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悠久思想同盟  作者: 二ノ宮明季
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 正直な話、死にたいという訳ではないが、生きていたいという訳でもなかった。

 せめて自分が男であったならと、何度思った事だろう。そうすれば、少なくとも女同士の面倒くさい人間関係に巻き込まれる事は無かったはずだ。

 そんな思いは、世界の中で見たら、ごくごく小さな、存在すらも危うい私の物。この感情は、誰にも知られる事なく、大人になればひっそりと消えていくのだろう。

 私はそこまで考えると、小さくため息を付いた。

 ひらり、と桜が舞う。人生は憂鬱だ。


   1


 入園、入学、入社。嫌というほど「新なんちゃら」と名のつく人間が増える季節だが、今の私にはあまり関係がない。例え今日が新学期だったとしても、だ。二年生になった今日、クラス替えがあった。

 見知った顔と、知らない顔。両方見たし、多少だが話しかけられれば話もした。黒い髪の地味な子が、もじもじと私を見ていた事だって気が付いていたけど、敢えて私からは話しかけなかった。

 そんな時間を過ごしたところで、「それで?」という感想しか抱けない私は、どこかおかしいのだろうか?

 早くも友達面して群れる女子。態々私なんかに声をかけて、仲間を作ろうと必死な女子。

 そのどちらも無視して、私は教室を後にする。そうしながら思う事は「キモチワルイ」。

 女は作ってばかりだ。自分が一人にならない為ならば、友達の振りだって平気でする。

 だったら、一人でいる方がずっといい。私は誰も信じないし、友達なんていらない。

 教室を出て、廊下を歩いて、昇降口をくぐって、帰路につく。これらは一人でするのが一番効率がいいし、楽だ。

 この考えは、「大人」とやらになれば変わるのかもしれないが、少なくとも今――十六歳の私にとっては揺らぎようのない物である。

 まだ散りたくなかったであろう桜のつぼみを踏み潰し、私は小さく小さく舌打ちをした。何に、かは、わからない。無性に腹が立ったからだ。

 学校の校門を抜けて少し歩くと、大きな交差点がある。

 男子生徒が三人、ふざけ合っているようだったが、私は興味を抱けない。だって、関係ないし。

 視線を外した先にはカーブミラー。なんとなく見ると、酷い顔をした私が映っていた。

 その次の瞬間――キキィィと耳障りな音が聞こえ、眉間に皺を寄せた。

 私の耳に、今度は別の大きな音が聞こえて……身体に強い衝撃。全てがスローモーションに見えたかと思うと、急速に世界は回る。

 膨大な情報が一気に押し寄せてくるような感覚の中で、同じ制服を着た男子が車道に横たわっているのが見えた。

 そして動き出した世界の中では、皆、皆、皆、呆然とした表情で、ぽっかりと口を半開きにしている。バカみたいだ。

 桜が舞う。ひらひらと。

 こんな状況なのに、私は自分が車に撥ねられた事を理解していた。

 あーあ、なんだろう、これ。あっけなさすぎるでしょ。人生(おしまい)ってやつは。



 白い天井が見える。けれど、青かもしれないし、黒かもしれない。

 私が白だと思って見たとしても、大多数の人間が「黒だ」と言えば、「黒」になるからだ。

 そんなどうでも良いような事を考えながら、私は「あー」とか「うー」とか言いながら身を起こす。なんとなく軋んでいるような気がするが、そうではないようだ。

「やっと起きた?」

 男の声。私は驚いてそちらへと顔を向けた。どうやらこの謎の場所には、私の他にも誰かが居たらしい。

「……あんた、誰?」

 私と同じ学校の制服を着た黒髪の男子が、ニヤニヤとした笑みを浮かべている。

「俺? 知りたかったらそっちから名乗ってよ」

「何で?」

 そっちから声をかけてきたくせに、と、私は睨み付けながら尋ねる。

「俺はアンタの名前や人間性に一切の興味がないから。そっちが便宜上でも俺の名前を呼ぶ意志があるのなら、知りたい方が先に名乗るべきだよね? 昔からそう言われてるっていう事は、それがマナーって事だろうし。違う?」

 不愉快な奴。こんな事を長ったらしく言いながら、ニヤニヤした表情を正そうとしない。

 本当に彼が言った事がマナーなのだとしても、人を馬鹿にしたような顔の彼にそんな事を説かれたくはない。

 私は周りをぐるりと見渡してから、少し状況を整理する事にした。

 見渡した時に目に入ったのは、二体の人形と思しき物体。一瞬人間かと思ってドキリとしたが、一体の人形のむき出しの膝が球体だった。

 それ以外は、どこも真っ白で上も下も右も左も感じられない。無彩色は無機質だ。

 今いる場所が、どんな所なのかは理解した。さて、私はさっきまで何をしていただろう?

 考える。考える。考える。

 ……車に撥ねられた。あれは多分、死んだ。今頃、私の身体は動くことを放棄して、死体になっただろう。

 私は大きくため息を付いた。非科学的だけど、ここはあの世だ。確定だ。

 生きたいわけじゃないと思いつつも、こうもあっさり死んでしまうと未練があったようにも思える。だからといって、皆で友達ごっこをすればよかったなんて思わないけど。

 熟考の末、私はまたため息を付いた。

「……百瀬橙子(ももせとうこ)

 絞り出すように名乗る。悔しいけど、ここで話せる相手は今の所彼だけだ。便宜上でも名前が欲しい。

「俺は日高笑太(ひだかしょうた)。これで満足?」

「まだ聞きたい事があるんだけど」

「知らない」

 私の質問に対し、内容を聞く前に彼は答える。思わず「はぁ?」と、眉間に皺を寄せながら言うと、日高はニヤニヤした顔のまま、もう一度はっきりと「知らない」と言った。

「俺はここから一歩も動いていないから知る筈もないんだ。目に映る範囲に君と人形二体がある事には気が付いていたけど、どうにかしようとは思わないから」

「……何で? 意味が分からないんだけど」

 私は、眉間の皺を更に深くしながら聞く。彼の態度に、段々と腹が立ってきているけれど、それでも大人しく聞いているのは、どんなに些細な情報でも欲しいから、以外に理由はない。

 ……死んだというのにこんな態度しか取れない私は、まさしく可愛げを母親の腹の中に置き忘れてきてしまったのではないだろうか。尤も、こんな訳の分からない場所で、訳の分からないこいつ相手に可愛げを使っても、何の効果も無いだろうから必要はないが。

「簡単な事。危ないかもしれないからだよ」

 私は黙って、彼がその続きを語るのを待つ。

「何だかわからなくて、危ないかもしれないものを最初に触りたいと思う? 例えば、直ぐに頭がよくなる薬とか差し出されたって、誰かが飲んで安全が確認されないと手を出す気にはなれないよね? いつだって、歴史に残る人物は、それが出来る人。けれど、その他大勢の方が賢い。で、俺はその他大勢だから自ら動きはしない。お前が動いて人柱になれよ、って、圧力をかけられたのならそのまま従うけどね。俺、長い物には巻かれるし。でも今は違うから動かない。理解出来た?」

 長々と語り終え、少し首を傾げる日高。私は大きく大きくため息を付いて、皺のよった眉間を指で撫でた。

 それから少し間を開けて「理解できたけど」と話を切り出す。

「それじゃあどうするの? 私だって、歴史に残るような人物ほどの行動力はない。どう考えたって、その他大勢の方寄りの人間だもの」

「じゃあこのままだよ。黙っていれば物事は進行するかもしれないし、しないかもしれない。俺は黙っている事は苦手じゃないから構わない」

 思わず、また眉間に皺を寄せそうになった。

 褒めてほしい。皺は、寄せそうになっただけで寄せていないのだ。

 ……この場にいる人間は私と彼だけだし、褒めて貰うのは絶対に無理。そもそも本当に褒められると蕁麻疹が出そうだけど。

「もし、アレを見てこないと物事が進展しなかったらどうするの?」

 私は気を取り直して尋ねる。

「今言ったじゃん。どうもしないって」

「じゃあ、何もしなかったせいで、酷い目にあったら?」

「どうもしないよ。俺は何もしていないのに酷い目にあった不幸な人間だと嘆くだけ」

 駄目だこいつ。徹底した駄目男だ。然程人と関わろうと思っていない私ですら分かるくらい、彼は人任せである。非常に腹立たしい。

「考え、変わんないの?」

 これぞ本当の『駄目押し』。効果は無いだろうが、やらずにはいられなかった。

 何しろ今の私の状況は、結果的にハズレのクジを引かされそうになっているのと似ているのだ。片方はクジなんかいらない、と。私だっていらないけど、このまま何もしないのも嫌だった。

「百瀬がアレを見て来る事によって、状況が変わってくるのなら、俺はそれを受け入れて、流れに乗るだけだよ」

「私があそこまで行って、見てくればいいって事?」

「別にそうは言っていない。君に動こうという意思があれば動けばいいし、何もしたくないのならこのままいればいい。ただし俺は変わらないし動かないよ、っていうスタンスを提示しているだけだし」

 ……さて、どうするか。彼を動かすのは私じゃ確実に無理だ。

 一人で人形を見に行くのが怖いわけではないが、こいつがこんな態度を取ると、なんだか行きたくなくなる。

 あぁ、でも、このままだと本当に何も進まない。

 こんな場所で話し相手が日高しかいないなんて、私には耐えられる気がしない。けれども、私が動かなければ何もなさそうだ。

 いや、でも……。こんな事、考えても仕方がないのは分かる。分かるけど、でも……嫌だ。

 事態が何も動かないのも、私が動くのも、どっちも嫌。でも、きっと私が動かない限りは、何も動かない。しかし……。

 …………。

 仕方がない。私が見てこよう。

 仮にこれで近づいた瞬間爆発しようと、どうせ私は既に死んだ身だ。木端微塵になって困るものは何もない。

 私は立ち上がり、二体の人形へと近づいた。背中に日高の視線を感じつつ、人形をまじまじと観察する。

 どちらも、私達と同じ高校の制服を着用していた。片方は女性型で、茶色い短い髪に、平均よりやや大きな胸。もう片方は男性型で、黒い髪にひょろりと長い背丈。

 私と彼にそっくりだった。

 特に私の方は、女であるという象徴のようで嫌いな胸のサイズまで同じようで、気持ちが悪い。

 そう思いつつも人形に手を伸ばすと、固く閉じられていたその瞳が開いた。

 ガラスの目玉はぐるりと動き、二体とも私をじっと見る。目を開けた人形は、ますます私と日高にそっくりだ。

 私はどうすればいいのだろうかと考えながらも、目を逸らす事が出来なかった。

「リプレイしますか?」

 ガラスの瞳に私を映し、感情のこもらない、しかし私と瓜二つの声で、人形は私に問うた。気味が悪かった。

「リプレイしますか?」

 再度、人形は私に問う。

「な、何? リプレイって、何なの?」

「リプレイをすると、過去を改ざん出来ます」

「……改ざん?」

 人形の答えに、私は首を傾げた。全く分からない。

「リプレイしますか?」

 また同じ質問。あれ以上の答えは望めないらしい。ため息を付きたくなる。

「リプレイしますか?」

 また聞かれる。急かすように、それ以外を選ぶ事を許さないように。

 私が無言でいると、また「リプレイしますか?」と聞かれた。

 硝子玉の瞳が不気味だ。

「しないの?」

 いつの間に近くにいたのだろう。日高が私の隣で尋ねた。

「あんたこそ」

「やると思う?」

 私は言い返したけど、彼の言葉を聞いて「思わない」と答える。……ため息、つきたい。

「リプレイしますか?」

 また、人形は尋ねる。……もう、なんか色々面倒くさい。

 ここにいる限りは人形にも日高にも急かされそうだ。どうせ私は死んだ身。

 どうとでもなればいい。ここで何か起ころうと、私には関係ない。もう死んだという事は、これは私であって私ではない。

 それならば、一度くらい体験してみればいい。どんな風になろうと、結局関係なんてない。全くない。

「リプレイしますか?」

 また聞かれる。そして私は、「はい」と答えたのだった。

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