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魔術師

 町の外れ。舗装もされていない道を傘をさして歩いていくと小さな小屋に行きついた。ここに人が住んでいるのかと言いたくなる襤褸で、ところどころ壁が壊れている。たまにゴミ箱と勘違いした通行人がいろんなものを捨てていくため軽いゴミ屋敷と化していた。流石に外を片付けるのは諦めたのだけれど、いつも思う。


 この人は本当に国のエリートなのだろうか。と。


 ここに来るときに買い込んだ野菜。それを一つ取り出し手際よく乱切りにしていく。それを鍋に入れてぐつぐつ煮込んでいく。


「慣れているんだな」


 隣で野菜と肉を炒めるセツラ。そういう彼もなかなか手際がいい。いつも作っているのだろうか。


「――両親が共働きなので。弟のご飯を作らないといけなかったから。そういうセツラ君もおいしそう」


 言うと小さく笑う。嬉しそうに。しかしどこか恥ずかしそうに。それが少しだけ可愛らしく見えた。


「炒めているだけだけどな」


 言いながら塩を振って近くにあった大皿を取り出した。それに盛り付けると机に置こうとするが何分小さな机。そこに崩れるように突っ伏していたのはラキュースルだ。


 寝ているわけではなくて。『落とされた』らしい。食べる専門と言いつつ味見をしていくラキュースル。それを邪魔に思ったセツラが軽く首を締めて落とした。


「……邪魔」


「あ」


やめた方がいい。そういいたかったのだけど私がそういう前にセツラはラキュースルを床へと叩き落とした。それでも気が付かないのはなぜだろう。


 心配になってのぞき込むが――うん。生きてる。と私は息をついていた。なぜだか幸せそうだし。気を失っているというよりかは眠っているような気がした。


「……幸せそうだね」


「一度寝るとしばらく置きねぇから。そいつ。寝かしておいた方がいい。めんどくさいから」


「それはちょっと」


 苦笑を浮かべながら私は視線でオーレスの姿を探すと入口の前でぼうっと膝を曲げ腰を屈めて座っている。そう――たむろする若者のように。


 自分の家で何をしているんだろう。誰を威嚇しているのだろう。いったい。と考える。その手に持っているものはたばこではないが――小石に私ははっと我に返っていた。


「そこっ。石を食べない!」


 口に持っていきかけてオーレスはぼんやりと私を見、小石を見てからそれを捨てる。いったい今までどんな食生活を送ってきたんだろうか。石やら砂やら食べても平気な胃って何だろう。と考えつつ鍋に視線を戻した。


「石。うまいのか?」


「いや。おいしくない。泥の味と土の不快感。あと歯が死ぬ感じ」


「……食べたのか」


「胃には運べなかったけど」


 もしかしたら。そう思ってしまった私は馬鹿だと思う。現に遠い目をしたセツラが引き気味で笑っている。まぁそんな反応になるのは予想できた。


言わなければよかったかもしれない。若干恥ずかしさを感じて大きな鍋を私はぐっと持つと重みが腕に伝わってくる。少々作りすぎたかもしれない。考えながら動かそうとしていると軽々と鍋は持ち上がった。


「鍋ごと置くのか?」


「ありがとう。えっと――食器が足りないので」


 セツラは生返事をすると平然と大鍋をテーブルに置いた。あとは食器を壊れかけた食器棚から取り出し要領よく置いていく。食器なんて拾い物らしくて色も形もそろわない。カップなんて罅が入ってたため流石に新しいのを買っておいてある。良かった。予備で二つ買っておいて。


 買ってきたパンを切り分けて。


「オーレス。ご飯食べよ?」


 言うとこくりと頷いて椅子に腰をちょこんと子供のように掛ける。それを見届けて私はラキュースルの肩をゆすった。


「あの。起きてください。ご飯ですが――」


「ん――」


 起きない。どうしたら。このまま寝かせておいた方が本人のためなのだろうか。否。はっきり言って邪魔だ。椅子が引けないし。


「あのぉ」


 どうしようか。考えているとさくっと嫌な音がして床にナイフが突き刺さった。銀色の刀身。小型のナイフだけど艶々に磨かれて鏡みたいだ。


 これはいったい。


 私がナイフを眺めながら困惑していると上から声が降ってくる。


「起きろ。今度は刺すぞ?」


「え」


 凍えるような視線がそこにあった。その上無表情だからなおさら怖い。セツラは軽くしゃがむとナイフを引き抜いてみせる。同時位にもぞもぞとラキュースルが身体を起こし、床に胡坐をかいている。


「全く本気だから怖いよねぇ」


 絶対に怖いなんて一粒も思っていないのだろう。くくく。と軽く喉を鳴らしていた。


「寝たら起きないって……」


「あ――うん。起きないよ。本気で寝てたら、だけど。僕だって手料理食べたいしね」


「おなかすいた」


 『お母さん』という言葉がなんとなく浮かんだ。取りあえずラキュースルを椅子に促して――壊れていると文句を言っていたが――鍋から皿へスープを移す。一方でセツラは炒め物を小分けにしていた。


 軽く祈りを捧げて食事を始める。当然のようにオーレスからは『おいしい』の一言はないけれど食べてくれるということは『まずくはない』のだろう。


 及第点と言ったところかな。


 心の中で独り言ちて口にスープを運ぶ。


「おいしいよ。ねぇ、セツラ」


「ああ。うまい――さすがだな。思っていた通りだ」


 何を思っていたのだろう。私に変な印象を持っているような気がして怖かったが突っ込むのはやめにしておいた。嬉しそうにそう言っているし。


 何にせよ褒められるのはうれしい。


「ありがとう」


 答えると視線をそらし恥ずかしそうに『うん』とだけ答える。


「ところで、こいつ――この子とアーデルちゃんはどういう関係かな? 友人っていうことだけど。どこで知り合ったの? クラスメイトでもないし、近所の子供でもないし」


「……」


 意味が分からないというようにオーレスはラキュースルに目を向ける。にこりとほほ笑んではいるラキュースルの両眼はオーレスを品定めするように見つめている。


「ああ。えっと。私が困っているところを助けてくれたので」


 忘れもしない。『三回目』理解が出来なくて。なぜこんなことになっているのか恐怖で。大切だった思い出もはじめからで。何度も同じことをやり直す苦痛しかなかった。


 『死んでしまえば目覚めるかもしれない』そんなことを思っていた。すべて夢で――目覚めてしまえばきっと私の世界は続いていくのだと。


 今思えば狂い始めていたのかもしれない。不安定な身体。心。気が付けば湖で身投げしてた。


 まぁ。これが三回目の終わりで。正確に死因を覚えているのはこれしかないのだけど。その直前に話したのがオーレスだ。今も昔もこんな感じで静かに聞いていたわけだけど、彼が言ったことがある。


 『ここにくる。何度でも。何度だって。――君を覚えてる』


 嘘つき。


 そう思ったわけだけれど。実際覚えていた。このよくわからない世界の中でたった一人。『すべての私』を覚えている。そのことがとてもうれしかったし救われた気がした。本人はそう思っていないかもしれないけれど。


 彼がいるから私は。世界を繰り返すことができるんだ。


「感謝してるんです」


 心から。


 そう思うたびに心が温かくなるのを感じた。


「……ふぅん」


「それは……」


 ラキュースルの生返事と微妙な顔つき。セツラを見れば眉間に皺が寄っている。なぜそんなことになっているのかわからずオロオロしてしまう。


「えっと。何か変なことを」


「だからって僕らが手を引くとは考えない方がいい」


「え……それはどういう――」


「で。どちらと付き合う?」


 ふりだしに戻ってしまった。だからどうしてそんなことになっているのか――今でも異常な状況で。私は軽く頭を抱えていた。


 ――なるべく。なるべく『絆』なんて作りたくないのだけど。このまま放って欲しい。どうしてわからないのだろうか。と自分勝手な子とを考えつつ少し苛ついた様子で顔を上げる。


「だから私は」


「アーデルちゃんがいなくなるなんてことはないよ?」


「え」


 何を根拠に言っているのだろう。現に私は何度だってそれを繰り返しているのに。口を開こうとしたのだけれど、隣にいたセツラが机の上に乗せられた私の手に自身の手を軽く乗せた。


 それを確認するようにラキュースルが見た後、まっすぐに私を見る。


 青い双眸の向こうにあるのは自信。それは揺ぎ無い。


「手も、腕も、頬も。暖かい。――だから、ないな。いま、生きてるしここにいる」


「これからもずっとだよ」


 根拠はない。何一つ。きっとこの人たちは私を忘れるだろう。手も笑顔も何もかも温かいのに。次はそれを差し伸べられることは無い。私はそれを知っている。


 けれど。


 けれど。


 そう思いたかった。ずっと世界は続くと思いたかった。その根拠のない自信に縋りたいと願った。


 ぽたりと流れ落ちる涙をぼんやりとオーレスが見つめている。


「僕らは君が好きだ」



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