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星見る竜  作者: 千夢
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あなたには私がいる。

 ある森で、一人の老婆が呟いた。

「あの子、大丈夫かねぇ」

 老爺が返事をする。

「レベッカのことかい?」

「そうよ。神殿の協力を得られない魔法使いほどつらい立場はないよ」

 老爺はため息をつく。

「お前、レベッカを助ける気なのだろう?」

 老婆は微笑んだ。

「さすがは長年の友だね。私の心を見抜いている」

 数秒の無言。先に口を開いたのは老爺だった。

「行きなさい、レベッカのところへ。わしは魔法使い達の相手をしているよ」

 老婆は小さな目を細め、一言残して姿を消した。

「必ず守ります」

 老婆の姿のなくなった場所を老爺はしばらく眺めていた。

「私の姪っ子は何をしようとしているのかねぇ」

 呟いている最中にもどこかの森から交信しようとしてくる者がいる。

「お前は、神殿の敵なのか?」

 老爺は心を封じて行動を起こした…………行動というのだろうか。ただ、受信し始めた。


 レベッカはぶつぶつ呟いていた。

「私にアゲハがいるのは当然なことで、でも、魔力のない人達はそもそもアゲハのような存在すら信じてなくて…………」

 きっと、テリーとアゲハの話で気付かされたことは、レベッカにとってカルチャーショックのようなものだったのだろう。

 人間も魔法使いも、分かっているようで分かっていなかったことに対面した時はこんなものなのかもしれない。

 ソファに座ったまま呟いているレベッカの前の席に、ぼんやりとした影が現れた。

 再びパソコンのキーを打っていたテリーが先に気付き、今度はテリーが呟き始める。

「誰もいなかった場所に影が出るということは霊ぐらいしか思いつかなくて…………でもその影がどんどん濃くなって足もちゃんとあって、ついでにレベッカに似ていたりすると僕の頭ん中は訳がわからなくなるわけで…………」

 似たもの夫婦だった。

 そして、影がどう見ても人間になったその姿が、レベッカに話しかけた。

「久しぶりね、レベッカ。素敵な女性になったわねぇ」

 その声にレベッカは頭を上げ、目を丸くした。

「おばさま!」

 レベッカは間にテーブルがあるのを忘れておばさんに抱きついた。

 テリーが知るはずもない。レベッカとの結婚式のとき、ゲストは誰も呼ばなかったから。

 淋しかったレベッカの目から涙がこぼれた。おばさんはレベッカの頭をなでた。そして、レベッカを抱きしめたまま、テリーにも話しかける。

「はじめまして、テリー。叔母のマリーと言います。あなたのことはレベッカを通して聞いてますよ。彼女が大切にされてるから、私も安心してましたの」

 マリーはレベッカから離れ、テリーに握手を求める。

「あ、はい、どうも…………」

 テリーは人見知りなところがあり、そして目の前で起こっていることがまだ信じられず、返事がしどろもどろになってしまう。

「似た名前どうし、仲良くしましょう」

 マリーは微笑みながら言う。やっと差し出されている手に気付いたテリーは握手した。

「突然きてごめんなさいね。レベッカのことが心配でねぇ」

 マリーは一つ息をつく。

「みんなのかっこうの話の種になっているわよ。神殿に逆らっただの、追放されただの。どこまで本当かわからないことまで噂になってる。私に話してみなさい。なぁに、私もあなたも心を閉じておけば誰にも聞こえない。私の頭の中にだけ話せばいいんだよ」

 身内の優しさにレベッカは再び涙を流した。気が済むまで泣いた後、レベッカは今まで自分に起こったことを全て話した。何度も涙が邪魔をした。マリーは丁寧に全て聞いた。明るかった空が話の間に夜になっていた。

「私がぼんやりしてるときに、ずいぶん頑張っていたんだねぇ」

 まりーがポツリと言うと、レベッカはまた涙を流した。

「レベッカ、泣くのはやめなさい。下がり皺ができるよ。ほら、笑いなさい。無理にでも笑えばいいことが来るから」

 マリーがレベッカの涙を拭く。

「早く知らせてくれなきゃ駄目だよ?」

「だって、おばさままで神殿から追放されたら…………」

「身内が泣きたいくらい頑張っているときに神殿なんか知るもんかい」

 マリーは飛び切りの笑顔だった。

「さぁ、考えようじゃないか。再び竜と魔法使いとの戦いだ。血が騒ぐってもんだ」

 マリーはレベッカの手を両手で包んだ。

「問題は私にも聞こえなかった竜の声だねぇ。ちょっと使い魔を呼んでみようか」

 マリーは目をつむり、何かを呟いた。部屋に現れたのは人の姿をしているが、とても変わった少年。全身、緑色だ。

「へぇ~、マリーおばさまの使い魔、妖精なんですねぇ~」

 アゲハが言うと、今度はマリーが驚いた。

「あんれまぁ、レベッカ、あんたの使い魔は言葉が上手ねぇ。これで理由がわかったわ」

 レベッカがきょとんとした。

「あに、おばさま、理由ってなんですか?」

「私達、魔法使いが竜の声を聞けなかった理由だよ。あなたの魔力は並大抵じゃないわ。なんで今まで神殿で働けなかったか不思議なくらいよ」

 アゲハがニコニコしていた。

「当然ですぅ~。私、知っててレベッカさまの使い魔になったんですものぉ~。倍率高かったんですからぁ~」

「倍率って、何よアゲハ。そんな話、ちっともしなかったじゃない」

「だってぇ~、レベッカさまが使い魔を選んだの、いつか覚えてますぅ~?」

 ………………。

「全然覚えてない」

「でしょ~、でしょ~。だって、レベッカさまは二歳で私を選らんで下さったんですものぉ~」

「そういえばあなたのお母さんも言ってたわ。とんでもない魔力を持ってるって。あの人も強い魔力で有名だったからねぇ」

 レベッカはそれを聞いて呟いた。

「…………きょうは驚くことが多すぎるわ」


 次の日の朝、全員で食事をする。マリーは茹でてない豆をくれと言う。ちょうど切らしていてなかったので、今回だけは特別、と呟いてレベッカは魔法を使った。近くの畑から少しばかり失敬した。

「そういえば紹介してなかったわね。使い魔のナカトよ」

 ナカトは呼ばれたと思ったのか、マリーの顔を見た。そして、慌ててみんなに頭を下げた。

「言葉は分かっているのよ。でも、話せないの。それと、緑の生のものしか食べないわ」

 紹介されている間は食べるのをやめて笑顔を見せるナカト。

「彼の目にはみんな緑の濃淡でしか見えないみたい。でも、人柄なんかはすぐに見抜くの。今日、ここにいる人は彼にとって良い人と見てるみたい」

 ギーッと声にしたナカト。うれしいときの声のようだ。

 初めは信じられない顔をしていたテリーもきょうはニコニコしている。やっと慣れてきたようだ。


 レベッカ達が穏やかな食事を楽しんでいる頃、神殿のシンヤが焦っていた。

「あいつに、神殿を無視して味方になる奴が現れるなんて…………」

 珍しく部屋の中で書類を見ずに歩き回っていた。異様に静かな神殿の中に、シンヤの足音が響いていた。

「もし、あの魔法使いの使い魔に竜の姿が見えたら僕の立場はどうなるんだ」

 シンヤは上を向いて息を吐いた。


 森に一人残された老爺は言葉を受信しながらその言葉を二つに分けていた。神殿側の意見と、自分に手を差し伸べる意見。圧倒的に前者が多かった。…………今は。

 老爺はこの状況を今だけだと信じていた。信じるしかなかった。

 妻が行動を起こした今、自分がすることは妻の味方になること。味方はそのことのために動かなければ。もう、信念だった。

 受信ばかりしていた老爺は、振り分けたメッセージの中から手を差し伸べようとした魔法使いに一度、聞いてみることにした。

「将来、神殿に魔力を封じられる覚悟はありますか?」

 差し伸べていたはずの人からの言葉はぐんと減った。減ったが、無ではなかった。

「もし、竜が本当にいるなら、早く解決しなければ大変なことになる」

 一人のメッセージ。

「竜の力は大きい。何が起こるかわからない」

 世界から言葉が飛んでくる。

「マリーよ、証明してくれ、竜の存在を。この同志達の力を生かそう」

 老爺、アウルラは呟いた。

 対決することになれば、遠い地でも魔法ならすぐに集まれる。

「マリー、頼んだぞ」


「そうだ、思い出した」

 食事の後、レベッカはテレビをつけた。

「ナカトに見てもらいたい映像があるの」

 それはレベッカが初めて見た、母邪心竜が船を壊した映像。船が海から持ち上げられたとき、ナカトはギーッ、ギギッと声を出した。マリーが通訳する。

「私には船しか見えないのだけど、ナカトには何か見えているみたい。ただ、ナカトの見たことのない姿のようだわ」

 そこで、レベッカはノートとペンをナカトに渡した。すらすらと描くナカトの絵は上手だった。そして、その絵はレベッカとアゲハが見た、あの母邪心竜だった。

「これで証明されたわね」

 レベッカが呟く。アゲハも頷いていた。

「これは水竜ね」

 マリーが絵をまじまじと見た後に言った。

「この水かき。水竜独特のものだわ。間違いない」

 レベッカは思いついたことをそのまま聞いた。

「じゃ、この母邪心竜の子供のディーバは水竜なの?」

 マリーは首を横に振った。

「レベッカの話だと、ディーバが起こした地震はたぶん空からの地震よね?風竜だったら風を起こしての地震だろうけど、そうでもないみたいだし…………地竜なのか…………」

 それまで黙っていたテリーが言う。

「相談するだけじゃ何も進まない。ディーバに会って、一歩でも進まないと」

「ディーバも、母邪心竜もですわぁ~」

 レベッカ達はみんな頷いた。

「そこでだ」

 テリーが続けて話す。

「パソコンを操作していたら、こんなところからのメールが来た」

 一枚の紙を受け取るレベッカ。

「あの、テリー?」

「何?」

 レベッカはメールとテリーの顔を何度も交互に見る。

「大体言いたいことは分かるけど、何?」

「このメール、軍隊って書いてあるのは気のせいかしら」

 テリーはニヤニヤ笑った。

「気のせいじゃないよ。それは僕がやけで…………一縷の望みを託して送ったメールの返事だ」

「あなた、軍隊にメール送ってどうするつもりだったの?」

「軍は国民を守るための機関だ。国民がどこへ頼めばいいか分からない困難にあっているのだから、助けを求めてもいいかなって」

「そんな、あなた、ディーバのこと、ちゃんと考えて…………」

「いいかレベッカ。今、人類にとってディーバは脅威でしかないんだ。レベッカの考えは甘いんだよ」

 レベッカは首を横に振り続けた。ディーバは仲間にさえ見放されている。ただの道具にされている生き物に、さらに追い討ちをかけるの?納得できなかったが、もう一度メールを読むことにした。


  我が国の軍隊は先日の異常事態に対し、情報を集めている最中でした。

  あなたのメールには興味深いものがありますが、

  一般的に考えても信じられないことが書かれているのも事実です。

  内密に話を進めさせていただきたい。

  そこで、今回の異常事態対策部の責任者である

  エイ・アラハタ氏と話をしていただきたい。

  某月某日、陸軍基地にお越しいただくことは可能でしょうか。

  できる限り早い返事をいただきたい。


 メールを一読したレベッカは思わぬ話にしばし体が固まる。

「私にも見せてくれる?」

 マリーに言われ、メールを渡す。

「普通の暮らしをしてて軍隊と関わるなんて思ってなかったわ」

 レベッカの国では徴兵制度はない。希望しなければ入隊しなくていい。だから、平和だった日々の中に軍隊という言葉は衝撃的だった。

「もう普通の生活なんてしていないんだよ、レベッカ」

 テリーは冷静に言う。

「ディーバに出会った時に、もう君は選ばれた存在なんだ」

「選ばれた?」

 テリーは頷く。

「他の人は姿を見ることすらできないんだ。能力を持つ人が選ばれる」

 そんな。私は選ばれることを望んでない。

 レベッカは母邪心竜の言葉を思い出した。

『あたしゃ、長老に神の思し召しと言われたよ』

 立場は違うが、これは今の私と一緒じゃないか。

 レベッカに宿った魔法使いとしての血。彼女は初めてその力を恨めしく感じた。


「あぁ、僕はもうおしまいだ」

 シンヤは机を叩いていた。無理もない。神殿に勤める自分が感じることもできなかった竜の存在が認められた。そして、事は進んでいる。

「神官長になんと言えば…………僕はおしまいだ」

 初めて味わう挫折。シンヤはどうしていいか分からなかった。暴走した感情は、やってはならない方への判断を下す。

「こうなったら、僕の力を見せ付けてやるだけだ」

 シンヤは計画を練り始めた。感情が聞こえないよう、完全に心を閉じた。神官長にさえ届かないことを望みながら。

「フフ………フフフ……………フハハハハハハ」

 高笑いが部屋に響く。笑う瞬間すら計画通りだった。すでに音が漏れないように防音結界を張っていた。笑いを抑えられないまま、資料を探し始める。


 メールを読み終えたマリーが軽く言う。

「この日に軍の基地に行けばいいのね?」

 レベッカは「えっ」と声を上げた。

「味方を増やすには必要だと思うわ」

 平然と言うマリーをレベッカは少々冷たい目で見る。

「簡単に言うのね」

「簡単なことだもの」

「おばさまは人が良すぎるのよ。このメールは私達を信じているとは書いてないわ」

「じゃぁ、レベッカ。一つ聞くわよ。一歩進むために、他になにがある?」

 言葉に詰まるレベッカ。

「よく考えてみて。私達の中に魔法を使わない味方はたった一人。そして、一番困ってるのは魔法を使えない人たちなのよ」

 レベッカには返す言葉がなかった。正論で言わないでという気持ちでいっぱいになった。軍を頼れば、軍はディーバを殺そうとするだろう。でも、レベッカはそれがよいことだとは思えずにいた。

 ただ、レベッカは責任感や正義感が強い。困っているのは魔法を使えない人たちという言葉に逆らえなかった。

「テリー、メールの返事をしてくれる?軍の基地へ行きましょう」

「了解」

 テリーはメガネをかけ直し、返信メールを打った。


「本当に会うんですか、隊長」

 エイ・アラハタは上官に尋ねた。

「仕方がないだろう。軍の方針として決まったことには逆らえない」

 部屋までの廊下を早足で歩く二人は少々呆れていた。

「今までに不思議な出来事がなかったとは言いません。しかし、あのメールの内容は異常です」

 エイは上官に提言した。

「気をつけておこう」

 上官は一言言うだけに留めた。

 部屋に入ると不思議なほどくつろいだグループがいた。

 …………ここをどこだと思っているんだ。

 上官の感情を悟ったのか、エイが凛とした声で全員に話しかけた。

「遅くなりました。早速話を始めましょう」

 レベッカ達は少々むっとする。

 これだから軍は。自分達が確実に上だと思い込んで。

 あまりよろしくない雰囲気のなか、話が始まった。

「私がエイ・アラハタです。横にいるのは今回の異常事態対策隊長です」

 エイって、聞きなれない名前だったから気付いてなかった。女性なのね。

 レベッカ達が簡単な自己紹介をした後、隊長が話を進めた。

「メールを見たときは本当に驚きました。今回の地震や津波は竜が起こしたとの事でしたが…………」

「あのぉ~、手っ取り早い証拠、欲しいでしょぉ~」

 アゲハが空気を読まずにいつもの口調で話す。

 隊長とエイは一瞬むっとしたが、興味は引かれたようだ。

「ほう、手っ取り早い証拠ね。見せていただけるかな?」

 隊長の言葉に、アゲハはいたずらっ子のように笑う。そして、いつものようにアゲハ蝶に化けた。さすがに二人の軍人も、警備のものも口をあんぐりと開けた。

「ど、どんな手品かな。ネタばらししてくれるのかな」

 アゲハは再び人の姿になると「あ~あ」と言う。

「あのねぇ~、私、妖精なのぉ~手品なんかじゃないのよねぇ~」

 隊長とエイは笑い出した。

「君、面白いことを言うね。妖精に会うとは、光栄だ」

「あら、でしたらもう一人妖精を呼びましょうか。まぁ、アゲハほど立派ではないけれど」

 マリーはこの場を楽しんでいた。レベッカは気が気じゃない。マリーはナカトを呼んだ。今度は軍人二人が気味悪そうな顔になる。

「ど、どこから入ったんだ!警備はどうなっている!」

 アゲハはくすくす笑った。

「だからねぇ、隊長さん。私達妖精にとって厳重な扉や警備なんて意味がないの。空間から空間に移動しているだけだから」

 二人はまだ理解できていない。その横に座っているレベッカだけが心配そうな顔をしていた。

「なぜ移動できるか教えてあげる。私達妖精は、心の塊なの」

 アゲハは珍しく真面目に話した。

「レベッカさま含む魔法使いは心の強さで空間を通り抜けられる。そもそも人でない私達は想いだけで生きているんです。納得できない?なら、そうね、人が亡くなった後、魂は壁を通り抜ける。これはありそうな気がしない?」

 隊長とエイは顔を見合わせる。

「しかし、君は死んでないよね」

「う~ん、人間だったらとっくに死んでるかもぉ~。何百年と生きてるからぁ~」

 隊長とエイは愛想笑いする。

「嘘じゃないんだけどぉ~」

「ま、いいでしょう。アゲハさんとそちらの緑の方は妖精ということにして、二人の魔法使いがいると聞いていますが」

「私達よ。この子がレベッカ。竜を見る力を持つ唯一の魔法使い。私は叔母のマリーと言います」

「あなた達、本気で言ってる?」

 エイが少々怒っている。

「魔法なんて言って簡単な手品で済ませたら、あなた達は軍を欺いた罪人になるのよ?」

 まだ疑ってる。レベッカは自分が思っているより好戦的だったことに気付いた。

「でしたら、この部屋と私達のアパートの部屋を厳重な警備をしてください。私達がこの部屋を出て自分のアパートの中でパーティを開いていたら、私達の力、認めてくださいますね?」

「やけにならないでください。あなた、一人お忘れですよ。テリーさんはどうするのですか?」

 エイが慌てる。

「あ、私が連れてくわぁ~レベッカさま、いいでしょぉ~」

「もちろん、任せたわ」

 二人の軍人は呆れた。ここまで自信たっぷりに抜け出すと言い切る五人。軍の威信に関わる。とにかくこの部屋に閉じ込めよう。

「よろしい」

「隊長?」

「では、今から十五分後、この部屋から抜け出してもらう。当然、この部屋だけでなくアパートにも警備を置く。部屋の外からアパートに入ろうとすれば、スナイパーが君達を狙撃するだろう」

「隊長、そこまでしなくても」

「エイ、君はどちらの味方だ?もし彼らの言っている情報が嘘なら、重要な時間を無駄にしたことになり、さらには軍に対して侮辱を受けたことになるのだぞ」

 アゲハが小さな声で呟いた。

「正直に話してるだけなんだけどぉ~」

 聞こえたかどうかは定かではない。

「あの時計が十二時の鐘を鳴らしたら行動に移ってもらう。では、我々は失礼する」

 隊長とエイは出て行った。

「なぁにぃ~、あの態度ぉ~、アゲハ、あんな人嫌いですぅ~」

 この言葉で全員の緊張が解けた。


「不愉快だ」

 隊長は部屋に向かったときよりも早足で廊下を歩く。エイは必死で付いていく。

「ご安心ください。あの者達があの部屋に入る前から監視カメラが五台ついてます。たとえ消えるにしても何か仕掛けが映るはずです」

 隊長は急に立ち止まり、エイはぶつかりそうになった。

「君、考え方がおかしいな。そもそもあの部屋から抜け出せるわけがない。カメラは五台、ドアに警備員が二人、窓側にももっといる。そして彼らのアパートの前に何人も配備した。あれだけいてアパートの中でパーティできるものならしてみろってもんだ」

 エイは時計を見る。

「そろそろ十二時ですね。きっと青い顔で謝罪すると思いますよ」


「お、時計が鳴ったな」

 テリーが言う。

「アゲハ、頼んでいいかしら」

「はーい、おまかせくださぁ~い。れべっかさま、お先にぃ~」

「すぐ行くねぇ~」

 アゲハの口調が移ったレベッカだった。

「私達も行きましょうか」

「そうね、時間厳守で」

 二人の魔法使いは短い呪文を唱えて移動した。中とも状況がよく分からないながらもマリーの後を付いていく。

 三分後にはレベッカ達はアパートでパーティを始めた。話の種は、軍の悪口。

 一方、五分後きっかりに報告を受けた隊長はありえない、と呟いた。

「調べろ!あの部屋を徹底的に調べるんだ!」

 軍は何日もかけて部屋やカメラ、レベッカのアパートの周りを調べた。最新の機械を使って分析された結果は「何の変化もない」だった。


「ねぇ、もう何日経つのかしら。私達が軍の基地へ行ったのって、意味あったの?」

 レベッカはため息をついた。

「そうですよぉ~、嫌な思いしただけじゃないですかぁ~」

 アゲハはぶぅっと頬を膨らませた。

「あの後、何も連絡が来ないのも変だな」

 テリーも不思議に思っていた。

「安心しなさい。そのうちに来るわよ」

 マリーだけが自信ありげだった。

 よく考えてみれば、久しぶりの普通の日々を送っていた。レベッカは主婦をして、テリーは会社へ。アゲハはレベッカにちょっかいを出しながら楽しく過ごし、マリーは姪と過ごす日々を幸せに思っていた。

 夕方、テリーが会社から帰って少しも経たないうちに玄関のベルが鳴った。

 レベッカが出るとそこにはエイが立っていた。

「先日はお越しいただきありがとうございました。私どもの会議の結果、ぜひ皆様に協力をしていただきたいとのことになりました」

 張り付いた笑顔のエイを見て、レベッカは少々嫌な気持ちになる。

 マリーが後ろから来る。

「光栄です。私達ができることでしたら、ご協力いたします」

 この言葉を聞きながら、レベッカは考えた。私の思うところから、どんどん離れて行く…………私はディーバと生きたまま話をしたいのに。

 そんなレベッカの心を知る由もないエイは勝手に話し始めた。

「この中で竜の姿を見ることができるのは?」

「私です。それと、妖精のアゲハとナカト」

 ナカトはあからさまに敵意を表している。アゲハは聞いて聞かぬふり。つまらなそうにテーブルの上にあったペンを浮かせて遊んでいる。

「妖精のお二人には、私は不人気なようですね」

 …………私だってそうよ。レベッカは心の中だけで呟いた。

「今回の竜対策には、あなた方の助けがとても必要です。ところで、あなた方以外に魔法を使える方はいるのでしょうか?」

「そんなのぉ~、世界中にいるわよぉ~。ただ、味方になるかわかんないけどぉ~」

 憮然とした顔のままアゲハは答えた。

「味方になる魔法使いは今はとても少ないみたいですよ」

 マリーの言葉に、ぼんやりしかけていたレベッカは驚き、マリーの顔をまじまじと見た。

「あら、レベッカ。どうしたの?」

「おばさま、少ないということは、少ないけどいるということ?」

「ええ、そう。私の愛しい夫が愛しい姪のために聞いてくれたみたいよ」

 レベッカは急に力が湧いてきた。これできっと進む、よい方に!

「ただ、レベッカが思ってない方にでしょうね、今は」

 え?

 マリーは知っていたからきつめの言い方を選んだ。ただ、優しい口調だった。味方だとつたえたかった。

「レベッカさまぁ~状況は変わっていくものですわぁ~」

 アゲハからも伝わってきた。誓いを立てたからではなく、心から味方していることが。

 エイはレベッカに邪心竜との出会い、竜の力などを聞いた。しっかり聞きたいわけじゃないが上からの命令、聞かないわけにはいかない。適当にメモを取りながら頷いていた。

 話さなきゃいけないわけ?

 大人びていると言われるレベッカだが、心はそれほど大人ではない。顔にもそんな気持ちが出ているのだろう。

 そんななか、ニコニコしているのがマリーだった。

 何か、理由があるのかしら。レベッカは不思議におもい、マリーにテレパシーを送った。

『おばさま、何か考えでもあるの?』

『いいえ、何も』

 レベッカはがっかりした。マリーは続けた。

『レベッカ、こういう時は人のためとばかり思わないほうがいいわ』

 意外なマリーの答えにレベッカは驚く。それは顔にも出たらしく、エイが怪訝な顔をした。

「どうされました?」

「い、いえ、何も」

 レベッカは冷静を装うと、もう一度マリーに尋ねた。

『人のためと思わないって、どういうこと?』

『軍を使うのよ』

 !!!!!!!!!!!

『魔法使いの味方が少ない今、何かを調べるには一番いい機関だわ』

 大それた考え。レベッカが思いつかないものだった。

「魔法使い達にも竜の姿が見えない今、普通の人たちの科学に頼るのもいいかもよ』

 軍の機関を自分達の思うようにつかう。なんだか面白そう。

『マリーおばさまって、大胆な方でしたのね』

『あら、今気付いたの?』

 このテレパシーの会話はずいぶん気分の良いものに思えた。

『そうね、考え方を変えてもいいかも』

 レベッカが心で思ったことはアゲハにも伝わった。

『ほぉ~らねぇ~、状況は変わっていくものでしょぉ~、レベッカさまぁ~』

 やっぱり味方だった。ここにいるエイ以外のメンバーは私の味方なんだ。レベッカの心の中に暖かいものが広がった。テリーの顔を見る。分かっているのかいないのか、それでも目があった時に親指を立てて微笑んだ彼がとても愛おしかった。

「テリーさんのメールで、噂で手作りのカメラに竜の姿が写るとありましたが、これについて新しい情報はありますか?」

 エイの質問にテリーが答えた。

「あくまでもネットの噂話ですし、僕はそれを証明する手段を知りません。軍にお任せします」

「しかし、どこに竜がいるか分かりませんし…………」

「それはレベッカでも同じことです。その場に居れば姿は見れますが、探すとなると別問題です。レーダーはありませんから」

 エイは小さく「そうですね」と呟いた。そして手帳を閉じると「きょうはこれで」とだけ言い残し、帰っていった。彼女は彼女なりに混乱しているのだろう。

「なんかぁ~、帰るときまで気に食わない人でしたねぇ~」

 文句を言ってても可愛いアゲハだった。

「で、どうなの、女性のみなさん。作戦は練れました?」

 テリーは新しいコーヒーを入れてくれた。

「作戦というか、方針は決まったわ。ね、おばさま」

 マリーは微笑んだ。

「状況はぁ~変わりましたのぉ~。レベッカさまのお心構えでぇ~」

 アゲハも笑っている。

 レベッカは頷くと、テリーに説明した。きっとナカトにはマリーが伝えてるし、蚊帳の外だったのはテリーだけだ。テリーのメガネの奥で小さかった目がまん丸の大きなものになった。

「えーと、僕がしようとしたことは、ただ助けを求めることだけで、それがいろんなところを通っていろんな気持ちが絡んでるうちになんでそういうことになっちゃうのか、わかんない」

 似た名前でも、こちらの方は案外小心者なのかもしれない。…………たまに驚かされるけど。


 神殿の近くの森にシンヤはいた。レベッカを神殿に呼んだ頃の彼とは形相が違う。

「フッ…………フフフッ…………そんなに竜に会いたければ会うがいい。世界中の魔法使い達が全員で封印しなければならない力を持った邪心竜達みんなにな…………」

 シンヤは我慢しきれずに笑い出した。最初は小さく、徐々に大きな声で。

 そこは昔、邪心竜になってしまった竜達を閉じ込めた岩戸。左には高い滝がある。右には祠。苔むしたそれは、今では誰も参拝しなくなった。

 シンヤは笑いを抑え、手を合わせた。神殿の神官長に聞かれないように万全の策を整えている。

「これで見抜かれたなら、仕方がない。どうにでもしろ」

 話し方まで変わっていることに彼は気付いているだろうか。

 ここで彼は正座で数日過ごすこととなる。邪心竜をここに閉じ込めた当時、魔法使いの長が唱えた漢字だらけの長い呪文を逆から唱えるという禁術を行う。

 自分の立場がなくなるかもしれないという気持ちだけで全てを壊してしまうことを選んだ男のさもしい心は狂っているとしか思えないだろう。元来、人の上に立てる心ではなかった。ただ、力の強さだけで選ばれた。これも、悲しい現実だろう。


 軍が何をしているか分からない間、レベッカ達はまた普通の日々が続いていた。

 でも、彼女達は待てない。前に試してみようとしたことを、もう一度してみることにした。人気のない場所を見つけた。

「レベッカさま、心の準備はいいですか?」

 人の姿のアゲハが聞いた。

「私もついているわ。恐れないで」

 マリーもいる。

「て、て、手作りカメラも、も、も、も、も、持ったよ」

 少々怖気ついているテリー。無理もない、彼はもし逃げなければならなくなったとき、彼女達の誰かに任せるしかないから。

 ナカトは空間に姿を隠しつつ、見守っている。

 穏やかな風が吹く中、レベッカは頷いた。

「呼ぶね」

 今度はみんなが頷く。

「ディーバ…………」

 小さな声。少し震えている。今のところ、何事もない。

「レベッカさま、自信を持ってください。もっと大きな声で呼んでください」

 レベッカは再び頷いた。

「名付け親、しっかりなさい」

 マリーもぴしりと言う。レベッカも心を決めた。

「ディーバ!」

 すると、竜巻が起こる。レベッカはその中に黒い竜、ディーバを見つけた。

「見えるの?」

 マリーの声。レベッカは大きく頷いた。そして、空を指す。

 亜空間からナカトの手が出てきてテリーの肩を掴んでいた。テリーは震えながらカメラのレンズをレベッカが指差すほうへ向け、シャッターを押す。それを確認すると、ナカトはテリーをアパートに連れて行った。

 竜巻がおさまると、大きな大きな黒竜がレベッカの前にいた。

「ディーバ?」

「いかにも」

 長く思える静かな時間が過ぎる。

「そなたしか呼べないはずだ。何用か」

 すっかり大人の竜になっている。なんと育つのが早いのか。

「竜の育つ早さか?力にでも比例するのであろう」

 レベッカの心の呟きにディーバは答えた。

 そうか、心の中は全て見抜かれているのね。

「用がないなら去る。早く申せ」

「地震を起こしたのはあなたですか?」

「いかにも」

 レベッカが絞り出すように出した言葉は一言で片付けられた。

「次の遊びが待っておる。もう行くぞ」

「お待ちください」

 去ろうとするディーバにレベッカは必死で声をかけた。

「私の…………私の大好きな人たちを殺さないで!」

 ディーバは首を傾け笑った。

「では、嫌いな人ならいいのだな?」

「だめ!」

 ディーバは鼻を鳴らす。

「それはそなたの我がままだ。最初に言っただろう。我が使命は人間界を壊すこと」

「そんな…………」

「名を付けてくれたことには、礼を言わねばなるまい」

 ディーバは冗談のように膝を突き、人のお辞儀の真似をした。

「しかし、本能ばかりは変えられない」

「…………本当に、本能?」

 レベッカは小さく呟く。

「なに?」

 レベッカはなぜか怖くなかった。一緒じゃない。と心の中で呟く。私と変わらない。力があるからと、選ばれていると言われ、立ちたくもない舞台に立たされて。立場は違うけれど心の中では何かが違うと思いながら過ごして。

「何を申すか、きさま」

 心を読んだディーバが言う。レベッカは今度は声に出して言った。

「そうでなければ、なぜ私に名前を付けさせたの?そうしなければあなたはもっと大きな力を持てたのよ?私に呼ばれることもなく、簡単に人間界を壊せたじゃない!ディーバ、あなたの心には迷いや戸惑いがあったんじゃないの?なぜ生まれ、なぜ放たれたか。そして、なぜ私を見つけたの?」

「我は、そなたを見つけたのでは…………」

「幼いあなたの側には誰もいなかった。その時、力いっぱい鳴いたのはあなたなのよ、ディーバ!」

「やめないか!」

 レベッカに向かって突風が吹く。風はいろんな物を巻き込み、砂も高く舞い上がり、前を見づらくする。アゲハとマリーが慌ててレベッカを支える。

「あなたには、私がいる!」

「……………………」

「私が居る」

「……………………」

 風が弱くなる。

「私と、私の仲間がいる!」

 しばらくの間、無言が流れた。

「その勇気に、許してやろう」

 一言残し、ディーバは飛び立った。

 レベッカは倒れこむように地面に手をついた。

「あなたのことはよく知ってたつもりだったけど、あなたも無茶するわねぇ」

 マリーは言葉とは裏腹に、満面の笑顔だった。

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