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第三話



馬車に揺られること数日。道中は魔獣に襲われる事もなく、ディーネ達は実に平和な旅路を歩んでいた。平和すぎた故に道中ディーネが駄々を捏ねることもあったが、それもフィリスが諫める事で事なきを得た為、大きな問題とは為らなかった。


そしてようやく、フリアエ王国の首都、アヴァールの巨大な城門が遠くに見えてくる。ディーネは馬車の窓から大きく身を乗りだし、歓声を上げる。


「おおお、やっぱいつ見ても王国の城門はでっかいな!! 最も、立派なのはそこだけで肝心の中身は張りぼて同然だけど」


「局長、本音が漏れていますよ」


「あ、いっけね」


コツンと自らの頭を小突き、小さく舌を出すディーネ。それを見たフィリスと御者の額に小さく青筋が浮かんだ。


「……じょ、冗談だってばもう~! 嫌だな二人とも」


不穏な雰囲気を感じ取ったのか、すごすごと馬車の中に戻るディーネ。自らの失態を無かったことにしたいのか、彼は別の話題に話を変える。


「ほ、ほら! そろそろ演技に戻らないと! 相手の間諜がどこで耳をそばだてているか分からないんだからさ!」


「そうか。ならば遠慮なく罵倒させてもらうことにしようこのうつけが」


「しまった、墓穴を掘った!」


普段敬語の人物から対等の口調で罵倒されるのは、流石のディーネといえど心に来るものがあるようだ。助けを求めるように御者へと話を振る。


「頼む、助けてくれ! このままじゃ俺の心がポッキリ折れちゃう!」


「……そろそろアヴァールに到着します。荷物を整えといて下さいよ客人」


「君もか!?」


次々と部下に裏切られていくディーネ。隊長としての風格は最早有って無い様なものだ。


「なんだよこんちくしょー!! 俺は隊長だぞ!! 君達の給料は俺の手の内なんだぞ!!」


「いい加減にしないと国王に言い付けますよ? 実はこの前の任務で経費と誤魔化して私物を買ってましたって」


「あ、すいませんごめんなさい。君達は優秀な部下です。優秀な部下を持てて俺は嬉しいよ」


「まあ実はもう報告済みなんですけどね」


「地獄に落ちろ能無し共め!!」


ギャーギャーと騒ぐ姿からは、帝国最強と騒がれている「五本剣」の威厳など毛ほども感じられない。ある意味完璧な擬態は出来ているが、これが意図的なものでないのは明白である。


と、御者を演じていた部下が視線の先に何かを見つける。土煙を上げつつ猛スピードで迫っているそれを凝視すると、なにやら集団の騎馬達だと当たりを着けた。


手綱を引いて馬を止めると、ディーネ達へ振り向き声を張り上げる。


「隊長、お遊びは終わりのようです。前方に騎馬の集団を確認。接敵まで一分もありません」


「おっと、釣り針に引っ掛かった王国のネズミか? フィル、確認宜しく」


「了解しました」


フィリスは窓から顔を覗かせ、前方の一団を見据える。聞こえるか聞こえないかの声で「『鷹の目』」と呟いた。


すると、フィリスの視界が一気に拡大し、全体を俯瞰できる鳥瞰状態となった。そこから意図的に倍率を操作し、騎馬の一団に近付いていく。


そしてフィリスの目に入ってきたのは、とても騎士とは思えない軽装を見に纏った集団である。見たところ王国の紋章も着けておらず、勇者生存の情報を聞いた出迎えにしては少々粗末なのではないかと思える程レベルの低い集団だ。


「……数は20。そこそこの装備は整えられていますが、王国の紋章も着けておらず、勇者を迎えるにはどうにも程度の低い集団だと思われます」


「暗部の可能性は?」


「無くはありませんが、余りに堂々とし過ぎかと」


「ま、そりゃそうだよな」


白昼堂々、暗殺者が馬を駆って平原を駆ける何てことはない。わかりつつも聞いたディーネは、口を尖らせ不満を表す。


「ったく、面倒事は御免なんだがな。どうにもろくなことになりそうにない」


「同感ですね。どうします局長? 演技は致しますか?」


「ま、あれがダミーって可能性もあるからな。一応演技はしておけ」


「了解」


彼らのやり取りが終わった頃、ちょうど騎馬の一団が彼らの元へたどり着いた。馬車を囲むように動く彼らからは、どうにも友好的な雰囲気は感じられない。粗末なプレートメイルに、武骨な曲刀(タルワール)を持ち、全員が揃って同じ色のバンダナを巻いている。これが王国の騎士団だというのならば、蛮族の国であると勘違いされても仕方ないだろう。それほどに彼らの風貌は粗野であった。


 不精髭の生えた男が、集団の中から一歩手前に出る。


「貴族様よぉ! 申し訳ないが、こっから先は通行料が必要だ! 身包み全部置いてきな!」


 やはり彼らは騎士団などではなく、単なる盗賊であった。大声を張り上げてそう主張する男に、御者は不快さを隠そうともせず顔を顰める。


「王国へ行くには関税が必要という話は聞いていなかったのだがな。いったいどういう了見だ?」


「そりゃあったりまえよ。俺様が今決めたんだからな!」


 ガッハッハと下品な笑い声をあげる男に、周りも合わせて笑い出す。どうやらこの男が首領的な立場にあるようだ。


「そうか。残念ながらこの馬車に貴族は乗っていない。利益はあまり得られないはずだ。退いてはくれないか?」


「うるせぇな、つべこべ言わずに馬車の中を開けりゃ良いんだよ! 切り刻まれてぇか、ああん!?」


「……わかった」


 命が惜しいと思った御者…のふりをする部下は、大人しく御者台を降りて馬車の扉を開ける。


 中に居たのは気弱そうな少年と、見目麗しい女性の二人。盗賊たちは口笛を吹き、一斉に歓喜を露わにする。


「なんだよ兄ちゃん、いいもん持ってんじゃねぇか。はじめっから大人しく差し出しゃいいんだ……よ!」


「ぐっ!?」


 首領のふるった剣で、その胸を切り裂かれる御者。噴き出た血が、平原の草を赤く濡らした。


 勿論、ただの血糊であるが。


「おらおら、こうなりたくなかったら大人しくしろよ? 俺たちもむやみな殺しはしたくないからな」


 下卑た笑みを浮かべながらにじりよってくる彼の言葉には少しも説得力がない。先ほどの手際といい、人を殺したことは彼にとって一度や二度の事ではないだろう。気弱な振りをしつつ、ディーネは冷静に分析をしていた。


 おそらく、彼らは本当にただの盗賊なのだろう。自分たちが本物の勇者かどうか確かめるにしては、御者を切るのはいくらなんでもやりすぎだ。もし自分たちが本物であれば、勇者の機嫌を損ねる結果となってしまうはずだからだ。いくら暗部でもリスクが高い方法をわざわざとるとは思えない。もしわざわざその手を選んでいるのだとすれば、それはただの愚策だ。自分達が対策するまでもない。


「そこの女は前に出てこいよ。ほら、俺たちが精一杯かわいがってやるからよ」


 ディーネは気取られない程度にため息をつく。散々警戒していた自分がアホのように思えてきて仕方がないのだ。とっとと片を付けるよう、フィリスに目配せをする。コクリと頷いたフィリスは、馬車を出て男たちの前に出る。


「ふむ、貴様らで私を満足させることなど出来るのか? 到底そうは見えんが」


「へへっ、この薬を使えば一発よ。どんなマグロでも一発で昇天さ!!」


 懐からなにやら錠剤を取り出す男であるが、フィリスは手を振って否定する。


「ああ、違う違う。そういう意味ではない」


 ただ――と、彼女は魔法を発動し、亜空間から身の丈を超える大剣を取り出す。その威容に、思わず後ずさる盗賊たち。


「果たして私が満足するほど、お前たちは戦えるのかという意味だよ」


 辺りに殺気を振りまくフィリス。


 勝負の行方は、初めから決まっていた。




◆◇◆




 血に濡れた大剣を振り、残った血糊を振り払いながら構えを解くフィリス。その彼女の背中に、ディーネは明るい声をかける。


「警戒した俺が馬鹿みたいに思えてきたよ。こんなアホに手間取らされるなんてね」


 いまだわずかに意識の残っている盗賊を、隠し持った短剣で息の根を止める。その作業をまるで流れ作業のようにディーネはこなしていく。


「せっかくであれば、宝具の試運転にするべきだったかもしれませんね。この先、本番で試すには少々不安ですから」


「え? これ試運転してないの?」


「……」


「なんとか言えよ!!」


 人を殺しながらも歓談できるのは、さすが暗部と言ったところだろうか。決して善悪の判断がついていない訳ではなく、ただ悪をこなすことに何の感情も浮かばなくなっただけの話である。それが幸運な事なのか、不幸な事なのかはわからないが。


 と、斬られていた状態から立ち上がった御者が彼らに報告する。


「局長。もう一団、何者かが草原の向こうから駆けてくる様子を発見しましたが……」


「うわ、お前その恰好だとゾンビみたいだな」


 ディーネがやや引いたような声を出す。彼の服には斬られた跡がある上に、血まみれだ。まさに死者が立ち上がっていると形容できるほどの様子である。


「……着替えておきます。局長たちは別の一団への対応を」


 ある意味、一番割を食っているのは彼かもしれない。そう思えるほどの哀愁が彼の背中から漂っていた。

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