キス
『で?何が聞きたい?』
電話先の由佳が、愛に聞く。
愛はあれから今までのこと、変な感情に襲われた事、全てを丁寧に由佳に説明していた。
もう自分でいくら考えても自分では答えが出ない、そう思い相談しようと選んだのは由佳だった。
『うん、何が聞きたいんやろ・・・』
もう何が聞きたいかすらわからなくなっていた。
『じゃぁ、言い換える、あたしに電話してきたって事はさ、何か言って欲しいんやろ?』
【あたしが由佳に相談相手に選んだ訳・・・訳・・・・
あたしは由佳に言って欲しい言葉がある・・?】
由佳が続けて話す。
『で、あんたはどちいをあたしに勧めて欲しいワケ?』
【どっち・・・?
わからない・・・わからない・・・・
あたしの中で何かが動き出す・・・
それを必死で止めようとしている何かがある・・・・
ねぇ、助けてよ・・・・】
愛が心の中で葛藤していると、由佳はまた続けて話す。
『あんた、それ、あたしに言われて進むわけ?
何わからないフリしてんの?
気付いてるんやろ?』
【由佳・・・何を言いたい・・・?
お願い、あたしにはっきりとした決定打を頂戴・・・】
愛の態度に由佳はだんなん大きな声になる。
『あ〜も〜イライラするなぁぁ!
要するに!あんたはどうにもこうにも、智哉を好きになってきてるんやろ?!
それをあたしに、馬鹿な事言ってんな、妄想や、と言うて欲しいんか!?
それとも・・・・』
由佳が言葉につまる。
『・・・もう一つの選択なら、時期に智哉に気付かされるを得ない状況にさせられるんじゃない・・・?』
愛は頭の中のモヤモヤがどんどん、すーーっと消えていくのがわかる。
そう、改めて人に言われて整理がつくこともある。
愛もプライドが高く、ひねくれている。
そんな愛が素直な気持ちを自分で認めるには、自分だけの力じゃ難しい。
『あたし、智哉が好きみたい・・・』
愛が初めて口にした言葉。
なかなか口に出すのが難しかったこの言葉。
『あたし、智哉に負けた、惚れたのはあたしやわ・・・』
愛が勇気を出して口にした。
しかし、口にした瞬間、心がスーーッと楽になった。
『よく、認めたね、愛。えらいね。』
由佳は優しく言う。
『でも、・・・あんた旦那も子供もいる身やのに・・・どうすんの・・・?』
そうだ、認めたら次は違う悩みが襲ってくる。
『うん・・・でもさ、あたしの片思いだから。
智哉にとっては、あたしは浮気相手だから・・・』
愛が答える。
『う〜ん・・・あんた負けたんだもんねぇ、しかもあんな癖の悪い男に』
由佳が少し笑いながら言う。
それに対して愛が言う。
『選択は二つ。
一つは一緒にいたいから、このままあたしも遊びのフリをして、関係を続ける。
もう一つは・・・辛いから関係を・・・切る・・・。』
愛はだいぶ、頭の中が整理されてきた。
『で、もう一つあるやろ!?』
由佳が言う。
『智哉を振り向かせるってのがさぁ?!』
由佳は明るく言うが、愛は自信が無かった。
惚れた方は弱い、惚れた方が負け。
これは今まで沢山の恋愛をして、いろいろなものを見てしまったからわかること。
『とにかくさ、一度、あたしとまた、近いうちに店に行こう。
今日の後じゃ、このまま会えないのは辛いやろ?』
由佳が言った。
『うん、あたしも会ってちゃんと誤りたい。』
愛も同意した。
電話を切った後会いは考える。
【負け・・・かぁ。】
初めて負けたが敗北感に落ち込むことはなかった。
それよりも、智哉をあんなに怒らせてしまったことに落ち込む。
【・・・今までの男も、こうやってあたしのことで落ち込んだり、眠れない夜過ごしたんか な・・・】
少し申し訳ない気持ちになった。
【でも・・・あのフラッシュバックからあたし、急に変な気持ちになった・・・
なんやったんやろ・・・あれ・・・】
フラッシュバックのことだけは、由佳には言わなかった。
なんとなく、笑われるのが嫌だった。
【智哉・・・会いたい・・・よ。】
『早く!早く行くで!』
由佳が愛の手を引っ張る。
『ち・・・ちょっと待って』
愛は腰が引ける。
『何やってんねん、愛らしくもない』
由佳が呆れる。
『だって・・・3日前にあんなことあって、今日なんか・・・』
あの電話を切った3日後、いきなり昼間由佳が家に来た。
『愛、今日行くで!旦那にはあたしが話つけたる!』
由佳は仕事から帰った愛の旦那に、どうしても自分の彼氏と話し合いをする仲裁役に、愛をかしてほしいと、女優並に演技をして愛を連れ出した。
『あんなことあったから早い内がいいねん!』
由佳が愛の手を引く。
『でも、今日は彼女の出勤日やし・・・』
愛が言うと、由佳は呆れた顔をして言う。
『はぁ・・・?そんなん関係ないやん、
って言うか、ホンマに恋した瞬間いきなり弱弱しくなって・・・
なんや情けない、昔の愛が見て笑うで!』
由佳が首を傾げて言う。
『ごめん〜〜〜・・・』
愛は情けない顔で由佳を見る。
そりゃそうだ。
自分から好きになった片思いなんで、愛にとっては生まれて初めてのこと。
それに関しては今の小学生の方が度胸がある。
『好きか、好きざないかが違うだけで男を落とす業は一緒や、早く行くで!』
由佳が言う。
【そりゃそうやけど・・・難しいよ・・・由佳】
店に入るとやはり面食らった智哉がいた。
『智哉君、愛つれてきたよ〜〜!
なんか愛が言いたい事あるんやってさ!』
由佳が智哉に向かい言う。
『何?どないしたん』
智哉はいつもの口調で言う。
愛は少し安心した。
『智哉の方がやっぱりウワテやな』
由佳が愛の耳元でコソっと話す。
【そりゃ智哉にとってはあたしは遊びの女だから・・・】
愛は言いかけて言葉を飲み込んだ。
なんだか言葉にすると、余計虚しくなるから・・・
『とにかく、席、案内するわ』
智哉が二人を誘導する。
彼女はまだ来ていないようだ。
『今日は何飲むの?』
智哉が二人におしぼりを渡す。
『あたし、スプモーニ、愛はどうする?』
由佳が聞く。
『あ、あたし・・・・』
言いかけた時に、智哉が口を開く。
『今日は俺のオリジナル飲んで?
作ってくるからちょっと待ってて。』
そう言い智哉が二人の前から立ち去る。
『やっぱり男前やなぁ、あたしがもらってもいい?
あたしは惚れるようなヘマせーへんで!?』
由佳が意地悪そうに言う。
『いやや!あかん!』
ちょっとムキになった愛を見て由佳が笑う。
『冗談やん〜』
【あんな由佳の冗談でムキになって、ホンマあたし、頭の中どうなってんやろ・・・】
愛は難しい顔をした。
『お待たせ』
智哉が両手にグラスを持ちながら二人の前に来た。
『で、何?言いたいことって。』
智哉が続けて言う。
愛は少し俯きながら戸惑い気味に答える。
『・・・この前は・・・ごめんね。』
言い終えても言葉が何も返ってこないので、愛はそーーーっと顔を上げてみた。
『やっと、俺の目をみた!
どないしたん、今日はなんか、大人しいな。』
智哉が愛に笑いかけた。
愛は良い訳がすぐに頭に思いつかず、黙り込んでしまう。
フォローするかの様に由佳が横から口をだす。
『この前の事、愛かなり凹んでんねん』
智哉が由佳からこの言葉を聞き、笑う。
『もう気にしてへん、せっかく来てくれたんやし、楽しく行こうや』
智哉は自分の分のビールを出し、暮らしに入れた。
『今日は俺がおごったるわ!はい!乾杯〜〜!』
三人は乾杯した。
しばらくして、愛の携帯に着信が入る。
『あ、旦那やわ・・・何やろ・・・?』
愛がいつも出かける時は、滅多に連絡などしてこないのに・・・
『ごめん、ちょっと・・・』
愛は携帯を持ち、店の外に出て通話ボタンを押す。
『もしもし、今どこ?』
旦那が聞く。
『あ、由佳の家の近くの店・・・』
咄嗟に嘘をつく。
『まだかかりそう?』
なんだか旦那の様子が少しおかしい。
流石に1週間の間に2日間も家をあけたから、機嫌が悪くなったのか。
『・・・うん、なるべく早く帰るようにする・・・』
愛が少し元気なく答えた。
旦那は今、由佳と由佳の彼氏の話がこじれているのかと察知したかのように
『うん、大丈夫、由佳ちゃんの力にちゃんとなってやって』
と、答え電話を切る。
【あ〜あ、旦那相手ならこんな元気のない演技や、元気な演技も簡単にできるのにな ぁ・・・】
愛はため息をつく。
『旦那、大丈夫?』
愛の後ろから声が聞こえる。
振り返るとそこには笑顔で立つ智哉がいた。
『あ、大丈夫!』
愛は急なことに慌てる。
『どないしたん?
なんか今日、ホンマに変やで?
昨日の事まだ気にしてんの?』
智哉が愛の肩を抱き、愛の顔を覗き込む。
『え?いや、別に・・・』
愛は恥しさとドキドキで顔を見れず目をそらした。
『何やね〜ん!
めっちゃ変やん、愛らしくない。』
智哉は大きな声で笑う。
愛は智哉を見上げる。
冷たいような目、整った顔つき、笑うと無くなる目にキュッと上がる口角。
ちゃんと今までこんなふうにじっくりとパーツパーツを見たことはなかった。
最初会った時には最悪の印象しかのこらなかったこの目も、この笑顔も
今は全てが好きだ。
全てが愛しい。
素直な気持ちでそう思える。
今まで感じた事のないこのドキドキも
気分が悪くなりそうな程の緊張も
なんて心地よく、気持ちいいのだろう・・・
智哉と一緒にいたい・・・
ずっと一緒にいたい。
智哉は自分をじっと見つめる愛に気付く。
『・・・ホンマ・・・お前、どないしたん・・・?』
智哉が真顔で言う。
しまった。
顔に出てた?
好きな事がばれた?
警戒された?
愛の中で次は不安でドキドキが始まる。
こんなに少しの時間で一喜一憂するなんて・・・
恋愛ってなんでこんなに
エネルギーを使うのだろう・・・。
『ごめん、あたし、変やな!アハハ・・・』
愛は慌てて笑顔で明るくこう言う。
しかし、視線は遠くに見える自動販売機。
今は智哉の顔を見れない。
一生懸命笑顔を作る。
しかし智哉は笑わない。
やばい、完全に退いてる・・・・
愛はまた笑顔がなくなっていく。
『うん・・今日の愛はなんか・・・』
智哉が真顔で言う。
愛は心臓が口から出てきそうな程不安でドキドキしている。
『なんか・・・めっちゃ可愛い、俺がなんかドキドキするわ・・・』
愛は思ってもいない智哉の言葉に驚き、智哉の顔を見上げる。
次の瞬間、愛は全身が脈を打つ。
愛の頬を、智哉が優しく手でなぞる。
愛が息をのむ。
そして
智哉はあいの肩に手を置き
愛を見つめて
智哉は愛にキスをした。
本当に短い
一瞬のキスだった。
智哉の顔が離れる。
【あたしは今、どんな顔をしてる・・・?】
愛は頭が真っ白になる。
急に智哉が笑い出す。
『変な顔!!』
愛はぼーっと智哉を見る。
『ゴメンゴメン、約束破ってチューしてもた!』
智哉が笑いながら言う。
『怒った?』
愛の頭を撫でながら智哉は優しい声で聞く。
愛の完全に止まってしまっていた思考回路が徐々に動き出す。
『・・・怒った。』
愛が真顔で言うので智哉は少し焦る。
『マジ?ホンマごめんって!』
焦る顔を見て愛が少し笑う。
『違う、変な顔って言われた事に怒ったの!』
それを聞き智哉が少し安心して笑う。
『だって、愛の顔、豆が鳩鉄砲食ら・・・・あれ?』
『豆が・・・鳩?』
愛が笑いを堪えて聞き返す。
『うはっ!!鳩が豆鉄砲や!間違えた〜!恥しい!』
智哉が爆笑する。
愛も爆笑する。
『でも、ホンマ、約束破ってごめん。
あまりにも可愛く感じてしまったから・・・』
智哉はまだ少し笑いながら言う。
愛はまた、一瞬【鳩と豆】のお陰で忘れていたキスを思い出す。
『でも、大丈夫、もう次は絶対にしないから!忘れてな〜。』
智哉が言う。
【忘れるわけないやん・・・】
愛は思ったが口に出す事はできなかった。
『ホンマやで、びっくりしたわ・・・約束破るから。
もう、あたしに惚れたんやないの〜?』
一生懸命愛は冗談っぽく笑顔で返した。
『・・・かもな・・・。』
智哉が真顔で言う。
『はっ!?』
愛は驚き聞き返す。
『・・・とか言ってみたりして〜!
ドキドキした?ドキドキしたぁ?』
また智哉は笑顔になり、茶化すように言う。
『せ・・せ〜へんわ! アホちゃうか?!』
愛も慌てて智哉のノリにあわせる。
【ムカつく〜〜!】
完全におちょくられてることに愛は心の中で叫ぶ。
でも、恋にかわってしまった愛の気持ちは、面白いほど単純に、智哉の恋愛言葉とお遊びに振り回される。
悔しいがどうする事もできず、振り回されている自分に智哉が気付かない様にその恋愛言葉のお遊びについていくのに必死だった。
好きではないのに、好きなフリをするのはとても簡単なのに・・・
好きなのを隠し、好きじゃないフリをするのは、どうしてこんなに難しいんだろう・・・。
『ま、今日のは俺も不覚。びっくりさせてごめんな。』
智哉が優しく笑い、愛に言う。
『うん。』
愛は頷き答える。
『でも、今日みたいな可愛い顔や態度しとったら、また前みたいに急に犯すぞ!』
智哉が愛の頭を軽く小突き、満面の笑みで言う。
『変態〜!』
愛が智哉を叩き返す。
触れたり触れられるだけで踊る様にとびはねる心を精一杯隠しながら・・・。
『由佳ちゃん、遅いなぁって心配してるよ。さ、店入ろ!』
智哉は愛の肩に手を置き、二人は店に戻った。