表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

慶祝

お姉ちゃん、まさるくんを殺した日のことは覚えていますか?

今日は2018年11月9日ですから、あの日から丁度15年が経ちました。お姉ちゃんは忘れてしまったかもしれませんが、私は覚えています。

あの日は、11月の上旬にしては朝からだいぶ冷え込みました。真冬に近い気温だったのではないでしょうか。それでもその日は日曜日で、小学生にとって休みの日は外へ遊びに行くのが当然でしたから、あの日もいつものようにお姉ちゃんと二人で近所の公園へ出かけようとしました。でもその日は母に呼び止められたのです。まさるくんも連れて行ってあげなさい、と。

まさるくんは一週間前から、私達と一つ屋根の下で共に暮らしていました。母が再婚する予定だったからです。私達の父は、まだ私が幼稚園に通っていたころに亡くなりました。まさるくんのお母さんは、まさるくんを産んですぐに亡くなったそうです。母とまさるくんのお父さんから再婚の意思を伝えられたのは、一緒に暮らし始める直前のことでした。

私は家族が同時に2人も増えたことに戸惑いはしたものの、すぐに慣れることができました。私が以前海で拾った貝殻をまさるくんにあげたときは、目を輝かせて大はしゃぎしてくれました。いつもポケットに入れて持ち歩き、会う人みんなに自慢するので、恥ずかしくなったほどです。弟か妹が以前から欲しいと思っていたおかげもあり、私とまさるくんはすぐに仲良くなれました。でもお姉ちゃんは違ったようです。元々妹の私がいますし、そろそろ思春期に差し掛かっていたことも関係があるかもしれません。お姉ちゃんは当時12歳。私は10歳でした。まさるくんは6歳で、来年から小学校に上がる予定でした。

三人で家を出ましたが、お姉ちゃんはまさるくんを公園へ連れて行くことを嫌がりました。公園では学校の友だちが待っています。こんな小さい子を一緒に連れて行けば、この子は誰なのか、どういう関係なのか、聞かれるに決まっている。お姉ちゃんはそう心配していました。母の再婚相手の子どもだ、とは言いたくなかったのでしょう。でも公園以外で遊びに行く場所は思いつきません。それなら帰ろうと私が言いかけたところで、お姉ちゃんは湖に行こうと言い出しました。私が湖に行けないことを知っていて。

湖へ行くためには、どうしても途中でトンネルを通らなければいけません。私は当時トンネルを通ることが怖くてできませんでした。大人になった今でも避けています。もっと小さいころは何も考えずに通ることができたのですが、トンネルの中でお姉ちゃんにこう言われたときから、駄目になってしまいました。

「いま大きな地震が来たら、ここは崩れちゃうのかな? そうしたら生き埋めになって死んじゃうね。すぐに死ねたらいいけどさ、生きたまま動けなくなったら、辛いよね。真っ暗の中、身体が少しも動かないの。痒いところも掻けないし、虫が顔に寄ってきても払えないの。お腹が空いて、喉が乾いて、すこしずつ、すこしずつ、身体が腐って、死んでいくの」

崩れるはずがないと頭ではわかっているのですが、お姉ちゃんの言葉を思い出すと、身体が動かなくなるのです。

いいよ、あんたは公園に行けば。私はこの子と二人で湖に行くから。姉はまさるくんの小さな手を乱暴に掴みます。姉がいつも、母やまさるくんのお父さんがいないところでまさるくんにひどいことを言っているのを私は知っていました。「あんたのお母さんはあんたを産んだせいで死んだそうだね。人殺し」そう言っているのを聞いてしまったことがあります。姉は自分から再婚は嫌だと母に伝えることをせず、まさるくんから言わせようとしていました。そのためにわざとひどいことを言っていたのだと思います。ですから姉とまさるくんを二人きりにすることは躊躇われました。でも私は姉に逆らうことができません。それにまさるくんも、湖に行ってみたいと嬉しそうにしています。仕方なく私は、まさるくんを姉に任せることにしました。トンネルの手前までついて行き、中を進む二人を見送ったのを覚えています。まさるくんは姉に手を引かれながら、何度も何度も振り向いて私を見ていました。それが、私が見たまさるくんの最期の姿です。

私は公園へ行き、学校の友達と遊んでいました。しばらくすると、姉が一人で公園に現れました。まさるくんの姿は見えません。あの子はもう疲れたみたいだから先に家に帰ったよ。姉はそう説明しました。まさるくんのことが引っ掛かりながらも、夕暮れまでみんなで遊びました。そろそろ帰ろうかというころに、遠くから母が走って来るのが見えました。わざわざ迎えに来ることなんて今までなかったため、母の顔を見たとき私はなんとなく悪い予感がしました。姉はまさるくんを置いてきたのではないか? 姉はそれを私のせいにして、私だけが怒られるのではないか? その予感は、当たらずも遠からずといったところでした。まさるくんが湖に浮かんでいるのが発見されたそうです。

私と姉は何度もあの日のことを聞かれました。母や、まさるくんのお父さんはもちろん、警察の人にも。姉は、まさるくんが一人でどこかへ行ってしまったから自分は何も知らないと繰り返していました。私は何も、言えませんでした。

母とまさるくんのお父さんの再婚の話は、いつのまにかなくなっていました。ですから、今あちらの席には母しかおりません。

まさるくんは湖でゴミと一緒に漂っているところを通りがかった人に発見されたそうです。遺体のポケットからは、何も見つかりませんでした。まさるくんがいつもポケットに持ち歩いていた貝殻は、入っていなかったそうです。ポケットはボタンで留められていたため、中の貝殻が簡単に水に流されることはないはずです。私は姉に何度も尋ねました。湖で何が起こったのか。姉は何も答えようとはしませんでした。どうして私があげた貝殻をまさるくんが持っていなかったのか。そのことを聞いてみると、姉は明らかに動揺しました。その姿を見て、私の脳裏にある光景が浮かびました。姉がまさるくんの貝殻をふざけて湖に投げ、それを拾いにまさるくんが湖へ飛び込むところ。

問い詰めると、姉はその通りだと開き直りました。そして私にこう言うのです。あんたがあげた貝殻のせいで死んだんだ。あんたがいなかったら、あの子は生きてた。あんたも同罪だよ。

その言葉が尾を引き、私はこれまで誰にもまさるくんのことを打ち明けることができずにいました。何度も、誰かに相談しようとはしたのです。でもいつも、姉に止められました。姉は私をこう言って止めたのです。

15年経ったら、話してもいいよ。時効になるから。それまでは黙ってて。

私はその言葉をずっと覚えていました。殺人の時効は2010年に廃止となりましたが、姉は確かに15年経ったら話してもいいと言ったのです。今日でちょうど、あの日から15年を迎えます。まさるくんはあのとき、きっとすごく、怖かったでしょう。苦しかったでしょう。冷たかったでしょう。今日という日に15年目を迎えることに、私はまさるくんの強い意思を感じました。全てを忘れて式の日取りを決めた姉のことを考えても、今日この場で私達の罪を告白することは、決められた運命なのではないかと私は考えました。

少々長くなりましたが、以上を持ちまして私の挨拶とさせていただきたいと思います。皆様、本日はお忙しい中、二人のためにお集まり頂き本当にありがとうございました。お姉ちゃん、結婚おめでとう。お姉ちゃんは、幸せになれるといいね。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 最後に落とすところほんとすき [一言] すき
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ