それは乙女の、ひ・み・つ♪
待ち人来る。そんな幸運な偶然にも関わらず、喜ぶというよりは、なんとも言えない微妙な空気だった。但馬が趣味全開で作り上げたメイド服に身を包んだその待ち人、エトルリア皇女リリィは、地面に寝っ転がる但馬に手を差し伸べた。
どう反応していいか分からず、とりあえずその手を取って起き上がると、彼女はその手を引っ張りながら、一名様ご案内とばかりにカフェの扉を潜るのだった。
カランカランと扉につけた呼び鈴が鳴り響く。
何がどうしてこうなった。詳しいことを聞かねばなるまい。
店内は昼時にも関わらず……それとも昼時だからか……パフェを食べる王侯貴族みたいな連中で満員だった。注文を取るフロアのメイドさんが振り返りざまに、お帰りなさいませご主人様と、お決まりのセリフを吐き、すぐに入店してきたのがオーナーであることに気づくと、改めて馬鹿丁寧にお辞儀した。
そんな中、奥で拭き掃除をしていたアナスタシアは但馬の来店に気づくと、スタスタと歩いてやってきて、スカートのすそをちょんとつまみ、慇懃丁寧に、
「お帰りなさいませ、ご主人様」
と言ってから、少し考える素振りを見せ、唇をもごもごさせてから、
「あと……お帰り、先生」
と小さな声で言った。
長い黒髪を二つ結びにしたサラサラの髪がスルリと肩から落ちて、午後の日差しに溶け込むように、キューティクルが光を放った。
元々彼女をモデルにして作った制服は群を抜いて似合っており、他の店員には申し訳ないが、彼女だけが本物のような感じがする。
綻びそうな口ばしをキュッと結んで何事もない素振りをしながら、但馬はモジモジしながら、
「うん、ただいま」
と素っ気なく返事をした。
取り敢えず、帰還の挨拶は後回しにして、リリィから事情を聞こうと、店内をキョロキョロと見回すが空席がない。それを確かめてから、バックヤードに足を向けると、窓際の席に陣取っていたマダムたちが席を立ち上がり、親しげに声をかけてきた。
見れば、幾度か見かけたことのある貴族の奥様連中で、彼女らは但馬を見つけるとしきりに褒めそやしたり、礼を言ったり、但馬の最近の動向に関心を示したり、それに比べてうちの亭主はと愚痴ったり、気がつけば世間話に花を咲かせていた。いい玩具である。
貴族になったから、社交界デビューしたとか、そう言う理由ではない。単に、彼女らの子を但馬が雇い入れてるという関係だ。
貴族の子供はやはり教育が行き届いているので、雇う側としては大変採用しやすく、特に但馬は現代人で性別を気にしないので、カフェに限らず貴族の子女を積極的に登用していた。そのため、彼女たちの覚えが良かったのだ。
別にフェミニストというわけではなく、それどころか、女性の賃金は安いからという理由があったのだが……退屈な家庭の中で夫の言うことを聞いているだけの彼女らからすると、但馬は解放者のように見えるらしく、すこぶる評判が良かった。
そんなわけで、不意に遭遇したマダムたちのパワーに気圧され、小さくなって相槌を打つこと数分、入れ替わりに席を譲ってもらった但馬は、倒れこむように机に突っ伏した。なんだか体力をどっと吸われたような気がする。
それを見ていた店員が苦笑しながら食器を片付け、注文してないパフェを持ってやってきたアナスタシアが、台拭きでテーブルを拭いた。このやり取りの間に、リリィはさっさと但馬を見捨てて、また店先で調子外れな歌を歌いながら客引きしていた。
て言うか、いいの? あれ。あの子、ああ見えて確か、物凄く偉いんじゃなかったか……
窓から見える、往来をうろちょろするリリィを目で追っかけていると、アナスタシアが話しかけてきた。
「それで先生、どうだった? 手がかりは見つかった?」
「ん……ああ」
手がかりとは、但馬が日本に帰る手がかりのことだ。事情を知っている彼女には、今回の視察旅行がその件も兼ねての視察だと言っていた。
ベテルギウスが消えている夜空を見て、膨大な時間の経過を覚悟したが、だからといって帰還を諦めたわけじゃなかった。おかしいと言えば、そもそも、こんな事態に陥ってること自体がおかしいのだ。原因を究明し、どうしてこうなったのかを突き止めねば、気が済まないし、それに元に戻れる可能性もあるかも知れない。なんなら超未来の地球に帰ったっていいんだ。諦めたらそこで試合終了だ。しかし、
「まあ、新しい事実が見つかったと言うか、見つからなかったというか……本来なら無くてはならない物が、無かったと言う事実が、まあ、見つかったのかな?」
「……どういうこと?」
「より、お手上げ状態になったってこと。もっと色々見つけなければ、何も分からないって感じだ」
但馬が肩を竦めてお手上げのポーズをすると、アナスタシアはいつもの難しそうな眉根をより一層顰めて、
「そっか……早く帰れるといいのにね」
と言った。但馬はうんうん頷きながら、
「まあ、焦っても仕方ないよ。それより、ちょっと聞きたいんだけどさ」
「なあに?」
「あの、外で客引きしてる子なんだけど……」
「ルルちゃんのこと?」
「あ、ああ……ルルちゃん?」
他人の空似じゃないよな? と思い、外にいるリリィのステータスを表示してみたが、ちゃんと名前欄には『リリィ』と書いてある。どういうこっちゃ?
詳しく話を聞いてみるとこういう事だった。
アナスタシア曰く、ルルちゃんとやらは、但馬がリディアを離れた数日後、フラリと店にやってきた、近所の子供らしい。
「素性を隠してて、浮世離れしてるから、多分貴族のお子さんだと思うんだけど……」
ある日の早朝、例によってお供も連れずに出歩いていたリリィは、カフェから漂う美味しそうな匂いにつられて、フラフラと店に吸い込まれた。すると、開店直後の暇な時間帯で、店員一同が一斉に、『おかえりなさいませ、お嬢様』とやったものだから、目の見えない彼女は、なんと、ここは離宮か何かだったのかと勘違いしたらしく、そのまま出されるものをペロリと平らげてしまったらしい。要するに、無銭飲食だ。
支払いの段で彼女が無一文だと知った店員は憲兵に突き出そうとしたが、逆に紛らわしい接客をしたおまえたちが悪いのだと憤慨するリリィにやり返され、結局現場責任者のアナスタシアが出てきて事を収めたわけだが……
行き違いもあったし、やってしまったものは仕方ないからと許しはしたが、お金の大切さ、労働の大変さ、約束の大事さ、自由の素晴らしさをコンコンと説いたアナスタシアにほだされ、リリィは最終的に半べそになりながら謝罪して、弁償を約束したそうな。怖いもの知らずとはこのことだ。
まあ、実際、知らなかったアナスタシアは彼女の心意気を買って、その後、短時間労働に従事させてから、ご褒美のアイスクリームと一緒に解放したのだが、以来、懐かれてしまったのか、毎日のように遊びに来るようになったらしい。
「何故か、胸の小さい制服ばかりが大量に余っていたから着せてみたら、ピッタリだったんで、そのままお手伝いをお願いしたの。駄目だった?」
「本当に何故か分からないが、そういうことならば分かった。で……えーっと、名前はルルちゃんって言うんだ?」
「うん」
本名を名乗ったら、アナスタシアはもとより、多分、最初に憲兵隊を呼ぼうとしたメイドさんなどは卒倒しかねない。おそらく、それを見越して偽名を使ったと言うわけか……
なにはともあれ、こうして再会出来たことは大きい。彼女には色々と聞きたいことがあったし、一度都合を付けて時間を取ってもらおう。どうやらアナスタシアと仲良くなったようだし、彼女に頼んでもらえば何とかなるだろう。
事情を話して但馬に許可をもらった彼女は、ほっと一安心といった感じで席を離れると、店から出て外のリリィと何か話していた。にこやかに笑い合い、時折アナスタシアに抱きついたり、気安くしてる姿を見ると、お互いに年が近いこともあって、まるで姉妹のように見えた。
考えても見れば、アナスタシアにとって、同年代の女友達は初めてなんじゃなかろうか。仕事仲間のブリジットに対しては、素性を知ってるからかなり遠慮がちだった。幼なじみの二人は男だし、スラムの子どもたちとは仲がいいが、友達というよりもお姉さんと言った感じだった。元の職業を考えれば仕方ないかも知れないが……
複雑な思いを抱えながら、ぼんやり二人を眺めていると、なんだかゾクッとした感覚がして、但馬は不安になりながらその違和感の正体を探った。
見れば、キャッキャウフフしてる二人の向こう側の路地に半身を隠しながら、じっと二人の様子を妬ましそうに見つめているブリジットの姿を見つけた。巨人の星かよ。そう言えば、昼食後カフェに誘ったら、煮え切らない態度だったが、そういうことか。恐らく、素性をバラしてしまう可能性があるから、リリィに来るなと止められていたのだろう。
リリィは幼い頃から良く湯治でリディアに来ていたそうだし、ブリジットとは幼なじみの関係だったはずだ。初めて会った時の様子は、尊敬してると言うか、どことなく偏愛している感じだったし、キリスト教のお偉いさんだと言う話だから、宗教的に崇拝に近い感情を抱いているのかも知れない。
社の評判にも関わるから、ストーカーとかやめてくれよな……
そんな不穏当なことを考えながら、但馬が視線を外さず、手探りでパフェを掴もうとしたら、スカッとその手が空を切った。
あれ? と思って、窓から目を離しテーブルの上を見たら、あるはずのパフェがなく、そして相席に居ないはずの客が居た。
いや、客じゃなく白黒の落ち着いたお仕着せを着用し、長いブルネットの髪の毛をひっつめにして、シニヨンキャップをつけたメイドさんである。
メイドさんが、何故か但馬のパフェを手にとって、パクパクと機械的にその中身を口に運んでいた。そこに遠慮という文字はない。
「それにしても、実に良いものでございますね、メイド服と言うものは。白と黒のツートンカラーと言う、一見して明らかに地味な色合いの服なのに、それを着る者の女性らしさを余すところ無く引き出す魔力を持っております」
「その意見には概ね賛同するが、あんた何者だよ。つーか、人のパフェ勝手に食べるんじゃないよ」
「リ……ルル様もさることながら、店長様も中々どうして、滅多にお目にかかれないほどの美少女。そんなお二人が和気藹々と組んず解れつしてる様を見ておりますと、蓮の花が花開き、瑞々しい少女たちの萌芽がぱちんと弾け、今にも芳醇な香りが漂ってきそうな思いでございます」
どうも、リリィの関係者のようであるが、得体のしれない女である。ただ一つだけ分かったことがある。変態だ。
但馬はテーブルの上に置いてあったベルをチンチンと連打すると、遠くで接客している店員を呼んだ。
すると目の前のメイドさんは躊躇すること無く、さっとテーブルの下に潜り込んでは、いきなり但馬の内もものあたりをサワサワと触りだし……
え? 痴女? 痴女なの、この人……
と硬直する但馬を手玉に取るように、いきなりガシっと股間のナニを握りしめた。手にとったのは手玉ではなく玉である……上手いことを言ってる場合ではない。
「はが……はがががががが」
「いかがなさいましたか? ご主人様」
テーブルの下で何が起きているか分からない店員は、突然潰れたヒキガエルみたいな顔で脂汗を垂らしながら、気持ち悪いうめき声を上げる但馬を怪訝そうな目で見たが、
「な、なんでもない……ちょっと、店の備品の状態を確認してただけで……」
「はあ……」
ギリギリと愛息を締めあげられる但馬が、一オクターブ高い声でそう言うと、首を捻りながら店員は去っていった。
ニョッキリと、何事もなかったかのように、無表情なメイドさんが対面の席に再度現れた。
「殺す気か!?」
「そんなにチンチンが可愛いのでしたら、余りチンチン鳴らさないでくださいませ。ルル様に見つかってしまうと、私がチンチンにされてしまいます」
「あんたチンチン言いたいだけだよね!? つーか、マジでなんなの、あんた。俺に何か用?」
「いえ、全然?」
何この男、自意識過剰なの? と言わんばかりの冷たい視線を飛ばしながら、彼女はパフェをぱくついた。
「……ああ、そう。もうなんでもいいよ。なんでもいいから、俺のパフェ返せよ」
「おや、これは失礼いたしました……あまりにも美味しいもので、つい……それにしても、本当に珍しい。制服、独特な接客法、この氷菓子といい、世界中のあらゆるものが集まる皇都でも見たことがございません」
「そりゃまあ、ねえ。そのくらいじゃなきゃ商売にならないから」
「このような奇抜なアイディアを、次々と生み出す秘訣は何なのでございます?」
「そりゃ企業秘密だよ」
というか、言っても誰も信じないだろう。地球では普通のことばかりなのだ。
「さようでございますか。ま、お聞きしたところで、私に理解出来るかどうか、非常に怪しいところでありますしね。しかし、本当に発想が素晴らしい。特にあの、おいしくなる魔法でございますか。可愛らしいメイドさんにやられると、本当に美味しくなる気も致しますし、疲れも吹き飛ぶ気がします。おいしくな~れ、おいしくな~れ、ふぅ~……ふぅ~……」
そう言うとメイドさんは、スプーンで掬ったアイスクリームにフーフーと息を吹きかけて、但馬にすっと差し出した。おちょくってるんだろうか? 差し出されたスプーン越しに相手をじっと睨んでいると、彼女は首を竦めて続けた。
「この氷菓子だって、如何ようにして創りだしたのですか? 確か数カ月前に来た時には、この国で氷は非常な貴重品でございました」
「ああ、うん、そうなんだよね。あんまりにも高いもんだから、頭に来て自分で作ったんだ」
「はあ、一体どうやって?」
「今、あんたがやったのと同じ方法だよ」
「?」
「息をハーって吐くと温かいのに、フーって吹くと冷たい風が吹くだろう?」
熱膨張という言葉は誰もが聞いたことがあるだろう。どんな物質も、温めると膨張する。一般に、物質の持つ熱・体積・圧力には相関関係があり、物質に熱を与えると膨れ上がり、逆に熱を奪うと小さくなる。同じように、高圧をかけて圧縮すると物質は熱を持ち、逆に低圧にすると冷たくなる。
物質の体積と、熱、圧力は常に釣り合おうとする。これをエネルギー保存則と呼ぶ。因みにそのカラクリは分子運動にあるのだが……ここでは単に、高圧をかけると熱くなり、低圧だと冷たくなるとだけ覚えておこう。
さて、今、途中で太さの変わる管を用意したとする。手前は太いのに、途中でくびれて先っちょが細くなっている管だ。自分のアレなら泣きそうな形であるが……もとい、その管の中を、空気や水のような流体が通る時、管が細くなる境い目でボトルネックが生じ、あたかも交通渋滞を起こすかのごとく、太い部分と細い部分の境い目で圧力が変わることが分かるだろう。
一般に、太さの変わる管の中を流体が流れる時、太い方から細い方へ移る際に圧力が低下し、速度が増加する。これをベンチュリ効果と呼ぶ。
先に示したとおり、物体は高圧では熱く、低圧では冷たくなる。すると、この管を通り過ぎる空気や水などの流体は圧力の変化から、太い部分では熱く、細い部分では冷たくなるのだ。
単に管の中を通るだけで、その温度が変わってしまうのは驚きだが、18世紀、数学者ダニエル・ベルヌーイが、この現象とエネルギー保存則の関係を式に表し、以降この関係式をベルヌーイの定理と呼んだ。
さて、これに目をつけた米国フロリダの医師ジョン・ゴリーは、その仕組みを製氷機に利用し、見事、南国で氷を作り出すことに成功した。それが今日の冷蔵庫の雛形となったのだ。
現在、普及している冷蔵庫やエアコンは、みんな同じ構造で動いており、ヒートポンプと呼ばれる一種の熱サイクルによって稼働している。
仕組みは非常に簡単で、高圧の凝縮器と低圧の蒸発器の間に小さな穴が空いており、その穴を圧縮した冷媒(摂氏0度程度では凍らない液体や気体。フロンガスや液体アンモニア)にくぐらせて、一気に低温状態を作り出す。
冷やされた冷媒は蒸発器を通りぬけ、熱を吸収したあと、コンプレッサーと呼ばれるポンプによって、再度高圧に圧縮され凝縮器に押し出される。このポンプが、あたかも熱を吸い出しているように見えるから、ヒートポンプと呼ばれる所以だ。
日常的に使っている、あの涼しいエアコンの仕組みが、実は小さな穴が空いてる管を、冷媒が循環してるだけと知ると信じられない向きもあるだろうが、現実に殆どのエアコンや冷蔵庫がこの方法によって動いているのだ。
「と、こんな具合に、ヒートポンプを使って圧縮、冷却を繰り返し、水が凍る温度まで下げるわけだ。熱いスープをフーフーやって冷ましてるのと、それほど変わらない」
「なるほど、さっぱりわかりません」
「……分かれとは言わないけど、分かる努力はしようよ。自分から聞いてきたくせに」
「私が興味ございますのは、どうやって貴方様がそれを知り得たのか、と言うことの方でございますね」
だから、それは言ってもわからないと言いかけたら、ヒョイと口の中にスプーンを突っ込まれた。口を閉じると、甘くて冷たいアイスクリームの味が舌いっぱいに広がって、なんとも幸せな気分になった。
そしてメイドさんは但馬の口からスプーンを取り出すと、最後までコップに残っていた溶けかけたパフェの残骸を切り崩し、シェイク状にかき混ぜ、美味しそうにそれを飲み干した。
頭がキーンとするのか、眉をひそめ、コメカミに指を置いて、頭痛に耐えているが、その表情はなんとも幸せそうなものだった。
つーか、マジで全部食いやがったよと、ゲンナリしながらそれを見つめていると、ようやく頭痛が治まった彼女はホッと息を吐いてから立ち上がり、目尻を柔らかく細め言った。
「さて、ルル様に見つかってしまう前に、そろそろお暇するといたしましょう」
「なんだ。やっぱり、あの子の関係者だったのか」
「おや、申し上げませんでしたか?」
「初耳だねえ。あんた、名前は?」
するとメイドさんは唇に人差し指を突き立て、ウインクしながら、。
「それは乙女の、ひ・み・つ♪」
「ったく……初対面でいきなりチンコ握ってくる乙女が居るか」
げっそりしながら但馬は突っ込むが、彼女はクスクス笑っているだけだった。どうせ聞いても無駄だろうし、呆れながらコメカミを叩いてステータスを確認しようとした。
するとメイドさんはヒョイッと但馬の指を捕まえて、
「乙女の秘密を詮索するのは、あまり趣味がよろしくございませんよ?」
そりゃまあ、確かにそうだなと思った但馬は、素直に手を引っ込めると、
「失礼しました」
と謝罪した。
そしてメイドさんはクスッと笑うと、エプロンドレスのスカートを軽くつまみ、足を交差させて腰を落とす、実に綺麗なお辞儀を見せた。
これが本家本元、プロのメイドさんか……
そんな風にそう感心しながら、店をコソコソ出て行く彼女を見送って、但馬はテーブルのベルをチンチン鳴らして、勝手に食べられてしまったパフェのおかわりを注文をした。元々、アナスタシアがサービスで出してくれたものだからいいけれども、それにしても見事なタカリっぷりだったなあと苦笑しながら、頬杖をついて窓の外を見た。
しかし、頬杖の肘がガクッと折れて、但馬はテーブルに強かに顎を強打した。
コメカミを叩くとステータスが表示されることを、誰かに話したことはない。ぶっちゃけ、アナスタシアも知らない秘密だ。どうして、あの女はそれを制止した?
慌てて窓の外にその姿を探すも、既にリリィも居なくなっていた。
この世界に……リディアに来てそろそろ1年。いよいよ何かが動き出そうとしている気配がしていた。