俺が死んでも第二第三の……
閃光が目に焼き付いて、暫く何も見えなかった。それがようやく落ち着き辺りを見渡せば、綺麗さっぱり吹き飛ばされて焼け野原になっていた。
遺跡にまとわりついていた巨木が炭化したままその場に残されており、まるで原爆ドームみたいにその骨格だけを晒している。なのに、その根っこにあるメタリックな施設は傷一つ無く、今では月に照らされて青々と輝いてさえ見えるのだった。
襲撃してきたエルフは跡形もなく消し飛んだが、それ以外の者は、焼け野原にところどころ残された円形の芝生の上に、点々と残されていた。
ブリジットは転んだ拍子に手についた泥をパンパンとはたきながら立ち上がると、またかと言った感じのあきらめ顔で、ため息を吐きながら剣を収めた。リリィはこの騒動の中でもまるで意に介さずにリーゼロッテの治療を終えて、今一息ついたと言った感じでふーっと息を吐き出した。
「何故……」
リーゼロッテは困惑しながら立ち上がり、剣を構えて前に出ようとしたが、但馬はそれを後ろ手で制すると、それまで背中に背負っていたマスケット銃を取り出し、遊底を引き出して弾をこめた。
何度か試射はしているから不発の心配は無いだろうが、ブリット自体が貴重でそんなに量を持ってない。おまけに込められる弾は一発きりだ。
魔法も単発、武器も単発、しかもこっちは当たるも八卦当たらぬも八卦のお祈り式である。
あの老人……かつての勇者は豪の者だったという。娘を見てればそれも頷ける。
それに比べて、つくづく自分は戦闘向きじゃないなと思いながら、但馬は弾を込めたマスケット銃を、目の前で腰を抜かして倒れてるミルトンに突きつけた。
「どうしてだ……」
恐らく、昼間に見ても変わらないだろう、彼はこれ以上ないほど真っ青な顔をして、紫色に変色した唇をブルブルと震わせていた。
「どうして俺は生きてるんだ。なんで殺さない?」
「そんなこと言われてもなあ……」
別にわざとではなかった。この魔法という力はとにかく都合のいいもので、敵を倒そうと至近で爆発魔法を行使したところで、友軍誤射を勝手に避けてくれるのだ。もう、こうなったら間違いなく、この魔法というものは機械で制御されてる物だろうから、そうなることも頷けるだろう。
但馬はエルフを倒す時、周辺の亜人まで巻き込まないようにと、ほんのちょっぴり考えてしまったのではないか。やはり、人間を殺すとなると、どうしても躊躇いが生まれるものだ。いや、エルフも正確には人間だったのだが……
「助かったんだから文句言うなよ。もし、まだやるってんなら、相手するけど……主にブリジットが」
但馬じゃ相手にならないので……
しかし、その必要は無さそうだった。周辺にはミルトン以外の、彼の部下らしき亜人たちも転がっていたが、誰も彼もが完全に戦意を喪失して項垂れていた。命令されたらまた襲い掛かってくるかも知れないが、もはや彼女の敵ではない。
元々、エルフが出てくるまではこちらが押していたのだ。相手は亜人ばかり20人は下らないのだが、聖遺物を持った魔法使いというものは、やはり伊達じゃないらしい。
ミルトンはがっくりとうなだれた。
「くそっ……! だが、何でだ!? 俺は確かに、おまえが魔法を撃ったのを見たのに……」
それは但馬たちが遺跡を出て、その入口を爆破しようとした時のことだろう。もちろん、それはダミーだ。あの時点で何者かはわからなかったが、周囲を取り囲まれていることは分かっていた。しかし、そいつらはいつまで経っても襲ってこない。
いつでも襲える位置にいるのに来ない。こちらは多勢に無勢で足手まといもいるのに、普通なら遺跡の入り口を抑えて逃走を阻止するのがセオリーのところ、それすらしないのは、よっぽど何かを警戒してのことだろう。
だから釣りだすことにした。襲撃者が一番警戒しているのは、恐らく但馬の魔法だろうと見当をつけて、魔法を撃ったように見せかけたのだ。
「最近、兵器開発もするようになったんだよ。俺じゃなくって、錬金工房の部下がさ」
以前までは、護身用以外の本格的な兵器開発は行っていなかった。しかし、周辺がきな臭くなってきたため方針転換し、リディア軍相手に商売を行うことに決めた。その時、最初に作ろうとしたのがダイナマイトだった。
材料となるニトログリセリンもニトロセルロースも、すでに工場にある材料だけで生産が可能だった。元々、ダイナマイトはノーベルが炭鉱夫のために開発した爆弾であったし、平和利用も考えて最初に作るならこれだろうと思った。ついでに、どうせ量産するんだから、最初から部下に指示してその製作からテストまで全部任せていた。
「どうやら俺は見張られてるようだったからなあ……」
どうも最近、自分の周りがきな臭かった。怪しい人物が次々と現れ、みんなそれっぽい理由を挙げて但馬に接触してきたが、その一つ一つ、どこまで本当のことなのか、確かめる術はない。疑いだしたら切りがないのだが、仕方ないので下手なことはしないで大人しくしておこうと、ここ最近は目立った動きをしてこなかった。
「その間に、工房のみんなにお願いして作ってもらったんだわ。そんで今回は、その試作品を護身用に持ってきたんだけど……おまえが最初に見たのは、その兵器の爆発だよ。いやあ、凄い威力だったね。78枚も重ねた布団が吹っ飛んだらしいからな」
「おまえ……俺が、ここで襲撃してくると読んでいたのか」
いや、読んでいたわけじゃなくて、見えていたのだが……そこまでサービスで教えてやることもないので、但馬はウンウンと頷いた。
「誰が来るかはわからなかったけどね。多分、今回のメディア訪問で、誰かが何かやってくるだろうとは思ってた。分かってたのはそれくらいのもんで、あとは出たとこ勝負さ。流石にここまで来たら、襲撃者はおまえだってことくらいは分かったが……でも、なんでなんだ? おまえに襲われる理由がいまいちわからないんだが」
ミルトンは奴隷商人だった。この施設を利用して、亜人奴隷を横流ししていたようだ。
だから、この施設を止められたらまずいので邪魔をした、と考えれば簡単なのだが……だったら入る前に襲撃しなきゃ駄目だろう。もしくは入った瞬間に入り口を囲むべきだ。彼らは知らないのだろうが、この施設はすでに止められた後なのだ。
おまけに村に入ってからも、ずっと接触をしてこなかった。少なくとも、この施設の存在を知る前なら、但馬はミルトンに多少同情的だったので、話をつけて協力させることも出来ただろう。それすらしなかった。
だとすると、この襲撃自体が目的だったというわけだが、その理由が分からない。襲撃のタイミングだっておかしい。実際問題、但馬はローデポリスの旧宅で、ミルトンに一度殺されかけてるのだ。
そう言った点も含めて尋ねてみるが、彼はもう肚を括ったといった感じでダンマリだった。何を言っても自分のことは話さない。
但馬は肩を竦めて、言った。
「知り合いに腹芸が得意な奴が居るんだ。そいつがさ、言うんだよ。リディア東の山の上に、誰か居るんじゃないのって」
製塩所の社長が消えた直後だったから、海賊のこともあってティレニアやコルフに目が向いた。だがもっとシンプルに考えればよかったのだ。
「初めは東の山にどこかの国のスパイでも居るんじゃないかと思ったんだが、近衛兵が必死になって探しても何も見つからなかったんだ。山頂の人影も、そこへ至るルートもな。とすると、そんなところへ行けるのなんて、亜人くらいしかいないじゃないか。そんでピンときたんだわ。
そいつが言いたかったのは、山頂に人がいるよってことじゃなくって、山頂から見たらリディアの何もかもが見える。俺が誰にも見つからないように、こそこそ街から離れて魔法をぶっ放していても、山からなら全部見えちゃうし、逆に目立つよってことだったんだ」
以前、彼がリーゼロッテと路地裏でこっそりと話をしているのを見かけたが、あの時、彼が但馬の魔法について知っていたのは、気絶した振りをしてこっそりと見ていたわけじゃない。それ以前から知っていたのだろう。
勇者と同姓同名。そして強烈な魔法。但馬は但馬が思っている以上に、周囲の人間に警戒されてると考えたほうが良い。
「そこで思い出したんだ。おまえと初めて会った時、あれって相当出来過ぎだろう? 森からリオンが飛び出してきて、おまえはそれを俺の魔法に驚いたからと言っていたが、実は逆だったんじゃないかって思ってな。おまえは森に潜んで俺が魔法を打つのを待ち、リオンをみんなで俺の居る方向へ追い立てて、俺が保護するのを見てから、偶然を装って接触を図ってきたんだ」
そしてわざとリオンを雑に扱って同情を買った。但馬にリオンを預けることで縁を作って油断を誘った。そして多分、その目的は……
「俺をメディアに向かわせようとしたんじゃないか。あの時、たまたまリリィ様が居て、話を振ってくれたが、そうでなければおまえから言い出したはずだ。
そんなに自分が信用出来ないなら、おまえがメディアに連れて来いと……
そうなれば、自然と休戦協定の式典へと話を持って行きやすい。何しろ、国境を越えるとしたら、このタイミングしかあり得ないからな。
この休戦式典をこの地でやることは、メディア側からたっての願いだったと言うから、正直なとこリーゼロッテさんのことは最後まで疑ってたんだが……」
言われた彼女がギョッとして首をブンブンと振るっていた。
「ここに来て、勇者の話を聞いて、白だってことは確信した……腹芸の得意な奴と知り合いっぽかったし、おかしいとは思ったんだ。
けどまあ、これで逆に分からなくなったんだ。どうしてミルトン、おまえは俺をメディアに連れてこようとしたのか……リディアから俺を外に釣りだしたかったのか、この施設を見せることによって、亜人の同情を買いたかったのか。結局、襲撃してきたってことはそうじゃなかったんだろう?
かつて皇太子妃がやられたように、国賓を襲撃することで、リディア人の亜人へ対する憎しみを買おうとしたのか……でもここ数年、リディアの急成長でメディアは苦戦を強いられてたはずだ。おまえら奴隷商人が、前線に行くはずの戦力を横流ししていたんだろうから当たり前だ。なのにそんなことしたら、前線はもう、もたないだろう。
それに、この施設を独占したいなら、俺達が入る前にケリをつけなきゃいけなかったろうしタイミング的にもおかしい。結局、何が狙いなんだ」
ミルトンは答えようとしない。
「俺は失敗した……おまえが手をくださずとも、どうせ殺される身の上だ。話したところで何にもならない。殺せっ……」
「いや、話したくないならいいけどさあ……どうせ殺されるってことは、裏にまだ別のやつがいるってことか? ……コルフの連中と一緒に来たってことは、コルフか」
ミルトンはそれでも但馬の問いに答えず……
但馬はため息を吐くと呆れるように言った。
「あっそ。そんなに死にたいんなら、止めはしないが、殺されると分かってて、そんなとこにわざわざ帰るものなのかね……さて、そんじゃ俺達はそろそろ村に帰ろうぜ。じゃあな」
そう言うと、但馬は肩を怒らせてミルトンの横を通り過ぎた。彼は本当に自分のことを放置するのかと、唖然とした顔で振り返った。
「……先生、良いんですか? こっちは殺されそうになったんですよ?」
「気に入らないならおまえがやれよ」
「そんなことしたら、絶対先生怒るでしょう……もう」
ブリジットは苦々しげにミルトンを一瞥すると、フンっと顔を背けて去って行った。
「汝自身を愛するように、汝の隣人を愛せよ」
通りすがりのリリィが呟くように言うと、ミルトンの傷がみるみると塞がっていった。
呆然とそれを見送る彼の背後に、リーゼロッテが見下ろすような格好で立ちすくんでいた。今度こそやられると身構えたミルトンだったが、彼女は何も言わずに目を伏せると、軽くお辞儀をして去って行った。
焼け野原に取り残された亜人達は、困惑し、ソワソワとしながらリーダーの指示を待っていた。普段は機械みたいな連中だったが、今はまるで子供のように弱々しい。殺せといえば躊躇なく殺し、死ねと言われれば黙って死ぬような連中がである。
ミルトンは悔しさに地面を叩くと、
「くそっ! おまえら、俺を出しぬいたからっていい気になるなよ! 俺が失敗したところで、村に残った連中は今頃お陀仏さ。残念だったな、但馬波瑠!」
但馬はぎょっとして振り返った。
それは決して苦し紛れのたわごとではない。
どちらが本命かは分からないが……自分たちが襲われたまさにその時、村も同時に襲撃されていたと彼は言っているのだ。
但馬達はお互いに目を合わせた。
すぐさまブリジットが先行して、但馬が後に続いた。悠々とあとをついていこうとするリリィをひょいと小脇に抱えて、リーゼロッテがバタバタと去って行った。
月明かりの下で、大きな耳をつけた男が、悔しそうに涙を流して叫んでいる。
その咆哮に意味はなく。まるで獣のようだった。