プロローグ 創神
---ゴーンーーー
緑豊かな世界樹迷宮都市「ヴェルターナ」。その中心街にある教会が朝を知らせる鐘の音を鳴らす。
---ゴーンーーー
二回目の鐘の音。東の方向から太陽が昇り、人々は目覚め、小鳥はさえずり、精霊達は楽器を吹き始める。
---ゴーンーーー
そして最後の鐘の音。
「オギャアァアアァッ!オギャアァアアァッ!」
僕らの産声が都市中に響き渡った。
「[数多なる森羅万象 今ここに 命の雫を]」
日々修行をしている成果なのか。最初の頃よりも、魔力量が増えたような気がする。それに、コントロール上手く出来るようになっている。僕は己の魔力を右手に溜め詠唱を唱えながらながら、日に日に進化していく自分の力を感じていた。
「[聖雨]」
魔法完成とともに、目の前の花畑にボクが魔法で出した雨が降り注ぐ。その雨は太陽の光に照らされ、とても神秘的な輝きを放っていた。
「ありがとうございます、カルミス様」
「いいえ。ボクもこれ位の事はしておかないと、使用人の方々が大変になりますからね」
深深と頭を下げてくるこの緑髪青眼の使用人---フィアン・リーナは、王宮内の植物の管理を担当している。種族がエルフ、ということから、彼女に王宮内の植物を任せることにしたのだとか。この間父様がそう言っていた。
次の仕事に入ろうとせっせとホース等を片付けるリーナを見て、ボクもそろそろ修行に戻ろうとその場を後にしようとしたが、ハッと大事なことを思い出し再びリーナの元へ向かう。
「ごめんなさい、リーナ。大事な事を言い忘れていました」
「あぁ。エレン様の事ですね。言いません。心配なさらないで下さい」
さすがはリーナ。よく分かっていらっしゃる。ボクの言おうとしていた事を当てたリーナにエルフの勘ってすごいですねと言ったが、これで父様に内緒にしてくれと頼んだのは19回目だと思い出し、さすがにそのぐらい言われたら覚えるかと少し溜め息をついた。
「では、私は次の仕事にとりかかるので」
「あ、はい。頑張ってください」
「はい」
にっこりと笑いボクに背を向けその場を立ち去るリーナに、ボクも背を向けその場をあとにしようとしていた。あ、ボクの自己紹介するの忘れてたね。ゴホッゴホッ!...ボクの名前はカルミス=フィン=ソレイユ。この都市の第一王子で、下に3人の四つ子の妹がいます。金髪青眼で髪型はショート。身長は...91,6cmってとこかな。種族はハイエルフビースト。右目は黒い眼帯で覆っています。理由は知りませんが...。まぁ元気な一歳児でーす。
ハァ~...。よし!ノエル将軍にでも頼んで剣の稽古をつけてもらうか!そう思いながら足を進めると。
「あ...」
遠くから走ってくる小さな少女。その少女が通った場所は水びたしになっていて、水の道ができていた。あぁ~~全くもう。あの子ときたら...。水の道を見て少女が誰なのかすぐ分かったボクは、馬鹿デカイ溜め息を一つついた後、こっちに向かってくる少女に手を振る。
「おーい!レルミスー!」
「兄さーん!」
金髪青眼でポニーテール。凛とした明るい感じの目。身長はボクよりも若干小さめの90cmで、タンクトップに短パンという明らかに王女じゃない服装をしているこの少女。
彼女はレルミス=ヴァン=ソレイユ。ボクの妹で四つ子のなかで長女。第一王女だけど、ちょっと変わった性格をしている。ボクの真似をしようとしているのか、自分の呼び方とか仕草とか可愛い女の子にも関わらず、男の子のように振舞っているんだ。母様に「女の子らしくしなさい!」とか、「王女らしくしなさい!」とか色々注意されているんだけど、全く直す気なし。むしろ反抗するばかり。これには母様もお手上げだった。
...兄を見習うのはいいけど...。見習うところが全然違う!って言ってやりたい。でもどのみち言い返されるから、ボクはその気持ちを心の奥底に閉じ込めておいた。
「どうしたの?レルミス」
「あ、うん...ハァ...ハァ...ちょっと、父さんから伝言があってっ...ゼェ...ゼェ...」
ものすごい息を切らしているレルミスに、ボクの小さいバッグの中にある水が入っている水筒を渡した。「ありがとう」と軽くお礼を言い、満タンだった水を一気に半分まで飲み干して蓋を閉めボクに返す。生き返ったかのように幸せそうな顔でボクを見るレルミスに、そんなに全力ダッシュしたのかと笑ってやった。
「で?父様からの連絡って?」
「あぁ、そうそう。なんかよく分からないんだけど、兄さんを連れて来いって言われてさ」
「ボクを?」
呼び出しとか珍しいな。普段は妹達なのに。急な呼び出しに少し驚きつつも、ボクは「分かった」と返事をした。
「あ...。...レルミス」
「何?兄さん」
そのまま玉座の間へ行こうとしていたボクは足を止め、顔をレルミスに向ける。
「またエラに怒られてただろう?」
「うっ...」
自分がやった事を当てられたのか、レルミスが俯いて黙り込んでしまった。全く、と怒り交じりの溜め息をつき、ボクは話を続けた。
「あれほど、父様と母様がいない所で魔法を使うなと言われたのに...。レルミス。魔法暴発は本当に危険なんだよ?この前、魔法暴発で大爆発を起こして、市民達にも被害が及んだ。それを忘れたのかい?」
「......」
自分では優しくしているつもりだが、レルミスは今にも泣き出しそうな顔でボクを見ていた。こんな顔をされてしまっては、怒るのに少し気が引ける。あぁ...。もう許してあげるか。
「もう、これ以上言うのはよそう。...でも、絶対父様や母様のいない所で魔法を使わないでね。約束だよ」
「...うん...」
自分が出した小指にレルミスの小指が絡む。指きりのポーズだ。
「「ゆびきりげんまんうそついたらはりせんぼんのーます。ゆびきった!」」
約束の合言葉を二人で言った後、涙を拭い微笑むレルミス。ボクもその微笑みにつられて笑いがこぼれた。いや~。笑顔になって良かった。そう思っていると、レルミスが何かを思い出してかのようにボクの肩を掴んできた。
「兄さん!早く父さんの所へ行かないと!」
「あ、忘れてた!」
ド忘れしてた...と額に手をおいたボクは、急いで向かおうと猛スピードでバッグを取り走る。レルミスの視線を背中に感じながら、ボクは庭園を駆け抜けた。
玉座の間。猛スピードで駆け抜けてきたボクは今、その部屋の前にいる。乱れた呼吸を整えないと、今のままでは父様とまともに話をする事ができなかったため、ボクは十分に酸素を吸い呼吸を整える。
ここに来たのは初めてではないが、やけに緊張してしまうボクの心。だって自分の実の父親でも、相手はこの都市を。いや、この世界を治める王様なのであるから、いくら実の父親であろうとやっぱり緊張はする。この世界の守護神みたいな存在だし。
呼吸を整え緊張も抑え、面と向かって話せる状態にやっとなったボクは、目の前のドアノブに手をかける。ギギギィ...と鈍い音を立て開くドアの向こうには。待ちくたびれたかのように玉座に座る陛下が...父様の姿があった。ボクはそれを見て、ドアをしっかりと閉め、スタスタと早歩きで父様の方へ歩いていく。やがて、玉座の手前の階段につくと、父様は視線をあさっての方向からボクの顔に移す。そしてついていた手から顎を離し王様らしい座り方に座りなおした。それを見てそろそろ話してもいいかなと思い、ボクは口を開ける。
「御用とはなんでしょうか。陛下」
「陛下、ではなく父様、でいいぞ。カルミス」
先ほどの緊張が解けていないのか、ボクは父様の呼び方を忘れてしまっていた。そう注意され、「失礼しました」と謝罪を述べ、改めて父様に問う。
「御用とはなんでしょうか。父様」
「あぁ。庭園からわざわざ来てくれてどうもありがとう」
先ほどまでボクがいた場所の名前を当てられ、ボクは目を見開く。ボクはあの時、視線を全く感じなかった。周りを見渡しても、父様らしき姿はどこにもなかったし、そもそも庭園の近くに、ボクをずっと見張っておけるようなところは一切ない。
なのにどうして父様は、ボクが庭園にいた事を知っているのか。ボクはその事について父様に質問した。
「何故...ボクが庭園にいたことを知っているのですか?」
「おいおい、私を誰だと思っているんだ?お前の父親だぞ」
クスクス笑い出す父様に、ボクは困惑を隠せなかった。理解ができていないボクの顔を見て父様は笑うのを止め、足を組み言った。
「お前の魔力を感じたのだよ。お前が魔法を使った時に出す魔力で分かったのだ」
ボクはその言葉を聴いて、地獄のどん底に落とされたような気分に襲われた。
実はこの王宮には、ある一部を除いて魔法を使用してはいけないというルールがある。普段ボクが修行場として魔法を使っている場所は庭園。庭園は禁止区域。これを破った者は、それ相応の罰を受ける事になる。ボクはそれを知っていながらも、魔法を使用していた。いずれはこうなると分かっていた。でも自分の将来のためにも今から修行をしておかないと間に合わないと思ったから。だからボクは魔法を使った。そう言おうとしていたボクだったが、いつの間にかボクの目の前に来ていた父様の言葉に阻止された。
「...訓練所に来なさい。カルミス」
「え...?]
突如告げられたその言葉に、ボクは戸惑った。
「何故ですか...?」
「いいから、来なさい」
何度問いかけても父様は答える事なく玉座の間から出て行ってしまった。
「...」
ボクはその場にしばらく立ち尽くしている事しかできなかった。しばらくして我に返り、とりあえず父様の言うとおりに訓練所に行こう、そこで何故訓練所に呼んだのかを聞こうとボクは考え、止まっていた足を出口に向かって進めた。だが...
「まさか...魔導士になるなんて...」
なんて、その時のボクはそんな父様の思惑には気づかなかったのである。
これは、とある王子王妃である四つ子の兄妹とその仲間達が描く、壮大な奮闘ファンタジーストーリー。