今までに無い感情
愛と山本は駅で待ち合わせをしていた。
『愛ちゃん〜〜!』
愛が駅をでるとすでに山本は待っていた。
『うわ〜、めっちゃ嬉しい〜!』
愛を見て第一言目がこの言葉。
『何言ってんの〜山本君』
愛は笑う。
二人は楽しそうに店に向かい歩き出す。
愛のシナリオは出来上がっていた。
今日、急に山本と二人で店に来た愛に、智哉はきっととんでもなく驚くだろう。
しかも、1週間前に来たばかりで、かなりのハイペースで店に来る。
しかも、相手は山本だ。
今日は土曜日だが、智哉の彼女は用事でシフトに入っていないことを以前聞いていたので、今日を言う日を選んだ。
智哉は常に二人の前に立つであろう。
そこに、この一週間、愛が一生懸命メールで気分を高めておいた山本が、嬉しそうに愛との話を智哉にするであろう。
智哉はプライドが邪魔をして、決して二人の前では感情的な言葉等、出さないに決まってる。
帰り際、山本と愛が楽しそうに店を出るのをどんな顔で智哉は送り出すだろう。
その表情を愛はきっちり見逃さずに見極め、帰ってからすぐに智哉に電話をして、怒りを抑えながらも抑えきれない智哉に、愛は謝りながら少し涙声で訴えるつもりだ。
【智哉に嫉妬してもらいたかった】
と。
智哉はきっと一気に愛を意識するだろう。
この前店に行った時の智哉の態度やその後のメール。
智哉のプライドが邪魔をするなら、2度目の今回は、きっと智哉も感情的になり本音を吐くに違いない。
愛は今日で一気にどちらかに転ぶ事を予想し、ドキドキワクワク、そして、少しの不安を抱いて店に向かう。
【智哉が怒りもせずに冷静だったりすれば、もうあたしの負けだな。
前回きっちり嫉妬してくれてたから、それは無いとは思うけど・・・・】
しかし、結果は合いにとっては想像すらつかない結果となった。
店に入ると、思ったとおりの反応をしてくれた智哉。
席に着くと、思ったとおりに山本が愛と今イイカンジなんだと言う話を沢山智哉にしてくれる。
智哉は思ったとおりに、苦笑いをしながら
『うん、へー、そう。』
と、答えるだけ。
たまに愛の方を見るが、亜今日は会いは智哉とは目を合わさない。
合っても笑いかければいいと思っていたが、少し愛は胸が痛くて目が見れない。
そーーっと智哉を見たときに、怒りのような、切ないような、なんとも言えない表情で、山本の話を聞く智哉の顔を見てしまったからか。
この顔も智哉にとっては演技なのか・・・。
愛は山本が嬉しそうに話をする隣で、ただ少し俯き、作り笑いをする。
山本が一通り話を終えると愛に向かって声をかけた。
『早めに店出てさ、違う店に行かない?』
嬉しそうに愛を見る。
『え?あ・・・うん。』
愛にとっては予想外の事だったが、ここで断っては智哉を怒らしきれないと思い、同意する。
『ここじゃ智哉いるし、二人っきりになれんしな〜!』
山本が智哉を見て言う。
智哉はいつものノリであれば
【悪かったな〜!】
と、茶化すように答えるはずだが
『・・・じゃぁチェックするわ・・・』
と、無愛想に言い、レジに向かい歩き出した。
そんな智哉の様子が少しおかしいと思ったのか、山本は顔を傾けたが、なんせ今日は大好きだった愛とのデートだ、深く考えず、
『さ、愛ちゃん、行こう!』
と、愛の手を引いた。
きっと今夜の電話で智哉は愛にこの後どうしたのかと、執拗に聞き、責めてくるだろう。
愛はシナリオどおりに行く事に喜ぶべきだったが、何故かあまり、嬉しくなかった。
『山本君、ちょっとお手洗い・・・』
愛が咄嗟に山本に言った。
『わかった、会計済ませて待ってるから』
山本は足早で会計に向かう。
愛はトイレに入り、鏡を見ながら考えた。
ここから携帯で智哉にメールをして謝ろうか・・・
この後山本に行くのを断るから・・・と伝えようか・・・。
しかし、自分で組んだシナリオを自分で潰してしまう結果になる・・・
でも、なんだか今回は気が進まない。
なんだかとんでもなく嫌な予感がする。
もしかしたらさっきの勢いで智哉が怒ったら、二度と取り返しがつかず、会うこともなくなってしまうかもしれない・・・。
愛は携帯を開いたり閉じたりしていた。
その瞬間、ふと、10年前の智哉と出会った日の事が頭の中でフラッシュバックした。
【何!?なんで・・・?】
愛は胸がぎゅーっと締め付けられる思いをした。
理由は全くわからない。
ただ、フラッシュバックした瞬間、息ができないくらい、胸が苦しくなった。
愛に向け、一度だけ笑顔を見せた、10年前のあの時の智哉の顔が、愛のシナリオを崩してしまえと、背中を押す。
愛は携帯を開き、宛先を智哉に合わせた・・・。
コンコンコン コンコンコン
その時、誰かがトイレのドアを叩く。
『大丈夫か〜〜!?お〜〜〜い!』
智哉の声?
違う。
山本?
いや、違う。
愛は慌てて携帯を閉じて、トイレを出た。
そこに立っていたのは、今日バイトに入っていた修の姿だった。
勢い良く飛び出してきた愛に少しびっくりした修が
『大丈夫?便所、遅いから・・・』
と聞く。
『あ、山本ならレジのとこで誰かに電話してるけど・・・』
きょろきょろする愛に修は答えた。
『あ・・・ごめんね。大丈夫』
愛が修に言う。
なんだか不安そうな。今にも泣き出しそうな愛を見て、修は愛がおかしい事に気付く。
修の前を立ち去ろうとした愛の腕を掴み、無言で修は愛を呼び止める。
愛が振り返る。
『・・・好きならちゃんと、試したりしとらんと、智哉だけを見ろ』
修は少し怖い顔をして、愛に言う。
【好き・・?何を言ってんのこいつ・・・】
愛は修の手をはらって
『あんな遊び人好きになるわけないやん!
しかも、あたし人妻やで〜!?』
と、笑いながら答えて、レジの方に歩き出した。
愛がレジのところにたどり着くと、じーっと愛を冷たい目で見る智哉と目が合った。
【何怒ってんの・・?好きでもない女のくせに】
愛は自分のシナリオ通りに怒ってる智哉なのに、自分で仕組んだのに、なんとも言えない、まるで恋愛しているかの様な錯覚に陥っていた。
【修が変な事言うから・・・あ〜も〜!あたしが錯覚してどうする!】
愛は智哉から目をそらした。
【遊び相手に嫉妬してキレる様なサイテーな奴なのに!】
愛は頭の中で一生懸命友やのダメなところをリピートしていた。
まるで、好きと言う小さな感情を打ち消す為かのように。
愛が戻って来た事に気付いた山本が、電話をきって、愛の側にやってきた。
『悪い悪い、仕事の先輩からでさ。
大丈夫?いける?』
山本が愛を気遣い聞く。
愛が黙って少し笑顔を作り頷く。
『じゃぁな、智哉!』
山本が店のドアを開け、愛に【どーぞ】と言う手振りをした。
愛は後ろを振り向かず、俯き下をむいたまま、店を出た。
『ありがとうございました。』
と、智哉の声がする。
続けて
【又の来店を心よりお待ちしておりません】
と、聞こえてきそうだ。
店のドアが閉まる音がした。
愛はそこでやっと、店を振り返った。
店の中は見えない。
『俺、いい店知ってんねん〜』
と、言いながら嬉しそうに歩き出す山本。
愛は店に背を向け、山本の後ろを歩き出した。
バタン!!
大きな音がした。
『待て、コラァ!』
怒りに満ちた声が聞こえた。
愛と山本が振り向く。
そこには智哉が立っていた。
智哉は今にも人を殺しそうな形相でそこに立っていた。
誰が見てもわかる。
【こいつ、完全にキレてる・・・・】
しばらく沈黙が続く。
智哉がずっと二人を見ている。
『なんやねん』
ちょっと機嫌の悪そうな声で、山本が智哉に言う。
返事はない。
愛が智哉の視線に耐え切れず下を向く。
すると、智哉がこちらに向かい歩き出した。
山本が少し構える。
愛は下を向いたまま動けない。
もう目の前に智哉がいる。
俯いた視線の先に智哉の足先が見えた。
『お前、ちょっとこっち来い』
智哉が愛の腕を掴み、店の前に連れて行こうとした。
『痛っ!』
あまりにも強く腕をつかまれたので、愛は不意に声が出た。
『おい!何やねん、やめたれよ!』
山本が智哉の肩を掴む。
智哉が山本を鋭く睨む。
しかしまた、何も答えず愛を引っ張る。
『おい智哉!聞いてるんか!?なんやお前!!』
山本がすぐに追いかけ、智哉の腕を強く引っ張った。
『お前、帰れ、いいから帰れ!』
智哉が山本の手を振り解き、そう吐いた。
『いや、意味わからんし、何で帰らなあかんねん』
山本がもう一度振りほどかれた手で智哉の腕を掴んだ。
『俺はコイツに話がある、悪いけど帰ってくれ・・・お前を殴りたくない・・・』
智哉は腕をつかまれたまま、先ほどよりも少しトーンを落とした声で山本に言う。
山本は静かに智哉から手を離す。
そして黙ってそこに立っていた。
『・・・またちゃんと説明するから・・・』
智哉がもう一度山本に言った。
山本は状況をある程度察知したのか、二人に背を向け無言で歩き出した。
店の手前まで来た智哉と愛。
『ちょっと、痛いってば!』
愛は智哉の手を力強く振り払う。
それが又、かんに障ったのか智哉はキツく愛を一度睨みつけて店の外壁に向かい愛を突き飛ばした。
『痛っ!!!』
愛は背中を強く打った。
愛も智哉を睨みつけると同時に、智哉は愛が逃げられないように、愛の顔の左右に両腕を店の壁に立て、愛を自分の体で包囲した。
至近距離で智哉に睨まれる愛。
本当はすごく怖かった。
愛はかろうじて智哉を睨み返していたが、体が振るえ、動けなくなっていた。
しばらくそのまま沈黙が続く。
しばらくして、智哉が口を開いた。
『・・・なんでやねん・・・』
低い声で呟いた。
愛は何も言えない。
【何でやねん】の意味が全く解らなかった。
智哉は愛をじーっと見た。
また、しばらくの沈黙の後、智哉は口を開いた。
『・・・もう山本には連絡すんな・・・』
急に智哉の話し方が少し優しくなった。
愛は小さく頷いた。
すると、智哉はバリケードの様になっている腕を退けて、愛から離れた。
愛は動けないままだった。
『修、見てやんと、店入れ・・・』
智哉がいきなり声を出した。
ふと店のドアの方を見ると、心配そうな顔をした修が立っていた。
智哉の声を聞き、チラっと愛を見てから、修は店に入って行った。
それを確認した智哉は、愛に背を向けたまま
『・・・気をつけて帰れよ』
と、言った。
『うん・・・』
愛もやっと声を出す事ができた。
しばらくしても、智哉は愛の方を見ようとしない。
だからと言って、店に入ろうともしない。
ただ、そこに立っていた。
愛は何かを話そうとしたが、うまく言葉が見つからない。
今日はこのまま帰る事にした。
愛は壁にもたれたままの体を起こし、
『・・・じゃぁ・・・ね』
と、言う。
智哉は何も言わない、動かない、こちらも見ない。
愛は智哉に背中を向け、歩き出した。
『また、連絡するから・・・』
智哉が突然、声を出した。
愛はびっくりして振り返るが、智哉はまだ、背を向けていた。
『・・・うん・・・。』
そう小さく答えると、愛もまた智哉に背を向け、駅に向かい歩き出した。
振り返ることはできなかった。