化身
注文書を睨みながら工場の作業員は呟いた。
「おい、こりゃどういう注文だよ。この数のネジを手作業でって。ありえないだろ」
「そんなの知るか。どれだけ手間がかかっても今のこの会社にとっては割りのいい話なんだ。職人にしか任せられん」
「これ、何に使うんだ?」
「知るか、そんなこと」
世界各地の職人のいる会社、そして理系大学も首を傾けていた。
ある会社では、この手の注文のための会議が何度も繰り返された。
「まったく、国の命令とはいえ、液晶画面を手作りって、どうなの?」
しかも、指定された納期は極端に短かった。担当者は昔、液晶画面を作った当時を思い出す。
…………あの苦労をまた、しかもこんな短期で。こりゃ社員、倒れるぞ。給料に色を付けないと。この不景気なときに…………割に合うのか合わないのか、正直分からん。
テリーの手作りカメラで撮った写真には、しっかりと竜の姿が写っていた。やけになった軍の担当者はビデオカメラを手作りすると内密に決めた。それが世界各地の職人の頭を悩ませたのだった。
それぞれの部品は軍に集められた。組み立ててみると、それなりにカメラに見える。
「エイ、前に立って」
ちゃんとビデオカメラのようにエイの姿が映った。さすが世界の技術。
「これで見つからなかったら、あいつらにはそれ相応のことをしてもらうからな」
そんなことになっているとは知らないレベッカ達。ディーバを呼べることが分かったため、興奮している者、変に冷静な者と極端に分かれていた。
「あんな竜巻を起こす竜と対面するのか?これからも?レベッカ、平気なのか?」
「テリー、あんまり興奮しないで。レベッカが困るだけじゃない」
「そうですぅ~レベッカさまは強いんですからぁ~」
強い。前はそれが嫌だったけど。
ディーバがうろたえていたように思えた。あてずっぽうではあるが、たぶん当たってる。
「今、アユルラから伝言が届いたわ」
マリーの夫。森で世界の魔法使い達の意見を聞き続けていた、優しい叔父。
「レベッカの思いを受けているかどうかは別として、味方になるという人がほとんどらしいわ。レベッカが呼んだことと、青焼き写真で写せたことがきっかけでしょうね。でも、ディーバを見られるのはレベッカと使い魔だけ。魔法使い達は助けるしかできないの。そこは分かって」
レベッカは頷いた。
「その時は、私が指示を出すわ」
レベッカはちょっとしたものを背負った。
レベッカ達は軍に呼び出された。それも、訓練所に。エイが居る。隊長は来ないのだろうか。
「私達、竜対策本部は…………」
「あれぇ~異常事態対策じゃなかったのぉ~」
「自体の判明と共に名を変えました。中身は同じです」
エイはさらりと言うと本題に入る。
「前回はレーダーがないとのお話でしたが、呼ぶことはできるようですね」
隠してもしょうがない。レベッカは頷く。
「今、呼んでいただけますか?」
「え?」
あっさり『呼べ』というエイに、一同が驚く。
「こちらも試してみたいことがあります。邪心竜がいなければ確認できませんので」
「おまちいただけます?」
静かにしていたマリーが声をかけた。
「より安全にするために、五分、お待ちいただけません?」
「五分?」
エイは少し考えた。
「まぁ、いいでしょう。待ちましょう」
エイが言い終えるよりも前に一人の男が突然上から声をかけた。
「ようマリー、久々だな」
乗っていたほうきから降りるとほうきをくるりと回し、小さくしてからポケットに入れた。
「すまなかった。君の言葉を信じれば良かった」
次は、直接空間移動してきた魔女、絨毯に乗ってきた者、使い魔に乗ってきた者など、その後もどんどん魔法使いが集まった。見る見る間に広い訓練場に魔法使いが増えていく。
「こ、こんなにいるなんて…………」
集めた軍人と同じくらいいる魔法使いにエイは圧倒された。
「そろそろ全員集まったみたいよ、エイさん」
「は、はい…………」
次の指示を一瞬忘れたエイだった。
「あ、そうですね、ではレベッカさん。竜を呼んでください」
レベッカは空を見上げ、大きな声で呼んだ。
「ディーバ!」
エイの隣の兵士がビデオカメラを空に向けた。そして他の兵士達は一斉に同じメガネをかける。
晴れていた空に雲がたちこめ、竜巻が起こる。
ディーバが姿を現す。空を一周しているとエイが大きな声で指示を出した。
「打て!」
兵士達はミサイルや銃でディーバを撃ち始める。
「何をするの!」
レベッカは空へ飛び、呪文を唱えた。ミサイルはディーバに当たることなく、空中で散った。
「君こそ何しているんだ!その竜は私達を恐怖に陥れたのだぞ!」
「私は!」
空中でレベッカが大声で叫んだ。
「ディーバを死なせたくない!」
マリー、アゲハ、テリー、ナカト以外のそこにいる人たちが面食らっていた。
「じゃぁ、君は人の敵か!みんな、構わぬ、あの竜と魔女を打ってしまえ!」
エイも叫んだ。またミサイルが飛ぶ。マリーも空へ飛んだ。レベッカの周りに結界を張り、攻撃から守る。
ディーバは軍に向かって炎を吐いた。レベッカは軍を守るために壁を作る。炎が当たると壁は水になり下に落ちた。軍は守ってくれたレベッカに銃を向ける。レベッカはディーバを守ることに集中し、反撃を全くしなかった。
「お、おい、どうなってんだ?彼女、どっちの味方なんだ?」
銃を向けていた兵士が困惑していた。
魔法使いの一人が声を上げた。
「と、とにかく同じ魔法使いだ、彼女を守るぞ」
魔法使い達は上からも下からもレベッカを守り始めた。
「おじさま、上へ!」
レベッカが一人の魔法使いに指示。彼が上へ飛ぶとディーバのしっぽがブンッと下を通り過ぎた。下に向けて持っていた杖が振り落とされた。
「助かったぜ、これで本当に竜がいると分かったよ」
真下にいた兵士の頭にコンッと杖が当たり、うめいた。
先程の魔法使いもレベッカを助ける。彼女とディーバを狙ったミサイルの向きを変えた。
「青い服のおばさま、下へ光を放って!」
言われたとおりに魔女が光を下に放った。たった今、狙いを定めていた兵士の目が少しの間、見えなくなった。
その場にいる誰もが混乱しながらも自分の仕事をしていた。
テリーはゆっくりエイに近づいていた。
「魔法を使えない僕にだってね、意地があるんだ」
彼はエイの隣でビデオカメラを構えている兵士に飛びついた。
「うわっ!」
不意をとられた兵士はカメラごと倒れた。
「これさえ、これさえ壊れてしまえば攻撃はできないだろう」
テリーはビデオカメラを拾うと岩に叩きつけた。その時、軍の攻撃は全部止まった。兵士達がかけていたメガネにビデオカメラの映像が送られていたため、カメラが壊れてしまえば兵士達はディーバの姿が見えなくなるのだ。
エイが怒り狂っていた。
「カメラなんてどうでもいい。要するにあの女のいる所を狙えば竜に当たる。みんな、引き続き打て!」
兵士は困っていた。
エイの指示を聞いた魔法使い達は団結した。
「魔法使いをなめるなよ!本気を出せば軍なんて…………」
「待って、だめなの、それじゃぁ!」
レベッカの声が響いた。
「ダメなんだって…………!」
彼女は泣いていた。
「なんでこんなにお互いを憎むの?誰も悪くない!相手の気持ちが分からなかっただけなの!」
軍にしてみれば、地震や津波を起こされて困っていた。
ディーバはレベッカからしか祝福を贈られなかった。
魔法使い達は母邪心竜の策によってディーバの声が聞こえなかった。
母邪心竜は森の岩戸に閉じ込められた邪心竜の意思を押し付けられた。
邪心竜はなぜ岩戸に閉じ込められなければならないのかと不満だった。
邪心竜を閉じ込めた魔法使い達は邪心竜に人間界を壊されるわけにはいかなかった。
魔法使いを迫害し、邪心竜が増える原因を作った普通の人たちは魔法を恐れていた。自分にない力が理解できなかった。
誰が一番悪いなんて、誰が決められるだろう。ボタンの掛け違いが続いてしまっただけだとレベッカは思っていた。
全てに関わったレベッカは、それでもこの世界がないほうがいいなんて思えなかった。彼女が出した答えは『誰も悪くない』だった。それぞれの行動の原因をたどれば、全員に理由があった。
雨が降り始めていた。
ディーバが泣いていた。何も言わずに泣いていた。空を一周すると、レベッカの前に降りて、じっと彼女を見た。
「我は…………我は何をしていたのか」
ディーバの涙は止まらなかった。レベッカの心を読んだのだろう。
「我は、そんなにそなたを困らせて…………」
「ディーバ」
レベッカもディーバを見つめていた。軍も魔法使い達も攻撃を止めてレベッカを見ている。
ディーバの目元が白くなる。
「ディーバ?」
ディーバの黒い体は徐々に白くなっていた。雨にすすがれ流されるかのように。周りはざわめき始めた。
「り、竜だ!」
「本当に、竜だ!」
「竜が現れた!」
「メガネで見てたのはラスボスみたいで面白かったけど、実物は…………」
「あんなのと戦ってたのか?!」
軍も、魔法使いも驚いていた。兵士の中には逃げ出すものもいる。
雨が止んだ。
そこには夕日を浴びて、力強く、美しい白竜となったディーバがいた。
一声鳴く。その声は歌うかのような、そこにいる全員が聞きほれる美しい声だった。
森の岩戸にシンヤが禁呪を唱え終えた。
「あとはこの祠を」
苔むした祠を、竜を閉じ込めたときと逆の順番で動かす。
ズシンッ…………ガラッ…………ガラガラ…………。
大きな岩が崩れ始めた。その奥から響く泣き声がいくつも聞こえる。
「ふ…………ふははは…………やったぞ、やってやったぞ!奴らの息の根を絶やすだろう。ハーッハッハッハッハー」
禁術を唱えたせいか、頭も完全に狂っていた。邪心竜が何匹も出てくる。その姿を見てシンヤはいつまでも笑っていた。一匹が飛び立つ。また一匹。シンヤのおかしな笑い声が一匹の邪心竜の癇に障った。その邪心竜は足にシンヤを引っ掛けると崩れた岩に叩きつけた。そして、飽きるまで遊ぶと次々と出てくる竜と共に飛んでいった。
白竜となったディーバは、そこにいる魔法使いや兵士達に話しかけた。
「この度は大変申し訳ないことをした。全てを語るには長い時間がかかってしまう。それに、言い訳など謝る言葉ではないと思う。だから、ただ謝りたい。申し訳ない」
ディーバは頭を下げた。しばらく誰も動けなかったが、一人が拍手すると次々と拍手が広がった。久々に人前に出た竜は暖かく迎えられた。
魔法使い達も口々に謝罪する。話をつなぎ合わせるとなぜこうなったのか分かり始めていた。
その時だった。ディーバが急に頭を上げた。使い魔たちも騒いでいる。
「みんな、どうしたの?」
レベッカが聞いた。
「レベッカ、我に乗るのだ」
ディーバが言う。レベッカは何か分からないが言われたとおりにした。アゲハも来る。
「大変です、誰かが岩戸を開けました!」
アゲハは叫ぶように言いながら鳥の姿になった。
「岩戸?」
「数百年前、魔法使い達が邪心竜を閉じ込めた、あの場所です!」
その言葉に魔法使い達は驚いた。それと同時にレベッカを乗せたディーバが空へと飛んだ。




