ちょっとイライラしてるんで
海岸沿いに建てられた製塩所の中で、幾筋もの光が踊っていた。
月明かりに照らされた入浜式の塩田が、幾人もの靴跡で踏み荒らされ、暗がりの中でも無残な姿を晒していることが窺えた。辺りでは無駄だと分かっても叫ばずには居られないといった感じの怒号が聞こえ、憲兵隊が遠巻きにそれを監視している。
但馬と親父さんが現場に到着すると、あちこちからオオッと緊迫とも、安堵とも呼べる声が漏れ、すがるような視線があちこちから突き刺さった。
但馬はその視線を掻い潜って入口付近に佇んでいたトーとエリオスに手を挙げて応え、
「お疲れ。で、どんな感じ?」
「どうもこうもねえよ、もぬけの殻だ。自宅の方も似たようなもんらしいぜ」
「預金は?」
「そんなのとっくに銀行で押さえられてるぜ。S&Hに入ってくるのは無いと思っていい」
「この国、銀行一社しかねえもんな……はぁ~、不渡りかぁ~……テレビドラマなんかではお馴染みだけど、まさか自分で引っ被る日が来るとはねえ……はっはっは」
「何言ってんだ、おめえ?」
取引先の製塩所が潰れた。S&Hの設立当初から付き合いのある会社で、製塩所の中では特に懇意にしており、その縁で最近合弁会社を設立したばかりだった。
つまり、まあ、共同出資社が夜逃げしてしまったわけだから、その債務が全部こっちに来ると言うわけだ。笑ってる場合ではない。
債権者らしき集団が製塩所内に入り込み、勝手に金目の物がないかと物色していた。エリオス相手に懐中電灯で照らしてくれないか? と尋ねては、ギロリと睨まれてスゴスゴと退散していた。
燃料庫を覗いてみたが、一欠片のコークスすらない。金に変えられるものは全部変えて出て行ったと言った感じだろうか。釜の底ににがりが浮いているくらいのものである。これを使って豆腐でも作ったらいくらかお金になるだろうか。大豆買ってこなきゃ……そういや、にがりから臭素やヨウ素などのハロゲンを抽出する方法も、いずれ試してみたいと思ってたのだ。明日にでもやってみよう。どうせ、この釜に火が入ることはしばらくないのだから、好きにやらせてもらう。
「あのー……それで、社長さん。積み荷の件なんですが……」
但馬がにがりを指ですくっていると、背後から申し訳無さそうな小声で男が話しかけてきた。
「ええ、大丈夫ですよ。うちで保証するっていったらちゃんと保証するんで」
それを聞くと男はホッとした表情を見せる。周りに居た債権者らしき人影も、続々と安堵の息を漏らした。
「ただ、ちょっとイライラしてるんで、暫く猶予を貰えませんか。頭が冷えたら、すぐにでも、担当者を向かわせますんで……」
すると男はピューッと逃げるように去っていった。
但馬にしてはストレートな物言いに、残った社員たちがしんと静まり返った。めったに怒らない人物が怒っているので、珍獣でも見るような目でトーが眺めていた。親父さんはタバコに火をつけると、さっさと建物から出ていき、エリオスの影でフレッド君がビクビクしていた。
但馬は、はぁ~っと長いため息を吐くと、首をふりふり立ち上がった。
保証と言うのは、その合弁会社の方の問題である。
但馬は製塩所の社長と組んで、ごく最近に海運会社を立ち上げていた。この製塩所の社長はS&Hと初期から付き合いがあったため、特に懇意にしており、そのこともあってか国内でも特に羽振りが良い会社の一つだった。
懇意にしている関係上、塩の取引でも優遇していたし、コークス炉を作ってからは燃料の融通もしていた。また、塩の専売権を持ってるくらいだから、相手はリディア貴族であり、後に貴族になった但馬は彼に色々教えてもらっていた手前、彼のことを立てていた。つまり、少し儲けさせすぎたのかも知れない。彼は調子に乗ったのだ。
国外への塩の輸出も行っていた社長は、ある時、海運にも手を広げたいと考えた。しかし、流通というのは単に運送だけの問題ではない。輸送、保管、荷役、情報管理と、ノウハウのない彼はすぐに行き詰まり、但馬に相談を持ちかけてきた。
その時の但馬は外洋への航海に興味が向いており、いずれ自分でも船を持ちたいと考えていた。そのため、よく考えずにホイホイ乗ってしまった。
しかし、イオニア海貿易は実のところかなり複雑な事情があり、その点を知らずに新規参入しようものなら、必ず痛い目に遭うと相場が決まっていた。だが但馬がそれを知ったのは、相当後の話だった。
事情と言うのは何かと言えば、なにはともあれ海賊問題だ。
リディアの東には山脈が連なり、その麓はフラクタル地形が続いている。その入江には海賊が隠れ住んでおり、その近辺を通る商船を虎視眈々と狙っていた。
リディアは陸軍に傾注するあまり、海軍は疎かにされがちだった。またコルフ共和国のような海運国家は、表向きは公正を謳っているが、その実、海賊と裏取引で繋がっており、彼らにみかじめ料を支払うことによって通行権を得ているという実情があった。
それを知らなかった製塩所の社長は、最初の航海でものの見事に船を積み荷ごと奪われ、大損をこいて青ざめた彼は、但馬を巻き込もうとして泣きついてきたのだ。
出資を決めた後に事情を知った但馬は、正直困ってしまったが、付き合いもあったために断りきれず合弁会社をなし崩しに設立、共同出資した金で武装と傭兵を雇い、何とか安全に航行できる環境を整えた。
しかし、傭兵などを雇えば、コスト面で、国が海賊対策を行っているコルフの海運会社に遅れを取り、その穴埋めのために運賃を安くしても、こちらの弱みを知ってる相手にダンピングし返されて為す術もなく、新会社は進退窮まった。そして最終的には、保険を餌に貨物契約を取ってくるという荒業で凌ぐ羽目になった。
保険とは要は積み荷にかける保険のことで、この世界の海運事業は仮に海賊に積み荷を奪われたとしても、その損害は荷主が負うことになっていた。保険会社というものもなく、そのため荷主はシビアに運送会社を選ばねばならない実情があったのだが、そこへ但馬が保険の概念を持ち込んだわけだ。
この制度はこの世界において非常に画期的であり、評判を聞いた荷主が保険を求めて合弁会社の船を選ぶようになり、保険をかけるために運賃を通常より高くしても問題がなくなり、傭兵を雇うコストを相殺して採算がとれるようになった。
尤も、船を沈められたら元も子もないので、結局は付け焼き刃、更なる対策を講じるまでは余り手を広げないようにと言っていたのだが……製塩所の社長は、寧ろ傭兵を増やしたほうが海賊も手が出しにくいはずだと主張し、勝手に貨物船を増便して儲けを追求し始めた。
現状の但馬にこんなハイリスクハイリターンな仕事をする必要などなく、勝手するなら合弁会社から手を引くぞと脅しつけていたのだが……そんな矢先であった。
先ほど、シモン家の帰り道にフレッド君に呼び止められて行った本社で聞かされたのは、その運送会社の船が、全部沈められたという知らせだった。
完全に狙い撃ちだ。
「……フレッド君。被害総額ってどのくらいか分かる?」
「えーっと……まだ概算ですけど、積み荷の保険だけで約金貨2万、乗組員さんのお見舞金で3千枚は必要です。それから合弁相手が残した負債が約3万くらいです。こちらは銀行さんの案件です」
「負債って……そんなに?? 何にそんな金かかってたの?」
「船の建造費と、傭兵さんのお給金です」
「……一体、何隻沈められたの?」
「10隻だそうです」
手広くやってるとは思っていたが……いつの間にか但馬も知らない船を所有していたようだった。やはり、コントロールの効かない人間とは付き合うべきではないと痛感した。これからはもっとシビアにいかねば……
しかし10隻ともなると傭兵だけでも最低100人規模だ。ちょっとした艦隊クラスの戦力はあるはずなのだが……フラクタルの海賊ってのは、一体どうなってるんだ?
「まあいい。いずれ、うちに手を出したことを後悔させてやろう。社長さんの方は、もう国外に出ちゃった感じ?」
トーが首を振る。
「それが、どうも船に乗った形跡がねえんだよ。かと言って、国内に留まれるとも思えねえ。狭い国だからな」
「そりゃおかしいな……トー、追いかけてくれる?」
「言われなくても、どうせ銀行の案件だ……あと、これは言っておかにゃならんが、こいつが捕まろうが捕まらなかろうが、合弁先であるうちに債務がある。それはわかってるよな?」
「分かってるよ。はぁ~……金貨5万3千か……いまだかつて無い額の損失だな。取り敢えず、明日銀行に相談に行くとして……今日はもうみんな解散しよう。エリオスさん、俺はこれから東区の造船所に向かつもりなんで、付いてきてくれませんか」
「分かった。一緒に行こう」
「親父さんは、申し訳ないんだけどアーニャちゃんに事情説明して来てくれませんか。あの子、放っておくと俺が帰ってくるまで起きてるんで」
「それは構わないが……なんなら、俺もついて行こうか?」
「みんなでゾロゾロ行っても仕方ないでしょう。それより、負債の額が額なんで、従業員に動揺が出るといけない。親父さんにはどっしり構えてて欲しいです。今は工場が生命線なんで」
残ったフレッド君には連絡係として本社に留まってもらい、但馬はエリオスとトーを連れて東区へと向かった。
途中、相手の自宅へ向かうトーと分かれ、但馬たちはまだ照明の行き届いていない東区へ向かった。東区へは、その入口まで馬で小一時間ほどかかり、ついたらついたで、道が狭く迷いやすいから馬から下りて徒歩で目的地まで向かわねばならなかった。
東区はロードス島の硫黄採掘や鉱山労働者が集まった街区で、その実態は季節労働者や移民の居住地であり、はっきり言って治安は悪かった。西部と違い、地区は城壁外にあって、森からやってくる魔物から守るためにある、駐屯地が近くになければスラムと殆ど変わらない感じである。
道は曲がりくねって、軒が近いせいか空が狭く、夜になると足元が殆ど見えなくなるせいか、外を出歩く人が他の街区に比べて極端に少なかった。
尤も、住めば都というべきか、街路には露店が多く賑わっており、移民向けのコンドミニアムも、大陸とは違って鉄筋コンクリート造で防音に優れ、家賃の安さも相俟って意外と住み心地は良いそうである。
硫黄の産地が近く、臭いの問題もあって、西や中央に作れない工場はこちらに集中しており、付き合いのあるゴムの加工工場があったため、何度か訪れたことがあったが、何と言うか、東京下町に通じる街の猥雑さは但馬の性に合っており、もしも独り身だったらこっちで暮らしていかも知れないと思っていた。
狭い街路を避けて海岸沿いに進んでいくと、やがて港湾地区に入り、造船所の黒い屋根が見えてきた。他とは打って変わって目的の建物の周りには人の気配がしており、そして製塩所の時と同じように、懐中電灯の灯りがチラチラと揺れていた。
電池自体がまだ貴重で、懐中電灯を持つ人物は限られている。一体誰だろう? と思って近寄って行くと、近衛の鎧がうろついているのが見えて、その中央にウルフが居た。
「なんだ、ウルフか」
但馬たちを警戒している近衛騎士たちに、懐中電灯をチカチカやって合図して近づいていくと、呼び捨てにしたせいか、その場にいる全員からジロリと睨まれた。怖い。
「様……ウルフ様。なにやってんの?」
「何をやってるとは挨拶だな。おまえと同じ用に決まってるだろうが」
製塩所の社長がやらかしたと一報が入ったのは数時間前、直接の被害を被った荷主や但馬たちはともかく、近衛兵が何の用かと思えば、社長が貴族であることが問題だった。
製塩は国家の独占事業で、専売権を持つ彼はリディア王から特別に許された貴族であった。その貴族である彼が義務を果たさずに雲隠れするのは、リディア王に対する反逆と取られても仕方ないとのことだった。
まだ国内から出た形跡が無いことから、捕まえて弁明させ、然るべき措置を取らねば国家の威信に関わる。そのため、港湾を抑え、こうして彼が隠れていそうな場所を地道に探して回っているそうだが……残念ながら、社長一家の行方は未だに掴めていないそうである。
「それじゃ国外に逃げた形跡がないって情報は、あんたらから出たわけ?」
「ああ……彼が逃げたとの一報が入ってから、すぐに港湾を抑えて、人の出入りはもちろん、全ての積み荷を検査している。目撃者の情報と照らしあわせても、まだ国内にとどまっている可能性が高い」
そもそも、国の船舶に関する被害情報は、まず国に入ってくるのが筋だ。本日、リディア船籍の船が襲われたと言う情報は、その海域から命からがら逃げてきた船が、まず東区の港に駐屯する港湾部に持ち込んで、そこから次に陸路で政庁へと伝わり、最後に船舶の持ち主に伝わった。
つまり、製塩所の社長に船が襲われたと伝えたのは、他ならぬリディア王国であり、ある程度の事情を知っていた国は、当然、憲兵隊を使って彼のことを見張っていた。
だが、具体的な損失額も分からない上に、経済活動をするなとは言えないので、必死に金策する社長を見咎めるわけにもいかず傍観していたところ……
初め、彼は製塩所で金になりそうなものを全て始末して、次に自宅へ戻り、家族を連れて東区のこの造船所へとやってきた。その後、日が暮れるまで大人しくしていたが、監視者が少し目を離した隙に、いつの間にか造船所から消えていた。
「どうしてそこで目を離しちゃうのよ」
「だから、その時点ではまだ彼は逃亡者でもなんでも無かったのだ。いきなり行方をくらますとは誰も思っていなかった。もちろん、それで手を拱いていたわけでもなく、彼が逃亡したと判断するや、我々はすぐに港湾を抑えた」
リディアに到着する船は海流の関係上、まず東区の港に着き、次にロードス島へと寄港し、最後に西区の港から大陸へと向かう。逆走する船は一切なく、また、途中の港を省略する船もまずあり得ない。
つまり、社長が逃げて船に飛び乗ったとしても、積み荷の積み下ろしがあるから、早馬で先回りされた西区の港でとっ捕まるわけである。ところが、港を見張っていても、彼は現れなかった。
「漁船にも大陸までの渡航能力があるものがあるから、漁師を中心に聞きこみもおこなっているが、今のところなしのつぶてだ。こうなってくると、船という線は捨てたほうが良い」
「じゃあ、この近辺に潜伏している可能性が高いってわけか……」
「ああ、それで何か手がかりでもないかと、この造船所を調べていたのだが……それにしても、ここで何を作っていたんだ。これは、普通の貨物船じゃないな? 漁船かなにかか?」
ウルフは建造中の船を見上げて言った。造船所はもうとっくに調べ尽くした後だろうに、彼らはここで何を探していたのだろうか。もしかしたら自家用船のようなものがあるのではないかと、疑っていたのかも知れない。
そう思って但馬は、
「いや、疑ってるところ悪いんだけど、これは俺の発注品だ。漁船じゃなくて……外洋の探索船って言ったら信じるか?」
「外洋を……?」
ウルフは目を丸くした後、フンと鼻を鳴らすと、
「なるほど、そういえばおまえは外洋からやって来たと言っていたな。ならば、そんなものがあっても良いかも知れない」
「ありゃ、信じるんだ?」
「いいや、信じないが」
その返事に但馬は腰が砕けそうになったが、
「信じない方が、それがもし本当だった場合、面白いというものだろう」
そう言うと、ウルフは振り返りもせずに出て行った。近衛兵たちが、そんな彼に付き従って整然と去っていく。
面白いということは、期待されてるということだろうか……? 良くわからないが、ともあれ、今は消えた製塩所の社長の行方だ。この近辺に潜伏している可能性があるのなら、人海戦術がモノを言う。憲兵隊や近衛隊がすでに動き出しているし、社長が捕まるのも時間の問題だろう。
しかし……
但馬もエリオスと共に、東区の知り合いを頼って情報を仕入れたり、方々を探しまわったりしながら……そして、すぐ捕まるだろうと言う予想に反して、彼が見つからないまま、一夜が明けようとしていた。
憲兵隊とも近衛隊とも、夜中に何度もすれ違った。一体どれだけの人数が彼の行方を追っているのか分からないが、相当の人数に追われていながら、製塩所の社長の行方は未だに掴めなかった。
一晩中、目的の人物を探して歩き回っていた但馬は、東区を一回りして帰ってきた城壁にどっと背中をもたれ掛けた。これだけ歩きまわって徒労に終わったと思うと、疲れもひとしおであった。一体どこに隠れているのか……こうなってくると、東区は諦めて他を探さねばならないが……
何にしても、そろそろ一旦本社に戻って、フレッド君に報告した方がいいかも知れない。もしかしたら、トーも帰ってるかも知れない。繋いでいた馬をエリオスが取りに行ってる間、但馬はぐったりと背中を城壁に預け、途中で汲んでおいた水筒の水を頭からかけた。
「おーい! 社長」
すると、丁度会いたいと思ってた人物から声がかかった。中央区の社長の自宅へ向かったトーだ。
「よう、そっちはどうだった?」
「駄目だ。もぬけの殻だ。金目の物はあらかた回収したが、あんなんじゃ二束三文にしかならねえよ」
「昨日の今日で夜逃げしたんだよな? 手際が良すぎやしねえかい……?」
「……今の状況だけ考えれば、確かにそうだが……背後関係を洗ってみないことには、まだはっきりしたことは言えねえな。元々金持ちじゃ無かったとか、頑張れば持ち去ることが出来たとか、可能性は色いろあるだろ」
「まあ、そうだな」
「別荘があるかも知れん。夜が明けたら聞き込みだ……半刻くらいは寝れっかな」
リディアの東にはフラクタル地形を形成する山脈が連なっており、夜が明けてくると、その山の稜線が逆光を受けて真っ黒く不気味に浮かび上がった。
影絵みたいに空の半分を埋めたそのシルエットを、疲労と眠気とでぼんやりとする頭で見ていると、やがて頂上付近に朝日が昇ってきて、オレンジに輝く山頂から光が差し込んだ。
薄明とは言え、直射日光を直視してしまった但馬は眩しさに目を細め、手をかざしてそれを遮った。
と……そんなとき、ふと、トーが山頂を指差して言った。
「ん……? なんだあれは」
「あん?」
「何かが、キラリと光ったような……」
え……? っと思い、但馬もかざす手を退けて薄目を開けながらよく見てみるが、山頂に特に変わった物は見当たらない。
「いや、気のせいか……すまねえ」
トーは独りごちると但馬から水筒をひったくり、顔に水をパシャパシャやっていた。
但馬は肩を竦めて目をつぶると、目蓋に映る残光を感じながら、かつて国王に聞いたこの大陸の地形を思い出していた。
リディアの東にはフラクタル地形を形作る山脈が連なり、それはガッリア大陸北部を横断するように伸びて、やがて大陸中央部に聳えるアーカム山、パトリック山を経由してティレニアにまで到達する。
但馬がパッと目を見開くと、馬を引くエリオスの姿が見えた。東の空はすでに青空が見え始めており、山の稜線は、不気味な黒から優しい緑に変わっていた。
そういえば、ティレニアの正確な位置と言うものを但馬は知らない。ただ、この山脈を伝っていけば、いずれティレニアに到達する……その事実が、何となく彼の心に引っ掛かるものを感じさせるのだった。