第三章 父親の過去
更新遅れました!!
夜になった。今日の夜はいつもより寒い。そういえば、今日から冬になるのか。ボクは窓から身を乗り出し、白い息を口から出しながら空を眺めた。
鳥肌が立つような冷たい風が、ボクの頬を掠める。
「クシュンッ!...うぅ...寒い...」
このままじゃ風邪引くな、とボクはすぐさま身を乗り出すのをやめ、窓を閉めた。そして、そのまま自分のベッドにダイブ!!
「はぁ...」
今日も疲れた。いつもよりかはまだマシだけど、なんか成長した事がいっぱいあって...なんか。
チクッタクッチクッタクッ
時計の音しか聞こえないくらい、部屋の中は静かだった。だって部屋にはボクしかいないんだもん。
あぁ...怖い。なんか今にでも幽霊が出てきそうで怖い。...うん。こういう想像はやめよう。本当に出てきそうだから。ボクは自分の心に芽生える恐怖心を消しできるだけ楽しい事を考えるようにした。
あー、なんかこのまま寝れそうなくらい眠いんだけど...。ボクはベッドの上をゴロゴロと往復しながら、目を閉じた。すると、
コンコンッ
「失礼します、王子」
誰かがノックする音がした。この声は恐らく、メイドのレイだ。最近声だけで誰なのか判別できるようになったんだ。だからこうやって誰かが入ってくる時に、扉の向こうにいるのが知っている人か分かる。もし不審者だったとしてもこれで防げるのだ。結構便利だよね。
「どうぞ」
声を聞いて知っていると分かったボクは、そのまま向かいいれた。
ボクが入室許可をもらってから少しの間が空き、そして扉がゆっくりと開く。
こんなだらしない姿は見せたくないと思い、ボクはすぐさま起き上がりベッドから降りた。
「王子」
そうやって彼女が顔を出した、その瞬間。
「あ...」
ボクは絶句した。彼女の顔が火傷を負った跡のように、グチャグチャになって真っ黒焦げだったからだ。
そのまま彼女の顔から呪縛にかかったように視線をずらせなくて、ボクは唯一動く足で後ずさりをした。すると彼女は、
「どうしましたか、王子?」
と言ってボクに近づいてくる。
ボクは咄嗟に腰にあったナイフを抜き出し、彼女に向ける。
「こっち来ないでよ!!」
女の子みたいに叫ぶボクは情けないと思いつつも、それでも叫び続けた。
だってさ。顔面火傷のグッチャグチャの女性が襲ってくるんだよ!?そりゃあ叫ぶだろ!!
手に持っているナイフを出鱈目に振り回す。とにかく早く消えてくれないかと。そう思いながら。
「何を言っていらっしゃるのですか?私です。レイです」
差し伸べてくる手。ボクはそれを振り払い抵抗し続ける。
「嘘つけっ!!お前なんかレイじゃない!!」
とうとうボクは手に持っていたナイフを彼女に向かって投げ、目を瞑りその場でうずくまった。
うずくまって数秒、ナイフを投げたはずなのに血飛沫の音が全くしない。その時、ボクはまだ死んでいないと確信した。
そのままボクは目を瞑りながら近くにあった家具をありったけ投げつける。
「ちょっ...お止め下さい、王子...!」
とうとう彼女に手を掴まれ、動く事を封じられる。
「離してよっ!!ボクに触らないで!!」
それでもボクは彼女の手を振り払おうと抵抗し続けた。抵抗して。抵抗して。抵抗して。
「王子っ!!」
思いっきり顔を掴まれ、無理やり姿を見せようとしていた。
ボクは目を硬く閉じた。指で目をこじ開けられそうになっても。
「王子、私の顔をしっかりと見てください!!」
嫌だ。見たくないよ、あんな顔なんて。
ボクは溢れる感情を制御できずに、その場で涙を流し始めた。訳も分からずに。ただただ、涙が流れて。
「うっ...ううううっ...」
何を思ったか。ボクは先程まで拒んでいた彼女の手を、自分の頬に当てる。そして絶対開けないといっていた目をゆっくりと開け、彼女の顔を見る。
さっきまでボクが見ていたあの顔とは違う、普通の女性の顔だった。
黄緑光の髪に、金色に輝いた目。ショートで頭には可愛らしい茶色の猫耳があった。
間違いない。正真正銘のレイの顔だった。
「レ...レイ...」
「そうです。レイですよ、王子。この城のメイドとして仕えている、レイ=ミルヴァです」
レイが、優しい声音でしかも優しい声音でボクを抱きしめてくれた。まるで小さな赤子をあやすかのように。
疲れてた...のかな?あの悪夢みたいな出来事。あれ全部幻覚だったのかな...?なんか...現実じゃなくて良かった。
あんなことしたのに、全然怒っている様子が無いレイ。きっと、分かってくれているのだろう。ボクが生まれたときからボクの世話をやってくれていたから。まぁ、一年しか付き合ってないけどね。
「なんかさ...レイの顔が、火傷を負ってて...凄い怖かった...」
「そうだったんですか...きっと疲れているのでしょう。国王様からお聞きしました。たったのニ時間で無詠唱魔法を取得されたとか」
父様、すぐ言いふらすよね。そういうこと。ボクは目を細めながら、心の中で言った。
しばらくして、レイがボクから離れ部屋の片付けをし始めた。僕も手伝おうかな、と家具に手を触れようとすると、
「大丈夫です、王子。これは全て私がやります」
といわれ動きを封じられた。そして
「それに、もうお食事の時間です。王子は早くご飯を食べて早く寝たほうがいいですよ」
と優しい微笑で言われた。彼女の気遣いと優しさ、そして彼女の笑顔は父様でも負けてしまうほどだったため、ボクもあっけなく甘えてしまった。
「あ、はい。分かりました。...ごめんなさい。色々と迷惑掛けちゃって」
「大丈夫です、このくらい。あ、あと敬語、使わなくて結構ですよ」
おっとついつい癖が...とボクは口元を押さえながら可愛い仕草を見せた後、扉を開けリビングへと向かう。
「じゃあ...じゃあね、レイ」
「はい、王子」
ボクはそれだけを言い残して、その場を後にした。
にしても、幻覚って...怖いね。ハハッ。
「いや~~~。それにしても今日のカルミスは絶好調だったな!!」
午後十八時四十八分。食事の時間だ。父様、父様の側近フェリクス、ボクの師匠アンブレラ、将軍ノエル、レルミス、エルミス、ラルミス。そしてボクがそれぞれの席に座っていた。
テーブルの上には食べきれないほど料理の数々、鮮やかな色の赤ワインが注がれたワイングラスが四つ、それらの下に綺麗に敷かれているテーブルクロス。ボクが一般市民だったら、きっと目が眩んでいたことだろう。それぐらい、王族の食事は豪華だった。
ボクとレルミスエルミスラルミスの手元には、ジュースの注がれた装飾なしのグラスがある。ボク達は一歳だけど普通の人より成長が早いから、ミルクを飲まなくても大丈夫なんだ。でも、だからといってお酒を飲むなんていうとんでもない事はしちゃいけない。お酒は成人、「15歳」になってから。そう法律で決められているからね。
ボクの隣に座っているレルミスがあっという間にグラスのジュースを飲み干し、すぐに目の前にある料理にてを出した。彼女はボクら兄妹の中で一番食いしん坊で、特に肉には目が無く目の前に肉がいっぱい乗った数十秒で皿が空になるという...なんとも恐ろしい食いつきで。まぁ、エルミスみたいに少ししか食べなくて毎回ご飯を残すような子よりかは、まだマシだけどね。
ラルミスは、ボクみたいに行儀よく食べる。肉と野菜の摂取量がバランス良くとれていて、別にこれといった問題はない。
とまぁ、4つ子なのに違う所がいっぱいあるんだよね。4つ子なのに。
「あんまり食べ過ぎないでね、レルミス」
「分かってるよ~~~!!」
とてつもない勢いで自分の取り皿に肉やら何やら置いていくレルミスに、ボクは忠告をした。この子、この間太った、とか言い出してなんか泣き喚いてた時があったからね...。まだ一歳だし成長期にも入ってないっていうのに何を言っているかってその時ものすごい思ってたんだけど、レルミスのあまりの落ち込みようにそんな事口にはできなかったんだよね。落ち込んでいる所に余計な事を言うと怒るから。あんまり反感は買いたくないからな。うん。
ボクは隣のレルミスから自分の前にいる師匠や将軍達のほうに視線を移す。
「無詠唱魔法取得に剣帝への飛躍......どれも異常ですよ。いやー、やっぱりルイン国王の息子ですからねぇ~~。凄いですよ!!」
「僕ね、王子に無詠唱魔法について書いてある紙の一部渡した後、遠くからちょっと見てたんだけど......。なんと僕の説明無しに簡単に無詠唱やちゃってさ!!ビックリしちゃったよ!!」
「私の息子だからな!!そんな事などチョチョイのチョーイでできる」
「よ!ルインの息子!!」
こっちはこっちで完全に酔ってるし。はたから見れば王族じゃなくて、普通の幸せそうな一般市民の大家族に見えると思う。
はぁ...と溜め息をつき、ボクは大人組を見ていた。すると。
「?」
ふと視線が合った。父様の隣にいる見知らぬ女性と。頭にウサギの耳がはえており、胸元が開いているかなり露出の高いドレスを着ている。
誰、この人。
「父様。そちらにいる女性はどちら様ですか?」
「ん?...あ」
ボクはその女性の正体を聞こうと、父様に伺った。すると父様は酔いが醒めたかのように静かになり黙り込んだ。
これが初めてだったら、どうすればいいか分からなかったけど、こんなの日常茶飯事。もう慣れてしまったのだ、ボクは。
ボクはそんな父様の様子を見て、何も言わずにそのまま席を立った。そしてそこから母様がいる部屋の方角に向き、次のように思いっきり叫んだ。
「母様~~~~!!!ちょっとこっちに来てくださ~~~~い!!!!」
とんでもなく大きな声で、ボクは二階にいる母様を呼んだ。すると、父様が
「カルミス!!何故レフィーヤを呼んだっ!!」
と涙目と死んだ目の二つが混ざった目で、ボクにすがりついてきた。
いや。そんなこといわれても...教育のためだし。うん。
「父様...。いつになったら反省してくれるのですか?もういい加減にしないと、また母様怒りますよ?」
「しょうがないだろぉおおぉっ!!レフィーヤ、最近私に構ってくれないから、我慢できなかったんだよぉおおぉぉぉおおおおおっ!!!!」
大の大人が。国の代表が、まだ幼い一人の息子にすがりついて泣いている......。どう思う?駄目だよね、こんなんじゃ。国王がこんなんじゃ駄目だよね!?
ボクは父様のあるまじき行動に、一度軽蔑的な目で見つめてやったが、いつの間にか降りてきていた母様の方に視線を移した。
「どうしたのです?カルミス」
「あぁ母様。それがですね...」
「止めてくれぇええええぇぇっ!!!!」
不思議そうな顔で見てくる母様に状況を説明しようと口を開いた瞬間に、父様が大声で叫び妨げた。父様の方を見ると、顔はもう涙でグチャグチャになっており、とても大人とはいえない姿だった。...ちょっと...笑えるかも。
「ちょっとうるさいわよ、ルイン。少しお黙りなさいな」
まるでボク達に注意しているかのように母様は父様に怒った。
「ご、ごめんなさい...。...」
それを聞いて父様はシュン、と大人しくなった。もう大丈夫、邪魔はされないだろうとボクが再び口を開こうとしたら。父様は何を思ったか。
「......しょうがないだろ!?我慢できなかったんだよ!!子供も四人いるしさ!結婚してから長い間一緒に暮らしてたしさ!?今でも十分幸せなんだけどさ!!でもだよ!?でも!!だからといって私をほったらかしにするのもどうかと思うんだよ!!いっつも仕事ばっかでこっちに構ってくれない......。なんなんだ!?私をなんだと思ってるんだ!?ていうか仕事じゃない時も構ってくれないよな!?なんか故郷に帰ったりとか、他の国の貴族達と食事とか...こっちは寂しいんだよっ!!だから他の女子に手を出すんだよ!!そう、全ての元凶はお前、レフィーヤだ!!分かったか!!!!」
「「「「「「「「.........」」」」」」」」
うん。父様やちゃったね。思いっきし本音言っちゃたよ、大声で。
父様の衝撃の発言にしばらくボク達は言葉を失った。なんか、呆れすぎて何も言えなかった。あまりにもその発言が子供すぎて。
父様は自分の本心を大声で言い終わった後、息切れが激しくてしばらく喋れなかったが、ふと我に帰ったようにビクッと肩を震わせ、震えながら視線を母様に向けた。ボクもそれにつられて母様の方を見る。すると。
「あぁ、そうなのね。また、やったのね」
ニコニコしながら佇んでいた。ヤバイ。これはヤバイぞ父様。多分命落とす危険性アリだね。
父様はしばらく、俯きそのまま動かなくなった。前髪で隠れているためどんな顔なのかは一切分からなかったが、でもなんとなく予想がつく。
ボクは母様と目を合わせ、合図を送る。父様を、「拷問室」という恐怖の部屋に連れ出すための合図を。それを見て、母様は父様の左腕を掴み、自慢の馬鹿力でそのまま父様を引きずっていった。父様はそれに反抗することなく、されるがままになって暗い闇の中の地下へと消えていった。
なんかかわいそう、って思ったけどしょうがない。父様のそういういけない性癖があるから、ボク達はそれを正そうとしているだけであり、決していけない事ではない。そうだ。これは父様にとっては試練なんだ。「女たらし」という性癖をなくすための試練。ボクはそう考える事にした。
でも、これだけは祈っとこう。どうか命を落としませんように。
「父さん、またやったね...」
「「うん」」
いつの間にかボクの横に来ていたレルミスが呟く。父様を呆れ顔で見ていた。
あぁ。父様、娘達からの信用失っちゃってるよ......。
「ま、まぁとりあえず。早くご飯食べちゃおう」
ボクが手をパンッと叩いてその場の雰囲気を変えた。嫌な空気は大分和らいだけど、レルミス達の顔や将軍達の顔がそのまま変わらず、ただ沈黙が流れるだけだった。
ゴメン父様。母様呼んじゃって...。そんな後悔が、心の中を渦巻くばかりだった。
こうしてボク達の食事の時間は、幕を閉じた。
昨日の食事から一夜が明けて、太陽が出始めてすぐの早朝五時。ボクは嫌な悪夢を見たので、目が覚めてしまった。
「ふわぁ~~~~......」
自分はこんなに朝早く起きた事がないので正直言ってまだ眠かったが、また再びベッドに戻っても眠れそうに無い。なのでボクは、朝ごはんを食べようとキッチンへ向かった。
この時間帯はまだ誰も起きていないらしく、城の中はとても静か。聞こえるのは、鳥のさえずりと木の揺れる音。あと誰かのいびき。うん、うるさいね。
にしても、父様。あの後どうなったのだろうか。ちゃんと睡眠取れてるのかな、とか心配していると、あっという間にキッチンに着いた。
何を食べようかな...と鼻歌を歌いながらいろんな種類のパンが入ったバスケットを台に上って見る。
うーん.........なんか今日はパンって感じじゃないんだよな...。よし止めた。ボク料理できないし、誰かが起きてくるまで待ってよう!ボクはそう思い、リビングの椅子に座った。
チクッタクッチクッタクッチクッタクッーーーーーーーーーーーー
「............」
...本当っ。誰も起きてこない。父様やレルミス達はともかく将軍達はさすがに起きてくるだろ、とボクは足をブラブラさせながらそんな事を考える。今日は休みじゃないし。ま、それだけ疲れてるってことなのかな。
遅いなー遅いなーと頭をテーブルにゴツンゴツンとぶつけていると。
「おや?王子じゃないか」
師匠が起きてきた。
「あ、おはようございます。師匠」
いつもこんな時間帯に起きているんだ、インドアなのに。
ボクは椅子から降り、丁寧に挨拶をした。
「師匠、って呼び方止めてって言ったじゃん。もう本当に言う事聞かない子なんだからぁ」
パチッっと額にデコピンをお見舞いされる。痛い。本気でやったな、師匠。
彼女はニヒヒッ、と悪戯に笑い、キッチンにある保存庫を開けた。そして中からコカトリスの卵を二つ取り出した。すると師匠はこっちを向き、
「卵のせトーストでいいかい?あんまり大したものは作れないんだよね」
と言ってきた。
「あ、はい。大丈夫です」
と答え、ボクは微笑んだ。それを見て気合いが入ったのか、師匠はランランとリズムに乗って、卵を割り始めた。
卵を割り、火を点ける......と思いきや。
「[光よ 人を照らす不滅の炎よ]」
やっぱ魔法使って焼くんだ......。師匠らしいやり方だな。料理できるんだと尊敬したボクがバカだったと後悔した。
「[深紅炎]」
師匠が魔法名を口にした瞬間、師匠の小さい杖から拳ぐらいの大きさの火の玉が出てきて、一気に卵を焼いた。
「うん、完成!!」
「.........」
魔法使って料理って......反則っていうかなんていうか...。ていうか、日常で魔法使っちゃうといざとなった時精神が無いとかいって緊急事態になるんじゃないのかって今凄い思ったんだけど、師匠。まぁ師匠の様子からして、そんな強力な魔法使ってないみたいだし、それにあんな火の玉、1ぐらいしか精神消費しないと思うんだよね。うん、だから大丈夫だ。
ボクは後は自分でやります、と台に乗って師匠の前にあった皿を片方取った。師匠は偉いね、とだけ言い残して、パンと卵の乗った皿を持ってリビングに向かっていった。あれ?なんか急にテンション落ちたような......。
ボクはさっさと卵をさらに乗っけてパンを手にし、リビングへ向かった。
師匠は少し暗い顔で、卵乗せトーストにかぶりついていた。さっきまでのテンションはどこにいったのだろうか。そんな事考えながらも、ボクは師匠の前の椅子に座った。
師匠の様子がものすごく気になったが、とりあえず先に朝ごはんを食べようと、師匠と同じように卵をパンに乗せかぶりついた。
うん。サクサクしていて美味しいね。コカトリスの卵は...いまいち。ていうか普通の卵だ。モンスターの卵だから、その辺にいるニワトリの卵と味違うかな、って思ったけど............全然味変わらない。これうちで育ててる特殊なコカトリスの卵だよね?普通なんだけど、コッコ!!美味しい卵産んでくれよ!!
.........モンスターに怒ってどうするんだろ、ボク。
「相変わらず変わってないよなぁ......あの性癖」
あれこれ考えているボクの耳に、突如呟いた師匠の声が入った。その突然の発言にボクは目を丸くしたので、それに気づいたのか、
「あぁ、ゴメン。ついつい心の声を漏らしちゃった」
と謝ってきた。いいえ、お気になさらずにと言ったものの、「ならいいんだけど」と微笑むだけで、また元の暗い顔に戻ってしまった。本当にどうしたのだろうか。ボクは思い切って聞こうとしたが。
「あの...師匠」
「君の父親ね。昔からなんだよ。あの性癖」
ボクが聞こうとした瞬間に師匠が口を開いた。
あの性癖...?女たらしのことかな?
「あの、女たらしのことですか...?」
「うん。大体、5歳くらいの時かな」
えっ、ちょっ、待って。若くない!?その時からずっと女たらしだったの!?ヤバイ、そんな子になりたくないよボク!!ボクは驚愕で頭いっぱいになった。
父様の幼少期、大分荒れてたんだろうなぁ......。
すると師匠がさっきよりも暗い顔で、
「でもね、そうなるのもしょうがなかったと思うんだよね」
と言った。
「え、なんでですか?」
と質問すれば、師匠は満面の笑みで
「だってルインが生まれた時代って.........丁度「世界人魔大戦」真っ只中の時代だったもん」
と答えた。
え.........。ちょっと...「世界人魔大戦」って...あの史上最悪な戦争で、一番死者が多かったというあの戦争の事......?
大体その時代に生まれた子ってすぐ死んでしまうらしい。流行病にかかっちゃうから。
その時の流行病は、「魔人化暴走症候群」というその名の通り魔人化し自我を失い暴走してしまうという恐ろしい病。それのおまけとして、体に猛毒が回るというのもあり、赤ちゃんや子供とかだと魔人化する前にその猛毒で死んでしまうらしい。なので大半の子供の死因が「毒死」らしい。
そんな危険な時代に生まれたんだ......、父様......。
「だからさ、戦争中だから勿論学校にはいけないじゃん?いくら王族でも、学校の教師は皆戦争の兵士に派遣されちゃったし。まぁ、それが原因で女たらしになったわけじゃないけどね」
「そうなんですか?」
「うん。それよりもっと酷い事だよ。それはね......」
ゴクリと息を飲み、ボクは師匠の言葉を待った。すると次の師匠の言葉で、ボクは大きく目を見開いた。
「それはーーーーーー母親の死なんだよ」
え.........、マジですか......。母親......お婆様の死で...?
「ていうことは......誰かに殺された......?」
「ご名答だよ、王子。まぁ、正解してほしくないことだけどね」
ボクはそれを聞いて固まった。お婆様が殺されて......その衝動で女たらしに........って、いやいや。
「でも......それで女たらしになってしまった理由が分かりませんよ」
ボクは師匠に問いかけた。そうだよ、そんなんで女たらしになってたら女たらしだらけになっちゃうよ。
ボクはつじつまが合わないと、師匠に言った。が、師匠は悩む事もなく説明した。
「......ルインはエルフとヒューマンの間に生まれた、ハーフエルフ。それは知っているよね」
「はい」
そんな当たり前のことを聞いてきてどうするんだ、とボクは疑問に思ったが、でも師匠が深刻な顔で話し続けたので止める事はできなかった。
「昔、エルフは人間の事を自分達の里を壊す「破壊者」だと嫌っていた。それに対して人間もそんなエルフに不信感を持ち、嫌いだった。お互いに仲良くすることはせずずっと敵対していた。でもその間の子、ハーフエルフが生まれた。その時、そのハーフエルフはどんな扱いを受けると思う?」
「...............」
「勿論迫害されるさ。エルフからは「半端者」「忌み子」と呼ばれ、人間には排除するために追い掛け回され.........戦争中は人と魔族の戦いだったからもっと酷かったと思うけどね。でもな。そんななかで唯一ルインを守ってくれたのが、母親と父親、あとボクと城の使用人たちだったんだ。その中でも特に頑張ってエルフとヒューマンから匿ってくれたのが、母親だったんだよね。それでルインは母親の事が大好きになってさ。もう家族以上の愛が、二人の間にあったんだ。でも......」
師匠が言葉を詰まらせた。言いたくないかのように黙り込んで。ボクは待った。師匠が再び口を開くのを。するとやっと勇気が出たのか、師匠が再び喋りだした。
「.........ある日、戦争がもうすぐで終わろうとしていた時急に人間が襲ってきて、なんとかしてでもルインを逃がしたかったんだろうね。ルインを父親に託して逃げてもらったんだ。時間稼ぎをするために魔法を使って色々やったけど.........駄目だった。精神が尽きた時の隙を狙われて......母親、死んじゃったんだ」
「............」
師匠の悲しげな顔を見たのは初めてだった。とても悲しそうで。悔しそうで。いつもの師匠の顔は今の師匠の顔にはどこにも残っていなかった。
「ボクもその時いたんだけど、助けられなかった。まだ子供だった私にできることなど何一つ無かった。......あの時の自分の無力さに対する悔しさは今でも残ってるよ。...............それから、ルインに母の死が届く時には戦争は終わっていて、二度と戦争をやらないという条約を結んだんだ。その時ルインは5歳。もう死について理解している年頃だった。その時のルインの顔、今でも覚えてる。......それからかな。女たらしになったのは」
そうなんだ.........とても辛かったんだろうな。絶対。大切な人を亡くして.........。
「多分、だけどさ。これはあくまでボクの推測なんだけど。.........きっとその頃のルインは、自分の母親の代わりになる人を探してたんじゃないかな。...まぁ、今はただたんに欲求不満だから女たらしやってるだけだと思うけどね」
自分の......代わりの母親...。そこまでお婆様のことが好きだったんだね......。自分の心の喪失感を埋めるために。
でも今の父様はとても幸せそう。代わりの人が見つかった、母様が、理想の母であり妻だった。
なんか......いい話だ、これ。
「やっと......理想の母が、妻が見つかったんですね......」
「うん。......」
ボクと師匠のあいだに、長い沈黙が流れる。よく分からない気持ち、複雑な気持ちに、ボクの心は陥っていた。
しばらくしてその沈黙を破るように、師匠が
「ま、その話には色々と続きがあるんだけどね」
と言い出した。え、続きあるんですか!?とぼくが身を乗り出して師匠の話に乗っかると、「うん、あるよ」といい、まったさっきの話みたいに話し出した。
「その話も、少し悲しいんだけどさ。......昔、ボク、ルイン、ルフィーヤ、フェリクス、...あと、ルシファーていう天使がいて、その五人で国最強のパーティを組んでいたんだ」
国最強のパーティ!?昔から凄かったんだ、師匠たち......!!ボクはその話を聞いて改めて師匠達を尊敬した。
国最強だったから、きっと難しいクエストの討伐にいっぱい呼び出しをされていたんだろうなぁ、とボクは頭の中で想像していると、顔に出ていたのか師匠が「おーい、大丈夫かーい」とボクに呼びかけてきた。ハッと我に返り、ボクはすぐさま「すみません」と謝り、気を取り直して師匠の話を聞いた。
「?まぁいいや。...んで、その最強のパーティで様々な地帯に冒険に行ってたーーーーーーーーー」
静かにボクは師匠の話を聞いていたが。師匠の口が途中で止まった。
「師匠?どうしたんですか?」
ボクは師匠の体をゆっくり揺さぶり、我に返らせようとした。その効果はあり、
「あ、ごめん。ちょっと急用を思い出しちゃってさ」
と師匠は慌て顔で言った。
「この話はまた今度でいいかい?」
と言われたのでとりあえず「はい」と答えておいたが、どうしたのだろう。なんか危険を察知したみたいな顔していたけどと思い、ボクはそのまま走り去っていった師匠の姿を見つめる。
疑問に思ったけど、ボクは時計の針が視界に入って、そのままボクも椅子から降りる。
試しに、この時間帯に妹達起こしてみよう、と思いボクはテーブルの上に何も乗っていない皿を置きっぱなしにし、その場を後にした。
次回更新予定 4月2日