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二人の人生の再出発

【うわ〜、懐かしいなぁ・・・】


愛は10年ぶりにこの大阪城公園に来た。


【10年ぶりやのに、この景色、覚えてるもんなぁ・・・】


少し早めに公園に着いた愛は、しみじみ景色を眺めながらゆっくり歩く。



三月末、今日はとても暖かい。



公園には散歩をする人や、走り回る子供、仲良くベンチに座るカップルや、海外からの観光客。


幸せそうな人々が沢山いた。



【あたしもこれからいっぱい幸せになるんだ・・・】



愛は約束の広場に向かった。







キンッ・・・カショッ



キンッ・・・カショッ



ジッポを開け閉めしながら智哉は広場にあるベンチに座り、火のついていない煙草をくわえ、じっと足元を見つめ何かを考えていた。



『・・・・・・・。』



キンッ シュボッ・・・・・・・・カション・・・



『フーーーーー・・・・』



智哉が煙草に火をつけ、深く煙を地面に向かい吐き出した。



サクッ サクッ サクッ サクッ



芝生を踏みつける足音がだんだん近づき、自分の前で止まった。


智哉はゆっくり顔を上げた。


するとそこには、智哉の1メートル程先に愛が立っていた。



『何、難しい顔してんねん!』



愛が笑いながら智哉に言った。



智哉はしばらくの間、愛をボーっと眺めた。


愛も笑顔でそんな智哉をじっと見つめた。



『愛、お前やっぱり、イイ女やな。』


智哉の言葉に


『そやろ!?』


と、愛は笑いながら答えた。


『ちょっと散歩でもしようか』


智哉がそう言い立ち上がる。


愛は笑顔で頷いた。



『なんか、飲む?』


しばらく歩き、自動販売機の前を通りかかるとき、智哉はポケットから小銭を出しながら愛に言う。


『ちょうど、喉渇いてた』


愛が言う。


『どれ飲む?』


智哉が聞くと、愛は【売れてます】のPOPの付いたコーヒーを指差す。


智哉はそのコーヒーのボタンを押しながら


『売れてますって書いてたからこれ選んだんやろ?これ、マズイで〜』


と言う。


『前も同じこと言うてるやん。

 そんなん言いながら美味しいんやろ〜?

 もう騙されへんで!』


愛はそう言うと、コーヒーを差し出す智哉の手からコーヒーを奪い取り、勢い良く飲む。


『うっわ、甘っ!何これ!?』


愛が噴出しそうになってるのを見て、


『だから言うたやん、マズイって』


と、智哉は笑った。


ハンカチで噴出したコーヒーを拭いている愛に


『そういやさ、なんぼでもお茶出てくる自販機あったん、覚えてるやろ?』


と、智哉は言う。


『うん、あった〜!』


愛が答えると、智哉が続けて


『あの自販機、なくなっててん、俺らのせいかな!?』


と、笑いながら言う。


『絶対そうやわ〜!』


と、愛も笑いながら答えた。


『・・・よく来たよなぁ。この公園』


智哉がしみじみ言う。


『うん、めっちゃ懐かしい・・・』


愛もそれに答えた。



しばらく二人は無言で歩く。


ゆっくりと、時が流れる。



『・・・今日、広場で座って愛を待っている間・・・

 大きな鞄、抱えてくる愛と、小さな鞄しか持ってこない愛・・・

 どっちの愛が来て欲しいのか、正直解らなくなってた。』



智哉がポツリポツリと、話し出す。



『俺が顔を上げた時、小さな鞄を持っている愛が目に入って・・・・

 心からイイ女やな・・・って思った。』


智哉の言葉に愛は少し笑いながら


『うん、知ってる』


と、答えた。


『・・・俺は男一人の為に旦那や子供捨てるような非常な女なら、好きになってへんわ。』


智哉が少し笑いながら言う。


愛も少し俯き笑った。



『・・・愛、今日は帰ったら、何のご飯作るん?』



智哉が笑顔で聞く。



『旦那の好きな八宝菜と、智哉の大好きなから揚げ!』



愛は満面の笑みで答えた。






約束の日の前日の夜


夕飯後、いつものようにリビングで寛ぐ夫と、楽しそうに遊ぶ子供の姿があった。


愛は前に役所からもらってきた離婚届を、キッチンの引き出しから取り出し、ポケットに入れた。


そして、夫の側に行き、ゆっくり話しかけた。


『あんな、あたし・・・話あんねん・・・』


夫はテレビに目を向けたまま


『何?』


と、聞いた。


『あんな、あたしな・・・ずっと隠してたこと・・・あるねん・・・あんな・・・』


なかなか言い出せない愛に、夫はテレビを見たまま言った。


『智哉君・・・やろ?』


夫の言葉に愛は驚きを隠せず、声も出せなかった。


そんな愛をチラッと見て、夫は言った。


『気付いてへんと思ってた?』


旦那は淡淡と話す。


愛は言葉が出ない。


『ここ一年、楽しそうにメールして、今まで毎日真面目に主婦やってた愛が、オシャレして夜 家を出て行く、それで俺が気付かんとでも?』


夫はずっとテレビに目をやりながら話す。


愛はポケットの中の離婚届をギュッと握り締めた。


言葉を捜して黙りこくる愛。


その愛の方にやっと夫は目を向け言った。


『なんてのは、嘘、全く気付いてなかった』


夫が少し笑う。


愛はもう頭の中がパニック状態になり、目を白黒させていた。


『一週間前、俺の携帯にさ、電話があってん』


今まで横になっていた夫が起き上がり、愛と向き合う。


『・・・誰から・・・?』


愛が聞く。


『沙織ちゃん』


びっくりした顔をしたまま固まる愛に、夫は続けて話す。


『一回、一緒に店行った日あったやん?

 あの時、愛が電話しに外に出て、なかなか帰ってこないし、気付いたら智哉君もいなくて

 その時に沙織ちゃんが俺に言うたんよ。

 【あの二人、怪しいねん】

 ・・・って。』


夫は優しい顔で話し続ける。


『最初、んなワケないやん!言うたんやけども、沙織ちゃんは絶対怪しいって。

 何か愛が怪しい動きしたら教えて欲しいって、電話番号だけ交換したんやん』


愛はあの日の夜を思い出す。


そうだ、10分か、15分・・・


結構な時間があったのに、夫も嫉妬深い沙織も見に来なかった。


今思えばそういう会話が夫と沙織にあっても変じゃない。



夫がまた話し出す。


『俺、それでもまだ、そんな事あるわけが無いって沙織ちゃんの話笑いながら聞いてた。

 だからその後愛が来て、家に帰っても愛には何も聞かんかった。』


夫はどうしてこんなに落ち着いて話してるんだろう・・・

 

愛はそんな事を考えながら話を聞く。


『結局あの後、沙織ちゃんに電話する事も、沙織ちゃんからの電話もなくて、

 やっぱり何もなかったんやってホッとしてたらさ、

 先週、沙織ちゃんから連絡あって・・・』


夫は一旦言葉に詰まった。


『・・・智哉君に、愛とアメリカ行くから別れて欲しい言われた・・・って

 泣きながら言われて・・・』


夫は少し、声が震えていた。


愛は下を向き、目をつむる。


『俺、嘘やろ〜?言うた。

 最近会いはまた、出かけることもなくなってたし、有り得ないと思って・・・

 でも、沙織ちゃんに俺、めっちゃ怒られてん』


夫はそう言うと、少し笑った。


『アンタがそんな暢気なことばかり言うて、嫁をちゃんと捕まえてへんから

 ちゃんと嫁を見てへんから、こんな事になったんや!

 ・・・・ってな、電話切られた。』


夫は一人で遊んでた子供を抱き上げ、膝に乗せた。


『俺、その後もしばらく信じられんかったんやけど・・・

 ホンマなら・・・と思ったら、沸々怒りわいてきて・・・・

 愛にすぐ電話して確認して、どついたろかと・・・思った。』


夫の声が少し強張る。


『でもな、沙織ちゃんの言う通り、俺気付かんとアホやなって・・・

 ちゃんと愛見てへんかったし、会話も最近・・・

 あまりしてへんかったな・・・って。』


夫が俯く。


『責めるだけの立場ちゃうやん・・・って。

 優しいフリして・・・遊びに行っても文句言わん、優しい旦那やって・・・

 そう自分で思って・・・

 それだけで満足やろ・・・って・・・・

 ・・・夫婦の会話とか・・・なんもせんと・・・逃げ・・・・』



俯く夫は声が完全に震えていた。


胡坐をかいた夫の足に、俯く夫の目から大粒の涙が落ちる。


愛の目にも涙がたまる。


『結局、今日愛から言われるまで・・・何も言えん・・・かった』


夫に抱かれた子供が夫の顔を覗き込む。


『ぱぱ?』


愛も耐え切れず、俯いた瞬間、自分の手の甲に、涙が落ちた。


『ホンマやったんやな・・・俺、アホや・・・気付かんとアホや・・・情けない・・・』


夫はいきなり天井を見上げ、涙を手で拭いた。


そして、愛を見て


『今まで、愛情与えなくて、本間にゴメンな。

 結婚してからプレゼント一つあげてへんかったな・・・

 一緒にただいるだけやった・・・

 愛想つかされてもしかたない・・・

 ごめんな。』


愛は自分も今まで夫に対して愛情無く過ごしていた事実、結婚した理由、


そういった夫に対しての裏切り行為全てを思い、涙が止まらなかった。


こんなに夫は自分の事を想ってくれてたのに・・・


浮気した嫁に責めず自分の非を探し謝罪し・・・


昔の愛なら何一つ感じなかったであろう。


しかし、人を愛する気持ちを知り、悲しみを知り、痛みを知り、大切に思う気持ちを知った今では、今までの自分がしてきた夫への数々の裏切り、それに対し、夫の痛みがどれほどのものかが解り、胸が痛く、息すら出来ない苦しさを感じていた。



『で・・・行く・・・んか?』


夫は愛に優しく悲しい声で問いかける。


愛は黙ったまま俯いていた。


声が出せない。


『ままぁ?』


その時、子供が立ち上がり、愛の顔を覗き込み、いきなり走り出す。


そして、手に持った一枚のティッシュを


『はい、おはな きれい きれい しまちょ』


と、愛に渡した。


愛はそれを受け取れず、俯いたまま。


すると、子供が、愛の顔を手で押し上げ、愛の顔をティッシュで一生懸命拭いた。


その瞬間、そんな我が子の動作に、愛は我慢できなくなり、声を上げ、子供の様に泣いた。


子供は愛の頭をヨシヨシしている。




【あたし、幸せの中に・・・いつもいたんだ・・・

 恋愛じゃなくて、家族の幸せ・・・ 

 人を好きな気持ちだけじゃなく、それにすらあたしは気付いていなかった大馬鹿者・・・】



愛は子供を強く強く抱きしめた。


そして、その後、夫に向かい、土下座をした。


『ごめんなさい・・・・・

 すいませんでした・・・・・

 本当に・・・すいませんでした・・・・』



出会って恋をしたふりをして、愛したふりをして


自分のワガママの為に結婚してしまった事実を


そして、更に家族を捨て、愛する智哉と生きて行こうと勝手に決めてしまった事を


その事実を口には出さなかったが、全ての意味を込め、愛は謝り続けた。






【私は 愛する智哉と一緒に行きたい。



 でも、沢山の人を利用し 傷つけた 今までの私への罰



 私は今から 沢山裏切った夫へ 沢山の償いをしなくてはならない



 一度自分で捨てようとしてしまった



 罪もない愛する子供の為に



 いつの日か 必ず愛へと変わるであろう夫の為に




 私は  智哉とは行けない】





愛は、夫と子供が寝静まった後、記入した離婚届をビリビリに破り捨てた。

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