遺跡
謁見の間というか神殿というか、メディアの王宮と呼ばれる舞台の上で、リーゼロッテが皆の前に進み出る。
ここまで来ておいて国王が不在なんてことよりは、よっぽどマシではあったが……それにしても、ずっとリリィの従者程度にしか思ってなかったリーゼロッテが、実はメディアの女王だと言われて、但馬は何を言っていいか分からなくなった。
言われてみれば確かに、彼女は勇者の娘なのだから、建国したのが勇者とされるこの国の、王位継承権は確かにあるだろう。
しかし、それじゃあ何で彼女はずっと国外で暮らしてたのか?
この国はそもそも何なのか?
どうしてずっとリディアと戦い続けているのか?
聞きたいことは山程あったが、長旅で疲れてるだろうし、そう言う話は後にしようと言われ、ただ形ばかりの休戦の調印式だけを行って、すぐに解散することになった。
どうやら、リーゼロッテは人払いしたい感じである。
但馬と、ブリジット、エリオスの三人は互いに顔を見合わせた。戸惑いながらも、リリィの様子を見てみるが、大分のんきそうにしていることから、多分、それなりの事情があるのだろうと判断して、取り敢えずここは引いて置くことにした。
事情は良くわからないが、自分にはまったく関係ない話だと思ってるタチアナは、言われた通り長旅で疲れているらしく、そんなことよりさっさと休ませて欲しいと言った感じで、もう一人のランという女は無表情で何を考えているか分からなかった。
調印式というのも単純な儀式で、用意されていた紙にお互いの代表が署名して、それを立会人が確認するというだけのものだった。但馬とリーゼロッテがお互いに名前を書き入れて、それをタチアナが確認しましたというと、それで調印式は滞り無く終わった。
あまりにもあっけないものだから、歓迎式典とか、親善のための食事会とか、他に何か無いの? と思ったが、そもそもここは国として成り立っているのだろうか、この集落に入ってきてから、誰も自分たちに興味を向けないし、歓迎してる感じでもなかった。
グダグダ言っても何も建設的なことは始まりそうも無かったので、モヤモヤとしたものを抱えたまま、言われるままに但馬達は解散した。
宮殿からスロープを伝って降りると、下には亜人の子供たちが待っていて、但馬たちをそれぞれ宿舎に連れて行くと言う。護衛の兵士たちと違って、生気がないという感じではないが、やけにオドオドしていて人と目を合わせようとしない。
案内される道すがら、少し話しかけてみたのだが、すると子供は立ち止まり、返事も返さずただ黙って地面を見つめてから、何も言わずにまた歩き出したので、それ以上何も言えなくなった。子供の中でどんな葛藤があったか知らないが、恐らく、これ以上話しかけても良い影響は何も生み出さないだろうと思う。
案内されて連れてこられた宿泊施設と言うのはただの民家で、明らかに普段は誰か別の人が暮らしている雰囲気だった。使い古された台所には、申し訳程度の食事が用意されており、ここで勝手に食べてくれと言う感じだ。追い出された住人は、一体どこへ行ったのだろう。
用意された宿舎は三軒、それぞれ但馬とエリオス、ブリジットとリリィ、タチアナとランに別れて宿泊することになった。別れ際、タチアナはもう諦めたと言った清々しい顔をしていたのが印象的で、真面目な話、なんで彼女はこんなところまで連れてこられたのだろうかと思うと不憫になってきた。
エリオスと二人で適当に食事をつまみ、ガラスも網戸もはめられてない窓から、こっそりと村の様子をうかがってみるが、働き盛りの大人はあまり見当たらず、子供が多い感じである。しかし、子供らしい声はどこからも上がらず、皆黙々と言われた作業を繰り返す、兵隊のような臭いしかしてこなかった。
実際、彼らはここで大きくなったら、前線に行ってリディア軍と戦うのだろう。そのための教練ならともかく、娯楽などいらないといった感じだろうか。ミルトンの言うとおり、これじゃ奴隷のほうがマシである。
明らかに人道に反する行いに、ムカムカするものを感じたが、言ってすぐどうこうなるものとも思えない。暫くは、様子を見て、機会があればリーゼロッテなり、執政官なりに文句をつければいいだろう。
しかし……本当にリーゼロッテがこんなことに加担してるのだろうか。どうしても納得いかなかった。単に彼女の性格に似合わないと言うのもそうであるが、リリィが平然としているのも気になる。
何か事情があるなら、早く話して欲しいのだが……
「社長。どうする。止められてはいないし村を回ってみるか? 王宮へ行けば、あの女もまだ居るだろう」
「いや、よしとこう。多分、向こうから来ると思うし。あまり村人を刺激しないほうが良い気がする……それより、エリオスさん」
「なんだ?」
「なんとなくなんだけど……俺のことより、タチアナさんのこと気にかけてて」
「……?」
「言い方悪いかも知れないけど、あの人、はっきり言って要らないよね?」
元々、休戦協定の調印に、第三者の立会人が必要だと言うことで要請されたわけなのだが、こうしてメディアにたどり着いてみると、本当に彼女が必要だったのか……明らかに場違いで、疑問を感じずを得ない。
まず、調印のために本当にここまで来る必要があったのか? と言うこともさることながら、休戦協定は形の上ではエトルリア本国、リリィが主催しているのだ。彼女が居れば十分で、無関係なものを積極的に介入させる必要性は感じられない。
リディアで調印式を行ったら、こんなことしなかったろうし、となると、わざわざメディアで調印式を執り行なおうとしたのも、第三者を呼んだのも、メディア側の都合と言うわけだ。誰の思惑かは知らないが……
「あの、ランって人も何考えてるか分からないし……マジで暗殺者だったら洒落にならんからさ、いよいよやばかったら助けてやってよ。今回はブリジットも居るし、俺の方は良いからさ」
「……分かった。その代わり社長は、姫様から絶対に離れないと約束しろ」
多分、狙われるとしたらタチアナよりも但馬のほうがよっぽど有り得るだろう。それはわかっているのだが、但馬では他人を助けてやることが出来ないのだから仕方ない。ともあれ、ブリジットと自分のレーダーマップがあれば、よっぽどのことが無い限りは大丈夫だろう。但馬はエリオスと約束した。
その後、日が暮れるまで、二人でぼんやりと時間を潰した。ブリジットたちの家へ行こうかとも思ったのだが、なんだか修学旅行の男子みたいで気が引けるから、やめておいた。そもそも一緒に行くのがオッサンである。ブリジットは大好きなリリィと一緒でご満悦だろうし、そっとしておいてやろう。
タチアナのことは気になったが、やはりこちらも訪ねて行く理由がなく、ランの目つきを思い出すと腰が重くなった。タチアナはタチアナで不可解だったが、あの女も女で一体何しにここへ来たのか。一応、名目はタチアナの護衛と言っていたが……
そう言えば、メディアで再会出来ればいいな、と言っていたミルトンはどうしたのだろう。初めは会えるかどうか分からないと思っていたが、こんな村レベルの集落なら、但馬たちが来たことなんてすぐに伝わるだろうし、居るなら訪ねてきそうなものである。一向に姿を見せないところを見ると、居ないのだろうか。
そんなこんなで時間を潰すこと数時間。長旅の疲れと、ランプ照明の炎のゆらめきのせいで、ウトウトしかけていると……
日が暮れて、夜もすっかり更けてきたといった頃合いになって、案の定、リーゼロッテが訪ねてきた。彼女はリリィとブリジットを伴っており、頻りに背後を気にしてる雰囲気から、タチアナや他の亜人たちには聞かれたくないといった素振りだった。
「夜分遅く申し訳ございません。お連れしたい場所があるのでございますが……」
てっきり、話し合いだけだと思いきや、河岸も変えたいらしい。但馬はエリオスと視線を交わすと、先ほどの約束通り、エリオスにタチアナの監視を任せ、彼女の後に続いた。
「……一体、何があるんでしょうか。私にはもう、何がなんだかわかりません」
ブリジットがしゅんとしながらボヤく。憧れていた勇者の娘が、実は自分の国と戦っている敵国の女王と知って、彼女は困惑し切りといったところか。信じたいけど信じられない、なんとも言えない複雑な表情をしていた。その気持ちはわからないでもない。
対してリリィはアッケラカンとしたもので、
「そんなに身構える必要も無かろう。もう間もなくその理由も知れるというものじゃ」
と言って、テクテクとリーゼロッテの背後を歩いていた。足元は暗く、彼女は目も見えないというのに、いつ見ても器用なものだなと思いながら彼女の後に続く。
やがて、ランプを片手に先頭を歩いていたリーゼロッテが振り返り、
「ここから対岸へ渡ります」
一艘の小舟を指差してそう言った。対岸とは、入江に流れ込む河川の対岸で、橋などは一切かかっておらず、向こう岸は民家も畑もない、ただの森が広がっているだけだった。
「道はありますが、この先は森ですから、エルフが近づかぬよう周辺の警戒をお願いできますでしょうか?」
リリィが分かったと返事をする。但馬も右のコメカミを叩いて、レーダーマップを表示した。辺りには人の気配はなく、魔物やエルフの類も居なさそうだった。
小舟に3人が乗り込むと、リーゼロッテが船尾に立って、櫂一本で器用に船を動かした。
じっと見つめていると吸い込まれてしまいそうな、真っ黒の水の上をギシギシと音を立てて船が進む中、ようやくと言った感じでリーゼロッテが話し始めた。
「こんな場所までお連れしまして、大変申し訳ございません。出来る限り、人に知られたくないお話でして……」
そうして彼女はまず、自分がどうしてこんなことをしているのかを話し始めた。元々、彼女はメディアと言う国には来たことはなく、まさか自分に王位継承権なんてものがあるとも思っていなかったそうである。
「以前お話もしましたが、父タジマハルが亡くなってすぐ、私はリディアの地へ渡り、父の痕跡を探しておりました。彼は生前、自分に何かがあったらリディアへ行けとおっしゃっておりましたから」
そうして父親の痕跡を探していたリーゼロッテであったが、リディアには何の手がかりもなく、やはり父の世迷い言か何かかと諦めかけた時、彼女はふと、もしかしてリディアではなく、メディアに行くべきではと思いついた。
「この戦争はエトルリア皇国内では、ただの地方の反乱として扱われておりますし、メディアを建国した父は、その後ガッリア大陸を離れてエトルリアを巡り、最後は北へと向かったので、もしかしたらリディアもメディアも区別をつけてないのではと……そう思い、国王様にお願いしてメディアへ向かう許可をいただこうとしたのですが」
皇太子が死に、未亡人が暗殺され、当時の国内の亜人に対する悪感情は最悪でとてもそんなことは許可できないと言われて、断念せざるを得なくなった。ところが……
「それで一旦諦めて帰国しようとした時、恐らく、私が方々を調べまわってるのを知ったのでしょう、メディアから接触があったのです。助けてくれと」
「……助けてくれ??」
「はい。彼らは、最近国王を失って身動きが取れなくなり、リディアとの戦争を続けるかどうか判断も出来ないから助けてくれと。罠かとも思ったのですが、虎穴に入らずんば虎児を得ずとも申しますし、腕に覚えも有りましたもので、私は言われるがままに前線を迂回するように森を経由して、ここメディアの地へと入ったのです……そして、私は知ったのです。彼らの戴く王とは、最近死んだ父であったのだと」
なんだか、話があっちこっちおかしな具合に飛んでるような……妙な違和感を感じて但馬は尋ねた。
「ちょっと待って? どういうこと? もしかして……メディアの連中は、勇者がこの地を去ってからもずっと彼を王様と慕ってて、彼が帰ってくるまで、国を守ろうとして戦争をしてたってこと?」
「いえ、そうではないのです。父は北方セレスティアに居ながらにして、ここメディアの地へ定期的に命令を送っていました。建国から50年間ずっと、メディアは他ならぬ王である父の命によって、リディアと絶え間ない戦争を続けていたのです……」
何を言ってるんだ、この女は……? 空いた口が塞がらなかった。
リディアとメディアの戦争はおよそ60年間も続いている。その間、休戦期のような期間も経てきたが、絶えず戦争を繰り返していたのは、よっぽど何かがこじれていたのか、もしくは誰か扇動するものが居るのではないかと勘ぐっては居たが……彼女の言い分を信じるならば、よりにもよって勇者本人が望んでやっていたことになる。
「大体……どうやって命令を下してたってんだ?? 伝書鳩でも使ってたの?」
定期的にこっそり帰ってきてたわけじゃないだろう、セレスティアとメディア、往復何ヶ月かかるか知れたものではない。伝書鳩だって数千キロにも及ぶであろう距離では、帰巣本能だけではどうにもならないはずだ。
果たして、その答えはこれ以上なくシンプルだった。
「遺跡です」
「遺跡?」
「はい……エトルリア皇国の首都、アクロポリスには遺跡があると言いましたね? それと同じ……では無いのですが」
以前、話を聞いた覚えがある。確か聖遺物の製造装置で、勇者がリーゼロッテを預けたあと、最後に訪れた場所だったはずだ。
その遺跡が、ここにあるというのか?
川の対岸には桟橋があり、そこで一行は小舟を降りると、獣道のような森へと続く小道があり、それを伝って森へと入った。夜の森は暗く、どこまで行くのか不安になったが……森の小道はすぐに途切れ、間もなく開けた草原へと繋がるのだった。
「似たようなも遺跡が、セレスティア、ティレニア、そしてこの地、メディアにもあるのです……」
そう言って彼女の指差す先に、一見して他を圧倒する巨木が生えているのが見えた。その樹高は100メートルを優に超え、左右に伸びる梢は、それだけで一つの森に匹敵するほど長く長く伸びていた。
そして、その根本には、明らかに人工物めいた、直線のフォルムの建物が、夜だというのに仄明るい青い光を放って浮かび上がっていた。
一目見ただけで分かる。あれはオーバーテクノロジーだ。リディアのコンクリートの建物なんか目じゃない、生粋の人工物である。下手をすると、但馬の暮らしていた現代でもお目にかかれないような代物ではなかろうか……
但馬が驚いていると、リーゼロッテが言う。
「但馬様は、亜人がどのように子供を育てるか……お聞きになったことがありますね?」
なんで突然そんなことを改めて聞くのか。戸惑いながらも、
「……確か、森で最低限育てたら、放り出して自立させるとか……」
しかし、彼女はゆっくりと首を振って言った。
「それは真っ赤なウソです」
風が吹き、木々がざわざわと鳴った。但馬はゴクリと唾を飲み込んだ。目の前の人工物の発する光は冷たくて、何だか禍々しい物を感じる。
「亜人は亜人同士で繁殖が出来ません。森の亜人は、子供を産みたくっても生むことが出来ないのです……」
冷や汗が流れ、それが蒸発して身震いがした。森には魔が潜むと言う。誰も居ないはずなのに、その暗闇の向こう側からもの凄い数の目で見られているような、プレッシャーを感じる。レーダーマップを見れば、何もないことは明白だと言うのに。
「正確には、彼らはエルフの子を身ごもることは出来る、人間の子を産むことも出来る。しかし亜人が亜人を生むことは無いのです」
「じゃ、じゃあ……亜人はどうやって増えてるってんだよ? そんなんじゃ、絶滅してなきゃおかしいだろ??」
「ええ……ですから、但馬様。これが、亜人製造装置なのでございます」
彼女の指差す先には、見たこともないような巨木に突き刺されたような格好の、金属の箱があった。ところどころ、青い光を発し、そのフォルムを闇に浮き上がらせている。
「亜人はこの中で、機械的に生み出されます」
その入口は、但馬にはお馴染みであるが、この世界には絶対にあるはずがない、自動ドアのようなダクトが壊されて、無理矢理口を開けられていた。右手にはカード認証か、生体認証か分からないが、何かのパネルらしきものが有ったが、それはもう機能していないようだった。
代わりにErrorの赤ランプが点いており……それは何年、何百年点きっぱなしなのだろうか……侵入者を拒めなかった虚しさを感じさせた。
入り口からは薄っすらと、但馬たちを誘うかのように、光が漏れ出している。
「詳しいことは中に入ってお伝えしますが……我が父と同じ能力を持っていらっしゃる、リリィ様、但馬様ならば、この施設が一体何なのか……より詳しいことが分かるかも知れないと思い、今回、このような機会を作らせていただきました。皆様には、だまし討ちをするような真似をいたしまして、誠に申し訳ございませんでした」
そう言うと彼女は深々と頭を下げた。しかしもう、但馬はそんなことを怒る気にはならなかった。自分が探していた遺跡のようなものが目の前にある。まさか、こんな近くにあったなんて……
それに、彼女のいうことが確かならば、ここは尋常ならざる施設のようだ。ここが何のために作られたのか、そして亜人がどうしてそんな目に遭ってるのか……
但馬は生唾を飲み込むと、震える拳を握りしめながら、ゆっくりと入り口に足を踏み入れた。