二人の第一歩
次の日の朝、やはりメールの受信はなかった。
なんて気の重い週初めの月曜日なんだろう。
愛は携帯の待ち受け画面をぼーっと見つめる。
【・・・どうせダメになるなら、何か行動してみるべき・・・かな。】
愛は自分から一軒のメールを送信した後、立て続けに自分から連続メールを送る行為が大嫌いだった。
いかにも【あなたを追いかけています】的なこの行為。
しかし、今回だけはやむを得ない、このままだと本当に終わってしまう。
愛は重い気持ちでサイトにつないだ。
メッセージを送る画面に入り、手早くメッセージを作成する。
どうかしたかな?
あたし何か悪い事言っちゃったかな?
それとももしかして何かあった・・・?
結構心配しています。
大丈夫ですか?
どちらにしろ、一度メッセージ下さい。
本当に心配しています。
送信・・・・。
しかし、その直後、愛はメッセージを送ったことを深く後悔した。
【あかん!めっちゃ立場下になってるやん。あたし、めっちゃ追いかけてる女やん!】
愛は落ち着き無く部屋をウロウロする。
【あ〜も〜、戦略めちゃくちゃやん】
そして、もう一度メッセージを作成。
彼女でもない癖に、なんであたしがこんな心配しなきゃあかんねん〜〜!
送信。
【あ・・・・】
送信した後、更に先ほどよりも大きな後悔が襲う。
深く考えずに感情の勢いで送信してしまったこのメッセージ、明らかに逆効果。
しかし、時はすでに遅し。
【・・・何やってんだ〜あたし・・・】
愛は頭を抱える。
【完全にあたしが振り回されてるやん・・・】
愛はしばらく動けなかった。
【これじゃぁ、完全に恋する乙女やん・・・】
しかし、その一時間後
愛は少し頭を冷やそうと、出かける準備をしていた。
その時、携帯がなる。
一瞬メールかと思ったが、電話である。
【・・・電話・・・?誰?】
ディスプレイには見たことの無い携帯番号が表示されている。
それを見た愛は、大きく一度、全身が脈を打つ。
愛はゆっくり通話ボタンを押し、携帯を耳に当てた。
『もしもし?俺、智哉』
三日前の金曜日。
智哉は愛とのメッセージ交換の最中。
【おっ、返事来た来た】
智哉はベッドで横になりながら携帯からサイトに繋ぎ、メッセージを読んでいた。
【あ、メルアドが書いてある、そういやコイツの携帯番号も俺前に聞いてたな。
あの時は警戒して店から電話したから発信履歴には残ってないか・・・。
・・・携帯に登録しとくかぁ。】
智哉は過去のメッセージを見直し、愛の携帯番号が書かれたメッセージを探す。
【あ、あったあった・・・】
智哉はメモ帳を探し、愛の携帯番号と、メルアドをメモる。
【・・・ややこしいアドレスやな・・・】
携帯に登録する為、一度サイトを閉じ、形態とメモ帳を交互に見ながらひたすら打つ。
次の瞬間。
『そのアドレスと番号、誰の?』
後ろから声が聞こえる。
智哉はびっくりして、飛び上がるように後ろを振り向く。
そこには彼女の沙織が立っていた。
『お前何やねん、急に来るなや』
智哉はあきらかに動揺して答えた。
『何を言うてんの?いつも金曜日のこの時間には、あたし来てるやん?
・・・っていうか、それ、誰のよ?』
沙織は机の上のメモ帳を指差し智哉を見る。
『ツレや。携帯変えた言うて連絡あったんや』
智哉はメモ帳を机の引き出しにしまいながら答える。
『連絡あったならそのまま、メモリー登録てきるやろ?
何メモってんねん、おかしいやん』
沙織は少し怒り口調で智哉を責める。
『お前、しつこい。』
智哉は携帯を閉じ、ベッドに戻り横になる。
『ちょっと、携帯貸して』
沙織は智哉の携帯を取り上げる。
『おい!返せ!ウザイ事すんな!』
智哉が立ち上がり、沙織から携帯を取り上げようとするが、沙織は意地でも渡そうとせず、携帯のメール画面を開こうとする。
『ちょっと!何携帯にロックかけてるのよ!?
暗証番号教えろ!』
沙織がメール画面を開こうとすると、暗証番号入力の表示がされる。
『なんでお前に教えなあかんねん!いいから早く返せ!』
智哉はそう言うと、沙織の腕を掴み、無理やり携帯を取り上げる。
『隠さなきゃあかんこと沢山あるからロックしてるんやろ?
隠すこと無いなら見せろよ!』
沙織は少し泣きそうになりながら智哉を責める。
『お前がそうやって、勝手に携帯を見ようとするからロックかけてるんや!
ホンマにお前、ダルイわ!』
智哉は携帯をズボンのポケットにしまいこむ。
当たり前だ、智哉の携帯には智哉を狙う店の客や、飲み屋で知り合った女の携帯番号やメールが沢山入っている。
智哉は携帯のロックを常にかけていた。
『見せろよ・・・』
とうとう沙織が泣き出す。
『あ〜も〜、ホンマウザイ!
ほらまたそうやってすぐ泣くやろ?
お前泣いたら勝ちやと思うなよ、そういうとこマジでダルイ!
もうええよ、帰れ、帰ってくれ、気分悪いわ』
智哉は泣いている沙織にも酷い言葉を浴びせる。
沙織は静かに俯き泣いている。
『お前が帰らんのなら、俺が家出るわ、そのまま仕事に出るから待ってても帰らんからな』
そういい、泣いている沙織を置いて、智哉はベッドの脇に掛けてあるダウンジャケットを着て、外に出た。
『でさぁ、俺そのまま腹が立ってイライラしてたから、仕事に出て、そしたら仕事の終わりかけに女が店に来てよ〜・・・』
智哉は会いに電話で事情を話す。
『うん、うん。・・・・あははは』
愛は話をじっと聞いていた。
『で、結局土日は監視されたまんま。
俺が携帯開くたびに覗こうとするし』
智哉はその場面を思い出し、少しイライラしながら愛に愚痴る。
『あはは!智哉キレてんのにその行動できる彼女、すっごいなぁぁ!』
愛は笑う。
『お〜、すっげ〜女やで。ホンマ怖いわ〜』
智哉も笑う。
『・・・でさ、電話もメールも出来なかった。
ホンマごめんな、心配かけたみたいで・・・』
智哉が謝る。
『あ、ううん、そんな事じゃないかと思ってた、彼女といるのかなぁって』
愛はまた、ウソをつく。
『あれ?俺、女いるって言ったっけ?』
愛は少し【しまった】と思ったが、すかさず返す。
『あれだけ男前なら彼女の一人か二人くらいいるって思うってば〜。週末だしね。』
愛は完全に切り替えしたと思った。
しかし、智哉の返事は愛を困らせた。
『・・・ふ〜ん、あんなに何度もメッセージ送って来といて?
彼女でもないのに心配だ〜〜って?』
愛はカーッと顔が熱くなるのを感じた。
『あ、それはさ、ほら、
また智哉なんかやらかして、警察に捕まったんちゃうかなぁって・・』
愛は気が動転しながらも必死で言い訳をする。
智哉は少し含み笑いをしながら
『ふ〜〜ん』
とだけ答えた。
愛はつくづく二度目、三度目のメッセージを送ったのを後悔した。
無言になってしまった愛に、智哉は続けて話をしだす。
『で、本気で抱いて欲しいの?』
愛は、話が変わったことに少しホッとして、頭を切り替える。
『うん、そうだねぇ。智哉みたいなイイ男になら一度でいいから抱かれてみたいね』
愛の頭の中には色々シナリオがあった。
まずは智哉とは【遊び】という関係を持つこと。
いきなり智哉に本気になれと行動をおこしても、こちらは既婚者、相手も彼女がいる。
ならまずは、お互い軽く楽しい浮気相手として関係を持っていこうと考えていた。
最終目標は、智哉の彼女から智哉を奪い取り、自分を本命にさせること。
『わかった、いいよ。
たださ、俺にも女いるし。一度だけな』
智哉が答えた。
『うん、あたしもさ、旦那も子供もいるしさ、本気で付き合うなんて考えてないし。
遊びだね、遊び、暇つぶしに多少ドキドキしたいだけだし。
遊び相手なら智哉くらいの男前がいいしね。』
愛はとりあえず前に進む関係にガッツポーズ。
『長く続けて俺が愛にマジになったら困るしなぁ』
そう言いながら智哉は笑う。
『有り得ないでしょ〜!?』
愛も笑う。
『ま、ヤッてしまってもせっかく再会したんやし、友達関係続けような』
智哉が真面目に言う。
ここで、愛は次の思惑を智哉に仕掛ける。
『キスは無しね。
キスは絶対に好きな人とだけだから!』
これは愛にとっては重要な事だった。
これは自分への防御線。
愛は遊び相手とは絶対にキスはしないと決めているのだ。
万が一、恋愛感情には発展しないように、自分で線をきっちり引く。
『あ、それ、なんとなく俺もわかるような気がする。
了解、キスはナシね』
智哉も答えた。
『ただ、旦那、子供、彼女がいる関係だからさ、なかなか時間合わないから難しいかもね。』
愛が言うが、これも愛にとっては好都合、そんなに簡単に体を許すわけがない。
『だな、ま、また時間頑張って作ろうや』
智哉が言う。
『また近いうちに店に遊びに行くよ』
愛の作戦、また間を開けずに顔を店に行く事は肝心。
このままだとうやむやになって、なくなってしまうことは良くある。
『おぉ、楽しみに待ってるわ』
智哉が答え、電話を終える。
愛は少しワクワクしてきた。
数分後、愛の携帯メールが鳴った。
これ、俺のメルアド。
女がいて返事できない時もあるけど、またいつでもメールしてきてな。
会えるの、楽しみにしてるよ
智哉