表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悠久思想同盟  作者: 二ノ宮明季
17/25

17

   17


 私と日高は教室にいた。教室の、開けっ放しのドアの前に二人で立って、中を見る。

「――っ!」

 日高が、息を飲んだのが分かった。

 中は、真っ赤だ。夕日の色と、血の色。

 血だまりの中、もう一人の『私』と『日高』は向かい合っている。

 その足元に転がっている人物が、今なら分かる。日高を虐めていた二人組の男子生徒だ。確か、江藤と川島。

 この光景を、私は一度、あの『百瀬橙子』の視点で見ている。

「だって、仕方がなかったの」

 『私』が言う。狂気じみた笑顔を浮かべて。

「私、あんたを助けたかったんだもの」

 『私』の手には、真っ赤に染まったナイフ。

「……百瀬、どうなってるの? これ」

「これは、人形の言葉を信じるなら平行世界の私達、って事になるんだと思う。中身は記憶の欠片そのままみたい。あの時は、あっちの私の視点で見た訳だから、ちょっと違うけど」

 私の近くにいる日高が尋ねたので、答える。彼は眉間に皺を寄せて、じっと目の前で繰り広げられる光景を見ていた。

「後悔してないから。二人を殺した事」

 平行世界の『私』は、誇らしげに血まみれの手を上げて、向こうの『日高』に見せる。

 その『日高』は、様々な感情――怒りや、恐怖、悲しみなどがあるように思えるそれらを全て混ぜた表情をして、じっと『私』を見た。

「あんたが死んじゃう位なら、私がどうにかしてあげる。だって私、あんたの友達じゃん」

 自分の事でありながら他人事。そして一度見た光景。けれど、ゾクっと全身が粟立った。

 この『私』は、壊れている。

「……友達?」

「ここの、私とあんたは友達だったんでしょ。平行世界っていうんだから。この世界での時期にもよるけど、一年の時からクラスも一緒だったんじゃない?」

「あぁ、そっか……」

 日高が、視線を目の前の光景から外せないままに私に尋ねた。私は、ちらりと彼を見てから答える。

 呆然としている、という表現が、一番似合うような顔をしていた。

 ……ある意味、こいつも今まで同じような事をしていたのだけど、見るのとやるのは別なのだろう。残酷さは、一緒だと思うが。

「ねぇ、二人で逃げちゃおうよ」

 血まみれの『私』は言う。確か、私があの時見たのはここまでだったはずだ。

「百瀬……」

 向こうの『日高』が、震える声で名前を呼んだ。真っ赤に染まった『私』は、「何?」と首を傾げる。

「警察、行こう……」

「どうして?」

 向こう側の『日高』の震える声と、向こうの『私』の真っ直ぐな声。

「私、昨日、こいつらに日高が車道に飛び込むことを強要させられた時に、思ったんだよね」

 『私』は、真剣な顔で言う。その出来事は、私達が何度も見て、やり直した事と同じだったのだろうか?

「このままじゃ、日高が殺される、って」

 ……目の前で繰り広げられていたら、その危機感は覚える。私だって、止めようとしたのだから、それは分かった。

「私はただ、不安な要素を排除したに過ぎない。このままじゃ、友達が殺される。それを見ていられなかっただけなんだけど」

 だからと言って、私には殺すという発想は出ない。そんな事、出来ない。

「百瀬、けど、これは」

「日高、嬉しくないの?」

「嬉しくは、ない」

 向こう側の『日高』の反応に、『私』は、泣き出しそうな顔をする。子供じみた仕草に、自分ではないのに苛立ちを覚えた。

 こんな事をしておいて、よく、そんな反応が出来る物だ、とか、私の姿で何を、とか、他にも色々感じる事はあったけれど、黙って続きを見る。

 さっき日高と話していても、ここに居ても気付かれないのだから、あちらは、こちらの存在を認識する事は無いのだろう。何をしたって、無駄だ。だから、本当ならもっと近くに行って見る事も可能なのだろうが、なんだか動く気にはなれなかった。

「……嫌なの? 悲しいの? 悔しいの? 何なの?」

「俺だって、こいつらが消えてくれたらって毎日思ってた。だけど、百瀬にこんな事して貰ったって、嬉しくない。それに、死んでいる所を想像するのと、実際に死んでいるのを見るのは、違う。何度も殺してやろかと思ったし、何度も殺す事を想像した。だけど、それは、百瀬にして欲しい事じゃない」

 『私』の問いに、『日高』は長々と答える。彼の表情は、真剣だ。

「百瀬が友達でいてくれるだけで、少なくとも、味方が一人いるってだけで頑張れた事、無駄になったんだよ」

 なんとなく、隣に佇む日高の顔を見てみると、彼は、項垂れていた。今、どんな気持ちなのだろうか。

 味方がいる事を羨んだのか、それとも、友達にこんな事をされたとしたら、を想像したのか。私には、分からない。

「でも、やってしまった事は戻らない。だから、警察に行こう」

 『日高』がそういうと、『私』は、ナイフを握り直した。嫌な予感がする。

「じゃあ、やり直そう」

 『私』が笑った。

「私と、日高と、全部やり直そうよ。きっとまた生まれ変われるよ」

 彼女は、そう言って、握ったナイフを『日高』の腹に突き立てた。悪い予感は、当たったのだ。

「もも、せ……」

 『日高』は、掠れた声で『私』の名前を呼ぶ。

「わかった……ももせだけ、わるものには……しないから」

「うん……」

「ふたり、で……やりなお、そう……」

「うん……」

 二人とも、泣いていた。『私』は、自分の胸にもナイフを突き立てて、倒れ込む。

 教室は、四人の血で塗れて、夕日は残酷に照らす。

 ずっとそんな光景を見ていた私達の身体は、徐々に、徐々に透けて、やがて、この場所から消えてしまったのだった。



「一つ目の再生を終わりました」

 白い空間で、私そっくりな人形は言う。

 人形は二体とも、腕が生身の物へと変わっていて、私は慌てて自分の腕を見た。

 ……よかった、私は変わっていない。日高に視線を向けると、彼もどこもおかしくはなっていないようだ。

「あの世界の百瀬橙子は、日高笑太を、いき過ぎている程好きでした」

「そして日高笑太も、彼女を大切に思っていました」

 人形二体が、感情の無い声で言う。

「しかし、距離感と大切にする方法を誤った二人は、あの後、死にました」

「その続きは知りません。では、連続再生を続けます」

 人形の一言で、私達の見る世界は、また、変わる……。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ