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玉葱とクラリオン  作者: 水月一人
第三章
76/398

近くて遠く、遠くて近い国々

 東区で一夜を明かし、本社に戻ると、目を真っ赤に腫らしたフレッド君が、徹夜で試算したところ、借金の返済自体は1年あれば十分可能だと教えてくれた。また、国王が対策会議を行うから登庁するように仰せつかったと伝えてきた。


 トーはフレッド君に報告をすると、さっさと応接室のソファの上に寝っ転がった。この後、また製塩所の社長の周辺を聞き込む予定らしい。束の間の休息である。


 フレッド君と保険金の支払いについて色々確認し合い、彼の祖父で、一応この会社の副社長である農園のオジサンに助けを要請するよう指示した。そして出社してきた親父さんとアナスタシアに事情を説明してから、インペリアルタワーへと向かった。


 エレーベーターのない15階建てをひいこら言いながら上り、謁見の間に入ると、国王と三大臣、それからウルフとブリジット、銀行の頭取、近衛隊長、憲兵隊長と、お歴々が集まっており、この中に自分も加わるような身分になったのね……と感慨深くも思ったが、単に当事者だからだと気づいて、すぐに馬鹿な考えを捨てた。


 まだどこか他人事のように考えている自分が居る。まあ、額が額だから仕方ないと思うのだが……


「皆、集まったようじゃの。それでは、始めるが良い」


 但馬が謁見の間に入り、国王の前に進み出ると、彼は手を上げて挨拶を押しとどめ、早急に話しあおうと促した。その言葉を合図に、まず隻眼の近衛隊長が進み出て、昨晩の捜索について報告を始めた。


「昨日、一晩をかけて東区を隈なく探しましたが、問題の人物は見つかりませんでした。地域住民への聞き込み、怪しい建物内の捜索も容赦なく行いましたが、製塩所社長の行方は杳として知れません」


 続いて憲兵隊長が挙手をして続けた。


「港湾施設も同様です。全ての船舶、貨物を臨検いたしましたが、目標の発見には至りませんでした。また、西港の出港記録を精査したところ、追跡者が目標を見失った時間より後の船舶は全て調査が行えており、国外への逃走は無理であったと判断されます」


 ウルフが難しそうな顔をしながら告げた。


「本日より、他地区及び、市外も含め、捜索範囲を広げる予定であります」


 国王はうんうんと頷きながら、


「さようか……あれには期待をかけておったのじゃがのう……馬鹿な真似をしおって。せめて、自分一人の被害ならともかく、他を巻き込んでおいて逃げ出すとは、見下げ果てたものじゃて。それで但馬よ、お主の被害はいかほどのものなのじゃ」

「総額で金貨5万3千枚だそうです」


 但馬が言うと、その場に居た銀行の頭取以外の人たちが動揺の声を漏らした。額が額だけに、但馬が返しきれないと思ったのだろうか。彼は慌てて、


「いや、社員の試算では、1年もあればちゃんと返済出来るって言ってましたから、平気ですよ?」


 と言うと、また別の意味で動揺が走った。どないせいっちゅーねん。


「とにかくまあ、うちの被害はそんなもんです。そういやあ、うち以外の被害ってどんなもんなんです?」

「無い」

「……は?」

「全く無い。傭兵や漕ぎ手に犠牲者はおるが、国として直接の被害は皆無じゃった」


 なんじゃそりゃあ。だったら何でこんな必死になって追ってるんだろう? と思ったが、昨晩ウルフが言っていた通りか。貴族と言っても、国王の任命した部下みたいなものだから、大損をぶっこいて逃げ回られては体面に関わる。せめてとっ捕まえて爵位を剥奪くらいしなければ都合が悪いと言うわけだ。


「それもそうじゃが、お主は本当に自分を過小評価するのが好きじゃのう。お主の会社に今倒れられては、国としても大いに困るからに決まっておるじゃろうが」

「S&H社の影響力は大きく、昨今の移民増にも貢献しております故、簡単に倒れられてしまっては税収にも関わってまいります」


 と、大臣が補足する。他にも、関連企業や取引先も含めて、数カ月前に比べると関係者が増え続けており、その影響はもう無視できない規模になってるとか。ほんまかいな。


 そんなわけで、何か困ってることがあるなら支援すると言われ、


「それなら、塩の専売権くれませんかね。無いと困るんですけど、これ、勝手に作っちゃいけないんでしょう?」

「ふむ、構わんか、大臣よ」

「国営事業ですから、他社との取り決めをきちんと守っていただければ」

「うちで使う分だけ確保出来ればいいんで。後は何かあったらその都度お願いに上がるかも知れません」

「それは銀行が窓口として上手く取り計らうように」

「御意に」


 頭取が恭しく礼をした。


「ひとまず、こんなところかの……後は、あの馬鹿者が捕まれば良いのじゃが……ふーむ、これだけ探して見つからぬとなると、森にでも行って首を吊っていたりしないかと心配にもなるのう」


 森という言葉で思い出した。


「あ、そのことなんですけど……実は先日、森でメディアの商人と接触したんですが」


 その言葉にブリジット以外の全員がざわついた。但馬が森の調査を行っていることは国王以下、数人が知っていたので咎められはしなかったが、近衛憲兵両隊長には無謀すぎると叱られてしまった。


 しかし、怒られたところで、こちらも色々あるんだからやめるわけにもいかない。


「とにかくまあ、偶然知り合ったんですけど、どうも森の中には亜人が使ってる交易路があるっぽいんですよ。で、もし亜人の手引があるなら、このルートを使って誰にも見咎められることなく、国外に出ていけるんじゃないでしょうか?」


 出席者がお互いに顔を見合わせていた。可能性は無くはない、といった感じか。しかし、そうなるとリディア王に忠誠を誓ったはずの貴族が、メディアの商人と繋がっていたと言うことになるので、あまり考えたくないからか、みんな口を濁していた。但馬はお構いなしに続けた。


「それから、今朝、ふいにおもいついたんですけど。リディアの東部には山脈が続いていますよね?」

「ああ、それが?」

「あの山の上って何があるんですか?」


 何故そんなことを聞くのか? と言わんばかりに、国王は当たり前のように答えた。


「それはわからぬ。見ての通り、山には森が付き物じゃ。登るには中腹の森を通らねばならぬが、そこにエルフがいないとは限らんからのう……それがどうかしたのかの」

「森林限界ってのがあるんですが」


 森を忌避してる人たちだから、当然、山に住む民もいなければ、山登りなんて習慣もないのだろう。言っても誰もわからないといった顔をしている。但馬は続けた。


「例えば、ヴィクトリア峰の山頂付近って高い木が生えてないんですよ。知ってる人もいるかと思いますが」

「……そうだな。中腹の竹林より上は比較的低い木が多く、現在の前線が確立する以前はそこに物見やぐらを建てていた」

「平地でもそうなんですが、自然ってものは放っておけば何でもかんでも、勝手に森になるわけじゃないんです。例えばロードス島のような火山帯だと雑草すら生えてこない場所もありますし、リディアの海岸付近は強風と潮風の影響で森にはならず、草原地帯が続いていたわけでしょう。乾燥した地域は砂漠になりやすいですし、寒けりゃツンドラになります。高山も同じで、高く登れば登るほど気温が低くなるせいで、ある高度を境に全く高木が生えてこなくなるんです。その高度を森林限界って言うんですが……」


 それは地域や気候にも依るが、気温に最も左右され、低緯度地域では高く、高緯度地域では低い。ツンドラ地帯はそれが海抜まで下がってきたわけで、同じ赤道上でも熱帯雨林と砂漠では条件が違うので一概には言えないが、大体平均気温10度前後を目安に、森林限界が存在するらしい。


 リディアは赤道直下の国だが、気温が穏やかであるから、それほど高くは無く、


「目測だから大雑把ですが、ヴィクトリア峰の森林限界はおよそ1500メートルから2000メートル弱といったところで、同緯度地域で植生もそう違わないフラクタルの山々も、恐らく同じくらいの高さに限界があると思うんです……で、つい最近イオニア海を一周してきた時に、その山々を下から見上げる機会があったんですが、山脈は海に面して壁のように立ちはだかっていて、見た限り頂上付近は2000メートルを下回ることのない峻峰が連なっていたように思えました。


 ところで、あの山脈は大陸中央部を突っ切って、やがてティレニアに達するそうですけど……もしかして、頂上付近を縦走したら、森を通らずにリディアのすぐ近くまで歩いて来れるルートってのがあるんじゃないですかね?」


 謁見の間に動揺が走った。森にばかり気を取られて、山のことなど考えたことも無かったのだろう。普通に考えれば、数百キロにも及ぶ高山の縦走など、あり得ないの一言で済んでしまうのであるが、それをやるだけの価値もあるし、誰にも邪魔されず時間をかけさえすれば、十分に可能なはずだ。


「あと、これもそのうち伝えなきゃって思ってたんですけど、イオニア海を一周した時にコルフにも寄ったわけですが、どうもあの国は最近、リディアと貿易摩擦を起こしてるようですね?」


 但馬がそう尋ねると三大臣が頷き、銀行の頭取も当然のように肯定した。


「その話は聞き及んでおります。元々、コルフはアドリア海の出口、イオニア海の入口という立地から、交易の拠点として栄えてました。その立場を、この1年ですっかりリディアに奪われてしまっている」

「まだ今年は1月残してますが、現時点でも対コルフの貿易総額は去年と比べ、段違いに増えております。去年までは慢性的に赤字でした」


 その理由は多分言うまでもなく、自分が現れたせいだろう。ふと思って、但馬は独りごちるように尋ねた。


「そういや、コルフは海運の安全上、非公式ですが、フラクタルの海賊と繋がってるっぽいんですよね?」


 その海賊に、狙いすましたかのように自分の船がやられた……なんだか、きな臭いものを感じる。しかし、具体的な証拠は何もない。誰も彼も難しい顔をするだけで言葉にならず、場は沈黙が支配した。


「森で出会ったメディアの商人は、コルフを拠点に商売してるって言ってました。なんて言うか……メディアとティレニアとコルフって、一見遠すぎて関係なさそうに思えますけど、実は対リディアという点で、俺達が思ってる以上に近いんじゃないですか」


 ともあれ、損害が出てしまったのだから、これからは警戒するより他ないだろう。元々、本国との関係上、ティレニアという国とは直接的ではないとはいえ、わだかまりがあるはずだ。但馬がそう言うと、それまで黙って聞いていたウルフが、


「憲兵隊長、東区の亜人の出入りをそれとなく調べろ。港を通らずに現れるものがいないかどうか。それから、但馬、確かおまえは遠見の筒を持っていたな?」

「望遠鏡のこと?」

「それを貸せ。山頂を調べる」


 もしかしたら山頂へ至る安全なルートがあるのかも知れないが、現状では遠目から探るより他ないだろう。但馬は望遠鏡を貸し出すことを快諾した。


 もしかしたら、逃げた製塩所の社長も国内に潜んでるだけで、捕まえて事情を聞いてみたらなんてこと無いことかも知れないが……これだけの人数が動いて、こうも上手く逃げられてるところを見ると、それはもう無さそうな感じだった。


 その後、軽く意見交換をしてから、その場はお開きとなり、憲兵隊と近衛隊は引き続き逃げた貴族の捜索を行うと言って去って行った。正直なところ、今はただの憶測でしか無いが、もしも彼を逃がす手引きをした何者かがいるとするならば、やはりそれはただのリディア人とは思えない。


 元々、リディアは移民の国だし、亜人に限らず、コルフやティレニアから移り住んできた者も、いくらでも居るはずなのだ。



 

 ブリジットと共にインペリアルタワーから出て、目の前にある本社に帰還した。


 その後は本社に残っていたフレッド君と、保険金の支払いについてやり取りした後、銀行に行って融資を取り付け、返済計画書を提出したりと書類仕事に明け暮れた。こういう時、トーが居れば楽なのだが、あっちもあっちで大変そうなので文句も言えず、銀行と本社を行ったり来たりで、正直疲れた。


 当たり前だが、内部留保をすべて放出するわけにもいかず、新たに借金をこさえたわけだが、貧乏性というか日本人気質のせいで、有利子負債をこれだけ沢山抱えてると思うとソワソワする。


 フレッド君も言っていた通り、計画書を提出した時に、1年もあれば返済可能と銀行員にもお墨付きをもらったのだが、どうにも落ち着かないので、早めに新事業を立ち上げることを考え始めた。


 すぐに思いつくのは冷蔵庫と電話の家電製品なのだが、目下インフラ整備中で、そもそも電気が一般家庭にまだ普及していない。もちろん、金持ち相手には十分商売になるのだが、それはすでに返済計画の内訳に入ってるので、新規とは呼べない。


 他に考えつくのは自動車だが、これはまだ形になっていないし、いっそリディア軍相手に銃でも売りさばこうかと考えもするが、あまり戦争に加担したくもないし、そもそも硝石が意外と貴重なのだ。


 硝石は突き詰めれば家畜や人糞から取れるわけだが、バクテリアを介すため、硝酸化するのにも時間が掛る上に、無限に取れるわけでもない。おまけに、やり方が分かってしまうと誰でも簡単に作れちゃうから、バレないようにコソコソとやってるのが現状だった。それに無理矢理となるとなかなか難しいものがある。


「道行く人の肛門に腕突っ込んで、うんこドバドバ掻き出すわけにもいかないしなあ……指……せめて指なら……」

「あ、あの……先生、お客さんですけど……」


 社長室でボンヤリと考えごとをしていたら、いつの間にか独り言を漏らしていた。たまたま来客を伝えに来たブリジットがそれを聞いて、ものすごく狼狽していた。いや、そんなことしないよ?


 誰だろうと思ったらゴムの加工工場の営業さんで、


「どうもー。バルーンの交換と御用聞きに参りましたー」


 と、営業スマイルを絶やさず、揉み手しながらやってきた。ブリジットに何か冷たいものでも持ってきてとお願いする。


 アドバルーンは何の変哲もない天然ゴムを使ってる上に、日中、ずっと空の上で太陽を浴び続けているせいで劣化が激しかった。もちろんガスは毎日入れ替えていたが、大体1週間もすれば、そのガスも半日程度で抜けてしまうようになる。そのため、毎週定期的にバルーンごと取り替えていた。


 ゴム以外の合成樹脂が使えないかと考えてはいたのだが、化学合成繊維などが無い現状では、結局これが一番楽で経済的だった。もちろん、今更但馬の会社の宣伝などしてもほぼ無意味で、アドバルーンを飛ばさないのが一番経済的ではあったが、それはそれで味気ないので、無理にでも続けていた。


「聞きましたよ。先日は大変だったそうですね?」

「ええ、まあ。やんなっちゃいましたよ。お陰さんで、大損ぶっこいたから、何か新しい商売でもないかなって考えてるとこなんですけど」

「大丈夫なんですか? なにかあったらいつでも言ってください。協力しますから」

「あ、そう? どうもありがとうございます」


 社交辞令に相槌を打ちながらも、但馬はふと思い立って聞いた。


「……そういえば、おたくにタイヤも作ってもらってるんでしたっけ?」

「え? あ、はい、作ってますよ。工場長さんに頼まれて」

「あれって特注ですよね? 車体重量に押しつぶされないように、かなり頑丈に作ってあった。そう言った加工もお手のものなんですか」

「ええ、それが商売ですから」


 天然ゴムは加硫の強弱によって、ゴムの硬度が変わる。極端に加硫して黒く変色したものをエボナイトと呼び、柔らかさは殆ど失われて固いそれは、ボーリングの玉などにも使われた。


 つまり、そこそこ固いのに、プラスチックのように成型しやすい天然素材なわけである。


「ふーん……だったら、ちょっと作って欲しいものがあるんだけど」


 但馬はそう言うと、メモ帳を取り出して、紙にさらさらととある商品の図面を書き始めた。


「……なんなんです? これ」

「実は俺も使ったことがないんだけど、聞くところによるととてつもなく気持ちいいものらしい」

「気持ちいい?」

「何と言うか、こう……メスイキしちゃう感じ?」

「はあ……」


 見たこともない図面を前にして小首をかしげながらも、ゴム工場の営業は、それでも今や飛ぶ鳥を落とす勢いの但馬が言うのだから、きっとヒット商品間違いないのだろう……と、深く考えること無く、作ることを約束した。


 もちろん、その後騒ぎになったことは言うまでもない……

挿絵(By みてみん)

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[一言] 紫外線ないのにそんな劣化するのか…と思わせたあとにエネマでどうでもよくなったw
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