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「お、戻ってきた。どうだった?」
ふと気が付くと、最初に居た、二体の人形のいる空間だった。
過去に行く直前までいた人形の前に私は座っていて、その隣に日高がいてニヤニヤと笑っている。
「どうって、何が……」
「過去。変えられた?」
正直私の頭の中では、さっきの血まみれの光景が再生されていたが、彼がそれを聞いてくれたおかげで、過去を変える事が出来たという事を思い出した。
「あぁ、やり直せたけど」
「へぇ。でもそれって、今何か変わった確証みたいな物を、得られたりはしないの?」
変わったっていう確証、ね……。
もし、あの通りに変わって、そのまま仲が良かったとすれば、今でも友達でいれたのだろうか? その辺は微妙だけど、私は何気なく制服のポケットに手を突っ込んだ。
あった。ポケットに入れっぱなしだったケータイ電話を取り出して、アドレス帳を見る。
「日高。確実に変わってる」
「何? どうなったの?」
あまり登録している人はいないおかげで、あっさりと見つかった。
本来であれば入っているはずのない名前。『三橋亜美』――アミちゃんの名前だ。
「私、幼稚園時代にさかのぼって、その時大喧嘩した子との関係を修復してきたの。その結果、今私のケータイには彼女のアドレスと番号が入ってる」
「普通じゃあ、ありえない事?」
私は「ありえない」と即答した。
「でも、それじゃあ弱くない? メールや電話でもして証明出来ないの?」
日高はそう言うが、仮にメールや電話が出来たとしても、ありえなかった事の証明にはならないだろう。しかし、少なくとも、アドレスだけ登録したように見せかけた『ミエッパリ友達』でない事だけは証明出来そうだ。
それに、私の友達である事を、他ならぬ私に証明できるチャンスでもある。
私はケータイ電話の電波を確認すると、三本立っていた。変な空間にも、電波という奴は来ているらしい。
私は思い切って電話してみる事にした。
数コールの後、ケータイ電話からは女性の声が聞こえてきた。
「あ、えっと、」
「どうしたの? 橙子ちゃん」
何と言った物かと口ごもっていると、先に相手が私の名を呼ぶ。向こうは私の事を知っているらしい。
「アミちゃん?」
「うん、そうだよ。アミだよ。橙子ちゃんから電話って珍しいね」
本当に、アミちゃんなんだ……。
「私、アミちゃんと友達?」
「当たり前じゃん。何で?」
電話の向こう側で、アミちゃんが笑ったようだった。私の手が震える。
私は、どうやって友達になったのか、だとか、私との関係性、だとかを尋ねると、彼女は不思議そうにしながらも答えてくれた。
曰く、友達になったのは幼稚園での事だから詳しくは覚えていない。関係性は、幼稚園、小学校、中学校と、ずっと一緒で所謂幼馴染、という事らしい。
本来なら、小学校すら違ったのに。
私はアミちゃんに「ありがとう」と告げて、半ば無理やりに電話を切った。
「本当に友達になってた」
じっとこちらを見ていた日高に、私は告げる。
彼はニヤニヤしながら、大きく頷いた。
「どうやら本当にありえない事だったのは分かったよ。百瀬が一番動揺してるみたいだし、ね」
「それにしても」と、今度はずっと貼り付けていたニヤニヤ笑いを消しながら呟く。
「ちょっと面白そうだね」
「興味、持ったの?」
「まぁね。最初に百瀬が消えた時はどうなったかと思ったんだけど」
私は眉をひそめて「消えた?」と聞き返した。
「そう、消えたんだよ。リプレイするって言った瞬間に、すぅっとね」
それなら、その間私の肉体はどこにあったんだろう?
分からないけど、これに関して日高に聞いても多分意味はない。私にしろ、彼にしろ、なんの情報も持っていなんだから。
私が考えている間に、日高は自分そっくりの人形に手を伸ばした。
「リプレイしますか?」
「はい」
「え……?」
私が何かを言う前に、日高はあっという間に行動し、そして……スッと消えてしまった。
消えたって、こんな感じだったんだ。何だか心配になる。
でも、彼は何か変えたい事があったのだろうか? 笑いもしない顔で、あれほど自分から何かをするのを嫌がっていたとは思えないほどあっさりと動いた。
気になりつつ、私は私にそっくりな人形に手を伸ばす。
「リプレイしますか?」
硝子玉の瞳が私を見る。
さっきの恐ろしい光景が頭をチラついて、私は躊躇った。自分から人形に手を伸ばしたくせに。とんだ臆病者だ。
どうせ死んでるんだ。どうせ訳が分からないんだ。そんな風に思いながらも、何故かおびえる。
でも……過去を変えるのは、悪くない。ずっと喉に引っかかっていた小骨を取っていく作業とでも思えば、魅力的ですらあった。
今は日高も行っちゃったし。
「リプレイしますか?」
私一人で、人形に「リプレイしますか?」と聞かれてばかりで待っているのも、暇だ。
それに、アレ以外でも変えたい過去の一つや二つある。ゲーム感覚だから気軽に出来るわけだし……。
「リプレイしますか?」
「……うん、もう一度……」
私は頷く。
また目の前が真っ白になって、次に気が付いた時には病院の待合室のような空間。やっぱり黒い文字で『GAME START』と、表示されている。
うん、これはゲームなんだ。そう思えば簡単にできる。
簡単に過去を変えられるゲーム。
深く考えなくてもいい。考えたって、私には何かを導き出せるだけの情報は備わっていないんだから。
私は、ゆっくり目を閉じて……変えたい過去へ思いを馳せた。