混乱
レベッカは部屋でニュースを見ていた。…………と言うより、眺めていた。どの局を見てもスマホで撮った動画が写されていて、そのたびに彼女は黒い竜が船を持ち上げて、海に叩きつけているのを見る。
これが合成なら、テリーにだって見えるはず。
「ねぇ、変なものが映ってない?」
「この動画は充分に変だよ」
「というと?」
「何もないのに船が吹っ飛んでる」
この答えが返ってくるということは、テリーには黒竜は見えてない。
それだけを確認すると、レベッカはまたぼんやりとテレビを見る。
あの時の竜かしら。
心の中ではそのことでいっぱいだった。
鳴き声は名づけした竜のものしか聞いてない。でも、あの竜は生まれたばかりだった。確か、テリーがニュースがあるとテレビをつけた後に私の頭の中に声が響いた。
じゃぁ、この動画の竜は母親?何のために船を壊したの?
レベッカの頭の中は謎でいっぱいだ。ディーバのことばかり考えていた。
なにをする気だろう。『皆を惑わす歌を歌ってしんぜよう』と言いながら去っていった。何かを起こす気だ。時間的に考えて、船を持ち上げたのはディーバではない。ディーバは生まれたばかりだ。考えられるのは母竜。竜が竜の巣から出てきたという噂は聞いてないが、それ以外思いつかない。人間の地で生まれたからこそ、ディーバの声は私に届いたのだから。
ディーバはどこにいるのだろう。隠れることなく飛んでいるのかもしれない。誰にも気付かれないのだから…………仲間の竜にさえも。
「あー、もう!」
レベッカは頭を振った。私、考えるの苦手なのに。
レベッカは机を叩いた。その拍子に置いてあったテリーのDVDが落ちる。
……………DVD。
そうよ、この映像を録画して神殿に持っていくの。誰か一人くらい見ることができる人が…………。
良案だと一瞬思った。しかし、レベッカは神官のシンヤの言葉を思い出した。
『神殿は、あなたに協力することはありません』
唯一と思われる手段がふさがれていた。
もう、頼れるのは一匹、いや、一人しかいない。あまり呼びたくないが、あのふざけた使い魔を呼ぶしかないだろう。
テリーが出かけたのを確認すると、レベッカは呟いた。
「アゲハ」
すると、窓の外でパタパタ音がした。
……………やっぱりふざけてる。レベッカは窓を開けながらアゲハを睨んだ。
「お呼びかしらぁ~、レベッカさまぁ~、あら、怖い顔してぇ~」
「あんた、妖精なんだから窓くらい通り抜けできるでしょう。無駄なことはさせないで」
ピリピリしたレベッカを静める気でアゲハはのんびりと言う。
「そんなに怒るとろくなことないですよぉ~落ち着いてぇ~」
この言葉でレベッカの怒りは爆発した。
「誰が怒らせてると思ってるの!」
アゲハはやっと静かになった。
…………妖精がこんなにおちゃらけてると知っていたら使い魔になんてしなかったわ。レベッカはため息をついた。
「ご主人様、用件は?」
珍しく真面目に聞いてきた。さすがにふざけられなかったらしい。
「あなたに見てもらいたい映像があるの」
レベッカはテレビを指す。
「見えるかしら」
「見事に割れてますねぇ~船ぇ~」
アゲハの言葉にレベッカの心は沈む。協力者はもう思いつかない。
「そりゃ、割れますよねぇ~竜に三百メートルも持ち上げられたらぁ~」
この言葉を聞き流そうとしていたレベッカは、はっとした。
「あなた、見えるの?」
「当然ですわぁ~。まぁ、映像とはいえ、竜を見たのは百年以上前ですけどぉ~」
レベッカはアゲハの肩を掴んだ。
「あなたっ、協力してくれるわねっ!」
「え~っと、何か分からないですけど、もちろんですわぁ~私、レベッカさまの使い魔ですからぁ~」
レベッカはキャァキャァ言いながら跳ね回る。アゲハはキョトンと主人を見る。
「で、ご主人さまぁ~?私、何をしたらい~のでしょ~かぁ~?」
アゲハの冷静な質問に、レベッカは興奮でしばらく答えられずにいた。
「あの竜はなぜ船を吹っ飛ばしたのかしら」
レベッカは聞いた。
「どう見ても邪心竜ですからねぇ~、この行為ぃ~。でも、昔から邪心竜の行動にも意味があると言われてますわぁ~」
アゲハの言葉に、これは重要なことだとレベッカは感じた。
「と、いうと?」
「今回はぁ~レベッカさまのお話の内容と照り合わせて考えれば答えは出ますわぁ~きっと、ディーバのためだと思いますぅ~」
レベッカは理解できなかった。
「その母邪心竜、ディーバを邪心竜にするために行動したんじゃないですかぁ~?子竜に悪い力を与えるために、わざと船を壊しているんですよぉ~」
相変わらず語尾は少々気になるものの、内容はしっかりしている。だてに何百年も生きてないというところか。
「あなた、お仲間にリサーチできるかしら。母竜のことでも、ディーバのことでも何でもいいわ」
「……………………」
おしゃべりなアゲハが黙った。少し落ち込んでいるかのよう。珍しいことだったのでレベッカはアゲハに優しく聞いた。
「どうしたの?」
「最近、誰も話してくれなくなりました。レベッカさまを神殿に送ってからのことです」
レベッカは申し訳なく思った。まさか、神殿のシンヤの言葉が使い魔に対してもかかわることだったとは。『今後、神殿はあなたに協力することはありません』シンヤの声が再び頭に響いた。
「ごめんね、アゲハ」
レベッカが謝るとアゲハは、とんでもない、と、首を横に振った。
「そんなこと言わないでください、レベッカさま。私とて、誓いを立てた使い魔です。ご主人様に従うことこそ、喜びなのです」
真面目な口調のアゲハの言葉にレベッカは涙を流しそうになった。そして、絶対にこの使い魔も守るのだと心に誓った。
(神殿が協力しないということはどの魔法使いの協力もないということ。ならば…………。
ならば、協力してもらうのは魔法を使えない一般の人。竜を見れないとはいえ、実際に被害にあっている人達だから。
まずはテリーに話そう。きっと私が話すことなら信じてくれる。彼は言っていた。
「君と出会ってから驚きの連続だからね。もう何があっても驚かないよ」
レベッカとアゲハはテリーが仕事から帰ってくるのを待つ。
ズシンッ、グラグラグラグラッ。
「じ、地震!」
レベッカは慌ててテーブルの下にもぐった。ゆれは長くなかった。でも、花瓶は倒れ、かけてあった絵は傾いた。
「アゲハ、大丈夫?」
レベッカがテーブルの下から出ると、アゲハは蝶になっていた。
「……………こういう時は便利なものね」
空中に逃げたアゲハは、また人の姿になった。
「ご主人さまぁ~、きっと、化ければ逃げる手間も省けますよぉ~、魔法を使えるんですからぁ~」
幼いころ、母に魔法を使わないようにと育てられたため、とっさのときに使えないことが多い。
「…………アゲハに言われたくない」
呟きながら、レベッカは倒れた花瓶や絵を元に戻していると、テレビで地震のニュースを伝え始めた。
「只今、地震がありました。報道フロアの状況を映した映像です。」
フロアの中の資料の山が崩れ、映像自体も揺れていた。
「只今の地震ですが…………」
アナウンサーが原稿を受け取り、訝しげな表情をする。誰かに促されたのか、続きを伝える。
「只今の揺れですが、震源地はなく、マグニチュードも測れないという情報が入りました。世界中のどの地下でも震源地はなく…………」
…………え?
「あげは、今の、なにかしら」
「考えられるのは、ディーバか母邪心竜です」
珍しくアゲハは真面目に答えた。
「地面からの揺れでなければ、空からです」
アゲハは当然のことのように答える。
「鳥が羽を広げれば風圧がかかりますでょ?相手は竜ですから、体自体も大きくて…………って、レベッカさま?」
レベッカは窓を開けて空を見上げた。私には見えるはず。この揺れを起こしたのがディーバや母邪心竜なら、私だけが見えるはず。
しかし、レベッカは竜を見つけられなかった。テレビが騒いでいた。
「先程の地震のような揺れは広範囲で起こりました。被害状況から地震で言えば震度三程度のものと推測されますが…………」
「風とは言ってないわね」
「ご主人さま?」
「さっき、アゲハが言ってたでしょ、風圧って。でも、風なら人間にだって分かるわ」
今も、窓の外は風は吹いていない。
「う~ん、風じゃなくても竜なら圧力をかけられるかもぉ~。それが何かと聞かれても困るけどぉ~」
ホンワカと答えるアゲハに、レベッカは冷静に返した。
「一般人にそれは通じないわ。科学は全てを解明できると思い込んでいるから」
「人間ってカガク好きなんですねぇ~。そんなんだからロマンス的会話が乏しいのですわぁ~。つまんないぃ~」
アゲハは少し拗ねたように言う。この会話の間、ずっと少女の姿。これで何百年と生きているのだから騙された気分になる。
どうやったらディーバと会えるのだろうか。
レベッカはこれを考えてなかったことに気付いた。レベッカ自身がディーバに会えなかったらテリーに話そうが何もできない。
「肝心な問題があったわね……………」
考えを察したアゲハが遠慮がちに言う。
「竜のいた場所、竜の封印された場所が気になります」
「竜のいた場所?封印された場所?」
「はい」
アゲハは語り始めた。
竜は本来、人に簡単に姿を見せたりしないものだった。ある険しい谷、人々が気付かない場所を選んで住んでいた。人にとっては険しいその谷も、翼を持った竜にとっては快適な場所だった。比較的近くに住んでいたのは魔法使い。彼らは竜を恐れながらも尊敬していた。大きな力を持つ竜だが、気持ちはとても優しかったからだ。竜の誕生の時には、あの時のレベッカのように祝福を贈った。竜はそれに感謝して人間を助ける。お互いに共存を選んでいた。
何も知らなかったのは魔法を使えない一般の人達。ある時、魔術狩りを始める。一般の人にとってみれば、自分にない力を使う者が怖いという気持ちになったのだろう。一部の国では今でも職業として残っている魔法使いだが、科学的に解明できることばかりだ。つまり、職業魔法使いは本物の魔法使いではないとされている。本物の魔法使いはいなかったとされる現代。しかし、魔術狩りされたときには本物の魔法使いが処刑されていた。竜に祝福を贈れる魔法使いは激減。竜は人を助けなくなっていく。そして、ほとんどが邪心竜となってしまった。邪心竜の存在に悩んだ魔法使い達は仕方なく、竜達を皆、ある地に封印することに決めた。全世界の魔法使いが集まる壮大な封印だったらしい。そして、封印された地と言うのは先日レベッカが呼ばれたばかりの神殿のそばの森だった。
「…………ということは、やっぱり神殿の協力が必要になってくるということ?」
レベッカが聞くとアゲハは頷いた。
「そうですぅ~」
アゲハの即答を聞いて、レベッカは頭を抱えた。
「私、軽はずみな行動をしてしまったのね」
レベッカがかなり落ち込んだのを見て、アゲハは首を横に振った。
「レベッカさまぁ~、状況は変わっていくものですぅ~。私の長い命も、いろいろ変化があったのですからぁ~」
だてに何百年も生きてないから出てくる名言が出たが、レベッカの悩みはまだ解決しない。
「この状況を分かってくれる人がいない間は何から手を付けていいのか…………」
私にはテレビと空を眺めるしかできないのかしら。
レベッカは何かを忘れていた。全てを背負ってしまった気になっていた。
ディーバを見つけたところで何ができる?一人の魔女と、一人の妖精だけで、力の大きな邪心竜と、どう対応するの?
そこへテリーが帰ってきた。しばらく彼を見つめた後、レベッカは大声を上げていた。
「いたーーーーーーーーーーーーー!!!!!」
テリーはキョトンとしたが、微笑んだ。
「もちろん、僕は君のそばにいるさ」
レベッカはテリーの手をとると、数回息を飲み込んだ。
「慌てないでも逃げないよ、レベッカ。何があったの?」
「あ、あ、あのね、落ち着いて聞いてほしいの。あ、あの、あの……………」
「まず、君が落ち着こう。コーヒーを持ってくるから」
テリーはレベッカを椅子に座らせるとコーヒーを淹れにキッチンへ行く。レベッカは深呼吸した。
「それで?今回はどんな驚くべき話をしてくれるのかな?」
雰囲気はちょっとふざけていたが、テリーの目は真剣だった。
「驚くべき…………そうね、今回は驚くと思うわ」
レベッカの言葉にテリーは少し首を傾けた。
「まず理解してほしいのは、竜の存在なの」
テリーはレベッカの話を丁寧に聞いた。レベッカは今回は信じてもらえないかも、と何度も思いながら話した。
話を聞いたテリーは、少し天井を見た後、さて、と、呟いた。
レベッカはこのとき怯えに近い感情を抱えていた。
「そうか。で、僕の役割は何かな?」
「分かって!私、精神が壊れたわけじゃ…………」
「そんなことは思ってないよ。一般サラリーマンの僕にできることは何かなと思っただけ」
この言葉を聴いたレベッカはアゲハに映像を見せたとき以上にはしゃいだ。
「ご主人さまぁ~、アゲハはテリーさまに妬いてますぅ~」
アゲハの呟きはレベッカの声で消された。
「ほぼ万能な君が唯一できないことは、僕の得意分野だよ」
そう言うと、テリーはパソコンを立ち上げた。
「君は大体のことがすぐにできてしまうから、根気よく調べることが苦手だろう。情報収集は僕に任せてくれ」
テリーはキーボードをカタカタと打ち始めた。
「レベッカがすることは、アゲハと対策を考えること。例えば、どうしたら竜と会えるか。会った後、どうするか」
「でもテリー?今回の場合、パソコンで調べられることって…………」
テリーは手を止め微笑んだ。
「んー、レベッカには話してなかったけど、僕は君と結婚する前までハッキングが趣味の一つでね。今まで使う必要がなかったから使わなかったけど、見ようと思えば国家機密だって覗ける」
…………それは、すごい。
いろんな意味でレベッカは驚いた。
「ま、国家機密は大げさかもしれないけど、ちょっといろんなところを覗けるから、どこかが調べてる情報をレベッカに伝えることはできるよ。まずは船からかな」
テリーはじっくり調べ始めた。
「レベッカさまぁ?」
アゲハが小さな声で呼ぶ。
「なに?」
「私、何百年も生きてきましたが、今日ほど旦那さまがほしいと思ったことないですぅ~」
「えぇ?」
「だって、テリーさま、私より短い時間しかレベッカさまといないのに、得意とか不得意とか知ってて、支えて…………」
少女のような姿をしているものだから、アゲハが夢見る乙女に見えてしまう。
テリーがパソコンを睨んでいる。任せてばかりはいられない。いくらテリーが情報を集められても彼にはディーバを見ることはできない。
「あのぉ~、レベッカさまぁ~?」
アゲハの呼びかけにレベッカは振りむく。
「逆に考えてみたんですけど、ディーバを呼べるのって、レベッカさまだけじゃないですか?」
「え?どうして?」
「だって、名前を知っているの、私達だけですわ。しかもレベッカぁまは名付け親です。母邪心竜ですら見放した存在ですよ?竜の仲間が今、いるとは思えません」
そう言われたものの、レベッカは困惑する。
「でも、実際、私がここで何度も名前を出しても竜の姿は一度だって見てないわ」
気分が沈んだレベッカに、アゲハは笑顔で答えた。
「ところでレベッカさま。ディーバに呼びかけたのは何回ですか?」
ディーバを呼んだのは。考えてみれば名前を口にすることはあっても呼びかけたのは。
「一回だわ。名前を付けたとき。あの時だけよ」
あれ以来、呼んでないんだ…………。
「きっと、ディーバは寂しがっていますわ、れべっかさま」
私が呼べる…………。呼んでから、どうする?
ここは慎重にしないと。ディーバは邪心竜だ。一歩誤れば大変なことになる。
まず、どこで呼ぶか。(カタカタ、カタカタ)
呼んで、なにを話すか。(カタ、カタカタカタ、カタ)
レベッカがうろうろと歩きながら考えるそばでテリーのパソコンの音がする。アゲハは黙っている。
ガタンッ!
テリーが立ち上がった。
「あらテリー、何か分かったの………………て、テリー?」
テリーは怒っていた。
「君は、どうしてそうなんだ?」
なぜ怒られているか分からないレベッカは慌ててテリーをなだめようとする。
「落ち着いて、話し合えばきっと分かり合える」
「分かり合うとかじゃない!君は、どうしてそうなんだと言っている!」
レベッカはおろおろとするばかりだ。
「せっかくアゲハがヒントをくれたじゃないか。君は、ただ呼んでみればいいんだ!」
テリーの、今までにない行動と言動にただただ驚いているレベッカ。
「テリー、よく聞いてちょうだい。今は緊急事態よ、それも、地球規模の。私一人がたやすく行動して……………。
「あー、だから、考えすぎなんだよ!事態がどう動くかだって?そんなもの、世界中の誰も分からないんだ。そのままにしておけばディーバはその間にも、次の恐怖を起こしてしまうかもしれないじゃないか!その前に、まず呼べ。呼んでどうなるか確かめろ。今はデータが必要なんだ。できることは、たった今、この瞬間に、全てやるんだ!」
手こそあげなかったものの、テリーの目は充血して、怒りの顔そのものだった。久しぶりにハッカーまがいのことをするという緊張感の中にいたことも彼をこんな行動へと駆り立てたのかもしれない。
部屋の隅っこでアゲハが呟いた。
「やっぱり、さっき言った旦那さまが欲しいという話は取り消しですぅ~」
その小さな、レベッカにだけ聞こえる声のおかげで、固まっていた体も少し緩んだ。
「その言い方はないんじゃない、テリー?」
レベッカは睨んでいた。
「あなたの言い方は忠告じゃない。命令だったわ」
「レベッカさま?今はテリーさまとケンカしている場合じゃなくて…………」
「私は命令されて動くなんて大嫌い!私が言ってたこと聞いてた?地球規模なのよ?これをあなたの怒り任せの言葉で、はいそうですかなんて言えない!」
レベッカの反論を予想していなかったテリーはあっさり謝った。
「すまん、イライラしてたとはいえ、言い方を間違えたようだ。僕はただ、試してほしいんだ…………やってくれるかい?」
「もう、どうなっても知らないからね?」
この言葉が規模の大きな叫びだということはここにいる三人しか知らない。
「よし…………」
一言呟いた後、出かける支度をすると、レベッカは海へと向かう。
アゲハが慌てて蝶の姿になって追いかけた。アゲハはレベッカの頭の中へテレパシーを送る。
「レベッカさま、どうして海へ?」
レベッカも走りながらアゲハにテレパシーを送る。
「人がたくさんいるところへディーバを呼ぶのは危険が多すぎるわ。何かが起こったときのためとしかいえない」
季節はずれで本当に良かったとしか言えないレベッカだった。
海は波もなく、静かだった。貝を拾いに来た親子が下を向いて歩いている。
レベッカの胸の鼓動はかなり早い。
アゲハはどこかで化けたのだろう。人の姿でレベッカに声をかけた。
「いよいよですね、レベッカさま」
レベッカは恐れていた。呼びかけていいものか今も分からずにいた。
「レベッカさま、テリーさまは怒ったように言いましたが、消して的外れなことは言ってませんよ。知っているのは私達三人だけ。何が起こるかに至っては誰もわからないのです。…………まぁ、最初に提案した私も、あてずっぽうですが」
頭の痛い問題だが、レベッカにも他の方法が見当たらなかった。
「アゲハ、何かあったら手伝ってね」
レベッカが手を握った。
「もちろんです」
アゲハの笑顔にレベッカは励まされた。そして、息をのみ、口を開く。
その瞬間だった。
「厄介なことしてくれたもんだね」
女性の、少し低めな声が頭に響いた。
目の前には黒い竜がいた。
「あなた、ディーバじゃないわね」
ディーバはこんな話し方をしない。そして、こんな低い声ではない。
「ああ、そうさ。あんた、予想はついているんだろう?」
この会話の間も、浜辺の親子は竜の姿に気付かない。
「あんたねっ、ディーバを生んでほったらかしにしやがった、母邪心竜!」
レベッカの横でレベッカが聞いたこともない口調でアゲハがキレていた。
「ホゥ、これはこれは、妖精かい。見事に化けたものよ。そこの魔法使い、教育がなってないぞ、このバカ妖精。きちんと言葉くらい教えなさいな」
「レベッカ様になに言ってんのよ、邪心竜のくせに!ついでにバカ妖精って言葉、撤回しなさい!」
レベッカの顔から血の気が引いているのにアゲハは気付いてない。
「ふん、大して力のない妖精が何ほざいてんのさ」
「何ですってぇ~!バカにするのもいい加減にしなさいよっ!レベッカ様のような力ある魔法使いの使い魔よっ何にもできないなんて思わないでちょうだい!」
母邪心竜はその言葉を待っていたかのように高らかに笑った。
「ふん、何もできないと思わないでちょうだいとな。じゃぁ、こちらも何かさせていただくよ。自分の言葉を後悔するがいいさ」
母邪心竜は海の方向を向いた。レベッカは勘だけでアゲハに命令していた。
「アゲハ、この辺りにいる人をみんな、高台へ!」
その言葉と同時に、海水がいったんかなり先まで引いていった。
「津波が来る、早く!」
アゲハは慌てて力を振るう。近所の家の中の人まで全員、山に連れて行った。
レベッカが宙に浮いたところで、母邪心竜の声が聞こえてきた。
「あんた、何者だい?なんだってあたし達を見つけたのさ。今もせっかくあいつの手伝いができると思ったのに。…………あいつに名前まで付けたようだね。世界で誰一人、気付かないはずだったのに」
レベッカは下に流れる海水を見ながら言った。
「そんなこと、知らない。もしこれを表せる言葉があるとすれば、運命としか言えないんじゃない?」
「運命ね…………あたしゃ長老に神の思し召しと言われたよ。あんたとはまた必ず会うのだろうねぇ」
そう言うと母邪心竜は高らかに笑い声を響かせた。
「この波をなんともできないような者が、あの子を助けるだって?冗談じゃない。止められないのさ。人は、いなくなる運命…………」
いくら魔法を使えるレベッカでも津波は止められない。彼女には足元を通る激しい波を見つめるくらいしかできなかった。
家に帰った後、津波の被害は思ったほど大きくないことをテレビで知った。母邪心竜が手を抜いていたことに気付く。
アゲハもテレビを見ていた。
「津波に関する情報です。前回起きた地震同様、地殻プレートの動きはなかったとのことです。本日は地震研究家のゴン・ボルゾイさんにお越しいただきました。ボルゾイさん、今回の地震や津波にはどのような違いが…………」
レベッカの姿に気付いたアゲハが泣きそうな顔で言った。
「レベッカさまぁ~、どうしよう、さっき、私が高台へ連れていった人達の証言とか出ちゃってましたぁ~」
どうしようったって、どうしようもない。レベッカは肩をすくめただけでソファに力が抜けたように座った。
「負けるな、レベッカ」
テリーはポツリと呟いた。
「分かったことがあるじゃないか。確実に母邪心竜の存在を見つけた。この情報はないよりあったほうが戦いやすいんだ」
戦う…………。
テリーの一言をレベッカは飲み込めなかった。何も言わなかったものの、アゲハには通じてしまう。
「レベッカさまの博愛精神は今に始まったことではございませんけどぉ~、母邪心竜とは戦うと言ってもいいと思いますぅ~」
アゲハの言葉にも納得できなかった。レベッカは母邪心竜の言葉の裏を考えていた。
「あいつの手伝い」
これも、母心なのだろうか。
「神の思し召しと言われたよ」
母邪心竜の意志は初めから無視されている。
「レベッカ、落ち込むばかりでもない情報を教えよっか」
テリーがレベッカの前に何枚かのプリントアウトした紙を見せた。
「君が聞くとびっくりするからこれがどこの情報かは言わない。でも、これは今回の邪心竜の件に関して重大なものだと思うよ」
レベッカは神を受け取る。そして一読した後、素っ頓狂な声を上げた。
「手作りのカメラなら、竜の姿が写るですって?!」
テリーが頷いた。
「僕のお父さん世代ならよく知っているものらしい。こんな原始的なものには反応するのだから竜も驚いているだろうね」
「どこからこの情報を?」
レベッカの問いにテリーは肩をすくめた。
「ハッキングでも何でもないよ。ただのネットの噂さ。孫に教えて作らせたカメラで撮った写真に竜らしきものが写ったってね」
…………。
じゃぁ、最初のどこの情報かは言わない、は、どういう意味だったんだ。
「牛乳パックのようなものでできる簡単なものさ。写真用紙は青焼きコピー用紙レンズは虫眼鏡。デジカメと原理は一緒なんだ。
テリーの説明は続く。
「ただ、デジカメで邪心竜の姿をとったという情報は皆無。何が違うのかは分からない」
そこにアゲハがふんわりと入ってきた。
「ですからぁ~邪心竜も一応ファンタジーな生き物なのぉ~。カガクで割り切れない力を持っているんですぅ~」
可愛らしい、すねた顔で言うアゲハ。レベッカは昔から大人顔と言われ続けたため、少々嫉妬する。
「まぁ、私たちの間ではそういう理由で済ませておきましょう。でも、誰かの協力を得ることはできないわ」
つまんなぁ~い、とアゲハが呟く。
「じゃぁ、私はどうなるんですかぁ~?化けたり、飛んだりしますよぉ~」
「あなたは目の前にいるもの」
レベッカは当たり前のように答えた。
……………………………………………。
二人の無言。
「な、何よ」
「レベッカ、僕はそれが当たり前には思えなかったよ。君と会う前はね」
「私、びっくりされてばかりですぅ~」
レベッカは軽くショックを受けた。




