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精霊殿

場所を変えましょう。


 そういったのはデリートだった。ラキュースルとセツラが来たお陰なのかようやく自身がどういう状況にあるのか気づいたようだった。


 やはり気にも留めていないらしい。


 ともかく。連れて来られた先は――。


「精霊殿じゃないか」


 呆然と呟いたのはセツラだったか。白亜の美しい建物が目の前に立っていた。脇には清浄な水がさらさら流れその周りには淡い光が飛んでいる。それが魔術によるものなのか虫によるものなのか。はたまた妖精か精霊によるものなのか私には分からなかったし、じっくりと見るそんな時間はなかった。


 扉もなく開け放たれた入口は巡礼者に向けて開いている。


 祭りの最中だ。当然人々は多い。その横を通り過ぎながら一般人は入ることはできない奥の扉に案内された。いつからあるのか古めかしい扉。その扉には見たこともない紋章が刻まれている。


 その紋章にデリートが手を翳せは軋みながら開いていく。


「生体認証って昔からあったんだねぇ」


 のんきに話すのはラキュースル。その横でかすかに強張った顔をセツラがしている。


 それもそうだ。精霊殿の『奥』なんて一般人が当然入れるところではない。入れるのは政府高官の人間か高貴な血を持っている人。もしくは精霊に仕える人々だけだ。


 それがどんな辺境の精霊殿であっても。


 興味本位で入れば捕まるか――最悪帰ってこない。


 ぶるりと身体を震わせる。


「というかなんでこんなところに――」


 人通りがまばらな廊下は静寂。大きな窓から淡い光が降り注いでいる。当然夜なので太陽の光などではなく、ここの入口と同じような光だった。


「まぁ。むさくるしいところですが」


「失礼な」


 なぜかローエルが答えるとデリートは軽く苦笑を浮かべ、目の前にあった扉を開いた。


 小さな部屋だ。精霊殿自体石作りなので不思議ではないが石の壁に囲まれた部屋には小さなテープ類椅子が置かれているだけのシンプルな部屋。『くつろいで』と言われてもどうくつろげばいいのかわからず、何の変哲もない椅子に腰を掛けた。セツラは渋い顔をしたまま小窓から外をのぞき込み、ラキュースルは私の隣へと腰を掛ける。


「素直だね」


 にこにこ笑いながらラキュースルが呟いた。


 座ってはいけなかったんだろうか。もしかして。こういうときは断るとか何かあるのか――。考えても出てこなかったし、視線でラキュースルに助けを求めても何一つ帰ってくるということは無かった。


「少しお腹すいたと思うので軽食を持ってきましょう。何かお嫌いなものとかあれば――」


「そんなことよりどうしてここに連れてきたのか知りたいけど?」


 部屋から去ろうとするデリートに声を掛けたのはセツラだ。デリートは優美な眉を軽く跳ねた。


「お礼ですが?」


「『ここ』でなくていいだろ? 大体ここは一般人は立ち入るだけで犯罪だけど? ――近くの茶店でもよかったはずだ」


「……ここでは不服か?」


「ちがくて」


 ローエルとセツラ。漂う不穏な空気を紛らわすようにしてセツラはバリバリと頭を掻いた。その横からゆったりとした口調でラキュースルが言葉を紡ぐ。


「何を企んでるのかって聞きたいんだよね。一般人をこんなところに呼ぶ理由なんてないし」


 聞かれてデリートは不思議そうに首を傾げる。


「ああ。だって。一般人じゃないですから」


「……」


 ここに一般人じゃない人間なんているのだろうか。と確認するように相互で私たちは目を合わせた。当然お互いに首を振って否定する。


 大体ごく普通の街に『じゃない』方なんているのだろうかと思った。


「もしかして勘違いを?」


 ラキュースルはどこかの王子様みたいな感じだからそう思ったのかもしれない。ただ、私が言うとデリートは苦笑を浮かべて見せた。


「だってアーデル。貴女は、オーレスの保護者じゃないですか」


「……」


 失念していた。そういえばオーレスは魔術師の中でもトップクラスで統括する立場にあるということを。


 そして知り合いだったということを。



「正確に言うと加護者だよなオーレスの」


 保護者と加護者。意味の違いが分からないが別にそんなものになったことは一度だってない。どこをどう私より強い人を守らなければならないのだろうか。


 どうしてそんな認識なのか少し問いただしたかった。


「え。あいつ何なの?」


 少し強めの口調でラキュースルにのぞき込まれた。なぜか責められているような雰囲気に私は少したじろぐ。


「なにって」


「世界屈指の魔術師です。この国の魔術を統括する一人。でも――屈指の変人でもありますね」


 あはは。と軽く笑うデリートの前で固まるセツラとラキュースルに私は驚きはしなかった。大体そんな反応になるだろうことはわかっていたから。たぶん頭の中で『そんなはずなんてない』と必死に否定していることが窺えるが、残念ながら本当だ。


 あの容姿で誰がそんなこと思うだろうか。私だって知ったときは丸一日寝込んだ。しかも年齢不詳――おそらく年上という事実。


「そんな人間がどうして学校にいる?」


 微かに震えるセツラの声。それは私が聞きたい。今まで一度だって『こんなこと』なかったのに。本人は『たのしそう』と理由はついているが何か違う気がした。大体あの性格じゃ楽しめる気はしない。


「……学校ねぇ」


 ポツリと考えるようにデリートが呟いた。


「まぁ、考えても仕方ないですね。たぶん『彼』もここに来ますし気長に待ちましょうか?」


「え」


 忙しいらしいオーレスが来るのは別に良い。何のために来るのかは知らないけれど。ただ『帰してくれない』ことに軽い絶望を覚えた。


 そのことに気づいたのかデリートが柔らかく笑う。


「悪いようにはいたしませんし、おうちの方には言っておきますから大丈夫ですよ。皆さん。ゆっくりしていってください。こんな機会は二度とないと思うので」


 パタンと軽く閉まる扉の音。デリートに続いてローエルも出ていったためここには私たち三人だけが残された。


 ゆらゆらと虫のように漂う光を珍しそうにつつきながらセツラが軽く息を吐く。


「まぁ、何だ――様子見ってとこか」


「そだね。別に逃げるほどでもないよね。悪意も感じないし。――今のところ。ま、安心して。アーデルちゃん。何があっても俺たちが守るから」


 これでも強いんだよ。と笑うラキュースルにセツラは頷いていた。そんなことは誰もが知っている。


 ただ、そんなことになったら私は罪悪感で死にそうになってしまう。きっと何もないだろうけれど――そんなことにならないように願いながら『ありがとう』と笑って見せるしかなかった。




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