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悪名高き魔法使いと祈りの花  作者: 常磐くじら
悪名高き魔法使いと祈りの花
2/5

 

 ココの主人であるシャンティティエル・シュツルーテルは大層見目麗しい青年である。

 

 その美貌は幼女から老婆まで、さらには性別を超え殿方までも骨抜きにする。ひとたび往来で微笑めば彼に懸想する人が列をなすほどだ。


 対してその従者であるココは絵に描いたような平々凡々。童顔なのでよく勘違いされるが、これでもシャンティティエルより半年ほど前に生まれている。彼とココはいわゆる乳姉弟なのだ。


 そのため物心ついた頃から、この一癖も二癖もある『坊ちゃま』に振り回されるのは大抵ココの役目だった。



◇◇◇



 魔法大国フロレンティア。遠く離れた大陸の西端に位置するその国こそ、ココとシャンティティエルの愛すべき故郷である。


 フロレンティアのシュツルーテル家と言えば大貴族であり、代々優秀な魔法使いを輩出することで有名だ。御多分に漏れずシャンティティエルも優れた魔法の使い手だった。しかし気楽な三男坊であることを言い訳に仕官もせず、ひたすら趣味である魔法研究に没頭する生活を送っていた。


 それが一年ほど前に突然「世界を見たい」などとふざけたことを宣言したかと思うと、周囲の制止なんてどこ吹く風と笑顔のまま国を飛び出してしまったのだ。慌ててココが追いかけて―――それから今日に至るまでふらりふらりと放浪を続けている。一応フロレンティアにいた頃から魔法使いとして気まぐれに依頼を受けていたのだが、それが今や、どこをどう間違ったのか『悪名高き魔法使い』と呼ばれるようになってしまった。世話人兼お目付け役と自負するココの気苦労は絶えない。



 そういうわけで、今回もカムリに着いて早々、その悪名を聞きつけた客人がやってきた。そして依頼を快諾した主人(とその付属品であるココ)は、観光もそこそこに、きらびやかな街の裏側に連れてこられたのだった。



◇◇◇



 鎖で厳重に封をしている門を鍵で開けると、錆びた匂いが鼻をついた。にぎやかな広場からもれる色とりどりの魔法灯が、ここでは混じり合って暗い影を落としている。祭の喧騒など忘れ去られたように、どこもかしこもひっそりと息をひそめて、澱んだ空気をそこいら中に吐き出していた。


「芸術の街にも、こんな場所があるんですね」


 すべてが洗練され、美しいのかと思っていた。ココは辺りを見渡すと、ぶるりと肩を震わせた。まるで、墓場のようだ。


 風に乗って、広場の方から拍手とファンファーレが聞こえてくる。おそらく、今宵の目玉である【虹の歌姫】の独唱が始まったのだろう。次々と夜空に何百、何千という花火が打ち上げられていく。ぱっと空が明るくなるたびに、汚らしい路地裏が浮かび上がっては闇に溶ける。ココは何とも言えない気持ちで呟いた。

「……こういうのも、芸術になるんでしょうか?」

 首を傾げる従者を見て、年下の主人は慈しむように微笑んでいる。なぜだ。


「―――なるわけねえだろ」


 そう言葉を返したのは、錠前を手にした体格の良い男だった。

「芸術なんて金儲けの後づけだ。金になるか、ならないか。この世にあるのはその二つだけさ」

 そう言って、男は、お世辞にも上品とは言えない顔で笑い声を立てた。身なりこそ立派だが、そこはかとなく暴力的な空気をまとっている。この男が今回の依頼主で、この街の()()()だった。


 そう、カムリという街は私物なのだ。


 えげつないやり方で無一文から億万長者に成り上がったというこの男の、物、なのだった。


 男は私財のほぼすべてを投げ打ってこの痩せた土地を買い上げ、芸術の街として復興させたという。カムリという名をつけたのも男だ。しかし、なぜこのような道楽を始めたのかは誰も知らない。それゆえ巷では巨万の富を持つには若すぎた男がとうとう発狂したのだと、まことしやかに噂されている。



「ヤヌの悲劇と言っても、あんたらくらいの年じゃピンと来ないだろ。俺もその頃はまだガキだったけどな。もう三十年になるのか。―――この辺りはヤヌチニとかいう民族の自治区があったんだよ。さっきあんたが墓場とか言ったが、まあ、似たようなもんだ。ここには、死者の魂を清める祭壇があったらしい」


 そもそもココはこの国の人間ではなかったので、実は男の考える以上に歴史に疎かったのだが、同じ条件でも勉学を趣味に掲げる主人は違ったようだ。


「ヤヌチニ―――確か、国の提案した統合措置を拒んだために軍の総攻撃を受けて一夜にして滅ぼされた少数部族だったかな」


 男は少し驚いたように片眉を上げたが、すぐに皮肉っぽく唇を吊り上げた。


「ああ、実に非生産的な話だ。知ってるか、ヤヌチニたちは戦いの最中でも魔法を使わなかったんだぜ。あいつらの宗教じゃ魔法は祈るためのもので、奪うためのものではないんだとよ」


 ふん、と鼻を鳴らし、小馬鹿にするように肩を竦める。


「追い詰められ、死を覚悟したあいつらが何をしたと思う。戦うことも、身を守ることもせず、ただ祭壇に【祈花】を捧げたんだ―――全く、おめでたい連中だよ」

「キカ?」

 聞きなれない単語に首を傾げると、またもや主人に微笑まれた。だからなぜだ。

「ヤヌチニが扱う伝統魔法の一種だね。彼らは、祈りを花の形にすることができたと言われている。それが【祈花】。さしずめ、死者を弔うための献花、といったところかな」

「なるほど、花屋は商売あがったりですね」

 思ったことを言っただけだったのに、やはり主人に微笑まれた。たぶんこれはあれだ、とココはようやっと思い出した。

 幼い頃、主人のおやつを咥えていった猫を追いかけて肥溜めに落ちた時。病気がちだったお母さまが星になってしまったと気落ちしていたので、ならその星を取ってあげようとして一本杉から転落した時。そして突然屋敷を出て行った身勝手な主人の元に着の身着のままで駆けつけた時にも浮かべていた。


 これはつまり―――年上の従者のことを心底馬鹿だと思っている時の顔なのである。


「彼らの概念ではね、死後の世界は分厚い霧で覆われていて霧の中では行けども行けども同じ場所をぐるぐると廻っているだけなのだそうだよ。唯一、死者に捧げられた【祈花】だけが、霧を祓う光となって、母なるヨジェのもとまで案内してくれるんだ。逆に、【祈花】を捧げられなかった人間は、生前の行いが悪かったとして、霧の国に囚われ未来永劫苦しむ羽目になる」

 その言葉に、男が馬鹿にするように低く嗤った。

「よく知ってるな。でも俺に言わせりゃ、そんなもんはただの迷信だ。祈ったところで、どうして死者がそのヨジェとやらのもとに行ったとわかる? 俺なら祈らん。祈りもいらん。俺にとっちゃこの世が全てだ。そんなものにすがって死んでった奴らは、言っちゃあ悪いが―――馬鹿だ」

 そう言った男の視線の先には、かつて神殿の一部だったと思われる石柱があった。あそこが祭壇だろうか。男はそこまで歩いていくと、半壊した台座の上に、懐に入れていた掌大の石をころんと転がした。

「こいつは、ヤヌの悲劇でヤヌチニのひとりが編んだ【貴石】だ。まだ()()()いるんだが、わかるか?」

 よく見れば、石は淡い光で包まれている。確かにそれはまだ()()()―――つまり、石が編み込まれた魔法を保っている証拠だった。


「俺の依頼はこいつを【ほどいて】もらうことだ。あんたが噂通りの人間なら断ったりはしないだろう―――()()()()()()使()()さんよ」



 その挑むような視線を受けて、ココの麗しき主人は満足そうに微笑んだ。



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