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玉葱とクラリオン  作者: 水月一人
第三章
72/398

ついにやっちゃったの?

 その後、本社ビルで茶を飲んだリリィとリーゼロッテは王宮に帰っていった。


 朝から事件がてんこ盛りだったり、様々な会話をしたことで、リリィはちょっと疲れ気味の様子だった。思えば、彼女は盲人というだけでなく、体も弱いようだから、少し無理をさせすぎてしまったかも知れない。


 初めはただのリリィの気まぐれではあったが、こちらとしても濃密な時間を過ごしたと言える。特にリーゼロッテとの出会いは思わぬ収穫と言えた。


 取り敢えず、分かったことを軽くまとめると、重要なのは3つだろうか。


 勇者はやはり但馬と同じ現代人だったということ。勇者とリリィと但馬は、同じ能力を有していたこと。そして、リーゼロッテが言うには、勇者はどうやら但馬の出現を予言していたらしいことだ。


 また、彼女は現れた但馬を勇者ではないかと勘ぐっていたようだが、実際に会ってみたら、但馬と勇者は似ても似つかないとのことだった。


 どうして勇者が但馬の出現を予言したのかは分からない。そして彼が最後に何をしようとしていたのかは、その娘であるリーゼロッテも聞かされていなかったようだ。勇者は皇国に娘を預けた後、北方で暗殺され、その目的はもう知ることが出来ない。


 但馬と同じ現代人の彼は、いきなりこんな世界に飛ばされて順応しようとしていたのか、それとも帰ろうとしていたのか。その辺のことが分かれば、もう少し何か見つかるかも知れないが、当の本人の娘が分からないのであれば、望み薄と言わざるを得ないのが現状だった。


 それからもう1つ。三人もの人間が同じ能力を持っていたと言うことは、やはりこの世界のどこかに、これらの能力を制御する施設か何かがありそうだと言うことだ。これらの能力は、本人の脳内だけで処理しきれるものではない。


 ふと思い立って右のコメカミの叩いてステータスを確認する。


『但馬 波留

 ALV026/HP112/MP003

 出身地:千葉・日本 血液型:ABO

 身長:177 体重:68 年齢:20

 所持金:……』


「……太った?」


 いや、そうではなく。気になるのはALVだ。もしかしたらと思ったが、案の定、今日1日でかなり上がっている。一番最初にこれが急激に変化したのは、マナを発見した時だった。実は、ベテルギウスの消失に気づいたときも少し上がっていた。これはまだ憶測にしかならないが、どうも、この世界の謎に近づくにつれてALVは上がってるような気がする。


 ALV、アクセスレベル……その逆ならアナスタシアと言う例外が居たが、確かこのALVが0でない人間は例外なくMPも0ではなかった。


 つまり、ALVは魔法と何か関係がありそうなわけだ。


 魔法と言えば聖遺物(アーティファクト)。それを授け、人を選ぶ世界樹。これなんかはいかにも怪しいし、いずれ見に行くべきだろう。しかし、これらのことが判明したところで、元の世界に本当に戻れるのだろうか……その世界の秘密とやらに近づけば近づくほどに、逆に遠ざかっているような気がしてくるのだった。


 


 なにはともあれ、但馬は二人と別れると、自分も今日はもう何をする気も起こらず、帰宅することにしてブリジットを家に返した。エリオスとフレデリックにそれを告げ、亜人の子供リオンを連れて家へと戻った。


 リオンはリリィに懐いていたから、彼女と別れるときは少々ぐずったが、それは単に彼女との別れを惜しんだだけであり、彼女に付いて行きたいという、確固たる抵抗みたいなものは全く見せなかった。


 彼は、彼女がいなくなると、今度は但馬にピッタリとくっついて来て、自身の身を委ねているのか、じっと上目遣いで見上げては、但馬が何か指示するのを待っていた。なんだか、主人は但馬だと思ってる感じだ。


 こう従順であると、どうしてミルトンたちから逃げていたのか、変に勘ぐりたくもなるが、暴れて手に負えないよりはよっぽどマシだから、特に気にせず受け入れることにした。いずれこの子はメディアに返さねばならないのだから、下手に同情してはいけないだろう。


 自宅に戻り工房に入る。日はまだまだ高く、中天を過ぎたくらいで、アナスタシアが帰ってくる時間まで相当あるはずだった。彼女が帰ってきたら、なんて説明したら良いかな? と考えつつ、取り敢えず、子供が喜びそうな物でも無いかと冷蔵庫の中身を探りに行く。


 炭酸は子供には刺激が強いと思い、適当にオレンジを絞っただけのジュースを持って工房に戻ると、但馬に言いつけられていた通り、リオンは工房のソファの上に、きちんと座って待っていた。


「オレンジジュースだけど、良い?」


 と訪ねても、ぽわーっとしてるだけで返事が帰ってこないので、まあ良いんだろうと勝手に判断してコップを渡すと、彼は暫くそれをじっと見つめ、次いで視線を但馬の顔とコップに何度も往復させてから、チロチロと中身を舐め始めた。


 野生動物じゃないんだから……いや、野生動物みたいなものだったのか? まさか、常識がほとんど通用しないんじゃ……唖然として少しツッコミが遅れたが、


「いやいやそうじゃなくって、こうやって口をつけてね?」


 コップを手に持って、口をつけて飲むことを身振り手振りで教えると、彼はジーっと考えこんでから、すぐに但馬の真似をした。


 少し心配はしたが、なかなか飲み込みは早い。が、しかしどうも反応が気になって、


「あのさ……もしかして、きみ、喋れる?」


 と尋ねてみたら、たっぷり1分くらい経ってから、


「うん」


 首を振りながら、そんな返事が帰ってきた。


「……そういう場合は、ううん、だよ」


 と言いつつ、但馬は正直困ってしまった。これは意思疎通で難儀しそうである。


 まあ、考えても見れば、森の中でさまよってた子供だ。亜人の親は何でか知らないが子供をあんまりまともに育てないようだし、森の中でどんな生活をしてるか分かったもんじゃない。喋れなくっても不思議ではないのかも知れない。


 しかし、軽い気持ちで預かってしまったが、これから休戦の調印式の日まで、ちゃんと暮らしていけるのだろうか……あれ? つーか、その調印式っていつだろう。


 などと困惑しつつ、但馬はこれからのことをあれこれと考えようと、いつもの調子で工房の自分の机に座った。すると、目の前に硫酸と塩酸と硝酸の瓶が無造作に転がっていることに気づいて、


「うっ……」


 と、口端を引きつらせながらそれを慎重に片付けると、但馬はリオンを小脇に抱えて工房から出た。


 他にも刃物やら金槌やらコンデンサやら、おまけに弾丸用の火薬まで、工房には危険がいっぱいだった。自分はともかく、アナスタシアが怪我をしなくて本当によかった……と大反省する。


 なんにしても、今度からしっかり管理しないと、子供を預かる身の上では危険過ぎるだろう。


 取り敢えず、危険な工房から出てきたは良いものの、但馬は普段、家にいる時は大抵工房に入り浸っていたから、こうなると行き場がなくて困ってしまった。自分の部屋はベッドくらいしかないし、台所はアナスタシアの領分だ。


 水車小屋まで連れてってスラムのガキどもに任せるか? 結局、家の中にいてもやることが無くて仕方ないから、庭に出てきて、好きに遊ばせることにした。


 但馬は部屋から出してきた椅子に座って、


「やりたいこと好きにやっていいよ。外に行きたいなら付いてくし」


 と、通じてるか通じてないか分からないが、彼に意見を委ねてみたら……リオンはじっと噛みしめるようにその言葉を聞いてから、但馬の膝の上にチョコンと座った。


「いやいや、そうじゃなくてね……」


 と言っても、遊び方もわからないのかも知れない。


 これまで見てきたところ、どうもこの子は相当おとなしい子のようで、好奇心のままあちこち行くようなタイプではないようだった。亜人の子どもとはこういうものなのだろうか? なんだか聞くところによると殆どネグレクト状態で育てられるようだし、それはそれで手間がかからなくて良いが、どうにも覇気がなさすぎて心配になる。


 但馬の膝の上に乗ったのは、多分、今日一日リリィに抱っこされていたからだろう。先程も身振りですぐに真似をしようとしたから、学習能力は高いようだ。


「よしっ……」


 遊び方がわからないなら、教えてやればいいだろう。但馬は思い立つとリオンを膝から下ろし、台所へと取って返した。


 子供の遊びといえば鬼ごっこやかくれんぼのようなものもあるが、言葉が通じないようなので、ルールを教えてやる必要があるものはダメだろう。


 水車小屋のガキどものことを思い出すと、虫取りをしたり、虐殺したり、川で魚を取ったり、虐殺したりしていたが、特に印象に残っているのは、但馬が石鹸を生産するようになったあとのことだった。


 但馬は台所へ行くと、水に石鹸を溶かして泡立てた容器を持って庭へと戻ってきた。そしてリオンが見ている前で、麦わらのストローを使って、フーっとシャボン玉を飛ばしてみせた。


 虹色のシャボン玉がフワフワと風に吹かれて飛んでいくと、彼はポカーンと口を開けてそれを目で追いかけて、やがてパチンと消えるのを見届けてから、もっとやってと言う瞳を向けてきた。


 見るからに生き生きとした顔をしており、今までと明らかに反応が違った。


 その後何度かシャボン玉を作って見せてから、ストローごと石鹸水を渡すと、彼は待ってましたとばかりに、フーフーとシャボンを飛ばそうとした。子供にありがちであるが、強く吹きすぎて上手くいかず、何とか身振り手振りを交えてもっとそっと吹くんだよと教えると、やがて下手くそながらもシャボン玉を飛ばすことが出来るようになっていった。


 キャッキャと声を上げて喜ぶさまを見ていたら、なんだかようやく本当に打ち解けてくれたのかなと思って、嬉しいやらホッとするやら、こうなってくると、もっと喜んで欲しくなってくるのが人情で、但馬は台所へ引き返すとシャボン玉を改良し始めた。


 シャボン玉、と言うか起泡剤の改良と言えば相場が決まっている。ネバネバ食品を添加することだ。


 起泡剤には泡立ちを良くする起泡力に優れたものと、その泡を維持する泡沫安定力に優れたものとがあり、その両方の組み合わせによって割れにくいシャボン玉が出来あがる。


 石鹸は両因子ともに十分に優れているが、安定力がもっと強い食品を添加することによって、泡の寿命をのばすことが出来る。その食品とは、例えば卵白やオクラ、モロヘイヤや水飴、納豆やせいs……おっと誰かが来たようだ……とにかく、そんな感じのネバネバしたものだ。


 お菓子作りでメレンゲを作ってみれば分かる通り、卵白は腕が痛くなるほど一生懸命かき混ぜないとなかなか泡立たないが、一旦泡立ってメレンゲになったら、かなりの時間それを維持し続ける。泡沫安定度が高いわけだ。


 更に、メレンゲに砂糖をくわえると寿命が伸びることが知られている。このようにして、シャボン液に様々な起泡剤を組み合わせることによって、やがて人間が中に入っても平気なほど、泡は丈夫で長持ちになっていくのである。



 

 夕方、但馬が早退したと聞かされたトーが報告のために家へやって来ると、何やら家の庭でキャアキャアと子供が大はしゃぎする声が聞こえてきた。


 垣根から中をひょいと覗き込んでみれば、但馬が小さな子どもを追いかけて、


「ぐへへ、ぐへへへへへ、たべたべ、食べちゃうぞー、ッウヒッヒヒッヒイ」


 などとアヒャりながら、奇妙な動きで子供に迫り、大きなシャボン玉を作ってそれを包み込むように閉じ込めていた。


 犯罪者そのものである。


 シャボン玉遊びをしている子供なら最近見かけるようになったが、トーはこれだけ巨大なシャボン玉を見るのは初めてだった。どうやって作ってるのだろうか。それにしても妙なことばかり思いつく奴であるなと……彼が冷たい視線でそれをしげしげ観察していると、やがて来客に気づいた但馬が、あっとバツが悪そうな顔をして硬直した。


「どうした。ついにやっちまったのか」

「ばっ! やってねえーよっ! ちょっとワケありで預かってるだけだい」

「何をやったとまでは言ってねーが……身に覚えがあんだな?」

「ねえから! 俺を小さな子をそういう目で見る輩と一緒にすんじゃねえ」

「ふーん……それで、身代金目的なのか、体が目当てなのか」

「……ちょっと待ってろよ。今、武器取ってくるから」


 トーは庭に入ると縁側にカバンを置いて、よっこらしょと腰掛けた。普通の来客なら冷たい飲み物でも出してやるところなのだが、但馬は何も言わずにムスッとして椅子に腰掛けた。


 突然の来客で人見知りを発症させたリオンがソワソワと端っこの方で小さくなっていたが、但馬が大丈夫だよと言うと、コクコクとうなずいてから、ストローを付き出してきた。多分、シャボン玉で遊んでてもいいか? と聞いているのだろう。但馬がシャボン液を渡すと、フンフンと鼻を鳴らしながら、それを受け取り、一人でフーっとシャボン玉を飛ばして遊んでいた。


 トーは仕事の報告を一通り済ませると尋ねた。


「で、どうしたんだよ、あれ。マジで誘拐じゃねえだろうな」

「当たり前だ」

「亜人の子供みてーだが。また変なことに巻き込まれてるんじゃねえだろうな」

「変なことと言えば変なことかも知れないけど……」

「頼むぞ、おまえ、いい加減そろそろ自分の身分を自覚しろよ」


 トーはずらりと並んだ書類の数々をペシペシと叩きながら言った。そうは言っても、あの場合は引き取ると言わざるを得なかったろう……ミルトンを信用しないわけではなかったが。


 但馬がそれまでの経緯を話すと、トーは最初目を丸くし、続いて眉を顰めて言った。


「メディアの商人なあ……そうか、マジで森の中を突っ切って商売やってたんだな」

「どうやら、人類未踏の水路があるらしい。物資の輸送力は、俺達が思ってるよりもあるっぽいな。時間はかかるだろうが」

「そのまま、ティレニアかコルフ経由で売りさばくわけか。なるほどな。いや、なかなかの情報だぜ、おまえにしてはやるじゃねえか」

「ただの偶然だけどな」


 情報という言葉で思い出した。但馬はトーを諜報員か何かかと思っていたのだが、


「そういや、トー。おまえ、リーゼロッテさんと知り合いなんだろ」

「……ん? ああ、以前からの知り合いだが、言わなかったか? いや、言うはずないな。元々おまえの知らねえ相手なんだしよ」

「実はそれなんだけど、俺、以前おまえたちがこっそり会ってるのを目撃してさ」


 但馬は以前、偶然見かけたトーを追いかけて、つい覗き見してしまったことを話した。トーは初めは眉を顰めて非難がましい顔をしていたが、


「俺がスパイだって?」


 最終的には呆れた素振りで笑っていた。


「ハッハ! そりゃ面白えな。うちの情報持って他国に行けば、いい値段で売れそうだぜ」

「やめてくれよ」

「ま、なかなか魅力的な提案だが、色々と面倒くさ過ぎるわな。まず、情報を売り渡す相手から見つけにゃならんし、銀行辞めなきゃなんねえし、つーか、リディアから追われるのはゴメンだ」


 今更冷蔵庫のない生活に戻るのは嫌だそうだ。と言っても、こいつが使ってるのは、会社の備品なのだが。


「そういや、トー。おまえ、まだ銀行員だったな」

「ん? ああ」

「そろそろ、うちに来たら? 報酬ならちゃんと出すしよ」

「そりゃ、悪くない相談だが……一つだけ条件がある」

「なんだよ」

「給料は手取りでこっそりと渡してくれ。じゃないと、銀行からも給料が貰えないからな……」

「おまえなあ……」


 但馬は、当たり前のように二重に受け取ろうとしているトーを見て、まあ、当面はこのままでいいやと思った。現実問題、トーは銀行から出向と言う立場を活かして好き勝手してるところもあるし、結局は会社として銀行とも付き合っていかねばならないのだから、その窓口が変わるよりは、現状のままがいいだろう。


 そんな話をしていると、夕風が吹付け垣根をガサガサと鳴らした。リオンのシャボン玉が強風に煽られて、一目散に屋根の上へと飛んでは、壊れて消えた。


 そろそろ夕飯時か、近所から夕餉の匂いが漂ってきて胃酸を刺激した。


 そういえば、アナスタシアにリオンを預かったことをまだ言っていない。彼女は夕方になると店を副店長に任せて、スラムへと巡回診療へ赴き、その帰りに夕飯の買い物をしてから帰ってくる。


 とすると、今頃水車小屋だろうか? どうせだから迎えに行こうかなと、視線を垣根の向こうに戻したら……いつの間にか戻っていたアナスタシアが、その垣根の向こう側からいつも以上に眉を顰めて、


「……先生、ついにやっちゃったの?」


 と困惑気味につぶやくのであった。


 よく分かった。君らが、自分のことをどういう目で見ていたのか、よく分かった。但馬はギリギリと奥歯を鳴らしながら、地団駄を踏むのだった。


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