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・アンドロイドは、所有者が明確でなければならない。
・アンドロイドは、人間に危害を加えてはならない。
以上を踏まえた上で、アンドロイドには準市民権が与えられる。規定に反した場合は、そのアンドロイドは廃棄処分される。
(アンドロイド法より)
アンドロイドの技術の進化はすさまじく、その進化は、人の感情を再現するまでに至った。普通に話す分には見分けることは難しいほどに、人間とアンドロイドは近い存在となった。そんな世界で、人間とアンドロイドは共存している。
いつからか、日本ではアンドロイドにはカタカナで名前を付けるのが通例となっていた。近すぎるアンドロイドとの距離を保とうという、人間のせめてもの抵抗なのかもしれない。
寒さの残る3月。季節のわりに薄着な高校生くらいの女の子が、一つの事務所に入っていった。中に入り自分のデスクに向かうと、すでに隣の席には誰かが座っていた。荷物を置きながら、彼女は話しかけた。
「おはようございます、ナツキ先輩。今日、駅前でまたデモやってました。あれの横、通り過ぎる時って、いつも緊張しちゃうんですよね、私」
「ああ、失業者達のヘイトデモのこと。アンドロイドだってばれたら、リンチものだからね。私たちは抵抗できないし」
「私、そんなに新型じゃないんで、耐久性ないです」
「いや、車にはねられない限りあなたも大丈夫でしょ。まぁ、でも人間は食べないと生きていけないから。私たちと違って。そう思うと何だか申し訳ないわね」
「私たちにだってメンテナンス費用は必要です! 長生きするために!」
「確かにそうね。特に、ここじゃ自分で稼がなきゃならないし」
「そうですよ。せっかく拾ってくださった社長にこれ以上迷惑かけられません」
アンドロイドは人間の生活に溶け込み、見ただけではその区別がつかない。同じように笑い、同じように泣き、人と感情を共有してきた。それでも、人間とアンドロイドの間には確かな違いが存在する。
アンドロイドは死に対する恐怖がない。もちろん、自己保護システムはプログラムされているが、いざというとき身を挺して人間を守らなければならない。それでも、その他の感情はあり、所有者が他界すれば、その死を悲しむことだってできる。所有者という存在意義を失ってしまった多くのアンドロイドは、廃棄を望むか、記憶をリセットし新たなアンドロイドとしての生を歩むことを望んだ。生死を共にする。それこそが人間とアンドロイドの絆なのだと人々は考えた。しかし、まれにそのどちらも選ばないアンドロイドがいる。所有者が死してなお、自己のままで生き続けようとするアンドロイド。
ここは、そんな彼らのためにつくられたアンドロイド派遣事務所である。
社長室の扉を開き、俺はカバンを椅子の横に置いた。部屋は少しだけ年季を帯びているが、掃除の行き届いた清潔感のある部屋だ。デスクの引き出しを開き、資料を取り出す。今日来る新人のデータだ。
「おはよう、社長」
そう言ってコーヒーを渡してくれたのは、見た目が中学生くらいの少女だった。
「おはよう」
椅子に座り、コーヒーを一口飲む。苦い。おそらくインスタントの粉を入れ過ぎたのだろう。少女は反応を窺うように俺の顔を覗き込んだ。これは決して悪戯ではない。思わず眉を歪めそうになったが、少女の手前平然を装い、ばれない程度にゆっくり飲んだ。
「おいしいよ。ありがとう」
無表情で述べる俺の感想に、少女は「良かったぁ」と嬉しそうに笑った。本当に嬉しそうに。もっと飲んでる姿が見たいと言わんばかりの顔でこちらを見てくる。正直、このコーヒーは時間をかけて、ちびちび飲まないと、とても飲めたものではない。どうしたものか思案していると、少女の興味はデスクの資料に移った。
「新しい子の資料?」
「ああ」
「へぇ、所有者を亡くして2週間か」
「そろそろ来るはずだ」
案の定、3回ノックオンが響き、ドアの向こうから女性の声が聞こえた。
「失礼します」
扉が開き、まず目に飛び込んできたのは、とても鮮やかな赤い髪だった。
「今日からお世話になります。アオイです。よろしくお願いします、旦那様」
赤なのに?と思ってしまったが、彼女の顔を見ればすぐに答えは分かった。少し長めの前髪の奥から見えるその瞳は、海のよう深く吸い込まれそうな青だった。
「よろしく。あと、旦那様はやめてくれないか?形式上、俺が所有者になったわけだけど、普通に社員として働いてもらうだけだから。勤務時間以外は君の自由だ」
「自由・・・・・・」
彼女は俺の言動に何か引っかかったのか、小さくそう呟いた。
「では、なんとお呼びしたら」
「ここの皆は社長って呼んでるよ」
俺の代わりに、少女がそう言うと、アオイは納得した様子で「分かりました。では、社長と呼ばせていただきます」と答えた。
ここまで、アオイは表情を一切変えていない。淡々と話す彼女だが、俺も人のことは言えない。無表情な二人とただ一人にこやかな少女という何とも言えない空間となった。しかし、それを気にする誰かがいるわけでもない。俺は話を続けた。
「ここは運営するために大手アンドロイドメーカーから資金援助を受けている。代わりに、君みたいな特殊なアンドロイドのデータを提供している。その一環として、一つ答えて欲しいんだが、君はどうして生きようと思ったんだ?」
「その質問は命令ですか?」
「いや、答えたくないなら、答えなくていい。それはそれで、貴重なデータだ」
彼女は少しだけ黙って、静かに口を開いた。
「・・・・・・生きて欲しいと、言われたんです。おじいさん・・・・・・私の前の所有者に」
「それで、生きたいと?」
「いいえ。生きたいとは考えていません。私は、そもそも生きるという概念を正確に理解していません。人間は、よく生きることに意味を求めると聞きます。アンドロイドが正常に機能することが生きることだとしても、それは所有者という存在意義があって初めて意味を持ちます。所有者がいなくなっても生きる、ということが私には理解できません」
「最初の質問に戻るようだが、それでも、生きることを決めた理由は何だ?」
「彼の・・・・・・最期の願いを叶えてあげたいと、思ったからです。・・・・・・でも、私にはそれが分からない」
「・・・・・・そうか。悪いが、俺は君の言う存在意義とやらにはならないし、君の疑問に答えることもできない。だが、ここには君と同じように生きることを選んだアンドロイド達がいる。世間じゃ、所有者と心中しないアンドロイドは、人間に対する情愛が少ない出来損ないだと言われているが、ここにいる奴らの方が、他のアンドロイドよりよっぽど感情豊かなように、俺には見える。必ず答えが見つかるとは言えない。だが、君は前の所有者としか関わりを持ったことがないんだろう?なら、ここで情報を蓄積すれば、分かることもあるかもしれない」
「はい」
彼らは人間のように考える。それでも、人間とアンドロイドは違う。生きる意味など、人類が長い歴史の中で絶えず求めてきたことだ。自分たちのことすらよく分からないのに、ましてやアンドロイドにとっての答えなど、俺に分かるはずがない。それでも、せめて、ここが居場所になればいいと、そう思った。俺にはそれくらいしかできない。
「見つかるといいね、答え」
少女は、にっこりとアオイに笑いかけた。




