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悠久思想同盟  作者: 二ノ宮明季
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 『GAME START』。

 誰もいない、病院の待合室のような所に放り出されたかと思うと、目の前には黒い文字でそう書かれていた。書かれていた、というよりも、文字が浮いていた、の方が近いかもしれない。

 ……それにしても、ゲーム?

 さっき私は、過去を改ざんするのがリプレイだと聞いたはず。その改ざん前にこんな文字に歓迎されるだなんて、なんて胸糞が悪いんだろう。

 病院の待合室のようなこの場所は、RPGなどでよく使われる、エントランスのつもりだったりするのだろうか?

 私のそんな感情なんてどこに対しても影響があるわけもなく、『GAME START』の文字の下に、新たな黒い字が浮かび上がった。

 浮かび上がっている字は『モモセ トウコ ハ ゲーム ノ セカイ ニ ヤッテキタ』、『ココデ ノ ソウサホウホウ ヲ カクニン シマスカ?』、『>ハイ イイエ』、という物である。

 このハイかイイエかという選択は、口で言うしかなさそうだ。私はもちろん、「はい」と答える。

 すると、黒い文字は『GAME START』以外の全てが消え、新しい言葉で埋め尽くされた。

 『コノ ガメン ニ キタイ トキ ハ ニンギョウ ニ テ ヲ カザシテ クダサイ』『コノ クウカン カラ カコ ニ イク ホウホウ ハ イキタイ デキゴト ヲ ツヨク オモイ ウカベ メ ヲ ツムル』『カイザン ガ セイコウ スルト ジドウテキ ニ ココ ニ モドサレマス』『マタ シンデシマッタサイ ハ ココ ニ モドサレ コンテニュー スルコト ガ デキマス』『ソウサホウホウ ヲ モウイチド カクニン シマスカ?』『>ハイ イイエ』

 長い文字の羅列だ。カタカナばかりで読みにくいそれを何とか解読し、私は「いいえ」と答える。大体は目を瞑ったりすればいいのだろうと認識したからだ。

 私は、とりあえず行ってみようと思った時を思い浮かべ、目を瞑った……。



「……えーと?」

 そして次に目を開けると、病院の待合室とは、全く別の場所だった。

 木の扉や廊下。カラフルでポップな色に囲まれた所。私の周りは、子供だらけだ。

 私の視線は低くて、その子供達と同じくらい。エプロンをつけた大人。子供たちは、みんな似たような色のスモッグを着ている。

 この光景に、私は覚えがあった。

「とーこちゃん、とーこちゃん、いっしょにあそぼう!」

 服を引っ張られた感じがして振り向くと、やっぱり同じような色のスモックを着た女の子だった。見覚えのある顔。

 これは……私が思い浮かべた通り、幼稚園時代に戻ったの?

「とーこちゃん、どうしたの?」

 女の子――私の友達だった、アミちゃんが話しかけてくる。

 目線が同じって事は、多分私も小さいんだ。それこそ今は、過去の私。

 人形が言ってた、「過去を改ざん」って、過去に戻ってやり直せるって事なの? あんな説明じゃ、全然足りない。もっとちゃんとしてよ……。

「とーこちゃん?」

「なんでもない。気にしないで」

 もう一度声を掛けられて、私は反射的に返すと、アミちゃんはきょとんとした顔をし、次の瞬間には、「ぷっ」とふき出した。

「やだー、とーこちゃんったら、へんなしゃべりかた! いつものとーこちゃんじゃないよ」

 そりゃあ、幼稚園の頃の私とは口調が違うでしょうよ。

 私の思った通り、過去に戻っているのであれば、彼女がそんな事知る筈もないけど。

「まぁいいや! とーこちゃん、あそぼう!」

「あ、う、うん」

 私が答えると、アミちゃんは私の手を取って走り出した。この光景も、覚えがある。これを、この時を、私は……。

「とーこちゃん、おにんぎょうあそびにしようよ!」

「う、うん」

 どうしよう。これ、記憶のままだ。私はこの後、彼女と大喧嘩をして、和解する事はなかった。

「アミ、このこであそぶ! とーこちゃんもはやくえらんで!」

 アミちゃんは、ぬいぐるみが入った大きな箱から、真っ白なウサギのぬいぐるみを取り出して笑う。

 このぬいぐるみは、当時私とアミちゃん、両方のお気に入りだったものだ。そして私は、それを切っ掛けに喧嘩をした。

 ……あの時、私は、自分もそのぬいぐるみがいいと騒いだが、アミちゃんは自分が先に取ったんだもんと譲らなかった。

 「私がその子好きなの知ってるくせに」「私だって好きだもん」「アミちゃんばっかりズルい」「じゃあ橙子ちゃんは後にすればいいじゃん」「嫌だもん今がいいもん」みたいな会話の流れから、取っ組み合いに発展し、ついには人形を引っ張り合う。

 小さな子の力って意外と侮れなくて、両側から引っ張られたぬいぐるみは……当然裂けてしまった。

 それから、私とアミちゃんは、何かといえば喧嘩をした。以前の様に仲良くは出来なくなってしまったのである。

 一番仲が良かったのに……。

 でも今は違う。ここにいる私は、中身は十六歳で、完全な大人ではないものの、幼稚園児よりは遥かに大人に近い存在。

 このままここで私が別のぬいぐるみを使えばいい。それだけの話だ。

 私は箱の中からトラのぬいぐるみを取り、相手に笑顔を向ける。

「ねぇアミちゃん。私もその子が好きだから、後でちょっとだけ取り換えっこしようよ」

過去の私は、確かにウサギのぬいぐるみが好きだった。ここで我慢だけするのは、多分不自然だ。

「いいよ! じゅんばんこだもんね!」

「ありがとう」

「えへへ。じゃあね、今はアミがママやるね」

 あぁ、よかった。喧嘩をしないし、このまま和やかに終わってくれそうだ。

 私はホッとして一瞬目を閉じる。



 ……次に開けた時には、最初の、病院の待合室のような空間にいた。

 目の前には黒い文字で『GAME CLEAR』と書かれている。どうやら改ざんとやらが成功したらしい。

「ん? 何あれ?」

 待合室の中。受付の診察券ホルダーの横に、宝箱のような物がある事に気が付いた。

 私は近寄り、開ける。そこには、ウサギのぬいぐるみがあった。さっきの、私とアミちゃんのお気に入りの、あのぬいぐるみ。

 私はそっと抱き上げると、ピロリーンという機械的な音が空間に響き、『GAME CLEAR』の文字の下に、『モモセ トウコ ハ キオク ノ カケラ ヲ テニイレタ』という表示が現れた。更に『ツカイマスカ? >ハイ イイエ』なんて項目まで出ている。

 なにこれ? 記憶の欠片? 使う? これってアイテムなの? 私はどうすればいいの? 使ってほしいの? 使ってほしくないの? 今使わないと、これはどうなるの?

 疑問だらけだ。けれど、気になる。

 ここで使わなくて後悔する事があるかもしれない。それに私は死んでるんだから。

 そう、忘れていたけど死んでいるんだ!

 ……もしかして、これって走馬灯? 私は死んだって思い込んでるだけで、あの吹っ飛んでいる状態の時に脳内を駆け巡っていることなのかもしれない。

 あるいは、あの世とこの世の境目で、神だか仏だかがちょっとゲームを作って付き合わせているのかも。

 いやいや、本当に死んでて、所謂賽の河原かもしれないし、意外と本当は眠っていて、これは夢かもしれない。

 どんなに考えても、出てくる選択肢は馬鹿げていて、マンガの読みすぎじゃないの? って感じだけど。でも、ここも私の現状も訳はわからないし、どうしていいかもわからない。

 だったら、痛々しくて適当くさい発想を信じて楽しんでみるのもいいかもしれない。

 あぁ、そっか。改ざんするときに出てたじゃん。『GAME START』って。

 ゲームだ。これは、ゲームなんだ。

 なんだかよく分からないけど、ゲームなんだったらアイテムくらい使えばいいじゃない。

「記憶の欠片とやら、使うわ」

 私は何だかちょっとハイになってるみたいに、大きな声を上げた。

 馬鹿みたいな状況なら、私が馬鹿になればいい。そうすれば、馬鹿っぽさは私の中で軽減されるんだから。

 私が大きな声を出した次の瞬間――酷い頭痛に見舞われた。

 ガンガンと、外から思いきり殴られているような痛みと、頭の中をこねくり回されているような不快感。

「――ぁ、く……っ」

 痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い。

 たった今まで何ともなかったのに。使わなきゃよかった。痛い――っ!

 目の前が白くなる。なんなの? なんなの? 私……私……。



「だって、仕方がなかったの」

 何が? 私の声で、何を言うの? あぁ、頭が痛い。

「私、あんたを助けたかったんだもの」

 私って、誰? 白い視界じゃ、何も見えない。けれど声だけは私で、でも私はここにいて……。

「後悔してないから。あの二人を殺した事」

 ねぇ、待って。誰を殺したの? 『私』は、誰を殺したの?

 私がそんな疑問を持つと、少しだけ風景が見えた。

 血まみれの両手と、私の学校の制服を着た、男子生徒二人の……血に塗れた身体。この両手は、一体、誰の?

「あんたが死んじゃう位なら、私がどうにかしてあげる。だって私、あんたの友達じゃん」

 と、友達だからって……どんな理由があったんだかわかんないけど、どうして……。意味が分からない。頭が痛い。

「ねぇ、二人で逃げちゃおうよ」

 私の声で、変な事を言わないで! 私は人を殺したりなんかしない! 私は、自分が死んだって構わないとは思っているけど、周りだってどうだっていいって思ってるけど、でも、……誰かを殺したいだなんて……!

 また、目の前が白くなってきた。頭は相変わらず痛いけど、それは段々と治まってきたように思える。

 それと同じタイミングで、赤い光景が白んで、白んで、やがて目の前は真っ白になった。

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