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王都への道行き

 町までの道のりは、ノスリの言った通りそれ程危険なものではなかった。一日目の食人鬼と、二日目の野犬をトキが追い払うと、町に近付いた三日目には野ウサギを三羽仕留めたくらいのものだった。

 町に入ると、トキが冒険の準備を揃えてくれた。町の人の話によれば、彼はこの辺りでは結構有名な若き狩人で、時々怪物退治も頼まれるという冒険者みたいなところもあったのだ。

 セッカはまず、トキに連れられて防具屋に入った。いろいろな防具がある。プレートアーマーやチェインメイルといった金属の鎧はかっこよかったけれど、メチャクチャ重くてとてもじゃないけど着られなかった。結局、軽くて丈夫だというレザーアーマーを選んだ。セッカとしては、TVゲームのイメージがあるので、野球のグローブみたいななんか弱々しい鎧を想像していたのだけれど、ガチガチに煮固めたなめし革はとても頑丈なものだった。そのレザーアーマーを胸、腕、スネに装着すると、それだけで3LVくらい強くなった気になる。

 さらにセッカは、トキの勧めで左の腕に装着するタイプの丸型の盾も買った。これも堅い木を芯にしたなめし革の盾だ。

 次に三人は武器屋に行った。トキは弓の名手だったし、護身用の刃渡り三十㎝の短剣ショートソードを愛用している。そのトキの助言で、刃渡り五十㎝の短剣を持つ事にした。本当は、これも漫画の影響から長剣ロングソードにしたかったのだが、本物の長剣は長いだけじゃなくてとても重かったので、諦めたのだ。

 もっとも武器や防具は本来高価な物であり、この地域でのトキの功績から大分安くしてもらったようだが、そもそもセッカの望んだものは買えなかっただろう。

 ちなみにノスリは、一寸法師みたいに針のような剣を腰に差してポーズをとっている。これもトキが今回の旅のために護身用として買ったものだ。

 最後に、冒険者用の雑貨屋さんで防寒用の厚手のマントや野営用の道具、ロープなどの冒険道具も一式揃えた。

 冒険準備を済ませた三人は、次に情報を集める事にした。

 「うー、ゲームみたいでカッコいい」

 初めはそう思っていたセッカだったが、TVゲームでの町の人との会話は、人にぶつかれば成立するけれど、現実にまったく知らない人に話しかけるのは、それだけでも大変な事だったし、欲しい情報も簡単には手に入らない。ミサゴに関する情報なんかはないにひとしかった。それでもなんとか集めた情報はといえば、ここ一年くらい魔法使いが起こす事件が増えている。というくらいの事だった。

 「そんなに魔法使いが関係してる事件は多くなったの? トキ」

 「うーん…確かに最近の王国内の大事件は、魔法使いが関わっている事件が多いみたいだね」

 「他の国はどうなのかな?」

 「ギデオン帝国は様子がよく判らないけど、マンテル共和国はもともと魔法使いの多い国だからね」

 「これからどうするの?」

 セッカは、自分で言った言葉なのにずいぶん無責任だなぁと思ってしまった。だから、慌てて付け加える。

 「どこへ行くと情報が手に入るかな?」

 トキは迷う事なく答える。

 「一番情報が集まるのは、やっぱり王都じゃないかな?」

 「敵が魔法使いだって事は、味方にも魔法使いがいるといいよね」

 「まだ魔法使いが俺たちの敵だと決まった訳じゃないけど、魔法使いの味方がいる事は心強いかもね」

 トキはそう言ってくれたのだけど、またノスリがセッカをからかう。

 「なんで地球の人間は、すぐ敵だの怪物だのって考えるのかね?」

 「…ノスリ、僕以外の地球の人間を知ってるの?」

 「知ってるよ」

 「え? 誰? どんな人?」

 近寄るセッカを空中でヒラリとかわし、トキの肩に腰掛ける。

 「また今度、ヒマな時に教えてあげるのだ」


 王都への旅は、この世界に来た時に初めて降り立った丘から、一番近くの町までの旅とは比べものにならないくらい大変で、まさに冒険だった。狼に襲われた事も、一度や二度じゃない。ハエトリグサのお化けみたいな怪物に食べられそうになった事もある。一つ目の巨人、最強の食人鬼サイクロプスとの戦いは、危険なんてもんじゃなかった。

 出会い頭に現れたサイクロプスはセッカの倍近い身長があった。サイクロプスは本能なのかトキの牽制けんせい攻撃には目もくれず、執拗しつようにセッカに狙いを定めて追ってくる。セッカは剣を抜くことも出来ず逃げるしかない。全く無造作によこぎに振り回された棍棒攻撃をまともに受け止めたセッカの盾は、たった一撃で真っ二つに割れてしまい、セッカは三mくらい吹っ飛ばされた。戦っていた場所が沼地でなかったら、立てないくらいの大怪我になっていたかも知れない。とどめを刺しに来たサイクロプスの目を、ノスリが例の針の剣で突き刺してくれなければ、セッカは殺されていたかも知れない。暴れたサイクロプスの、棍棒を握っていた左手にトキがしびれ薬を塗った矢を命中させた。そのスキに立ち上がったセッカは、短剣を力一杯振った。ちょうど野球のバットを振るみたいに振ったら、サイクロプスのひざの皿を見事にヒットしたようで、サイクロプスがどうと倒れる。

 三人は、そのスキに走り出し、何とか逃げ切った。

 肩でゼイゼイと大きく息をしながら、セッカはトキに質問した。

 「どうして殺さなかったの?」

 「え?」

 トキは、驚いたような顔でセッカを見つめ返す。

 「だって、生かしたままだとまた誰かを襲うよ」

 セッカは、遊んでいたゲームの中では、出会った敵は完全に倒す。たいていの場合、全滅させなければ先に進めないからだった。けれど、この世界に来てからこれまでに出会った敵は、最初の食人鬼を初めとしてすべて追い払ってきたし、今回のサイクロプスとの戦いでは、こっちから逃げ出してきた。

 「地球の人間は、どうしてそう野蛮なのかにぃ…」

 オーバーなため息のしぐさとともに、ノスリは言う。トキも難しい顔をして、静かに言った。

 「確かにサイクロプスは食人鬼だ。人を食べるから集落を襲うようなら退治もする。だけど創造主は、神様は不必要なものは創らない。食人鬼だって自然の一部だ。俺たちは、無駄な殺生せっしょうをするべきじゃない。戦うことで自分がどうなるかは考えたことあるかい? セッカ、自分の体を見てごらん?」

 言われてセッカは、両手を広げて全身を見る。

 腕からおなかにかけて、まだ乾いていない赤黒い血がこびりついている。サイクロプスの返り血だ。そこからむせ返るような血の匂いが上ってくるので、それまでの興奮状態から一気にめた。すると、左腕に脈を打つ強い痛みが感じられる。見ると、棍棒に破壊されたのは盾だけではなかったようで盾を装着していた左腕の籠手こてもなく、前腕が強い衝撃でパックリと裂けてしまっていて、鮮やかな赤い血が流れていた。セッカは顔から血の気が失せ、その場にペタンと座り込んでしまう。

 「好んで命のやり取りをしようなんて考えない方がいい。左腕の傷、止血をしたら出発しよう」

 そう言ってトキは、消毒用の聖水を傷口に流しかけ、薬草で作ったとってもしみる傷薬を塗り込んで、包帯を巻いてくれた。

 その日の夜、久し振りに川のほとりで野営した三人は、これも久し振りでれたての川魚を焼いて食べた。

 「この前の町から六日…次の町まであと何日くらいなの?」

 だいぶん冒険の旅に慣れてきたセッカは、器用に組み上げた野営用のテントにかけたハンモックで食べかけの魚を持って、ぶらぶらと揺れていた。

 「二日くらいだよ」

 今日の片づけ当番になっているトキは、セッカの傷がうずかないようにと痛み止めのせんじ薬を作りながら答える。

 「二日かぁ…遠いね」

 「だね」

 セッカと一緒にハンモックに揺られていたノスリもうなずいて見せた。そこに出来上がった薬を持ってトキがやって来る。

 「ただし、町に着くのは三日後にする」

 「どうして?」

 トキは、そばに置いてあった矢筒の中の矢の本数を確認しながらこういった。

 「矢に余裕があるからさ。明日は狩りをしようと思っているんだ」

 「殺生せっしょうはよくないんじゃなかったの?」

 「無駄な殺生はね。今、君が食べている魚は、君が生きるために殺した。違うかい?」

 セッカは思わず、食べかけの焼き魚を見つめた。

 「町に住む人たちは、自分で狩りをしたり、作物を採ったりする訳じゃない。でも、人は食べなきゃ生きていけない。そのために職業として作物を育てる百姓がいる。魚をる漁師がいる。そして、獣を狩る俺たち猟師がいるんだ」

 「………」

 「で? それと明日の狩りはどんな関係があるんだ? トキ」

 ノスリが、小骨をつまようじ代わりにゲップをする。

 「ハハ、俺も生きなきゃいけないからね。この辺は人に荒らされていないみたいで動物が多そうだから、ここで仕事をしようと思ってるんだ。捕った獲物を売って、必要な物を買うんだよ。セッカに新しい盾と剣が必要だしね」

 「剣?」

 セッカはハンモックを降り、さやに戻してあった短剣を抜いてみた。するとどうだ。真ん中から少し下の方で、大きく欠けてしまっている。しかも、その欠けた所からはっきりとした亀裂が走っている。今度堅い物を叩いたらポッキリ折れてしまいそうだ。

 「うっわぁ」

 「トキ、よく気付いたねぇ」

 そう言いながら、ノスリも針の剣を調べる。

 「最後の攻撃の時に変な音がしたんだ。剣の振り方が悪かったんだろう。本当なら、しっかりとした師匠に基礎から稽古してもらうべきなんだろうけど…」

 「トキが教えてくれればいいのに」

 鞘に剣を収めたセッカは、残っていた魚を飲み下して、ちょっと苦そうな匂いのする飲み薬を受け取る。

 「俺の剣も我流だからね。獲物にとどめを刺す時くらいしか使わないし…それに、最低限の事は教えたはずだよ、セッカ」

 「え!?」

 トキは、含み笑いを浮かべて言う。

 「二度とは教えない…って、言ったからね」

 「うー、意地悪」

 翌日の狩りは、ずいぶん楽しいものだった。

 トキが優秀な狩人だという事は聞いていたけど、こんなに面白いように獲物が捕れるのかと思えるほどよく捕れた。セッカやノスリには全然判らない生き物たちの気配が、トキには判るらしい。愛用の弓につがえた矢をひょうと放つと、ウサギが捕れる。イノシシに命中する。一矢いっしでは倒せないイノシシも、怒って突進してくる所を短剣を使って急所にひと突き。セッカは途中で魚釣りをする事にしたのだが、トキがその日仕留めた獲物は、野ウサギ十二羽イノシシ二頭。セッカの方は、ノスリと協力して夕食に食べても残る程度に捕れたくらいだった。

 「トキ、このイノシシはどうやって運ぶんだ? かついで行くのか?」

 ノスリが、内蔵を処理していたトキの周りを飛びながら聞く。

 「二頭も仕留められるとは思ってなかったんだ。きっちりさばいて、売れない部位は捨てて行く。そのために日が沈む前にキャンプしたんだよ」

 セッカは、獲物の処理に忙しいトキの変わりに、たき火を始めとした野営の準備を一人でする。手慣れたものだ。テキパキと準備を済ませると、剣の素振りを稽古をすることにした。トキが教えてくれたはずの剣の振り方をまったく思い出せないので、いろんな振り方を試しているのだ。剣を振ると怪我をした左腕が痛かったけれど、我慢できないほどじゃない。

 トキは、穏やかな微笑みでそれを見守っていた。


 それから二日後、町に着いた三人は市に出向いて獲物を売った。なにせ野ウサギ十二羽にイノシシが二頭だ。特にイノシシは肉質がずいぶんと良かったようで、お肉屋さんはかなりいい値段で買ってくれた。その利益で、旅の間に使ってしまった道具などを買い足す。サイクロプスに壊されたセッカの盾も新調した。今度のは金属で出来た装着型のだ円形の盾で前のものよりずっと重かったけれど、青みがかった銀色がそれだけで、セッカをなんだか強くなったような気にさせた。

 しかし、盾にお金をかけたことで剣の方は新しいのを買う予算がなくなり、鍛冶屋で補修してもらう事にした。

 「ごめん、トキ。僕の剣と盾のために無駄にお金使わせちゃって…」

 「気にするな。ミサゴを救うためだ」

 途中途中の町で集めた情報で、少しずつだったけれども事件の様子が判ってきていた。

 まず、魔術師を首領とした一団が、大きな事件のほとんどにからんでいる事。その事件が、どうやら何かの準備のために必要なものを集めたり、邪魔なものを破壊したりしているらしい事。その事件の中にミサゴという名の少女の誘拐が含まれている事などが判った。

 ミサゴという少女は、この世界の伝説に語られている救世主の奇跡の力「ブルー」を発動するための「鍵」として生まれ、コルバート大陸の北西に浮かぶゴルベート島で王国の庇護ひご下に英才教育を受け、すべての人々に祝福され大事に育てられていた所を襲われたらしい。

 それがどうやらセッカがこの世界に来る前日の事らしく、トキが考えるに何者かがブルーを狙ってミサゴを誘拐した事件によってこの世界に危機が生じ、地球からの救世主が求められ、セッカが召喚されたのだろうという訳だ。セッカにもなんとなく納得出来る事だった。この世界に来る前の日、セッカはヒバリによく似た泣き声を聞いている。きっとあの時にこの世界でミサゴは何者かに連れて行かれたのだろう。

 三人は、宿屋の一階で久しぶりにちゃんと料理された夕飯を食べていた。

 セッカにももうすっかり見慣れた光景だった。初めのうちは、酒場も兼ねている宿屋の一階の、映画みたいな雰囲気が珍しかったし、子供だという事でからかわれたりもして腹も立ったけれど、今ではそんなからかいも気にならない。それどころか、調子よく立ち回りいろんな話を聞く事も出来るようになった。酒場は大事な情報源である。酔ったおじさんたちは口が軽いから、聞いてもいないような自慢話や珍しい話をいろいろと面白おかしく話してくれる。セッカは、そういう今度の冒険にはあんまり必要じゃない話を聞くのも結構スキだった。

 「次の街が王都だよね」

 食事を終えて、温かいココアのような飲み物を飲みながら、セッカは言った。

 「そうだ。王都までは六日くらいかな。敵になるような生き物はもういないから、安全だよ」

 「どうして?」

 それには、ノスリがいつものように得意そうに胸を反らして答えてくれた。

 「王都には人がいっぱいいるから、その人たちの食べるものを作る畑もたくさん必要なのだね」

 自慢気に説明してくれるのはいいけれど、相変わらず内容が全然的を射ていない。

 「よく判んないよ、それじゃ」

 「頭悪いね、セッカ」

 「なんかムカつく。君の説明が悪いんだろ」

 トキが笑いながら、説明してくれた。

 「ハハ、王都の周りはね、大田園地帯なんだ。道中には集落が点在していて、毎日屋根の下で寝られるんだ」

 「へぇ」

 セッカは思わず感動してしまった。

 元の世界では当たり前のような事、という気もしたけれど、野宿で敵に襲われる心配をしないでぐっすり眠れるなんて事のありがたさを想像すると、やっぱり感動せずにはいられない。

 「ところで、王都で何するだ? トキ」

 お酒を飲んでイイ気持ちになってきたノスリは、フラつく足取りでテーブルの上をよたよた歩いてトキに近付く。

 「王都ならもっと詳しい情報が得られると思うんだ。特に、ミサゴは国王の庇護を受けて養われていた。王都ならさらったやつらの情報が判るんじゃないかと思うんだ」

 「教えてあげましょうか?」

 不意にセッカの後ろから、ちょっと大人っぽい女の人の声が聞こえてきた。反射的に振り返ると、そこには高校生くらいの女の人が笑っている。トキよりちょっと年上だと思う。栗毛の柔らかくウェーブした髪をポニーテールに結い上げていて、髪の色とよく似た色の瞳をしていた。

 「条件は?」

 トキは、その栗色の瞳を見つめたまま聞く。

 「んーん、私を仲間に加える事。カナ?」

 「あなたは信用出来ますか?」

 「トキ?」

 セッカは戸惑った。トキがいつになく慎重だからである。

 「難しいなぁ…どうすれば信用させられる?」

 「どうしたんだ、トキ? 仲間は多い方が楽しいど」

 いい具合に酔っぱらったノスリが、しゃっくりしながらトキと女の人を交互に見ている。

 「敵の存在がはっきりしてきたから用心しているんだ。情報の出所も気になるしね」

 「出所はゴルベート島。目撃者から直接聞いたの。詳しい話は当然仲間になってからね。あとは何を話せばいい?」

 「仲間になる目的」

 「私が仲間が欲しいからよ。話を聞いていると目的が一緒のようだから提案したの」

 「ちょっと嘘が混ざっているようだけど」

 トキはまだ、用心深く栗色の瞳を見つめている。女の人は、声をちょっと高くしてこう言った。

 「すごい! そうね、そこの子がこの世界の人間じゃないからよ。なれるんなら救世主の仲間になろうって思ったの」

 セッカには、二人が何を思って、何を探っているのかさっぱり判らない。ただ、二人が互いに視線を外さないので、周りの空気が緊張している事だけは判った。

 「すまなかった、仲間として認めよう」

 長い沈黙のあと、トキは席を立つと右手を差し出した。彼女も立ち上がってトキの手を握る。

 「あなたの心配も理解出来るわ。若いのにずいぶん優秀なハンターのようね」

 「ありがとう。俺はトキ。君は?」

 「ツグミ。よろしくね」

 「あ・僕、メジロ セッカ。この酔っぱらってるのはノスリって言うんだ」

 「オーラ、ノスリ。うひゃひゃひゃひゃ」

 自己紹介の後、ようやくセッカは、トキがどうしてあんなに警戒していたのか教えてもらった。

 それは、ツグミが魔法使いだからだった。

 敵が魔法使いを中心とした集団であるという事で、魔法使いであるツグミを敵かも知れないと疑ったのだ。

 「さて…救世主くんの怪我の治療を兼ねて、話の続きは私の部屋で話しましょう?」

 とツグミは二人に声をかけた。

 「どうしてツグミの部屋に? 僕たちの部屋にくればいいのに」

 そういったセッカに対して、ツグミは悪戯いたずらっぽく微笑みかけるとこういった。

 「私も一応女の子なんだけど。何の準備もなしに男の子の部屋に行くなんて不用意な行動はしないのよ」

 それがどういう意味なのかはよく理解出来なかったが、その仕草と話し方がセッカにはとても魅力的に思われて思わず頬が赤くなった。

 ツグミの部屋は一人部屋でセッカたちの部屋より狭かったが、荷物はきちんと片付けられていてしかもほんのりいい匂いがした。

 「まずはセッカの腕の治療ね。腕を出して。その方が治りが早いから」

 言われてセッカは上着を脱ぎ、包帯を外した。傷口は強い衝撃でぱっくりけたもので、血だけは止まっていた。それを確認するとツグミはトキを振り返り感心した口調でこういった。

 「普通の手当としては合格ね。やっぱトキって優秀だわ」

 そしてちょうど西部劇のガンマンがガンベルトに差している拳銃を抜くように三十㎝ほどの杖を取り出すと、杖の先を傷口に近づけてささやくように不思議な抑揚のついた呪文の詠唱を始めた。するとセッカの左腕はじんわりと温かくなり、傷口にくすぐったい感覚を覚えみるみるうちに傷が治り始めた。傷跡が残るだろうと覚悟していた深い裂傷は、ものの数分で綺麗に消えてしまった。

 治癒ちゆの魔法には大きく三段階、上級魔法の復元ふくげん(失った部位を元に戻すことができる)、中級魔法の修復しゅうふく(切り離された部位をつなぎ合わせることができる)、そして今セッカの治療に使われた初級魔法の根治こんち(傷を治すことができる)があり、ツグミが言うには体の中のマナに働きかけて傷を治すスピードと能力を上げる魔法なのだという。

 余談だが、怪我と病気の治療は根本的に同じ魔法なのだが働きかけるマナの作用を呪文の詠唱のわずかな違いで変える。産業革命以前の文化水準に思えるこの世界において医療分野だけは現代医学に匹敵するほどの進歩を果たしているのだが、ひとえに治癒魔法の進化に人体構造と各器官の働きの解明が必要だったからである。 

 さて、ツグミが教えてくれた事。それはとても具体的な事だった。

 十年ほど前、マンテル共和国の評議員をしていたオオジュリンという魔術師(上級魔法より複雑な呪文を使える魔法使いをそう呼ぶ)がその邪悪なこころざしを見破られ、評議会を追われた。彼はその後、闇の魔術師と呼ばれるようになり自らの野望達成のために手下を集めて活動するようになったそうだ。やがてスターンバー王国のブルー伝説とミサゴの存在を知り、野望達成のためにブルーの力を手に入れようとミサゴをさらって行ったという事らしい。

 「オオジュリンの野望って?」

 「世界征服じゃない?」

 セッカたちは、話の重大さに酒場に戻るとこもできず人目を避けてツグミの部屋で話をしていた。それぞれに飲み物の入ったカップを握って、今やこの世界全体に影響を及ぼすかも知れない事が判ってきた事件に暗く、重たい気持ちになっていた。

 「ブルーって一体何なの?」

 ツグミは、いびきをかきながら寝ているノスリをなでながら言う。

 「ごめんね私、アニング公国出身なの。それは、トキの方が詳しいんじゃない?」

 アニング公国とはマンテル共和国の勢力圏内にありながらスターンバー王国と同盟を結ぶ小さな国だ。

 「俺もおとぎ話や英雄譚で語られている以上のことは知らない。ただ、伝説ではブルーが発動すると奇跡が起こると言われている。地球から召喚された前回の救世主オジロが、ヒレンジャク・キレンジャクという鬼を退治する時に使われたというのがよく知られているくらいだよ」

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