第1話節約の始まり
今現在、俺は一人暮らしをしている。そんな俺はとある悩みを抱えていた。
「もっと遊びたい。けどお金はない」
物足りないのだ。
貧乏では無いのだが、遊ぶ金がちゃんとあると言われるかと言えば、あるけれども、少ないとしか言いようがない。
そこで、遊ぶためのお金をどのように工面しようかと考えた。
収入を増やす、節約をするかの二つの選択肢があるのだが、収入を増やすのは出来そうにない。
通う高校ではアルバイトは禁止。自称進学校なため、変に校則も厳しくバイトをしているのがバレれば停学を容赦なく突きつけられる。
アルバイトの許可が出るのは月の収支が赤字で、生活が困難になっている場合のみだ。俺は遊ぶ金がないだけで赤字ではない。ゆえに、アルバイトの許可は貰えないだろう。
要するに遊ぶ金を作るためには支出を減らすしか無いのだ。
しかし、節約で日々の豊かさを失いたくはない。
例えば、そろそろ冷房が必要になる季節だ。いくら、お金が無いからと言って冷房代をケチって暑い部屋で暮らしたいかと言われれば嫌だとしか言えない。
豊かさを保ちながらも節約したい。遊ぶ金も欲しいが、そのために冷房をケチるかと言われれば答えはNOだ。
実に贅沢な悩みである。
「どうすれば良いんだろうな……」
遊んで来た帰り、郵便物がないかどうかを住んで居るアパートの間宮哲郎と書かれている郵便受けを確認している時だ。
つい、悩みからか愚痴がこぼれてしまった。
「何がどうしたの?」
俺の独り言が聞こえたのか、俺と同様に郵便受けを確認していた隣に住まう山野さんが話しかけて来た。
うちのアパートは部屋に郵便受けが付いておらず、一階に全員用の大きなやつが付いているのだ。
「あ、どうも山野さん。いやー、一人暮らしが世知辛くて……別に生活には困って無いんですけど、遊ぶ金がちょっと物足りないんです」
「私もそんな感じだよ。欲しい服とかがあるのに自称進学校なせいで、変に意識が強くてアルバイトは収支がマイナスじゃないと許可できませんとかほんとふざけんなって感じ」
あんまり話したことが無かったので、知らなかったがお隣さんは俺と同じく高校生らしいな。
今まで、引っ越してきてからずっと格好が大人びているから大学生くらいかと思ってた。
あと、山野さんの制服姿なんて一度もお目にかかった事がないし。
「ですよねー。ほんと高校生の大事な時間を何だと思ってるんだって感じですよ。こっちは遊びたいって言うのに」
「うんうん、分かる。というか、間宮君って高校生だったんだ。大人っぽいから大学生かと思ってた」
「あ、はい。俺も山野さんの事、大学生かと思ってましたよ。と言うか、もしかして何ですが自称進学校と言い張る高校ってここから一番近いあそこですか?」
「え、そうだけど。もしかして、間宮君も?」
どうやら、お隣さんである山野さんは俺と同じ高校に通っているらしい。
今まで気づかなかったのは、普通に学校は広いから出会わないことはあり得る話だ。
「そうです。いやー、まさか同じ高校に通っているなんて思いもしませんでした」
「私もだよ。まさか、間宮君と一緒の高校に通っているなんて思ってなかった。学年は?」
「1年生です」
「私は2年生。間宮君って年下だったんだ。ちょっと意外かも。それにしても、最近は暑くなってきたね。もう、汗びっしょり」
着ている服をつまんでパタパタと服と肌の間に空気を送り込む山野さん。
大人びた彼女がふぅ……と言いながら火照った体を冷やそうとする姿は凄く見ていて飽きない。
「ほんとですよ。でも、冷房はケチりたく無いんですよね……。遊ぶ金が欲しいなら節約すべきなのに」
「分かるよ。その気持ち。私も、節約しないと~って思うのに冷房つける。暑いのが苦手だから、しょうがない」
価値観が似ているのだろう。
変な所で同調して、分かる分かると言いあう俺と山野さん。
そんな俺と山野さんは同じ高校に通っていると知ったこともあり、今までよりもフレンドリーに話せ、気が付けばあっという間に距離感が縮んでいた。
「って、暑いのにお話に付き合わせちゃってすみません」
まだまだ話していたい気もしたが、アパートの郵便受けは日陰だが外は普通に暑いので切り上げるべく話を終わらせようとした。
「ううん。私から話しかけたんだし気にしないよ。ところで、間宮君。今日って、これから冷房つける?」
「あー、付けますね。節約したいのに」
「あはは、私もだよ。あ、そうだ。冷房代を節約するために遊びに行っても良いかな?」
急にお部屋に遊びに行きたいと言われたら困るだろうという顔。
要するに冗談を投げかけて来てくれたのだろう。
俺がもし、えっとーと言い淀むものなら『ごめん、ごめん。冗談』って返されるに違いない。
「良いですよ」
「え、いいの? 冗談で言ったつもりなんだけど」
「やはりそうでしたか。というわけで、俺も冗談です。部屋を片付けてないんで、お邪魔されるのは勘弁してください」
冗談を冗談で返した。
すると、山野さんはちょっぴり悔しそうにこう言う。
「年上をからかうなんて、間宮君は悪い子だね」
「ええ、ちょい悪ってやつです。それじゃあ」
「それじゃあね。って、玄関までは一緒だけど」
アパートの郵便受けからそれぞれの部屋の玄関へ。
そこで、俺と山野さんは別れるのであった。
お隣さんの山野さんが俺と同じ高校に通っている高校生だと知れたし、仲良くなれたのがほんわかと胸を躍らせる。
「山野さんは俺と同じ高校に通っているのか~」
まあ、こんなことを知っても日常に変化は及ばない。
なんだかんだで、平和な一日が今日も過ぎて行く。
次の日の朝、珍しく寝坊してしまった。
原因は一度見始めた映画が面白くて続編まで見てしまったから。
そんな朝寝坊をかました俺は勢いよく玄関を飛び出す。
「いってきます」
誰も居ないのに、いってきますと言い放ち、学校へと急ぐ。
ちょうどその時だった。
「お寝坊さんだね」
同じ高校の制服を纏う山野さんと出会った。
春にこのアパートに越してきて、初めて制服姿を見たな。
たぶん、根本的に生活リズムが違うからこそ、制服を着ている時に出くわさないのだろう。
「山野さんもでは?」
「バレた? 珍しく寝坊しちゃったんだよ。さてと、急がないと」
それから二人して猛烈に走った。
その甲斐もあって息切れしながらも、ぎりぎり遅刻からは逃れる。
一年生と二年生は昇降口が違うので、校門を入ってすぐに別れて行った。
「山野さんって真面目そうなのに寝坊することがあるんだ」
なんてことを思いながら、今日も時間は過ぎて行く。
そして、あっという間に迎えた昼休み。
俺は購買でパンと飲み物を買った。
合計450円。高校生な俺にとってそこそこ痛い出費だ。
遊ぶ金が欲しいし、本格的にお弁当までは行かなくともおにぎりくらい作って持ってこようかなと考えてしまう。
はあ……せめて、バイトが禁止でなければと思いながら一緒にご飯を食べている友達の元へと戻るのだ。
「おいおい、哲。暗い顔してどうしたんだよ」
哲とは間宮哲郎である俺のあだ名だ。
あまりに暗い顔をしていたのだろう。友達である幸喜に心配されてしまったらしい。
「金欠ではないけど、もっと遊ぶ金が欲しくてさ」
「お前って一人暮らしなんだよな。金に困ってんの? だったら、昨日はカラオケに誘って悪かったな」
「いいや、カラオケは楽しかったし全然OKだ。というか、全然お金には困っていないから安心してくれ。お金にまったく余裕がなくて遊べてないわけじゃない。でも、もうちょっと遊ぶ金が欲しいなって思ってるだけ。だから、どうにかならないか色々と考えてたせいで暗い顔を浮かべていたという訳だ。だって、購買で買ってきたこいつらは合計450円なんだぞ?」
「んで、なんかもっと遊ぶためのお金を手にするための方法は思いついたか?」
「お昼ご飯に手作りのおにぎりを持ってこようと思う。これだけで、結構なお金が浮くだろ? 後は水筒で飲み物を持って来る。こうするだけで、遊ぶ金を工面できるかも知れない」
が、しかし。
これには大きな欠点が存在している。
「哲。それって面倒くさくね? 」
幸喜が俺の考えを先読みするかのように言ってきた。
「そこが問題だ。だが手間の分、自由にできるお金が増える。そう考えれば、俺なら成し遂げられるはず」
「んで、いつから始めるんだ?」
「明日から」
という訳で、おにぎりを作るために必要なお米と具は家に無いので手のひらにマジックペンで書いておくことで忘れないようにした。
「っぷ。手のひらにお米と具って……なんだそりゃ。男子高校生の手に書かれてる言葉じゃねえだろ」
友達の幸喜に笑われた。
確かに男子高校生の手にお米と具なんて書かれているわけないもんな。
「確かに手にお米と具とマジックペンで書かれてるとか笑えてくるな。だが、幸喜よ。俺は自由に使えるお金をもう少し増やしたい。きっと、この手に書かれた字が無ければ意志の弱い俺は成し遂げることは難しいし」
「知らねえよ。そんなこと。ま、手に書いとけばよっぽどの事が無い限り忘れないだろうしな。ちゃんと頑張れよ。哲、俺はお前の事を応援してっぞ!」
友達の幸喜に激励を送られ、俺は節約すべく一歩を踏み出すのであった。