智哉の決意
あの日から二人は一度も連絡していなかった。
メールも電話も、もちろん店で会う事もなかった。
愛はまた、真面目な主婦になる。
もちろん、男の影すらない日々。
それでも全然愛には他に男を作ろうなんて気がなかった。
ただ、毎日が、早々と過ぎ去る。
クリスマスが過ぎ、年が変わり
寒い冬がどんどん過ぎていく。
一年前
智哉と再会し、智哉との思い出が沢山出来た冬
今年の冬はともやと過ごさない冬。
しかし、愛は自然と頭の中で振り返り、思い出す一年前の数々の出来事を、なるべく思い出さないようにしていた。
寂しさで潰れそうになってしまうから・・・
別れを告げ、自分から終わらせた恋は
後悔ではなく寂しさを残した。
思い出は沢山できたが、その思い出が余計にいたい。
初恋と気付いた瞬間終わったこの恋
痛みや寂しさが残るのは仕方がない。
でも今回はちゃんと終わらせたのだから、いつか時間がたつにつれ、薄まっていくだろうと思っていた。
ところが、冬も終わろうとする2月の末。
そんな生活から一転するメールが愛に届く。
それは、あれ以来メールのなかった山本からのメールで始まった。
愛ちゃん、お久しぶりです。
お元気ですか?
一年前のあの日は驚いたよ。
智哉からは結局何も聞いていないのだけど、大体のことは見当ついたので
あえて俺も智哉には聞いていません。
俺、智哉怖いから(笑)
で、今突然連絡したのは、智哉のこと。
あれからしばらく智哉とは会っていなかったんやけど・・・
急にこの前連絡があって、愛と繋がってるか聞かれて・・・。
俺、智哉にあんなふうに言われて繋がってるわけ無いって笑って答えたんやけど
それ以上何も言わないから、どないしたんか聞いて。
俺、智哉とその後飲みに行ったんやけど・・・
智哉から聞いたんやけど、もうだいぶ会ってへんのやって?
んで、その後、俺智哉からえらい言葉聞いてもた。
悪いけど、その先は智哉から聞いてくれへん?
あいつ、またアメリカ行くかもしれへん。
出来るだけ早く連絡したってや。
智哉携帯番号変わってへんけど、消してわからんなら俺教えるし。
あいつに頼まれたわけちゃうけど・・・・
智哉、愛ちゃんにめっちゃ言いたいことあるみたいやで。
何があったか詳しくは知らんけど、智哉から連絡しずらい言うてたから
俺、おせっかいやけど・・・
大好きな愛ちゃんと、大事なツレの智哉のためやから!
それだけ!
P.S 俺、彼女できた!!
愛は智哉の携帯番号やメルアドは消せずにいた。
しかし、山本からのメールに愛は正直迷っていた。
今更どんな話をする?
どんな顔で会う?
しかし、愛は山本からの全てを語らないメールの内容も気になった。
【どうしよう・・・智哉、最後に謝るつもりなんちゃうやろか・・・?
それならなんか、あたし、惨めになる・・・
それともアメリカに行くって、沙織との結婚でも決まった・・・?
そんな話は今は、まだ聞きたくないな・・・】
愛はまだ完全には吹っ切れていないため、しばらくどうすればいいか考え込んだ。
時は遡り
愛から突然好きだと言われ、愛から突然さよならを言われた智哉。
その時何もいえなかった。
と言うよりも、智哉は呆然と考えていた。
【俺は何かを忘れてる】
今、枯葉舞う景色と、10年前桜舞う景色が重なり
智哉は何かを思い出せず、去って行く愛をただ見つめ、立ち尽くす。
そして
愛がいなくなり、とてつもない寂しさが残った。
いてもたってもいられなくなった智哉は、愛を追いかけようかとしたが、自分の今のこの気持ちがどういうものかも解らず、しかも何か思い出せない大切なものもあり、追いかけたことで、なんと言っていいのか、話す言葉が思いつかない・・・
智哉は店に入って行く愛の後姿を見送り、ポケットから単車の鍵を出した。
思い出せない何かを思い出す為に、あの場所へ向かう。
智哉は10年前によく来ていた、大阪城に来た。
【うわ〜・・・久々〜〜・・・】
単車を降りて、公園に入ると、ゆっくり遊歩道を歩き出す。
【懐かしいなぁ・・・あの頃はみんな無駄にたまってたからなぁ・・・】
毎日の様に夜になると訪れたこの大きな公園。
智哉は目をつむっても歩けるほど、この大きな公園を熟知していた。
寒さもあり、この時間になると、人は疎ら。
夏にはどこからともなく恋人達や、散歩する人たちが現れるこの公園も
冬口にさしかかる今、夜の公園は時々ジョギングする人とすれ違うくらい。
天守閣のライトアップが、煌々と光を発している。
【あはは、ここにあった自販機、下から手を突っ込んだらいくらでもお茶出てきたんや!
でも、コーラとか欲しくてもお茶だけした取れへんかったんや〜・・・
・・・しかも自販、なくなってるし!】
智哉が少し笑う。
毎日毎日この場所で蒸し暑いなるの夜遊んだあの頃
時に何をするワケでもなく、ただ場か騒ぎをしたり、バイクでレースしたり、広い公園全てを使った単車で鬼ごっこやかくれんぼ。
ある日、どうしても見つからない奴がいて、何時間も探し、諦めた頃、そのどうしても見つからなかった奴からの連絡で、オマワリさんに捕まり全員で警察署に呼ばれ、朝まで事情聴取された夜。
朝、みんなで警察署を出て、また向かったのもこの大きな公園。
コンビニで山ほどの花火を窃盗して、パトカーにめちゃくちゃ追いかけられ、逃げ込んだのもこの公園。
そして、この公園で山ほどの花火をして、またすぐに見つかって追いかけられて、手に持った花火、パトカーに向けて投げたり・・・・
そういうのが全部、後々つかまった時に余罪で出てきて、罪が重くなったんだ。
智哉はプッと思い出し笑いをする。
そして、智哉は、一つの大きな広場にたどり着いた。
いつもいつも、みんなで話をしたり
ただぼーっとしたり
最初に集まるのも、最後に解散するのもこの広場だった。
沢山の桜の木が植えてあるこの場所。
愛を初めて見たのも、この場所だった。
そこでみんなが騒ぐ景色が、智也のめに浮かぶ。
もう10年も前の事なのに、どんどん色々なことの記憶が蘇ってくる。
【あそこの木に登った山本が、頭から落ちた事、あったなぁ。】
【俺、あそこのガラス殴って割って、腕切って縫ったっけ・・・】
色々な忘れてた思い出がどんどん頭に浮かぶ。
【10年も前のことやと、こんなに色々忘れてるんやなぁ・・・】
愛と初めて会った日から、愛はしょっちゅう俺らと一緒に過ごす事になってたな・・・
原チャリレースの時も、愛は俺たちが楽しむのをじーっと見てた。
鬼ごっこの時も、ヒデの単車のケツに乗って、俺らと隠れた。
そのあと警察署にも一緒に来た。
朝になって、また公園に戻った時も、愛はついてきた。
コンビニで盗んだ花火をした時も一緒に楽しんだ。
・・・・全ての日に愛の存在がいたことを、俺は全部覚えている・・・・
楽しそうに笑った顔や
俺らを見て笑いながら座ってた場所
毛威圧所での不安げな顔
一緒に吉野家で飯を食ってたとき、牛丼をこぼした愛の顔
そして、一緒に桜を見た、アホみたいな愛の顔・・・
どうして俺は覚えているんだ・・・
こんなにはっきり・・・・
そして智哉はもう一つ思い出す。
当時、何度も何度も俺たちは目が合っていた
ただ、話す事はなかった
・・・話せなかった・・・?
女がいていつも、話せなかった・・・?
違う、目が合ってもすぐにそらした。
最初会った日に、俺は単車が壊れてイライラしているときに
あの時の女に
『可愛い女の子来たよ』
って言われて初めて愛を見た。
俺が愛を見た時、俺をじっと見ていた愛と目が合った。
俺は少し固まった。
睨む様な目で俺を見ていた愛
その目に俺はドキッとした
俺を初めて見た時、目を反らす女が多い中で
愛は俺をじっと見つめた
俺は自分の女に『後で話してくる』って言って
その場は俺は愛から目を反らした
その後、ツレが愛を俺に紹介した・・・
でも、俺は愛を見れなかった・・・
その後も、無意識のうちに俺は愛を目で追っていた。
だから、色々な俺の頭の中の思い出に、どの場面にもきっちり愛が居座っていた
修が言ってた、俺みたいな
女をすぐに忘れる奴がどうして愛を覚えていたか。
・・・・愛は俺が気付かない間に
俺の頭の中にずっと・・・・・
・・・・いた・・・・・?
そして、目で愛を追うと
愛も俺を見ている事が多かった。
もしかして、愛も俺を、目で追っていた・・・・?
いつもすぐに俺は目を反らしたけど・・・
そして、二人で桜を見たあの日
俺は【寒くない?】と聞いた
でも、確かに俺は少し緊張して小さな声で言ってしまった
愛には小さすぎて聞こえなかったのかもしれない。
返事のない愛を見て変な奴だと思った。
変な奴・・・・そして・・・俺は・・・
愛に確かめたい。
もしかして会いも俺と同じ、ずっと10年間、愛の中に俺がいた・・・?
思い当たるふしがいくつもある。
SNSで偶然見つけたと言っていたけど
あんな何万人もいる中でそんな事あるのか・・・?
もしかして俺を探していた・・・?
でも、もし違ったら俺、笑い者。
それに、さっきバイバイと言われて
・・・今更聞けない・・・
それから三ヶ月、智哉は毎日愛のことを考え過ごしていた。
沙織とは全くうまくいってない。
今はなんだか会いたくない。
家に沙織が来る日はできるだけ予定を入れた。
何度も何度も電話をしようとした。
何度も何度もメールをしようと携帯を開いた。
でも、3ヶ月、愛からは何の音沙汰もないという事は、今俺から電話してはいけない気がした。
智哉は山本に電話をした。
あの時のことも謝らなくちゃならない。
もしかしたら、愛は山本になら連絡しているかもしれない。
しかし、山本も知らないと言った。
そんな時、アメリカに住む父親から
『アメリカに来て一緒に仕事をしないか』
と、声をかけられた。
いい機会かもしれない。
でも、愛に何も聞けないまま心残りのままでは日本を発てない。
智哉はプライドも何もかも捨て、10年前毎日一緒につるんでいた山本に全てを相談しようと、山本を飲みに誘った。
全てを聞いた山本は笑いながら智哉にこういった。
『智哉からそんなマジな恋愛相談受けるとは思わなかった。』
智哉は聞き返した。
『恋愛相談?』
山本は驚いた顔をした。
『お前まさか、まだ気付いてへんの?』
智哉は黙る。
『マジで・・・?信じられへんほど、鈍感・・・って言うかひねくれモノやな。
素直じゃないわ・・・』
山本が呆れていった。
『なんやねん』
智哉が聞いても山本は笑ってた。
『アホかお前は、どうしようもないアホやで』
と、山本が言った。
【でも、今更どうやって会えって言うねん・・・】
智哉は山本に会ったおかげで余計に悩む結果になってしまった。
【・・・おもいきって愛に電話をしてみようか・・・・】