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玉葱とクラリオン  作者: 水月一人
第四章
96/398

戦争前夜

**********************

   心は、天国を作り出すことも

   地獄を作り出すこともできる

              ジョン・ミルトン

**********************




 どこまでも続く大草原と、どちらが上流か分からなくなるほど、ゆったりと穏やかに流れる川の水。そこは潮の香りも、硫黄の臭いもしなかった。リディアの若者たちの目の前に、今、どこまでも続く地平線が広がっていた。彼らはただただ唖然として、感嘆の息を漏らすばかりであった。


 世界はこんなにも広いのか。


 自分たちはなんて狭い土地にしがみついて来たのだろうか。


 リディアの若者のこの感想を聞けば、きっとその土地の者はあべこべに思えただろう。彼らはどこまでも続く、水平線の向こう側からやってきたのだから。

 

 エトルリア大陸南部。イオニア海に面した港湾都市フリジアは、現在、カンディア島から襲来したカンディア公爵ウルフ・ゲーリック軍、およそ1万に占拠されていた。前年のリディア軍によるカンディア襲撃に続く、エトルリア侵攻の第二波である。


 エトルリア大陸南部、アスタクス地方は低地帯が続き、どこまでも続く大草原は皇国の胃袋を満たす台所であり、肥沃な穀倉地帯は無くてはならないものである。北西ロンバルディア地方の山脈から流れる幾つもの川が、複雑な網目状に広がっており、天然の灌漑を形成して、低地帯に広がる草原に多くの恵みをもたらしていた。


 恵まれた土地である故に、アスタクス地方はエトルリア最大の人口を抱えており、これまた最大の数の貴族の荘園が広がって、農奴制を採用した各領主によって治められていた。その数は優に100を越え、それらはアスタクス方伯家に臣従する形をとっていた。


 つまり、エトルリア大陸南部は、ほぼ全てアスタクス方伯の領土であり、南部諸侯はエトルリア皇国家よりも、方伯家との結びつきが強かった。そして元々、カンディアはエトルリア諸侯の一国であったが、特にアスタクス方伯との関係が強く、実態は彼の臣下と言っていいものだった。


 60年の長きに渡り繰り広げられたリディア・メディア戦争が終結し、メディア最後の女王であるエリザベス・シャーロットが王権を奉還して、後顧の憂いがなくなったリディア王ハンスは、長年の間リディアへの挑発を続けていた故郷・カンディア島へと侵攻、これを奪取した。


 この行いは、エトルリア皇女リリィを害する企みを図ったカンディアを成敗するという大義名分があり、正当な行為と見なされてはいたが、しかし面白く無いのはアスタクス方伯である。


 カンディアを落とされると方伯は直ちにリディアに向けて使者を送り、軍の即時撤退とカンディアの解放を要求した。侵攻理由は十分に承知していたが、自分の頭越しに皇家と勝手に取引をされては、面子が潰れるというものだ。


 しかし、リディアはこれを拒否する。当たり前である。そして元々、自分の故郷であることを理由に、カンディアを併合したリディア王ハンスは国号を改め、三カ国を統べる王の中の王、アナトリア皇帝を名乗るのだった。


 こうして興った帝制アナトリア元年、リディア軍改めアナトリア帝国軍はカンディアへと進駐、コルフ解放戦で活躍した二隻の軍艦を買い上げ、それを旗艦とした海軍を設立し、イオニア海の覇権を唱えることとなる。


 これに対し、主にフラクタルに潜伏していたイオニア海賊は為す術がなく、ほうほうの体で同海域から逃げ出した。


 ところが、その海賊のあとを追ってみると面白いことが分かった。


 殆どの海賊はアドリア海を北上していったのだが、少なからぬ船がイオニア海に面したフリジア港へとこっそりと入港していたのである。


 それを突き止め開港を迫るアナトリア、それを突っぱねカンディアからの撤退を要求するアスタクス。両陣営は一触即発の雰囲気を漂わせつつ、にらみ合いを続けた。


 そして帝制アナトリア歴2年、後にフリジア戦役と呼ばれる衝突が勃発する。


 しかし、それは蓋を開けてみれば戦争と呼べるような代物ではなく、言うなれば一方的な虐殺だった。


 アナトリア軍1万に対し、10万を擁するアスタクス軍が、数の上では圧倒しておきながら、少勢のアナトリア軍にこてんぱんに叩きのめされるという、史上稀に見る、いや唯一といっていい圧勝劇であったのだ。


 戦場は見渡すかぎりの平原、収穫を終えたばかりで見通しがよく、兵を伏せられるような丘もない。川を挟んで向かい合った両陣営は、奇襲の類がまず効かない状況で布陣をしていた。


 アスタクス軍は決してアナトリア軍をなめていたわけでもなく、特にその新兵器、野戦砲に関しては、十分に警戒していた。海戦の常識を覆したその威力は折り紙つきであると、彼らは海賊たちから口を酸っぱくして知らされていたのだ。


 だからこそ方伯は慎重に行動し、闇雲に攻めることはせず、戦力がちゃんと整うのを待っていた。そのアスタクス軍10万が、何故敗れたのか? これから順を追って説明するものである。




フリジア戦役・ガラデア平原会戦・戦闘序列


アスタクス軍

  総大将:アスタクス方伯・ビテュニア選帝侯ミダース

  幕僚長:フリジア子爵ユースフ

  総兵力:約100000(含む騎兵約5000)魔法兵100


アナトリア軍

  総大将:カンディア公爵ウルフ・ゲーリック

  参謀長:マーセル帝国大将

  総兵力:10000(含む騎兵500) 砲35門

  第一軍:ウルフ・ゲーリック7000 砲30門

  第二軍:マーセル大将1000 砲5門

  第三軍:エリザベス・シャーロット2000(含む亜人騎兵500)


挿絵(By みてみん)

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