒くか話し合った結果。
ちょっと荷物を持ってもらい俺は隠れる二人に逃げられないように、勢いよく近づいた。
「二人とも着いて来ないでくださいよ。どんだけ、俺達の事が気になるんですか?」
そう、撒くことが出来ないのなら、相手を撒かせるしかない。
「お姉ちゃんがちゃんと隠れないからバレたじゃん」
「みっちゃんの尾行が甘いからよ」
俺にバレた責任を互いに押し付け合う姉妹。
「というか、俺と山野さんをどうしてそんなに付け回すんですか?」
「面白そうだからだよ。クラスメイトと女の子が一緒に歩いてたら気になるじゃん。ね、お姉ちゃん?」
「そうよ。後輩と男の子が歩いてたら気になっちゃうじゃ無いの。いくら、何でもない普通の関係だと言われてもね」
色恋沙汰が大好きらしい。
まあ、俺も友達が女の子と歩いていたら、今みたいに突き詰めたい気持ちを抱くので分からなくもないが。
「だからって、尾行しないでください。分かりましたか?」
「えー、嫌なんだけど。ね、お姉ちゃん」
「嫌よね。みっちゃん。まあ、でも今日は潮時ね。仕方が無いから、帰りましょうか」
「そうだね。じゃあ、また明日。バイバイ。哲君」
尾行してくる二人を帰らせることに成功するのであった。
何だかんだで、あの二人にお隣さんだという事を知られずに済んだ。
荷物を持って貰っている山野さんの元へと戻り、再三と言う。
「すみません。変な噂を立てられないように頑張ります」
「だね。変に噂を立てられたら溜まったもんじゃないし。という訳で、諦めて無さそうな二人の影が見えた。でも、このままだとお肉が腐る。という訳で逃げよ?」
買い物袋を持っていない空いていた片方の手を握られる。
そして、二人を撒くべく、山野さんに引っ張られながら全力で逃げた。
全力で走り、うまい具合に二人を撒いた俺と山野さん。
「ふぅ。何とか、逃げ切れたね。いやー、あの二人には困ったもんだよ」
額にちょっとした汗が流れている。
息が多少上がるも、逃げ切る事に成功したせいか、苦しそうではなく、清々しい感じだ。
「そうですね。俺達がお隣さんだと知れば、絶対に色々と茶々を入れて来るに決まってます」
「本当に困るよね。間宮君に迷惑かけないようにするからね」
ちょっと胸を張って、迷惑は掛けまいと息巻く。
……俺的には迷惑を掛けられても嬉しいが、それ以上に迷惑を掛けないようにという心意気が嬉しくて堪らない。
「ありがとうございます。でも、その、一つ言わせて貰っても良いですか?」
「あ、ちょっと待って、お肉を冷蔵庫にしまってこないと」
一時中断。
買ってきたお肉や冷蔵庫にしまわなければいけないものを仕舞った。
今日も暑いので、冷房代を節約するべく、一緒に過ごすことになっていることもあり、着替えてから俺の部屋へと訪れてきた山野さん。
「お邪魔するね。で、一つ言わせて貰いたいことって?」
「勢いで山野さんと手を繋いで逃げてきましたけど。あれって、勘違いを加速させませんか?」
一瞬、固まったのち、山野さんはしまったという顔を浮かべて落ち込む。
「……。馬鹿だ。私は馬鹿だよ……。つい、ノリで手を引っ張ってごめんなさい。勘違いされるのに気が付かないなんてあれだね。うん、本当にごめんなさい」
おっちょこちょいでやらかしてしまった。
自分で迷惑を掛けないようにとか言ったのに、すでにやらかしていてしまったなという顔を浮かべていると思うと頬が緩む。
「いいえ、気にしてません。山野さんに手を引っ張られて、追っ手から逃げるスパイ見たいで楽しかったです」
「本当はどう思ってる?」
「おっちょこちょいで可愛いなと思いました」
「っく。何たる不覚だよ。というか、本当にごめんね。勘違いされないように~とか言ってたのに手なんか握って走るなんて本当に馬鹿じゃん」
俺が思っている以上に責任を感じているのかもしれない。
ここはしっかりとフォローしておく必要があるな。
「確かにちょっと馬鹿かも知れません。でも、おっちょこちょいで可愛いらしいですって」
「ぐぬぬぬ。本当に穴があったら入りたい気分だよ。というか、年上の人に可愛い、可愛い、って言わないで。もっと、恥ずかしくなるから……」
「そう言うところも可愛いですね」
「ぐはあ……。もう、私のHPはゼロだよ……」
ぐでっと力を抜いてその場でへたる姿がひたすらに可愛い。
さすがに、もう一度可愛いと言ったら怒られそうなので言わないでおこう。