それぞれの思い
我等は何ゆえにこんな目に合っている?
魔術で封印され、飛ぶことすら許されぬ。
この暗き地の中へ我らを追いやった魔法使いは、のうのうと森で暮らしておる。
魔術を持たぬもの達は科学とやらでいろんな地でわけの分からぬ暮らしをしておる。
今こそ、反撃のときなのだ。
そなただけが外に出られるのも、神の思し召しかも知れぬ。
そなたの、この封印の扉から出ることができる力で、再び昔の姿に戻せるやもしれぬ。
そなたの内に、命を贈ろう。
だが、そなたはこの命にかかわってはならぬ。生まれる前も、そのあとも。
思いを伝えることなく、人間界で産み落とすのだ。
さすれば、その命は人間に気付かれず、魔法使いどもにも気付かれず、祝福を与えられることなく、邪心竜として生きる。
これは、我等が元の世界で生きる唯一の方法なのだ。
思い出すがよい。われらが悠々と空を飛び、人の勝手にさせなかった、あの頃を……………。
「やれ、誰かが交信をしているようじゃが…………。この者は確か、あの、森を出た者の娘ではないか?」
ある森の魔女が呟くように交信をし始めた。
「そのようじゃ。だが、何を言いたいのか、さっぱりわからぬ」
「そうよのう、竜の声がすると訴えてはおるが、そのような声は全く響いて来ぬ」
「やはり、一般の元へ下りた者の言うことは訳が分からぬ。聞く必要はないであろうよ」
各地の森から魔法使いは話し合っていた。皆、返事の内容は同じだった。そして、レベッカの生まれの素性を知っている者はレベッカに魔力が備わっているとすら思っていない。
魔法使いは忘れられた存在。しかし、その魔法使い達にとっても一般人と結婚した者の子供というのは異端児だった。そして、その異端児も一般人と結婚している。関わりたくないと思うのだった。
交信を膨張している者がいた。
神官長ではないものの、その力の強さで皆に一目置かれている若者。その者にも竜の声は聞こえなかった。しかし、彼は別のことに興味を引かれていた。彼女の、レベッカの魔力の強さ。
このレベッカとやら、どうしてこれほどの力を放てるのか。魔力を持たない父を持ちながら、なぜ神殿にいるこの私にまで声を届けられる?
交信は力に比例する。力の弱い魔法使いはそもそも遠い地へ交信できない。魔法使い達は自分の魔法の届く範囲までしか話を聞けない。レベッカが遠くにいることすら気付かなかったはずだ。
面白い。この者、呼んでみる価値がありそうだ。
レベッカはぼんやりした頭を触りつつ、テリーに聞いた。
「とんでもないニュースって、何だったの?」
呼ばれたテリーはしばらく返事をしない。
「ね、なんだったの?」
テリーはレベッカの顔を覗き込んだ。
「それより、お前は大丈夫なのか?あれはどう見ても気を失ったような倒れ方だったぞ」
倒れたときにぶつけたのだろうか。少々からだが痛いようなきもするが、レベッカは笑顔で答えた。
「平気よ。それより、とんでもないニュースって?」
「ああ…………見ろよ、どの局に変えても同じニュースだ」
レベッカはテレビを見る。海が写っていた。
「………ひどい…………」
豪華客船が見事に割れたとニュースキャスターが連呼していた。
「まるでタイタニックね」
「まさか!」
テリーは驚きを隠さずに言う。
「タイタニックだって、真昼間に、鏡のような海面で、何もぶつかるものがないのに割れたりするものか!」
首を横に振りながら、信じられないと呟く。
「しかもだぞ、詳しい報道によれば、船が突然何十メートルも上に飛んだって話だ」
レベッカは顔を青ざめた。嫌な予感がした。レベッカは自分が魔法を使えることを忘れてリモコンでテレビを操作する。
「どこか、その瞬間を撮った映像はないの?」
せわしなくチャンネルを変えていると、別の船の客がスマホで撮った動画を放送しているニュースを見つけた。
思わず小さな叫び声をあげる。
まさに、テリーの言うとおりだった。波などほとんどない、明るく見晴らしのいい海を行く大きな船が、空高く飛び、海面へと叩きつけられていた。しかし、レベッカが驚いたのはそこだけではない。
黒い、翼の大きな竜が、船を下から押し上げていた。
テレビはひっきりなしに我が国の国籍の人が乗っていたかは捜査中と連呼していたが、どこの局も竜のことを報道していなかった。
…………私だけが見えるんだ。
レベッカは慌てて森に住む魔法使いたちと交信を試みる。しかし、誰一人、返事をしてくれない。なぜ?
まさか…………レベッカの頭の中に浮かんだのは、先程まで夢だと思い込んでいた竜のことだった。誰も問いかけに答えてもらえず、ただ一人で竜と話した。あれがもし、夢でなかったら?私だけが、あの竜を見て、話すことができるのだとしたら?
邪心竜を止められるのが、私だけだとしたら?
ディーバは言っていた。母はいないと。仲間のはずの竜でさえ関わってもらえない。人間界を壊すためだけに誕生したと。
しかし、ディーバはこんなことも言っていた。名を与えられなければ、さらに大きな力を持つだろうと。これはディーバの心の中を語っているのでは?
わざわざ、人間の仲間の私に名前を付けて欲しいと言った。
きっと、人間界を壊すためだけに生まれたなどと思いたくないんだ。
ディーバの心を受け止めよう。レベッカは決意した。何ができるか分からなかった。ただ分かるのは、ディーバの声や姿はレベッカにしか分からないという事。ディーバに母がいないのならレベッカ自身が受け入れることが一番だと考えた。
テリーが肩を叩いた。
「アゲハが来たよ。僕は買い物へ行ってくる」
アゲハとは、レベッカの使い魔の名前だ。何が楽しいのか、アゲハ蝶に化けるのが好きな妖精だ。アゲハが自分からレベッカのところに来る時はろくなことがない。
ため息をつき、テリーに感謝した。話は聞かれたくない。レベッカは窓を開けた。
アゲハは蝶の姿から人の姿に変わり、微笑んだ。
「はぁ~い、愛しのご主人さまぁ~」
普通、ご主人様にこのノリで話すか?
「アゲハ、何か用?私、今、大変なの」
「まぁ~レベッカさまぁ~、あんまり困り顔は良くございませんのよぉ~。しわができますわぁ~」
レベッカはぶん殴りたい気持ちを必死で抑えていた。使い魔との信頼関係は大事。
「しわの心配までありがとう。あなたの用は何?手短にお願い」
「まぁ~、ご主人さまぁ~、久々の出会いなのに、手短には寂しいですぅ~」
レベッカの忍耐の糸がブツッと切れた。
「話の後に相手するから、さっさと用件を言う!」
レベッカの剣幕に、アゲハは背筋を正した。きちんと跪くと、レベッカに伝える。
「神殿のシンヤ様からの伝言でございます。できる限り早く神殿に出向くように、とのことです」
「…………神殿に?」
私、呼ばれるような悪いことした覚えはないんだけど…………。
レベッカは考え込む。
「…………さま、レベッカさま?」
「あ、アゲハ。ごめん。他に伝言はなかったかしら。神殿に出向く理由とか」
「いーえ、ございませんことよぉ~」
あ、元のアゲハに戻った。
「レベッカさまぁ~、お支度できましたぁ~?できるだけ早くってことですからぁ~、私がお連れしますわぁ~、それっ!」
「ちょっとま……………えぇぇぇぇ~~~~~~~~~」
この後、神殿近くの森で、レベッカの説教が始まる。アゲハはのらりくらりとかわし、
「さ、早く参りましょぉ~」
と、レベッカを神殿まで飛ばし、逃げたのだった。
「アゲハめ、帰ったら呼び出して説教五時間するからね!」
本気でそう思うレベッカだった。
神殿に入ると、レベッカはすぐに呼ばれた。長い廊下を歩く。あまりの静けさにかえって落ち着かない。かなり歩いた後、大きな開いたままの扉の前で案内者が止まった。
「シンヤ様、れべっか様をお連れしました」
「入りなさい」
「失礼します」
中はとても大きな部屋だった。そして、机を前に何か書き物をしている人物が。
あら、テリーよりかっこいいわ。
つい思ってしまったところへシンヤは一声かける。
「おや、私のようなのがタイプですか」
レベッカが驚いていると、シンヤは声に出して笑った。
「あなたご自身も魔法使いでしょう。まぁ、今のはわざわざ心を読まなくても顔に出てましたよ?」
レベッカの顔が真っ赤になる。
「意外と分かりやすい人なのですね、あなたは」
本題に入る前に翻弄されている。そもそも、ここに来る前に、アゲハの扱いでレベッカはかなり疲れている。
「ああ、本題ですね」
お互い魔法使い。こういうところは楽と考えて…………いいのかな?
「率直に言いましょう。あなたが発信した竜に関する交信のことです」
レベッカはここで初めて、みんなにあの発信が聞こえていたことを知った。
「神殿にいつ者の間で話し合った結果、あなたの行為は魔法使い達を無駄に騒がせたという内容に落ち着いたわけです」
レベッカは目を見開いた。神官という立場のシンヤに向かって、レベッカは怒りを隠さず逆らった。
「どうしてみんな、私の声に気付いていながら返事をくれなかったのですか!あの竜は…………」
「竜など、いなかったのです」
…………え?
「神官の私でさえ気付かない竜の存在…………意味は分かりますね?」
レベッカは混乱していた。私は確かに竜の声を聞いている。テレビの画面を通して、黒い竜を見ている。あれは夢なんかじゃない。
首を横に振っているレベッカに、シンヤは続けて言う。
「あなたは存在しない竜のために世界の魔法使いを混乱させた。よって、その罪を背負っていただきます」
え?…………え?
「今後、神殿はあなたに協力することはしまません。まぁ、ことは大きくならなかったので、魔法を封印することはしません。ですが、この先、皆と交信することをやめていただきます。使い魔を取り上げなかったのだから、寛大な措置だと思われますが、いかがでしょう」
…………そんなもの、なかったじゃない。レベッカは心の中で呟いた。
竜の件を除けば、交信してくる者もいなければ、こちらから交信するあてもなかった。つまり、アゲハもいることだし、今までと変わらない。
「わかりました」
レベッカが承知すると、シンヤは頷く。
「あなたが素直な方でよかった」
極上の笑みを浮かべるシンヤに、レベッカは顔を再び赤くする。
「もし、約束を破れば、今度こそ魔力を封印する術を私達は使うでしょう」
レベッカは顔が赤くなったり青くなったり、少々忙しい。
「お知らせは以上です。お引取りください」
レベッカは頭を下げて部屋を出た。
「シンヤく~ん」
「あ、神官長」
「今の、聞いちゃったよ~ん。いつ、あんな会議があったのかな~?」
「ないですよ、そんなもの。でも、あれくらいなら僕の権限でもいえる範囲じゃないですか?」
神殿の中は、以外にフランクに話せるようだ。
「でも、嘘はいけないよ~ん」
「そうですよね、で、僕は罰せられたりしちゃうんですか?」
「そんなことはない。だって、彼女の状況、何も変わってないもん」
「ですよね」
シンヤはホッと息をつく。
「ただ、気になるのは反論しようとした部分…………」
もちろん、竜のことだ。
「神官長、信じているのですか?」
「信じられん。ただ、彼女の声、僕にも聞こえちゃったりしてるから」
シンヤは目を見開いた。神官長は結界を張った部屋の中にいる。その神官長に声を届けることのできる魔法使いは、ほぼいない。
「そんなに驚かないで。君の声が聞こえたときと同じだけだよ」
シンヤは自分が勝手に判断したレベッカの件は、とんでもないことしてしまったのではないかと冷や汗をかいた。




