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玉葱とクラリオン  作者: 水月一人
第三章
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責任者は誰か

 本社を出て、公園の慰霊碑で手を合わせ、いそいそとアナスタシアに会いに向かっていると、道行く人達からガンガン挨拶された。久しぶりだねと挨拶を返すと、それに気づいてみんなが振り返る感じだ。


 会社がどんどん大きくなり、知名度も上がってきた最近では、知らない人からもよく声がかかる。


 みんなが気安く声をかけてくるのは、よく子供たちにケツを蹴り飛ばされてるからだろうか、それともたまにウンコまみれになってるからか……一応、貴族になったはずなのだが、未だに時折ドブさらいをさせられていたし、井戸端会議のおばちゃん並に相談を持ちかけられたりしてるので、とても自分がそんな身分になったとは思えなかった。


 尤も、それを鼻にかけてブイブイ言わせようとか、そんな気はさらさらないから、実際どうでもいい話ではある。


 リディアの目抜き通りは常夜灯が備え付けられ、通りに面した商店も、ほぼ全て照明が設置されていた。


 一晩中、灯りが点って人が行き交う通りは、いつしか眠らない街と呼ばれ、各国の商人の間でも評判になり、気がつけば街の中心は公園広場からこちらへ移ろうとしていた。


 しかし目抜き通りのライトアップは終わったし、金持ちの一般家庭にも徐々に広まってはいたものの、電球の生産がまったく追いついていない感じで、中々普及にまでは至らない感じだった。


 その需要に対応すべく、この三ヶ月は足りなくなった労働力の確保に終始し、次いで各部門ごとの分社化に忙しかった。


 但馬が騎士に叙され、ついでに照明が大々的に宣伝されると、国中にその需要が喚起されたが、10万人の都市とは言え、1工場でそれだけの需要が賄いきれるはずも無く、それまでの何でも屋集団では手が回らなくなり、分社化を余儀なくされたのだ。


 新しく雇う人に、あれもこれも覚えろとやっていては、どうしても時間がかかる。


 そこでS&Hは、電力・ソーダ・製紙がまず分社化され、続いて電線・ガラス工房が新設され、さらには電力調達の無駄を省くために製塩所を買収し、燃料効率を上げるためにコークス炉の建設を行った。


 他にも写真館や自社製品を売るための直営店を作ったり、硝石確保のために清掃会社を設立したり、鉱石確保のために採掘所に出資したり、アドバルーンを定期的に飛ばすためにゴム工場と提携したりと、まさに仕事が仕事を呼んでくるといった状態で、気がつけば手を出している分野が多すぎて、せっかく細分化した事業を、更に再編成しなけらばならないほどになっていた。なにはともあれ、結局、一番足りないものは時間のようである。


 さて、そんな風に会社がどんどん大きくなって知名度も上がってきたのだが、しかし、それでも但馬は自分以外の地球人との接触はなく、この世界でたった一人の異質な存在のままでいた。


 自分だけが、どうしてこのリディアの地に放り出されたのか……普通に考えたら、こんな理不尽な話もないが、いくら考えても未だにそれは分からなかった。


 相変わらず但馬にだけ見えるレーダー探知機のようなナビや、他人のステータス表示、威力が桁違いな魔法は存在しており、ちょくちょく利用させてもらってるが、しかし便利であるから使ってはいるが、謎の力というのは気持ちが悪い。後になって実は寿命を削ってましたと言われてもおかしくないし、本当は使わないほうが良いのかもしれないが、MPの自然回復のこともあって、結局なし崩し的に使っていた。


 そして思い出すのは、かつて路地裏でトーと接触していたあの女……タジマの姓をもったあの女が何者であるのか。タジマを名乗るからには、自分か、少なくとも勇者と関係があるはずだが、あれ以来、トーと彼女が接触している気配はなく、その目的は未だにさっぱり分からなかった。


 通り過ぎた家の窓から、子どもたちのジングルベルの歌声が聞こえた。12月に入ると、街はクリスマスと年末年始の休暇に向けて、徐々に賑わいを見せ始めた。活気づく町並みを歩いていると心躍るが、しかしこれも但馬の頭を悩ませる一つだった。


 この世界は何でか知らないが、キリスト教に支配されている。


 これがゲームだったら、そう言う世界観なのね……と、さほど気にもせず受け止められるのだが、今更ここがゲームの世界とは到底思えず、だったら最初にキリスト教を広めた何者かが居るはずであり……ここにはバチカンもエルサレムも無いのだから、いきなりこんな物が出てくるのは、どう考えてもおかしな話なわけで……その何者かは、このわけの分からない星にあって、但馬と同じような地球の価値観を持ち込んだ異物、エイリアンと考えるのが妥当なのだ。


 一体そいつは何者なのか? 持って回った言い方はやめよう。恐らく、この世界は地球人が入植した、他星系の惑星ではないだろうか。


 この星には、そう考えるに足るだけのテクノロジーの痕跡と、無形ではあるが、キリスト教のような文化的遺産が存在し、そう考えねば説明の付かない、宇宙規模での欠陥があった。


 これらの大掛かりな仕掛けが自然に形作られたとは絶対に考えられず、それよりは大昔に宇宙から移民船団か何かがやってきて、何もないこの惑星をテラフォーミングしたと考えたほうがマシである。


 そして、その移民船団の中に、但馬も含まれていたが、何らかのアクシデントで一人だけひょっこりと、現在のリディアに現れたと考えたほうが、筋書きとしてはよっぽどスマートであろう。


 もちろん、そんな移民船団に乗った記憶は但馬には無いし、そのアクシデントについても、まるで想像付かないから、ただの憶測でしか無いのだが……不思議なゲートに飛び込んだら、そこは異世界だったみたいなイベントに遭遇した覚えもないから、そのくらいの考えしかもう思い浮かばないのだ。


 そして、そう考えると、ますますあのエルフだとか亜人だとか、人間とは明らかに違う生命体のことが引っかかった。毛むくじゃらで四つん這いとか、魔物的な何かであるなら気にもならないが、明らかにあれらは人間に似すぎている。謎のモンスターとして一緒くたにして考えてしまうのは、少なくとも但馬には抵抗があった。


 謎といえば国王が、口伝では人類が北方の大陸から渡ってきたと言っていた。その時に蹂躙されまくった種族がエルフだが、ところがそのエルフは、本来、人間ではとても太刀打ち出来ないのだ。当時だって唯一、聖女リリィが対抗できたから、エトルリア大陸が解放され、皇国が建国されたわけだが……そんな都合のいい力が何故、突然人類の下にもたらされたのか。その辺の謎は尽きない。


 そう言えば、そのリリィで思い出したが、但馬がリディアに来た初日、亜人の襲撃を撃退した直後に出会ったエトルリア皇女は、確か聖女リリィの名を受け継いだキリスト教の聖人だった。司教だか教主だか、そんな言葉をブリジットが口走っていた気がする。


 その辺の事情も含めて、またあのお姫様にも会えたらいいのだが……これまたブリジットが、彼女は子供の頃から良く湯治にやってきたと言っていたから、近いうちにまた会えるだろうと高をくくっていたのだが、残念ながらあれ以来、彼女がリディアへやって来たという噂は全く聞かなかった。



 

 工場がある川の橋を渡り、目抜き通りを更に進んでいくと、やがてコンクリではない石造りの建造物が目立つ商店街に行き当たる。


 リディアは東京23区ほどの面積が東西に細長く伸びた格好をしており、おおまかに3つの区域に分けられた。但馬が普段過ごしている、インペリアルタワーのある西区。古い街の中心で、宮殿がある中区。鉱山に近く、炭鉱労働者が多く暮らす東区の3つだ。


 現在の中心地がインペリアルタワー周辺なので、但馬は特に用事もない他の地域には殆ど出向かなかった。遠目に見るだけでは、団地のような画一的な建物が並んでおり、あまり面白いものがあるとは思えなかったからだ。


 しかし、実際には人口の密集度という点では東に行くほど人口が多くて、多様性は別の面白さを生み出した。さらに中区は最も古い町並みであるから、中々どうして趣があった。


 特に国王の暮らす宮殿は小ぢんまりとしてはいるが、中世のロマネスク建築を思わせる、慎ましやかさの中に荘厳な雰囲気を讃えており、どうしてこっちで謁見しないの? あんな苦労してまで……と思わずツッコミを入れてしまうほど、国王が住むに相応しい美しい建物だったのだ。


 しかし、そう指摘すると、こぞって『大きい方が格好良いからに決まってるじゃないか』的な答えが返ってくるから、脱力して地面にめり込みそうになった。どうも、この国の人達はこういった侘び寂びのようなものには、とんと通じてない感じである。欧米か。


 聞くところによると、その宮殿を中心とした一角は、彼らがこの国に渡ってきた当初に建てられた建造物で、その殆どがエトルリアの首都アクロポリスの建築を模しているらしい。大臣たちも嘆いていたが、どうやら物質面ではかなり繁栄した国ではあるが、その精神的な面はまだまだ本国には及ばないことがよく分かった。


 賑わう目抜き通り沿いから南北に伸びた商店街に差し掛かると、四つ角にひときわ目立つ格好をした集団が、道行く人々にチラシを配っていた。


 白黒のツートンカラー。ジャンパースカートの上に、リボンやレースがふんだんにあしらわれたシルクのブラウス、スカートの端からちらりと覗くパニエが独特なフォルムを形成し、そこから突き出している太ももが膝の上にまで伸びたハイソックスにより、いわゆる絶対領域を作り強調されていた。


 背中にはなんのために付いているのか良くわからないでっかいリボンを背負い、長い髪を綺麗に結い上げた髪の毛は、これみよがしにレースをあしらったカチューシャにまとめられている。


 言うまでもない。どこに出しても恥ずかしくない、メイドさんである。いや、秋葉原界隈でなければ通用しないか?


 とまれ、そんなただでさえ目立つ集団が、この世界では高級品である紙のチラシを惜しみなく配り歩く様は、相当インパクトがあるからか、通行人はまずメイドさんに唖然として、次にもらったチラシを手にとっては二度見して、あちこちで交通渋滞を起こしていた。


 当の本人たちは一向に気にした素振りもなく、にこやかな笑みをばら撒いて、通りを練り歩いている。


 こんな見るからにアホな集団が、この中世世界に自然発生するわけがない。


 もちろん、仕掛けたのは但馬である。


 写真館を再編し、会社の商品を販売するための直営店を作ろうと考えていたとき、丁度製氷機が完成したために、どうせだったら軽食もとれるカフェを併設しようと決めた。


 現状、売り物と言えば石鹸と写真であり、その商品を説明するのは女性のほうが良いだろうと言う判断と、それになにより、製氷機によって作り出されたアイスクリームの評判が社内でもすこぶるよくて、これを売り出さないのは嘘だと、みんなの意見が一致したことも大きかった。


 そんなわけで条件のいい店舗を探していたら、宮殿にほど近い商店街に、あまり繁盛しているとは言いがたいレストランを発見し、買収を持ちかけたら乗ってきたので、これを手に入れた。


 そしてレストランをカフェに改造し、新商品としてパフェを開発し、制服を準備していたら、ムクムクと創作意欲が湧いてきて、いきおい徹夜でデザインを仕上げた但馬は以前にも行ったことのあるアパレルショップに駆け込み、鼻にティッシュでも詰め込んだみたいな喋りかたをするデザイナーと共に、一着の制服を創りだした。


 但馬の急な依頼にも嫌な顔一つせず、よく話を聞いてコンセプトを理解したデザイナーは、さすが本職と言おうか、但馬のリビドーの赴くままに描かれた落書きを物ともせずに改良し、更に可愛らしくなったメイド服を、モデルのアナスタシアにピッタリ(あつら)えてくれたのだった。


 その姿はまさに天使が舞い降りたといった感じで、但馬は快哉を上げると涙を流しながら喜びカメラ片手にローアングラーしてたら、それを見ていたブリジットに思いっきり白い目で睨まれ、仕方ないなあといった感じにアナスタシアを呆れさせた。だって見たかったんだもん。


 ご覧のとおりに女性陣にはすこぶる評判が悪い制服と、但馬の押すアキバ式接客法は、女性のみならず本社チームをドン引きさせたが、


「絶対当たるから! これ絶対当たるから!」


 と社長権限を使ってまで押し通し、彼はリディア……と言うか、この世界初のメイドカフェを誕生させたのである。因みにその結果はと言えば……


 まあ、何と言うか、当たった。


 半分は冗談のつもりであったのだが、当たってしまった。それもかなりあさっての方向に。


 開店当初こそ、ソワソワした男性客が疎らに来店するのがせいぜいだったカフェであったが、暫くすると近隣の高級住宅街からマダムたちが大挙してやって来て、気がつけばその界隈の上流階級御用達の店に成り上がっていた。


 どこで聞き及んだのかは知らないが、来店する客をご主人様、お嬢様と仰ぐアキバ式接客法は、リディア上流階級のマダムらの琴線に触れたらしく、やがてその噂が噂を呼んで、連日の超満員にまで膨れ上がったのだ。


 まさかこんなニッチな需要が喚起されてるとは思いも寄らず、まさに瓢箪から駒の事態に苦笑いするばかりであったが……実際にこうして結果が出てしまえば、理由はまあ推察出来た。


 昭和の高度経済成長期、日本人は三種の神器と言って、テレビ、冷蔵庫、洗濯機を持つことが一種のステータスとされていた。好景気で暮らしが豊かになった中産階級が、かつては上流階級だけが所持することを許された、夢のアイテムを手に入れたいと切望したのだ。それと同じように、産業革命期のイギリスでも、誰もが欲しがるマストアイテム(?)があった。召使い(サーヴァント)である。


 かつて産業革命で好景気に沸くロンドンに、大量に生まれた中流階級は、ジェントルマンたるもの召使いの一人でも雇っていなければ格好が付かないと、競って家庭労働者を雇い入れた経緯があった。


 しかし、本来の教育を受けたサーヴァントは高すぎて手が出ず、結局は植民地から無理矢理連れてきたような召使いばかりだったから、ろくに家事もできないのが殆どで、結果、今日のイギリスの飯がまずくなった理由の一つとなったという。


 リディアでもそれ式に、豊かになった上流階級が、本国の王侯貴族みたいに沢山の使用人を抱えて贅沢したいと言うニーズがあった。


 しかし、この国は勇者によって発展し、亜人奴隷の解放を全世界に先駆けて行ったという歴史から、奴隷や召使いを所持することよりも、家庭は女性が切り盛りし、慎ましやかに暮らすのが美徳とされた。彼女らが召使い欲しいな……と思っても、他人の目を気にして雇えないのだ。


 そんなときに開店したメイドカフェは、遠い異国の王侯貴族の生活を羨ましく思っていた、マダムたちのニーズにたまたま合致したらしい。


 因みにカフェの名前を『Biddy's(ビディーズ) gelato(ジェラート)』と名付け、姫様(ブリジット)のお気に入り、王家御用達、というキャッチフレーズを姑息にも流布していたのも功を奏した。


 結果、界隈でも屈指の高級店であると勝手に勘違いされ、今では客のほうが暗黙でドレスコードを作ってやってくる始末である。


 鹿鳴館みたいな格好した有閑マダムが、どこに出しても恥ずかしくないアキバ系メイドに、萌え萌えキュンされてる姿は、笑いを突き抜けシュールを通り越し一周回って噴飯モノであったが、双方がそれで満足してるなら文句をつけるのは野暮だろう。何と言うかウィンウィンの関係である。


 そんなわけで、思わぬ当たり方をしてしまったが、どうにかこうにか軌道に乗ったメイドカフェの責任者にアナスタシアを据え、意外にも接客に向いていたらしい彼女が切り盛りするカフェは、順調に売上を伸ばしていた。併設の写真館とともに、今では無くてはならない戦略上の拠点となっている。




 四つ角を陣取ったメイドさんたちは但馬に気づくと、すぐ馬鹿丁寧にお辞儀をした。但馬は手を振ってそれを制し、角を曲がって店に向かった。


 はっきり言ってすでに知名度がある店で、チラシ配りという行為に意味は無いが、秋葉のメイドさんといえばこれだろうと、何となく続けさせていた。リディアの住人はともかく、海外から来る人達にはインパクトが大きいだろうから、全く無意味ということもない。


 商店街に入り、賑わう露店の間を縫うように通り抜ける。


 前方には王宮まで続く石畳が延々と伸びており、警備上、馬車の通行が禁じられてるためか、混雑の割には歩行者天国のように歩きやすかった。


 この界隈は飲食店が立ち並び、軒先から様々な国の様々な料理の香りが漂ってきて、思わず目移りしてしまう。だが、それでも但馬のカフェの前に佇むメイドさんの姿は特に目を引いて、みんな他の店に気を取られつつも、一度はカフェを覗き込むように通りすぎるのだった。


 この調子なら、ぼちぼち二号店(執事喫茶)を作っても採算がとれるんじゃないか……などと考えながら、店の前まで行くと、


「ジェラート~、ジェラート~、美味しいジェラートじゃ~。甘々でほっぺが落ちそうな、とびっきりのジェラートはいらんかのう」


 店の軒先でちびっ子メイドが、思わず脱力しそうな調子っ外れな音程で呼びこみを行っていた。


 彼女はフラフラっと道に出ると、人混みを縫うように歩き、通行人にヒョイヒョイヒョイっと無造作にチラシを押し付けて回っている。


 あまりにも無造作なもんだから、通行の邪魔をされたと思ったむくつけき巨漢が、ジロリと大人気なく睨みつけたが、しかし彼女がまったく邪気もなくニコニコと人懐こそうな笑みを湛えているものだから、やがて男も毒気を抜かれて、口をへの字にしながら去っていくのだった。


「ジェラート~、ジェラート~、いらんかのう。甘々じゃ~。キンキンじゃ~」


 ……なんじゃありゃあ。妙な感じのちびっ子メイドは、あっちへいったりこっちへ来たり、自由気ままにチラシを配り歩いてる。


 見覚えがないから、恐らくは但馬の留守中に雇った新人なのだろう。手足はニョキッと細長く、腰まで伸びたアッシュブロンドは光を通すと薄っすらと青く光って、まるで渋谷の援交中学生みたいである。


 まあ、中に入ってアナスタシアに訪ねてみればいいかと、別段気にもとめず店の玄関に向かったら、


「おや、勇者ではないか。久しいのう。いつリディアに戻ったのじゃ?」

「ついさっきだよ」

「ほう、それはそれは。さっきの今で、もう想い人の下へと駆けつけたとは。話には聞いておったが、これは手強そうじゃのう」

「想い人って……アーニャちゃんはそんなんじゃないよ」

「そうなのか? ふむ……我が友はほぞを噛んで悔しがっておったが。余の勘違いであったか。許すのじゃ」


 但馬は、何だこいつ? ジジイみたいな言葉遣いしやがって……と思い、次いで、あれ? どっかで見たことあるような……と首を捻り、最後にヒザ下をガクガクさせながら腰砕けて、その場にヘッドスライディングする羽目になった。


 そのヘッスラがあまりにも見事であったから、通りすがりの通行人たちが思わず感嘆の息を漏らし、拍手をしながら通り過ぎていった。いや、パフォーマンスしてるわけじゃないから。


「なんじゃ、お主はアリンコでも観察する趣味でもあるのかの?」


 そんなわけないだろう……しかし、但馬はそう思っていても口が開きっぱなしで何の言葉も発せなかった。


 あまりにも唐突な登場に、思考が追いついてこない。何でこいつがここに居るんだ? おまえが居る場所じゃないだろう。いや、さっき会いたいと思ってはいたが、こんなわけわからない場所で、わけわからない服着た彼女と再開するとは、夢にも思わなかった。


 突っ伏した但馬に影が差す。


 見上げれば、エトルリア皇女、リリィ・プロスペクターがそこに居た。


 手にチラシを持ち、にこやかな笑みを讃え、メイド服のスカートをヒラヒラさせながら。誰だ、こんな恥ずかしい服をデザインしたのは。責任者を呼べ、責任者は誰か。


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