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悠久思想同盟  作者: 二ノ宮明季
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 ほら、やっぱり繰り返しじゃないか。

 私は、気が付いてすぐに、思った通りの場所にいて、諦めに似た感情を覚えた。

 真ん中の席、黒板の文字、直ぐ近くにいる、岸。今までの記憶全て無いのであれば、既視感とでも言い張れるのだろうが、残念ながら私は今まで何度も死んだ記憶を持っている。

 私は立ち上がり、すぐに出入り口の方を見た。日高が男子生徒二人に絡まれているようだった。また、私の死んだ後に、死んだの? 疑問が頭を過ったけど、それよりも違和感。

 なんだろう、これ。何かが、違う。

 ……あぁ、日高の表情だ。今まで、途中はどうあれ、最初は必ず笑顔だったのだが、今回は、彼に表情が見当たらない。

 自分を守るためにしていたであろう、ニヤニヤとした笑みを完全に消し、あからさまに不機嫌な顔をしている。

 男子生徒二人は、それがかえって面白く思えたようで、日高の背中を叩いたり、肩に腕を回したりしていた。それも、大声で笑いながら。

 それだけなら、周りは遠巻きに見るだけだ。誰だって面倒事の当事者にはなりたくない。

 虐めを受ける相手が一人いれば、自分は平和に暮らす事が出来るのだ。だがそれは、あくまで虐めを受けている人物が大人しくしていれば、の話である。

 日高の過去を見た時も、そう思った。なぜ同じことを思ったかといえば、やっぱり彼の表情の違いに繋がるだろう。

 笑っていない。絶対に、何かやる。

「触らないでくれる?」

 私の考えは見事に的中した。日高は、冷ややかな目で男子生徒たちを見て、そう言ったのだ。

 言われた方はといえば、勿論不愉快そうな顔をしている。自分よりも弱い筈の人物に、突然逆らわれた。彼らにとってこれは、私が想像するよりもずっと、腹立たしい事なのだろう。

「日高、てめぇ、何言ってんだよ」

「つーか、なんで大人しくしておけねぇわけ? 意味わかんねぇんだけど」

 彼らは言う。その次の瞬間――日高は、自分の肩に手をまわしていた男子生徒の横っ面を、思いきり殴った。

 思いがけない攻撃だったのだろう、相手の頬は不自然に赤くなり、鼻からは赤い物も見える。

「日高ぁっ!」

 もう一人の男子生徒が、拳を握って、日高の腹を殴りつけた。日高はその場に蹲ると、殴りつけた男子生徒を睨む。

「なんだよその顔」

「そもそも、お前が悪いんじゃねーか」

 日高を殴った男子生徒も、日高に殴られて鼻を手の甲で拭った男子生徒も、蹲った日高を上から見下ろしてた。

「やって良い事と悪い事の判断もつかないんですかー?」

「ははっ、まぁ、日高だしなぁ」

「その台詞、そっくりそのまま返すよ。やって良い事と悪い事の判断もつかないの? ド低能」

 日高は、蹲りながらも上を見て、睨み付けて、冷たく言い放った。この後、何をされるかなんて分かってるはずなのに……。

 それに、今まで何度もやり直してきたけど、やり方も違う。まるで自虐。

 もしかすると、本人的には正攻法のつもりかもしれないが。どんな心境の変化だろうか。私には分からない。

「日高!」

「お前、頭大丈夫か?」

 男子生徒二人は、日高を踏む。踏む。踏む。

 私は他の生徒と同様に、ただ眺めるだけ。どうしたらいいのか、分からない。またどうせ同じように、あの交差点で死ぬんだとばかり思っていたのに。

 私は死んでいない。交差点にはいかない。むしろ今、死ぬ可能性があるとしたら日高の方だ。

 背中を蹴られている。蹴られている。蹴られている。

 当たり所が悪ければ、死ぬだろう。悪くなければ、怪我くらいで済むが。

 男子生徒二人は、日高に暴言を浴びせる。私たちは、皆大人しく……ただ眺める。

 巻き込まれたくないから。冷たい、傍観者になる。

 誰も何も言わない。後は皆家に帰るだけだった教室では、誰も動けない。誰も話せない。

 耳に入り込むのは暴言と、人が蹴られる音。それから、廊下の喧騒。

「お前らに、分かんないだろうね……」

 息も絶え絶えに、日高は言う。掠れた声が、痛々しい。

「そうだよ、理解出来るかよ!」

「家畜の言葉が理解出来ねェのと一緒だよ。お前、家畜以下だし」

 ぎゃはははは。笑っている。理解はし合えないのか。理解をしようとしないのか。

 それはどちらにも言えたし、私達傍観者にも言えた。

「俺はっ……お前ら、みたいな、やつのせいで……」

 日高は言葉を紡ぐ。蹴る音は止んだ。笑う声も無い。二人の男子生徒は、日高を見下ろすだけだ。

「台無し、だよ。親は過干渉、教師は無関心、お前らはパシリとして扱って、クラスメイトはシカトを決め込む……」

 日高の声が、教室中に響く。決して大きな声を出している訳じゃないのに、誰も、何も言わないから。

「どうすんの? 全然生きてて楽しくない……いいよなぁ、あんたたちは」

 日高が言う。耳に痛い。心に痛い。そんな言葉を。

「一人は皆の為に、皆は一人の為に。そんな、小学校で掲げられたような目標はクソ食らえだ」

 そういえば、小学校ではそんな学級目標があったっけ。どこでも一緒。しかも、そんな綺麗事が上手くいく所なんて、ごく少数だ。

「俺一人が、皆の為に犠牲になってるじゃん……。どうして?」

 日高が聞く。私は、答えられない。他のクラスメイトも無言。

 男子生徒二人すら、無言だ。誰も、誰も、誰も、誰も、答えなんて分からないのだ。

 ただ自分のストレスを軽減させるために、ただ面倒事に巻き込まれないように、ただ、ただ……自分の為だけに、そうしてきたのである。ここに居る、全員が。

「つーか、家畜以下とかいったけどさ……家畜以下に無理やりしたのはそっちじゃん。どうして俺がこんな目に合わなきゃいけないわけ? 自分より弱い対象を作りたいのは、自慰行為と何ら変わりがないと思うんだけど」

 ゆっくりと、日高は立ち上がる。ひょろりと背の高い彼は、この場にいる誰よりも高い目線で、全員を見渡した。

「人をさぁ、道具みたいに扱うのって、どんな気分?」

 笑わない日高は、悲しい。でも私も、傍観者の一人で、加害者だ。

「俺は、人間じゃなくなるっていうのが、最悪の気分だっていうのは、分かったよ。全員のおかげで、さ」

 おかげ、だなんて嫌味。

「さぁ、家畜以下の反乱に、みんなはどうするの?」

 私は、どうするべきなのか。彼を見たまま考えたのだが――思考は、直ぐに途切れた。

 男子生徒二人が、日高を思いきり殴ったのだ。

「家畜以下は、家畜以下でいろよ!」

「反乱なんか、する必要ねぇじゃん!」

 必死に殴る。表情は焦っているような、怖がっているような、そういったものだ。

 日高は抵抗もせず、ただ殴られるだけ。私は、……私、は…………。

 考えても、どうするべきかなんて思い浮かばなくて、それでもやはり、これは不快だった。

「――百瀬!?」

 日高は驚いた顔をして、名前を呼んだ。男子生徒に掴みかかった、私の名前を。

「百瀬、止めんな! 俺らがこいつどうにかしてやんねぇと駄目なんだよ!」

「何勝手な事言ってんの? 馬鹿じゃないの?」

 私の力じゃあ、全然敵わない。知ってる。そんなの、知ってる。

 でも、こんなの嫌だ。私が目を背けたせいで日高がここで死んだらどうするの? 目を背けるのなんて、さっきやってきた。

 こいつは今、自分の内心を口に出してた。それに嘘も偽りも無いだろう。勘でしかないけど、そう思う。それなのに、どうして素直に助けようと動けなかったのか。

 散々関わったじゃないか。どうして「助ける」以外の選択肢があったんだ。

 こいつを放置して、自分だけのうのうと幸せな環境で過ごしたいなんて、馬鹿だ。そう、馬鹿は私だ。

 教室中がざわめく。誰も私に加勢することはないし、誰も日高を手当てしようとしている者もいない。

 だけど誰も、男子生徒にも加担しなかったし、数人、教室から飛び出した。

 野次を飛ばす人はいないけど、「どうしよう」「どうする?」の言葉は飛び交う。

「百瀬、離せ!」

 これは、誰の言葉?

 男子生徒なのか、日高なのか、それとも傍観していたクラスメイトの誰かの物なのか。

「あんた達だって分かってるんでしょ? 自分でしてるのは、自分が可愛いからだ、ってこと!」

 気が付くと、私は大きな声を出していた。自分の意志でやっているはずなのに、考えるよりも先に動いている。

「自分は悪くない、とか、巻き込まれたくない、とか、自分は強いんだ、とか、そんな風に思いたいから、こんな事してた!」

 男子と女子の力の差は、歴然としている。何度しがみ付いても、直ぐに振り払われた。だけど、私は止めない。こいつらが、日高に危害を加えるのを止めない限りは。

「どうして今、それを繰り返す必要があるの!?」

 私は大きな声を上げる。次の瞬間にはまた振り払われて、私の世界は回った。反転した、の方が正しいかもしれない。

 男子生徒から壁、天井へと勝手に見える物が変わり、最後には、がつん、と頭に鈍い音と痛みが響いた。

 そして私の意識は、どこかへ……。



 そして、また黒い空間。お馴染みの白い文字が躍る中で、私は直ぐに「コンテニューする」と答えた。

 次こそ、助ける。放っておいていい筈がない。

 人形の都合など知った事か。私がやりたいように、やる。それだけだ。


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