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悠久思想同盟  作者: 二ノ宮明季
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 次に私達がいたのは、学校の屋上だった。

 手すりの近くには、やはり、『私』と『日高』がいる。勿論ここに居る私達とは別の、だ。

「止めないでよ」

 『私』は言う。錆びた手すりに凭れながら『日高』を見て、笑っていた。

「別にいいでしょう? どうせ誰からも必要とされていないんだもの」

 『日高』が何か言う前に、『私』は手すりに凭れながら「前に言ったでしょ」と口を開く。これから何が起こるか、私は分かっていて、だからこそ、怖かった。

 あんな風にしている彼女の視界を、私は見たのだ。

 隣の日高が、「大丈夫?」と私に話しかける。どうやらあまりいいとは言えない顔色をしていたようだ。

「大丈夫。問題ない」

「そう? ……まぁ、大丈夫じゃなくても、今は何も出来ないんだけどね」

 そりゃあそうだ。これは人形の意思で再生される、平行世界の出来事なのだから。

 私たちは、テレビでも観る様に、これを見る。向こうからは認識されず、こちらは手も足も口も出せない。

「母とは酷い仲。友達って言える相手もいない」

 『私』はそこまで言うと、『日高』の方を笑顔で見た。疲れ切った顔だった。

「……あんたは、どれかっていうと理解者だし」

 青い空、白い雲。すごく天気が良い。

 話している内容と、これから起こる事が、天気と結びつかない位に。

 例えば、音声が無いこの光景を見たなら、もっと青春っぽく見えるかもしれない。告白シーンとかそういう感じに。

 いや、まぁ、これもある意味告白ではあるが。相手の立ち位置と、自分の置かれた状況の。

「理解はしてくれるけど、他に何もしないでしょ? それはお互い様だけど。私だって、あんたの事は理解出来るけど、だからって言って、あんたの為に何かしてやろうだなんて微塵も思わない」

 果たして、理解者というのはこういう物なのだろうか? 私はふと疑問に思ったが、少なくとも、この、『百瀬橙子』にとっては、これが理解者の形なのだろう。

 彼女は再び空を仰ぎ、「だから、止めないでよ」と言った。

 それから、視線を下へと向ける。屋上の地面ではなく、その外側。学校の昇降口の方向へと。

 私が見た記憶が正しければ、確か視界の先では複数の生徒が歩いていたはずだ。

「百瀬、俺は、お前の為に何か出来るかもしれない!」

 『日高』が声を張り上げる。顔には焦りが滲んでいた。『私』が何をするつもりなのか、察しがついているのだろう。

「だから……だから止めよう! こんなの、何にも変わんない! 俺は、理解者から、友達にだってなれるはずだし……」

 彼は必死に説得しようと、言いながら『私』に近づく。

 隣で、日高が私の袖を握った。そんな事しなくったって、私はあっちと違って自殺なんてしないのに。少なくとも、今は。

「止めないでって言ったでしょ。私、ずっと生きている実感なんて持てなかった。私は、私を産み落とした人間に嫌われたの。それで自分の事を好きになるなんて不可能でしょ? あんただって知ってるクセに」

 どうやらこの世界の『日高』は、『私』の家庭事情も良く知っているようである。彼は一瞬言葉を詰まらたが、「でも!」と再び口を開いた。

「それでも俺は――」

「それじゃあね」

 『日高』の言葉を遮って、『私』は手すりに背を預けて、するりと……落ちてしまった。『私』の短い髪も、白いシャツも、紺色のスカートも、全部靡いて、視界から消える。

「もっ……百瀬! 百瀬! 百瀬!」

 『日高』は、さっきまで『私』が凭れていた手すりに近寄って下を見て、その場に崩れ落ちた。

 下から、生徒の悲鳴が聞こえる。ここでは、『日高』が大声で泣き出した。

 私の服の袖を掴む日高の手に、力がこもっているのを感じる。

「まっ……待っ、」

 『日高』の声が、嗚咽の隙間からこぼれる。

「百っ、瀬……俺、も……」

 彼はよろよろと立ちあがると、手すりに身体を預けて、「待って、て」と口にした。まさか――!

 私は、この先の光景は知らない。知らないけれど、彼の行動で予想はついてしまった。

「俺も、いく、から……」

 屋上の手すりはどうしてこんなに低いのだろうか? 人間の身体は、簡単にすり抜けて……この世界の『日高』は、自ら命を絶ってしまった。

 強い風で、桜と、それから、悲鳴が舞いあがった。



 気が付くと、また人形たちが目の前にいて、さっきまでの光景はどこにもなくなっていた。人形の片腕は人間のようなものに変わっており、これで両手だけは人間に変わったようである。

「あの百瀬橙子は、何も信じられず、全てに疲れて自殺しました。何も信じられない癖に、誰かの記憶には残りたくて、日高笑太の目の前で飛び降りたのです」

 私に似た人形が言う。なんて、自分勝手で酷い話なのだろう、と思う。しかし、それを私に言う権利はあるだろうか?

 平行世界の『私』の事は、今の私に繋がる個所がかなり多い。同じような事を体験した時、絶対にそうしない自信はなかった。そんな私が、「酷い!」と抗議するのは、間違っている気がする。

「また、日高笑太は、百瀬橙子に依存していました」

 日高そっくりな人形が声を出した。

「依存?」

 私は聞き返すと、それは「はい」と、日高そっくりな声で返す。

「日高笑太は、百瀬橙子をリスペクトしていました。常に自分一人だけで行動し、周りに人を寄せ付けていないように見えていたのです。理解者、等と認識されていましたが、本当はちっとも理解はしておらず、自分の中で崇高な存在へと変えてしまっていました」

 リスペクト……。弱っていた心であの『私』を見て、懐いた、という感じだろうか。

「故に、一人にされた事が耐えられず、後を追ったのです」

 ここで、人形は無言になった。私と日高も、何も言わない。

「次の再生へ移ります」

 私に似た人形は、そう言って指を鳴らした。

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