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玉葱とクラリオン  作者: 水月一人
第三章
79/398

えらいこっちゃ!

 エネマグラを軍隊に売りつけていたら、滅茶苦茶怒られた。おまえは軍隊に恨みでもあるのかと説教され、広場で晒し者にされるというバツを受けていたら、なんか知らないが、今度は見知らぬ女がやってきて泣かれた。


 泣きたいのはこっちの方だと思いつつも、なんとか宥めすかして本社に連れて行き、なおも泣きじゃくる彼女を前にオロオロしていたら、騒ぎを聞きつけて帰ってきたエリオスが、


「社長、彼女はコルフで……」


 防波堤の上で偶然であった女性であることを覚えていたらしく、言われて但馬も思い出した。


 そうだった。


 コルフで星を見ていた時は、流石に暗がりに一人だから警戒して、レーダーマップを表示していたのだ。そしたら、エリオス以外の光点が近づいてきたものだから、当然のように、相手が何者かと気になってステータス表示をしてみた。でも87Dだったから、それ以上は興味を無くして印象に残らなかったのだ。


 多分、彼女の言うとおり、彼女の名前を読み上げたかも知れない。でもそれはステータス画面を表示してたからで、彼女のことを知っていたわけではない。


「あー! あーあー、うんうん、覚えてるよ。タチアナさんだっけ。一緒に望遠鏡で月を見たんだったなあ」

「そうですわ。あなたは堤防の上で、岩石の荒野を月だと言って引かなくて……」

「そうでしたそうでした」

「……(わたくし)は、あの時にあなたが名前をおっしゃるものですから、てっきり私のことを知っているのかと……それで今回こうしてお伺いしたのですが」

「あー! ああ、そうね、それね……えーっと」


 まさか、目の前にステータス画面が見えてたなんて言えない。なんて答えたら良いのやら、


「そう、ダディャーナザン。ダディャーナザンって言ったんだよ」

「ダディャ……? なんですって?」

「俺の故郷の方言です。方言だから、つい口をついて出ちゃってね。ゲフンゲフン……とにかく、あなたの名前を呼んだわけじゃないんですよ。いや、勘違いさせたなら謝りますが」

「んまあ! そうだったんですの?」

「そうだったんです」


 口からでまかせだったが、上手く行ったようだ。彼女は但馬の言葉を信じると、顔面蒼白になってヨヨヨっと力なく崩折れた。


「それじゃあ、私は一体何をしにこの国まで来たというのでしょう……リディアに来さえすれば、きっと但馬様とお会いできると勝手に勘違いして、一人で浮かれて、父になんと言って報告すればよいものやら……ヨヨヨ」


 そう言って彼女はまたホロホロと涙を流して俯いた。ブリジットがジロリと睨む。いや、別に自分が泣かしたわけじゃないんだが……と思いつつ、怖いので、


「なんか知らないけど、俺に用があるんだって?」

「はい……リディアに来れば但馬様にお話を聞いてもらえると思っていたのですが、甘い希望に過ぎませんでしたわ。まさか、このような落ちが待っていようとは、愚か者と笑ってください」

「いや、笑わないけど……で?」

「……?」

「だから、俺に用事なんでしょう? 聞くよ」


 彼女はジーっと考え事をするかのように但馬を見つめてから、ポンと手を叩いて、


「まあ! あなたは、こんな見ず知らずの女の話を聞いてくださるとおっしゃるのですか?」


 そりゃ聞くだろう。この流れで聞かない奴がいたら鬼である。


「勘違いだろうがなんだろうが、話くらいは聞くよ。俺のことなんだと思ってるの」

「リディアいちの大金持ちの貴族様で、大変お忙しい方かと……」

「……他人に改めて言われるとすげえ肩書だな。まあ、間違っちゃないかも知れないけど。今じゃ借金王だしなあ」


 忙しいと言っても、時間は結構自由が利くし……それより、話が進まないので、先を促すと、


「申し訳ありません。まさかお話を聞いてもらえるとは思っておらず、少々戸惑ってしまいましたわ」

「飛び込み営業だって話くらい聞くってば。で、タチアナさんだったっけ」

「はい、私はタチアナ・ロレダン。コルフ共和国総統ロレダンの娘にございます。今日は但馬様にお会い出来まして、光栄でございますわ。早速ですが実は先だってより我がコルフ共和国では……」

「……なんだって!?」


 早く話せよとせっついたくせに、舌の根も乾かぬうちに、但馬がその言葉を遮った。


「総統って……あの総統? 一番えらい人?」

「はい、ですので、総統の娘として但馬様に興味を持たれていたのではと、身の程を弁えぬ妄想に駆られ、このような不躾な訪問をいたしてしまった次第なのですが……」

「えらいこっちゃ! ブリジット! お茶と、お茶菓子! エリオスさん! VIPだVIP! うひゃああ」


 但馬はアワワと慌てふためき、座っていた椅子につんのめりながら、応接室の上座にズズズいっとタチアナを送り、自分は床に正座した。エリオスが物騒な武器を片手に警備に向かい、ブリジットがワタワタしながらお茶請けを買いにダッシュしていった。


 タチアナはそれをポカンと見ていた。いきなり対応の変わった但馬たちに面食らいながら、タチアナは口を引きつらせつつ、それが収まるのを待った。




「……実は、せんだってよりの不況で、コルフ共和国では貴国に対する国民感情が悪化しておりまして……」


 そうしてタチアナが話して聞かせたものは、まさに但馬が今知りたいことだった。


 コルフ共和国はイオニア海の最東端に位置し、北にエトルリア首都アクロポリスへ続くアドリア海の入り口があり、東にはティレニア国首都のあるタイタニア山がそびえ立つという、地政学的にかなり危険な位置にあった。


 エトルリアとティレニアは、もう誰もわからないほど昔から……恐らくは建国当初から仲が悪く、いつ大戦争に発展してもおかしくないほど、事あるごとに国境紛争をおこしていた。


 コルフ共和国の前身は、まさにこの国境紛争の絶えない位置にあり、度重なる戦争のために、そこにいつしか集まってきた傭兵や豪族が寄り集まって作られた国家だった。およそ100年ほど前のことだそうだ。


 当時、イオニア海にリディアという国は無く、そのためコルフの位置は大陸の一番端にあたり、おまけに土地は狭く、なんの資源もない取るに足らない地域ということで、地方豪族が力を持つことも、傭兵が国家を作ることも、さほど問題視されなかった。


 しかし、イオニア海とアドリア海を結ぶ要所の港としては、無視出来ない位置にあり、エトルリア、ティレニア双方の国家にとって、目の上のたんこぶ的存在の街だった。


 そんな両国の思惑を逆手に取り、建国の父であるタチアナの曽祖父は、両国から代表を招き入れ、三頭政治と言う形を取って、侵攻を防いだのだった。両国にかしずき手下という(てい)を取りつつ、決してどちらにも与しない緩衝地帯という政治体制で、国を保ったのだ。


 そしてコルフは両国に取っても役に立った。表向きは国交がないエトルリアとティレニアであったが、民間レベルでは実はそこそこ交流があった。例えばティレニアは山がちな土地柄から塩や畑が不足し、それらを輸入に頼った。エトルリアは膨大な人口を抱えるための穀倉地帯が広がることで、木材や鉱物資源が不足しがちで、またティレニアからもたらされる氷も珍重された。


 コルフという国が緩衝材となることで、それらの取引がスムースに行われるようになり、コルフはその交易拠点として徐々に潤い始め、やがてリディアが建国されると、開拓地であるリディアとの貿易で、国は更に大きくなっていった。


 エトルリアとティレニアの緩衝地帯として堅実に成長していたコルフであったが、リディアが建国されると、何しろリディアには大陸からの物資を輸入する港がコルフしかなかったものだから、ものすごい特需が喚起され、いわゆるバブル経済が起こったそうだ。


 その後、紆余曲折を経て、勇者の台頭や鉱物資源の発見、硫黄、コットン、塩の輸出などでリディアからコルフへの輸入も増えていたが、それらを他国に売却する売却益で、相変わらずコルフの商人は潤っていた。


 ところが、1年前、但馬が現れると、その流れがあっという間に逆転することになる。


 元々、リディアは木材の輸入を他国に頼っていたため、コルフが中継地点となってリディアに木材や木炭を輸出していたのだが、但馬が電気照明を発明したために、燃料としてのそれが殆ど必要なくなった。


 逆に、但馬が作る石鹸や紙がチラホラと出回り始め、夏を過ぎる頃には爆発的な勢いで普及していき、ついにリディアとの輸出入が逆転した。


 そこへ追い打ちをかけるかのように、但馬がコークス炉を建造したことで石炭の燃料効率が上がり、ますます木炭が売れなくなり、そして最後の砦であった氷も、製氷機が発明されたお陰でお払い箱にされてしまったのだ。


 コークスによって増産された塩はエトルリアから仕事を奪い、氷や木材の需要減はティレニアから仕事を奪い、間に挟まれたコルフは要らぬ恨みを買っているのに、富はどんどんリディアに集中していく。


「それで、損失を出した商人たちが結託し、エトルリア、ティレニア系の議員を焚き付けて、評議会にリディア制裁案を可決するように迫ってきたのです」

「うーん、なるほど。そんなことになっていたのか……」


 先日、コルフを訪れた時、すぐにリディアとの貿易摩擦が起こってるなと気づきはしたが、具体的にどう摩擦が起きてるのかは全く分からなかった。


 相当やばいのかな? と思ったが、しかし、話を聞いてみると、実際はそれほどでもないようだと但馬は思った。


 冷静に経緯だけを追ってみよう。彼らはリディアへの輸出減に不満を漏らしているだけで、リディアからの輸入、例えば石鹸の輸入をやめようとはしていない。何故そうしないのかは言うまでもなく、コルフが卸売としてリディアの交易品で儲けているからだろう。


 エトルリアから仕事を奪ったと言ってるが、塩はぶっちゃけ沿岸州であればどの国も国策事業であるはずだから、増産し過ぎないように枠が決まっており、価格差が生まれたとしてもたかが知れている。輸送コストを考えればチャラと言っても良いはずだ。


 ティレニアの木材や氷の輸出に関しても、対リディアの枠は減ったかも知れないが、元々のエトルリア向けの輸出はそのまま残されているはずだ。但馬は、現時点で製氷機の輸出はしていない。だから、リディア国内はともかく、大陸で氷の価値が極端に下がってるはずがない。


 恐らくは、大騒ぎしている議員と言うのは、対リディア貿易で損を被っただけの連中であり、国ではなく、自分たちの儲けのためにリディアに制裁をと息巻いているだけなのではないだろうか。


総統(ドゥーチェ)もその点はご承知のうえで、今回、私をリディアに派遣致しました。総統は、このままではリディアとの関係が悪化し、最悪戦争もあり得ると危惧しておいでです。しかし評議会としても、もう彼らの暴走を止められるほどの力がなく、国民を扇動されて進退窮まっている状況にあります」


 持っても年内、頑張っても年明けには何らかのリディア制裁法案が通過してしまう見込みだと言う。


「そうならないように、またはもしそうなってしまった場合、何とか事態を解決するため、我々にお知恵を授けてはいただけませんか。もはや、我々に頼れるのは、リディア王家とも親しい但馬様だけなのです」

「買いかぶり過ぎだと思うけどね……でも、こうなっちゃった原因が自分にもあるってんなら、そりゃ何とかしたいけど……」


 殆ど脅しに近いとも思えるが。実際、自分が目の敵にされてる現状じゃ致し方あるまい。


「ほんじゃまあ、何か考えてみるか。取り敢えず、以前の交易量を意識して、安定して輸入を受け入れればいいわけでしょ。氷に関しては無理だけど、木材や木炭ならうちで買い取ってもいいよ」

「本当ですか!?」


 寧ろこっちにしたら願ったりかなったりだ。リディアに無いから使ってなかっただけで、木材なんてものはソーダ石鹸にしろ紙にしろ、他にもいくらでも使いみちがある。


 なんなら、国王に頼んで製紙工場をコルフに作っても構わないだろう。独占が崩れるから秘匿しろと言われてるが、今更これがなくなったところでリディアは十分に儲かってるだろうし、安定的な紙の流通は寧ろメリットの方が大きいはずだ。ついでに、国としては貸しも作れるだろうし。


 ただ、一つ気になることがあるので、但馬は聞いてみた。


「ところでコルフって、海運の関係でフラクタルの海賊と繋がってるんじゃないかって噂があるけど」

「はい、そのような噂は聞き及んでおります……お恥ずかしい話ですが、我々では太刀打ち出来ず、致し方ない措置かと……」

「もし戦争になったら、こいつらはみんなそっちに付くって考えていいのかな?」


 タチアナはぎょっとした顔で目を見開いたが、気を取り直すと、じっと考えこんでから……


「申し訳ありませんが、私にははっきりとしたことは分かりませんわ」


 と首を振った。


 その顔をじっと見つめてみるが……本当に何も分からないのだろう。


 もしも、彼らが海賊を掌握しているのなら、今回の但馬が大損をぶっこいた件に、コルフが関わっているということだが、少なくとも、目の前の女性は全く分からないといった感じだった。


 コルフはこの世界では珍しい共和制で、評議会の派閥が違えば、また別の回答があるかも知れない。だが、国としての関与は無いと考えていいのだろう。


 もちろん、タチアナがしらばっくれてる可能性も否定出来ないが、もしそんなタマなら、とっくに手玉に取られてるだろうし、これ以上は気にしても仕方ないだろう。


「よし、わかった。それじゃ、早速にでも国王様のとこに行って、必要な許可を貰っておこう。あと、今の話もしておいたほうが良いと思う」

「……私なんかがいきなり謁見を願い出ても、大丈夫なのでしょうか」

「大丈夫なんじゃないの? まあ、そのためにうちに来たんでしょう。ちゃんと間に入るから、今更ビビんなって」

「わ、わかりましたわ……」


 そう言うとタチアナはコチコチになりながら立ち上がった。部屋の隅でじっと話を聞いていたブリジットと目が合うと、彼女はコクリと頷いて出て行った。恐らく、先行して国王の謁見を取り付けてくれるつもりだろう。


 しかし、非公式とは言え、外交に来たくせになんの手土産もないし、但馬に会う以外の具体策が殆ど無い。そういえば大使館もないし、この世界は外交とかどうしてんだろうか?


 よく分からないが、まあ、どうせ今日は公式な謁見とはいかないだろう。対策を協議して、リディア側の外交官を派遣し、後日改めてという格好になるのではないか……


 などと考えながら、タチアナを伴って部屋を出ると……


 先に出ていたはずのブリジットが困惑した顔をしながら立っていた。一体どうしたのだろうか?


「先生……その……陛下がお呼びです」

「え? どゆこと?」

「先ほど、リディア政庁にコルフ使節団が到着し、今、一方的な外交条約を押し付けられているそうなんです……」


 但馬は背後に続くタチアナを振り返った。彼女は寝耳に水といった感じで、プルプルと首を小刻みに振るっている。


「対応を協議したいので、至急参内して欲しいそうです」

「……あ、そう」


 何がなんだか分からないな……但馬は腕組みをしながら考えた。


 取り敢えず、分かることはタチアナが苦境に立たされてるらしいということくらいか。あとは、彼女の言うリディア制裁法案とやらが可決したと見ていいようだ。その内訳はさっぱり分からないが、これからインペリアルタワーに行けば教えてくれるだろう。


 しかし、彼女の話を聞いていた限りでは、総統が防波堤になって頑張っていたようであるのだが……急転直下すぎるだろう。恐らく、コルフで何かあったんだろうな……


 なにはともあれ、


「ブリジット、この人も立ち会えるように取り計らってくれる?」

「わかりました」

「わ、私もですか!?」


 事態の急変についてこれないのか、タチアナは尻込みしている感じだ。


「別に、ここで待ってたいならそれでもいいけど、後悔するかもよ」


 だが、但馬にそう言われると、彼女は顔面蒼白になりながらも勇気を振り絞り、彼の後に続いた。


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