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悠久思想同盟  作者: 二ノ宮明季
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「日高。私とあんたは、今日ここで会うまでは無関係だった?」

 私は目を開けて、日高を確認すると、直ぐに問いかけた。

「無関係だったよ。同じクラスではあったけどね」

「……は?」

 思いがけない言葉に、私は素っ頓狂な声を上げる。

「今日クラス替えで一緒になってたじゃん。百瀬は、誰とも関わろうとして無かったから目立ってた」

「私は分からないんだけど」

 私の答えに、彼はニヤニヤと笑ったまま「そりゃあそうだよ」と言った。

「クラス替えしたからって、態々一人ずつ席を立って自己紹介したりなんかしなかったんだから。それに、百瀬は全部に興味なかったでしょ?」

「無かった」

「だから知らないのも当然。俺だって、百瀬の事は何一つ知らなかった。ただ、群れていなかったから少しだけ印象に残ったっていうだけの話だよ」

 単純に私が浮いていた、と。他人に興味がない日高が私の事を記憶していたのも、同じクラスだったのも意外だったが、それでも、以前に関わりを持っていた訳ではなさそうだ。

 だとすればあれは過去の事ではない。関係がない。この空間が、何故か私を脅したかった。それだけだ。

 ……納得は出来ない。空間の事だってわからない。だけど、今はこれだけでいい。

 この先見えた物に、私が出ていようが日高が出ていようが関係はないのだ。完全に別物として見られると思えるだけで、気持ちは大分楽になった。

「他に質問は?」

「無い」

「じゃ、行こうか」

 日高に聞かれて直ぐに答えると、彼はニヤニヤ顔のまま、先を促した。日高は相当過去の改ざんがお気に召したようで、活き活きとした表情である。

「何でそんな顔してるの?」

「そんな? あぁ、最初と顔が違うって事?」

 彼はニヤニヤしたままの顔で、首を傾げた。

「そう。嬉しそうっていうか、楽しそうっていうか、なんでそんな顔なのかと思って」

「嬉しいし楽しいから。自分の過去を変えられるって素晴らしいね。どんな事をしても許される。やり直しが効く。ゲーム感覚でやれる。軽い気持ちで大きなことをやり遂げるって、凄い爽快感があるよ。百瀬はそう思わないの?」

「思わない……」

 私の答えに、日高は「変だね」と答える。私が変なの?

 私には、日高がおかしく思える。だけどここには、どちらが間違っていてどちらが正しいのか、なんて教えてくれる『大多数の人間』はいないし、もしかしたらどちらも間違っているのかもしれない。

 正しいのは、曖昧である事だってある。この場合も、もしかしたらそうなのかも。考えたところで、答えなんて一つも出ないけれど。

「まぁいいや。とにかく俺は行くよ。百瀬は?」

「……行く」

 私は考えて、絞り出すような声で答える。記憶の欠片を見る事で、レベルアップとやらが出来た。もしかしたら、もっと見れば、元の場所に戻れるのかもしれない。

 今の私に、別の選択肢なんてない。帰って、母親と、友人と、新しい生き方をするのだ。

「じゃ、一緒に行こうよ」

 日高の誘いに頷いて、私達は人形に手を伸ばした。



 『GAME START』という文字が躍る、病院の待合室で、日高は直ぐに目を閉じて消えてしまった。

 私はどの時代まで戻ろうかと考えていると、黒い字が浮かび上がる。

 『カンショウ ノ マホウ ヲ ツカイマスカ?』『>ハイ イイエ』という字に、私はそういえば魔法とやらが使えるようになったんだった、と思い出した。観賞って事は、もしかしたら記憶の欠片を使った時の光景が見えるのかもしれない。

 ……嫌だ。だけどあれは私には関係ない。関係ないなら見ても平気だ。でも人が死ぬかもしれない所を見たくない。

 だからと言って、これをもし使わなければどうなるのか。

 結局、記憶の欠片を使った時にぶつかった問題に気づき、私はため息を付いた。やるしかない。欲しい未来の為に。ただ、それの為だけに。

 今我慢すれば、もしかしたらいい事があるのかもしれない。勿論、逆の可能性は大いにあるけれど。

 私は小さな声で「はい」と答え、強く目を瞑った。



「――っ!?」

 目を開けた時、私は驚きで声を出せなかった。

 理由は簡単。私の目の前に、日高と思しき少年と、その母親と思しき女性が立っていたからである。少年の外見的特徴は、黒い髪に、ヘラヘラ笑った顔。本当に日高そっくりなのだが、学ランを着ているし、顔は少し幼い。

 どこかで見た事があるような気がする、モノクロを基調とした部屋。その机の前に立っている彼が、もし中学時代の日高なのだとすれば、私は何なのだ。そう思って両手を見ると、ちゃんと手を見る事が出来て、ついでに高校の女子の制服を着ていて、ソックスとローファーも見えた。多分、これはちゃんと私の身体だ。さっきまでの様に、誰かの視界を覗いている感じも全くない。……室内なのにローファーっていうのはおかしいけれど。

「いい子ね、笑太くん」

 母親と思しき女性が、彼を撫でた。

 観賞は、どうやら彼の過去のような物を覗き見る、という事だったらしい。何とも居心地の悪い事だ。誰かの視界でなくとも、誰かの過去を見る事に繋がるとは……つくづく気持ちの悪い場所である。

「笑太くん。次もママの為に百点を取ってね」

 女性は穏やかに笑い、日高と思しき少年の頭を撫でる。ヘラヘラと笑った少年日高は、「ごめん」と返した。

「俺さー、もう勉強とか面倒臭いんだよね」

「笑太くん?」

 女性の表情が凍る。少年日高は「聞こえなかった?」と声をかける。

「面倒くさい、って言ったんだ。俺、母さんのオモチャじゃないよ」

「しょ、笑太くんは、今までママのいう事ちゃんときいてたじゃない。突然どうしたの?」

 女性は焦る。そんな彼女を目の前に、少年日高はニヤニヤとした笑いを消すことなく、自分を撫でる女性の手を払った。

「俺、全部面倒くさくってさー。母さんウザいし」

「笑太くん?」

「だからさ。消えてよ」

 少年日高は、そう言うと、女性の頬を思いきり引っ叩いた。私は、「ちょっと!」と、思わず声を上げたのだが、残念ながら彼には届いていないようだ。

「笑、太……くん?」

 引っ叩かれた彼女は、何が起こったのか分からないように、少年日高を見る。

「俺の人生に、あんたはいらない。あんたは、俺という人間の、癌だ」

「な、何を言っているの? 私は貴方のママなのよ!」

「それが問題なんだよ」

 少年日高は、わざとらしくため息を付き、右手に拳を作って、女性を思いきり殴りつけた。私は悲鳴を上げたし、同じように彼女も悲鳴を上げた。

 痛みと衝撃で、床に転がった女性に向かって、日高は、私が見た事も無いような表情を向ける。……優しくて、でも、泣き出しそうな顔。

「日高、そんな顔するくらいなら、止めなよ」

 私は言う。けど、全然日高には聞こえていない。

「母さん、俺は一応人間なんだけど。分かってる? ねぇ、ちゃんと人間を育ててくれてる?」

「あ、当たり前でしょう!」

「でもさ、俺、人間扱いってどんなもんなのか、イマイチ理解できないんだよね。理解させてよ。どうしたら、人間なの?」

 少年日高は、女性に問う。彼女は口ごもり、視線を逸らした。

 だけどそれは、日高を傷つけるだけの行為だったようだ。彼は更に泣き出しそうに顔を歪めて、彼女を思いきり蹴る。私は止めてと言って、彼を抑えようとしたけど、腕はするりとすり抜けて、何も出来ない。

 今の私は、まるで亡霊だ。ただ『観賞』するだけの、何の影響力も無い存在。

「しょ、た……く、……」

「母さん、俺さぁ、人間になれるかな?」

 日高は問う。だけど……女性は、絞り出すような声で「無理よ」と答えた。

 そんなの、酷い……。今の状況で、日高に優しく接しろなんて言えない。

 日高は酷い。突然殴りかかってくる相手に友好的にするなんて、絶対無理だろう。

だけど。だけど、どうしてこんな事をしているのか、気になったりはしないのだろうか? 痛々しい表情に、気が付いたりはしないのだろうか? 彼女は、日高の母親ではないのだろうか?

 疑問ばかりだ。胸が痛い。

「母さん、俺は人間になれるよね。そう言ってくれないと、俺、母さんを殺しちゃうかも」

 日高は笑っている。でも、泣きそうな顔。

 女性は何度も頷き、「なれる」と口にする。脅されたから、そう言っている。

「そっか。じゃあ、俺が人間になる様を、これから先、見守っていてね」

 日高が言うと、女性は頷いた。

 その答えに満足したのか、彼は強く目を瞑った。



 ……私は目を瞑っていなかったけど、目の前が一瞬白くなり、次の瞬間には『GAME CLEAR』の文字が浮かぶ、病院の待合室にいた。日高と一緒に。

 私は日高の両頬を思いきり抓って、「バカじゃないの」と声を掛けた。

 さっきのは、日高が改ざんした物とは限らなかったけど、やらずにはいられなかったのだ。

「あんたは人間に決まってるじゃん」

「――なんで、それ……」

 日高は目を白黒させ、私を見る。さっきの、本当に日高が改ざんしていた物だったのかもしれない。

「まぁ、いいや。俺は先に戻るよ」

 彼はそう言うと、目を瞑って消えて行った。私は、受付の診察券ホルダーの隣に、箱が現れるのではないかと見ていたが、一向に現れる様子はなく……日高が消えてしばらくしてから、人形の空間へと戻ったのであった。

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