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第六話



「……ぐっ……」


謎の襲撃により突如昏睡状態に陥っていたディーネは、唐突に意識を回復させる。自分がなにやら柔らかい物の上に寝ているということを、目を閉じたまま感触で判断すると、そのままゆっくりと薄目を開けた。


彼のいる場所は、一見なんの変哲もない普通の部屋に見える。少なくとも見えるところにディーネを陥れるような罠は仕掛けられていないと見てもいいだろう。


が、これが自分を油断させる為の物ではないと確信ができない以上、油断するわけにはいかない。これでもディーネには暗部のトップとしてのプライドがある。そう何度も遅れをとっていては暗部としての面目丸潰れである。


まあそもそも見知らぬ少女一人に不意を打たれた暗部(笑)という話なのだが。


「すぴー……すぴー……」


ディーネが自分の不意を打った少女に敵意を燃やしていると、彼の隣から寝息が一つ聞こえてくる。彼がおそるおそる横を確認すると、茶髪の少女が隣で静かな寝息を立てて、ゆっくりと胸を上下させていた。


(……こいつは確か、ハナタニミズキだったか? 報告では古谷薫との関わりは見られなかったはずだが…)


ディーネは事前の報告との食い違いを覚える。まさか関わりも無いのに男と共に寝る女だったのだろうか。それしては衣服の乱れもなく、何のために自分とこの少女が共に寝ているのか理解が追い付かない。


(……というかこいつ、起きてるな)


呼吸の浅さと胸の上下動の間隔から、彼女の状態を見抜くディーネ。狸寝入りで何をしようとしているのかはわからないが、とにかく行動を起こそうと身じろぎさせる。


「……ん、ううん……」


と、まるで図ったかのようなタイミングで少女が動き出す。なるほど、この為に寝た振りで張っていたのか、とディーネは内心で納得する。まあ何故張っていたのか、という疑問は残っているのだが。


「ふぁ~……あ、薫おはよー」


なんとも白々しい。そんな言葉をディーネはおくびにも出さず、『薫』として応対する。


「ああ、おはようミズキさん。早速だけどなんで僕がここで寝てるのか聞いてもいいかな?」


「いやだなぁ薫ったら。私達恋人じゃん」


ケラケラと笑う少女―花谷水樹。またしても少々ヒヤリとする質問であるが、今回はこの言葉が嘘だという確固たる証拠がある為、堂々と返答することができる。この男の周りにはこんな奴しかいないのか、と内心で頭を抱えながらではあるが。


「冗談言わないでくれ。それに、僕が聞いたのは廊下で意識を失ったのにどうして僕はここにいるのか、ということだったんだけど?」


「むー……反応薄いよ!」


お前の反応が過剰すぎるだけだ、という言葉をぐっと呑み込む。


「そりゃ反応薄い日もたまにはあるよ。で? 僕がここにいる理由は?」


「んー……夢遊病、ってことじゃだめ?」


夢遊病、というのがどういうものかディーネにはわからなかったが、言い方からして適当に言っているのは間違いない。ディーネはその意見を却下する。


「ダメ。僕がここにいるってことは、おおかたミズキさんが連れてきたんだろうけど……」


「ん、正解! いやー、廊下で薫を見付けたから思わず飛び付いちゃってね。そしたらなんか良いとこ入っちゃったみたいでそのまま気絶しちゃって! 仕方ないからここまで運んで色々といたず……ゴホン、看病してたって訳よ!」


「元凶は君じゃん!! てか最後のなに!? 何を言いかけたの!?」


若干演技を捨てた本音をぶちまけるが、なぜだかディーネには確信があった。これは『古谷薫』でも同じことを言うと。


「いやー、前は耐えられてたから今日も行けるかなーって」


「不意討ちじゃ耐えられないよ……」


「えへへ」


発言としては結構危ない橋を渡っているはずなのだが、流石に慣れてきたのか淀みなく対処できるようになってきたディーネ。伊達や酔狂で暗部の長を務めていないということである。


と、唐突に水樹の明るい顔が鳴りを潜め、神妙な顔つきになる。


「……そういえばさ。薫、どうして逃げ出しちゃったの?」


「え」


「その、さ。最初は魔獣と戦う恐怖で逃げ出したって説明を受けたんだ。でも、私は薫が怖いだけで逃げ出したなんて、とても思えなかった。絶対に何か理由があるんだって」


「ミズキ……」


「やっぱり、あのグループがちょっかいを掛けてきたの? それなら、私が直接、みんなの前で――」


「――ミズキ」


ディーネはやや強い口調で彼女の名を呼び、強引にその言葉を切る。ピクリと肩を震わせる水樹。


ディーネとしては一体『薫』になにがあったのかというのは検討も付かない事だ。魔獣の恐怖で逃げ出したのが真相でないのだとしたら、確かに水樹の口から出てきたグループというものが絡んでいるのかも知れない。


が、それは最早どうしようもないことだ。『薫』は死に、その真実を知るものはいない。不憫だとは思うが、それだけだ。それに、自分はあくまで暗部である。探偵の真似事などやっている暇はない。


「それはもう過ぎたことなんだ。あんまり蒸し返して欲しい話でも無い。僕は今回起きたことを、全て忘れようと思う」


「でも! それで泣き寝入りなんて……」


「泣き寝入りじゃない。ただ、それだけの事情があるんだ」


わかってくれ、という意味を込めた視線を向けるディーネ。何かを匂わせることによって、これ以上の介入を防ぐというこの方法は、相手との仲が近ければ近いほど有効だ。今回ばかりは自分の知らない両者の関係に感謝する時である。


「……わかった。でも、また薫が傷付くことがあるなら私は黙っていられない」


「大丈夫さ。なんとかしてみせる」


そう朗らかに笑って見せるディーネ。


彼の偽りの笑顔に、しかし水樹は気付くことは無かった。


「じゃ自分の部屋に戻るよ。色々とありがとう」


「特になんにもしてないけどねー」


先ほどまでの雰囲気はどこにいったのか、水樹は朗らかな笑みを浮かべる。この切り替えの早さは中々の物だと心のなかでそう評価するディーネ。


「あ、そうだ!」


ふと何かを思い付いたように手を打ち合わせる水樹。ディーネはドアノブに手をかけたまま、彼女へ振り向く。


「おかえり。薫」


水樹が浮かべる明るい笑顔。そんな彼女から目を逸らすように、ディーネは正面を向く。


「――ああ。ただいま、ミズキ」


去り際の表情は、水樹からは見えなかった。

話が進まない症候群

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