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玉葱とクラリオン  作者: 水月一人
第三章
68/398

メディアの商人

 ガサガサと森の木々が風もないのに音を立て、そこに何かが潜んでいることを暗に示していた。気がつけば、すっかり対応が遅れて、周囲を何者かに取り囲まれているようだった。


 ブリジットは腰に下げた剣に手をかけ、一歩進み出て森を睨みつけた。いつもの柔和な雰囲気は鳴りを潜め、鋼鉄のように冷たい視線を辺りに撒き散らしながら、彼女は剣の柄を指先でカチカチと弾いていた。


 放っておいたらそのまま森の中に飛び込んでいきそうな勢いだったが、


「先生、どうします? 打って出ますか?」


 思いの外、頭の方は冷静なようで、顔を真っ暗な森の中に向けたまま、振り返らないで但馬の指示を仰ぐのだった。


 しかし、その時、但馬は別のことに気を取られて、ロクに返事が出来ずにいた。


 お主にも見えておるのじゃろう……?


 そんなリリィの言葉が頭の中でグルグル回っていて、他のことが考えられなかったのだ。


 一体どういうことだ? 見えるって何が? まさか……この、但馬にだけ見える、レーダーマップのことか? そんな馬鹿な……


 と、そんな時、森の中で何かが閃いたと思ったら、一本の矢がスッと風を切って但馬の方へ飛んできた。それは多分、威嚇の意味を込めて、わざと外したのだろう。但馬の側を掠めて飛んで行く軌道を描いていたが……


 たとえ外れようが関係ない、と言った感じで、エリオスが反応すると、パシッとそれを掴み取って、忌々しげにその矢をへし折った。まるで、但馬を害するものには全て対応すると言わんばかりで頼もしい。かと思うと、放心状態の但馬の頭を引っ叩いて、肩をガクガクと揺すって言った。


「社長! しっかりしろ! 退くにしろ進むにしろ、お前次第なんだぞ」


 エリオスの声にハッと我に返った。エリオスにしろブリジットにしろ、但馬の護衛としてここに来ているのだ。優先されるのは自分であって、その自分がボーッとしてては彼らの命までも危険に晒してしまうだろう。それにリリィも居る。しっかりしなければ……


 じんじんと痛む頭をさすりながら、次第に思考がクリアになってくると、サッと銃を引き抜いて、弾を込めた。現状、自分で自分の身を守れるものはこの一発のみだ。


 ついてないことに、魔法をぶっ放してしまった直後のことで、はっきり言って今の但馬は足手まといでしか無い。


 リリィが言っていた相手の数は13人だったか……レーダーでざっと確認したところ、確かにそのくらい居るようだった。多勢に無勢な上に但馬みたいな足手まといを守りながら戦うのは、得策ではないだろう。ここは考えるまでもない、逃げるが勝ちだ。


「よし、さっさとずらかろう。ブリジット、少しずつ森から距離を取るから、殿(しんがり)は任せられるか?」

「え? 逃げるんですか?」


 ガクッと肩透かしにでも遭ったかのように、ブリジットの肩が揺れた。そして、情けない顔をしながら振り返ると、さも残念そうな声でそう言うのである。


 この女、やる気だったのかよ……まだ、相手が何者かも分からないというのに、とんだ戦闘狂である。ドン引きしながら、


「相手は13人だぞ、勝てるわけないだろ。エリオスさんはともかく、俺は今、勘定に入れてくれるなよ?」

「はあ……聖遺物(アーティファクト)ありなら、いけると思いますけど」


 え、マジで? 勝てると言うのなら、彼女にお任せしたほうがいいのだろうか……とも思ったが、但馬はブルブルと頭を振るってから言った。


「いやいや、無理は禁物だ。こっちにはリリィ様も居るんだぞ」

「そうでした……それじゃ仕方ないですね」

「社長、子供はどうする?」


 エリオスが言う。


 言われて思い出した。見ると、ブリジットの少し向こう側、地面に這いつくばるようにして、小さな子どもがうずくまっていた。但馬たちを取り囲む何者かに追われるようにして、森から飛び出してきた亜人の子供だ。


 その子供は今、必死になって逃げてきたのに、森から出たらまた別の大人に取り囲まれてしまい、完全に心が折れたといった感じの、絶望というか、無感情と言おうか、正体を無くした顔をしていた。瞳は暗く濁って弱々しく揺れており、全てを諦めてしまったかのように、まんじりともせず但馬のことを見つめていた。


 厄介事を抱え込むことは明白だったが、このまま置き去りにしては寝覚めが悪いだろう。相手がどう出るか分からないが、


「……おい、逃げるぞ、おまえも来るか?」


 但馬はそう言って手を差し伸べた。


 多分、子供は但馬たちが彼を追う者の仲間であると思っていたのだろう。様子が違うことに気づくと、みるみる瞳に色が戻ってきて……彼はコクコクと頷くと、立ち上がり、但馬の下へと走ってきた。


 方針は決まった。後は逃げるだけだ。


 但馬はエリオスと共に、子どもとリリィを背にしてジリジリと後退し始めた。すると、その姿に慌てたのか、


「ちょっと待った!」


 森の中から大きな声が響いてきた。その声に子供がビクッと肩を震わせ、隣に居た但馬の洋服の裾をヒシっと掴んだ。但馬は声のする方に銃口を向けつつ、


「何者だ! 出てこい!」


 森の中に向かって誰何(すいか)した。


「何者かとは、こっちのセリフなんだがなあ……問おう! そちらに敵意はあるか!? 交渉の余地はあるか?」


 返ってきた言葉は、意外にも敵意のないものだった。しかし、ここはガッリアの森。森の中にはエルフと亜人しか居ないはずだ。間違いなく、相手はリディア人ではあり得ない。但馬はエリオスと顔を見合わせたあと、警戒しながら返事した。


「こちらから仕掛けるつもりはない。見逃してくれるのなら、大人しくここを去るが」

「分かった。ならば子供を置いていけ」


 但馬は少し考えてから……


「それは断る」

「なんだと?」

「おまえたちが何者かわからないからな。子供に危害を加えたくなくて、そう言ってるのかも知れん。なら俺達が子供を放したら、攻撃してくるかも知れないじゃないか」

「うわ……子供を盾にするとは。お主、最低じゃのう」


 リリィが呆れてぼやいた。ほっとけ。


「大体、この子はお前らから逃げてきたんだろう? 一緒に来るかと尋ねたら、躊躇なくこっちに来たぜ。だったら、引き渡すわけにはいかないなあ」

「はじめからそう言えば良いのに……」


 ブリジットがくすくすと笑った。だからほっとけ。


 すると、声の主は考え事でもしてるのだろうか、暫く無言が続き、やがて意を決したように、ガサガサと草木を掻き分けて、森の中から姿を現したのだった。


 男は頭に大きなフードを被り、右手に大きな()を握っていた。彼は完全に姿を晒すと、今度は弩から矢を外して、武装解除をアピールするようにそれを地面に置き、そして最後に、目深に被っていたフードを外した。


 チッ……とブリジットが舌打ちをする。男の頭には、案の定と言うべきか、猫みたいな大きな耳がついているのだった。


 亜人である。


「子供を追っていたのにはちゃんと理由がある。そっちこそ、その子をどうするつもりなんだ?」


 さて、どうしよう。ぶっちゃけ何も考えてない。


「……まさかとは思うが、お前たち、奴隷商人じゃないだろうな」

「なんだと? ふざけんじゃねえよ、馬鹿野郎」


 流石にそのセリフは聞き捨てならない。むかっ腹をたてて、思わず銃をぶっ放したくなった。その衝動を懸命にこらえていると、


「それじゃあ、こんな何もない場所で何をやっていたんだ? こんな場所に来るのは、おたくの国では軍人でも無ければ、奴隷商人くらいしか考えられないだろう」

「……そうなの?」

「じゃあ、こんな場所にどんな用事があるのか、言ってみろよ」

「えーっと……」


 言われてみれば確かにそうだ。但馬には、森の植生を調べたいとか、自分の魔法の試し打ちをしたいとか、銃をぶっ放してヒャッハーしたいとか理由はあったが……多分、正直に言っても信じてもらえないような気がする。


 なんと返事したものか……返答に窮していると、相手はため息を吐きつつ言った。


「はぁ~……まあ、いいや。どうやら、あんたらとは交渉の余地がありそうだし……ちょっと待ってくれ、今、仲間に合図するから……おーい!」


 そう言って、亜人が身ぶり手ぶりすると、やがてガサガサと音を立てて、続々と森から他の亜人が姿を現した。


 彼らは皆、目深なフードを被って、弩で武装していたが、男に命令されるとその照準を外して、但馬たちから一定の距離を保ったところで整列した。まるで軍隊みたいな動きだったが、その表情はどことなく覇気がなくて投げやりに見える。


 ジロジロ見るのは失礼かなと思いつつも、横目で流し見ると、皆あさっての方向を向いてこちらには一切注意を払わず、ぼんやりとしていた。まるで魂が抜けてるみたいだ。


 薄気味悪い連中だな……と思っていると、目の前の亜人が続けた。


「俺はミルトン。コルフに居を構え、森の中を行き来する……いや、持って回った言い方はやめようか。簡単に言えばメディアの商人だ」


 その言葉は想定外だった。森の中から出てきた亜人の武装集団なら、メディアの工作員か何かだと思ったが、どうやら違ったようである。戦闘になるよりは断然マシであるし、それに前々から興味があった但馬は気色ばんだ。


「……メディアの!? うはー、マジで居たんだ。実物にお目にかかるのは初めてだ。どんな商品扱ってんの?」


 対して、相手は警戒心を隠さずに言った。正体を明かした現状では、彼らよりも但馬たちの方がよっぽど怪しいだろう。


「こちらが名乗ったんだから、そっちも名乗るのが筋じゃないのか?」

「ん……それもそうか」


 言われて但馬は、正直に答える必要があるかどうか、ちょっと考えはしたが……結局は正直に答えることにした。隠しても何か得するとも思えないし。


「但馬波瑠。俺もリディアで商人やってんだ。勇者と同姓同名だけど、別にこれは彼にあやかってとかそう言う理由じゃなくって……」

「但馬波瑠!?」


 しかし、但馬が言い終わるよりも先に、ミルトンと名乗る亜人は素っ頓狂な声を上げると目を丸くして但馬に突っかかってくるのだった。その勢いに、但馬は思わずよろける。


「あんたが但馬波瑠? 本当に? あの但馬波瑠?」

「……あ、ああ、どの但馬か知らないが、多分その但馬だと思うけど……」

「くぁ~……信じられん! あんたのことは、噂に聞き及んでいるよ。今や飛ぶ鳥を落とす勢いの奇跡の発明王! まさか、こんな場所で出会えるなんて!! ……サインもらってもいいですか!?」


 いきなりフレンドリーさを爆発させたミルトンが、ずずずいと但馬ににじり寄ってくる。近い、近いよ? ホモじゃないんだから……タジタジになった但馬は冷や汗を垂らしながらそれを押し留めた。



 

 それから暫く、興奮冷めやらぬミルトンが但馬を褒めそやす中、どうにか落ち着きを取り戻すと、もはや彼には敵意が一切ないと言った感じで、その後の会話はスムースに行われた。


 森の中から出てきた亜人たちは、ミルトンの様子を見て、但馬たちに害意がないと判断したのか、お互いに顔を見合わせた後、周囲を護衛するかのように散っていった。薄気味悪い連中だと思ったが、どうやらあちらは商人ではなくて、商人に雇われた傭兵のようだった。


 そんな彼らが、どうして子供なんかを追っていたのか、その理由を問いただすと、


「実は、つい最近、この近辺で頻繁に怪現象が目撃されて……」


 話を聞いてみると、こういうことだ。


 この近辺の森は、実はメディア商人の通り道で、外からはわからないだろうが、森の中では頻繁に人の行き来があったらしい。


 トーに話は聞いていたが、本当にメディア人は森の中を突っ切って外部との接触を持っているらしかった。あまりにも馬鹿げた踏破距離に、中々信じられなかったが、ミルトンは秘密だからと言葉を濁したが、ヒントとして川の存在をほのめかし、それで合点が行った。


 リディアの東にはフラクタルというリアス式海岸を形成する山々がある。それらの山脈から流れだす川の水が、恐らく森の中でダムのように湖を作っているのだろう。彼らはそこから分岐する支流を伝って、自由に森の中を移動していたわけだ。


 ところが、つい最近、そんな大事な交易路の近辺で謎の発光現象が起きたり、隕石が飛んできたり、草木が枯れ果てたり、洪水が起こったり、天変地異が頻発して、亜人商人たちを恐怖させていたらしい。一体、誰の仕業だ?


 それで、原因を突き止めようとパトロールしていたところ、森の中をさまよう亜人の子供を見つけ、彼らは保護しようとして追いかけていたらしい。


「……自分(てめー)らの不始末で情けない限りだが、森の亜人は子供を捨てるんだ。その子供らが寄り集まってメディアって国を作ったんだけど……」

「ああ、知ってる。国王様に聞いたことがある」

「リディア王、直々に? ……さすがだぜ、但馬波瑠。もうリディアの中枢に随分食い込んでるんだな」

「いや、そういうわけでもないんだが」


 会うと言っても、大概説教されるついでだし……大体、国王どころか、ここに居るのがそのリディア王女と、エトルリア皇女だと言ったらどんな顔をするだろうか。もちろん言わないけど。


 話は戻るが、そんなわけで森で迷ってる子供をみかけたミルトンは、奴隷商人から保護しようと彼を追いかけた。ところが、傭兵みたいなゴツい大人たちが大挙して追いかけてくるものだから、子供は驚いて逃げ出してしまい……森から飛び出したところを、但馬たちに見つかってしまったと言うわけだ。


「なるほどなあ」

「ああ、だからその子はメディアで保護するから、こっちに引き渡してくれないか」

「そういう事なら……」


 事のいきさつを理解した但馬は応じると、自分の足にしがみついていた子供の頭をポンと叩いて、


「ほら、このおっちゃんらは危なくないから、一緒に行きな」


 と言って促した。


 しかし、子供は但馬にしがみついたまま、微動だにしない。


 え? なんでそんなに嫌がるの……と困惑しつつ、引き剥がそうとして引っ張ったり、足をぶんぶん振るったりしても子供は必死になって但馬にしがみついたまま離れようとしなかった。


「おい、坊主。但馬さんが困ってるだろ? さっさとこっち来い」


 そうこうしていると、呆れたミルトンが近づいてきて、子供を乱暴に引き剥がそうとした。すると彼は癇癪をおこしたように、ひと暴れし、ぎゃあぎゃあわめき声をあげながら、泣き出した。


 正直、子供の扱いが雑すぎる。こんな調子で追っかけてたのか……元々は自分たちから逃げていた子供なのだから、そんな扱いをしたら恐怖しかないだろう。但馬はなんだか哀れに思えてきて……段々心がソワソワしてくると、ミルトンの手をパシッと払いのけて言った。


「ちょっと待てミルトン」


 いきなり但馬に拒絶されて、キョトンとした顔で亜人は見つめた。


「お前らの話は理解したが、残念ながらそれを証明する手立てがない」

「なんだと?」

「何か、この子を預けても大丈夫だって、信用に足る証拠でも持ち合わせてないか?」

「そんなこと言われてもなあ……」

「だったら、おいそれと引き渡すわけにはいかないよ。この子の安全がはっきり確保されるまで、俺が預かる」


 但馬がそう宣言すると、初めは自分たちが信用されなかったからか、一瞬ムッとした不服そうな顔をしていたミルトンだったが、すぐに気を取り直すと言った。


「それならそれで、俺達は構わないが……でも、いいのか?」

「え? なんで?」

「預かるってことは、あんた……その子を連れてリディアに帰るってことだろう? その後、どうするつもりだい。孤児院にしろ、育てるにしろ、大変だぞ。まさか、捨てるつもりじゃないよな?」


 滅相もない……しかし、言われてみれば確かにそうだ。ここで同情して連れ帰ってその後どうする……


 ミルトンを信用するに足る証拠も無いが、積極的に疑う理由も全く無い。話を聞くところ、メディアは元々孤児が集まった国だから、国を挙げて受け入れる体制があるのだろう。だったらどう考えても、彼らに任せたほうが良いのだが……


 しかし、但馬の太ももに顔を埋めてぐずつく子供を見ていると、やっぱおまえ、あっちいけとも言えず……進退窮まった。


「ふむ……ならば、勇者よ。お主がメディアまで、その子を送ってやれば良いではないか」


 すると、全く予期してない方向から助けが入った。


 但馬たちが振り返ると、そこには剣の柄を杖のように地面に突き立てたリリィが、目をつぶって涼し気な顔をしながら立っていた。彼女は完全に警戒心を解いた感じに、あくびを噛み殺しながら言った。


「今年のクリスマス休戦は、メディアで調印式を行うと聞いておる。去年はリディアでやったからのう」

「そうなの?」

「お主ならば、それに混ざってメディアに行くのも容易じゃろう」


 そういう事なら、まあ確かに、国王に頼めば問題なく紛れ込めるだろう。と言うか、式典に絶対欠かすことの出来ない、目の前のエトルリア皇女がそうしろと言ってるのだから、誰も文句が付けられまい。


 それじゃあ、それまで預かっておこうかなと返事をしようとしたら、泡を食ってミルトンが答えた。


「ちょっと待て、そんな話は初耳だぞ?」

「そうなの? ……まあ、一介の商人にいちいち断るとも思えんしな」

「どうしてそんなことを知ってるんだ? その子は一体何者だい」


 もちろん、エトルリア皇女殿下ですなどと答えられるわけもなく……但馬は苦笑しながら適当にお茶を濁すしかなかった。


「いやまあ、こっちにも色々あるんだよ。けどまあ、これでそっちも満足だろ。この子は俺が一旦リディアに連れて返って、後日そっちの国に責任をもってお返しするよ」

「うーん……」


 ミルトンは納得がいかないといった感じに、


「ええい! だが、待てよ? こっちがメディアの商人だって証明出来ないのが悪いってんなら、おまえだって但馬波瑠だって証明出来るのか? 今更、奴隷商人だなんて思っちゃいないが、こっちばっか疑われるのは性に合わん!」


 それもそうか……但馬は頷くと、手持ちで自分のことを示せそうな物が何かないか考えた。


 取り敢えず、銃をぶっ放して見るのはどうだろうか。それともいつも懐に忍ばせてるメモ帳を見せるのがいいか……


「社長」


 悩んでいると、エリオスが懐中電灯を放ってよこした。なるほど、確かにこれが一番分かりやすい。但馬はそれを受け取ると、スイッチをカチカチ鳴らして、ミルトンの顔を照らした。


「わっ! なんだそれ!?」

「これは我が社が最近開発した懐中電灯。ランプみたいに携帯性に優れて、点灯消灯が容易な照明機器だ……まだ試作段階だけどな。そうだ、お近づきの印に、そいつを一つプレゼントしよう」

「いいのか!?」

「これで俺が俺だって信用してくれるんなら」

「信用する信用する! ひゃ~!」


 ミルトンは懐中電灯をまるで宝石でも扱うかのように恭しく受け取ると、おっかなびっくりスイッチを入れたり消したりして、子供のように顔をほころばせた。


 但馬がオンオフを繰り返すと、すぐに消耗して壊れると伝えると。彼はビクリと体を震わせて、今度は慎重にそれをポケットにしまった。


「放っておいても、いずれは電池が切れて動かなくなっちゃうんだけどね……それまでにはなんとか量産出来るように体制を整えておくから」

「……消耗品なのか。残念だな」


 がっかりしつつも、いいものをもらったと感謝し、ミルトンは恐らく護衛の亜人たちを連れて森へと消えた。と思ったら、すぐに引き返してきて、筆を差し出し、


「これにサインして?」


 と言って、さっき受け取ったばかりの懐中電灯を差し出し、但馬が苦笑しながらそれに応じると、


「コルフに用事があったら、是非、店にも立ち寄ってくれよな」


 満足したようにそう言うと、彼は意気揚々と森へと去っていくのであった。


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