すみません、私がやりました
「……ぶべっ!」
もう何度も何度も来ているからいい加減に見飽きてきてしまったが、インペリアルタワー15階の謁見の間に、但馬は簀巻にされた状態で放りこまれた。
登庁してきたばかりの国王は、今日初めての謁見者がそれだったものだから、何事か? と驚きの表情を見せたが、すぐにそれが但馬だとわかると、
「なんじゃ……またお主か。今度は一体、何をやらかしおったのかのう?」
と、こちらも何度も何度もしょっぴかれてくるものだから、いい加減に見飽きたと言わんばかりに雑に答えるのであった。
但馬は少々ムッとしながら、
「いや、こっちが聞きたいですよ。俺、今日こそは何もやってませんよ? なんでいきなりとっ捕まらなきゃならんのか……」
「それについては俺が答えよう……」
筵でぐるぐる巻きにされ、イモムシのように転がっている但馬の頭上で声がした。見上げるとウルフがいつもの高圧的な態度で彼のことを見下しているのだった。一瞬、むかっ腹が立って文句を言ってやろうかとも思ったのだが、とは言っても、昨日の今日なので何となくバツが悪い。
「あ、どうも……」
「……ああ」
お互い、なんとなく気まずい空気で挨拶をかわしてから、ウルフは何事もなかったかのように続けた。
「その前に、陛下にご報告がございます」
「なんじゃ? 申してみよ」
「はっ! 実は昨年の暮れより度々報告に上がる謎の発光現象、初めはリディア西方の海上にて目撃されたそれが、最近ではリディア周辺で度々目撃されるようになり、市民の間で動揺が走っておりました。それが昨日は遂に市内にて発生し、家屋のガラス窓をことごとく叩き割り、柱を傾かせ、屋根を焦がし、恐れおののいた市民がパニックになりけが人が続出し、陳情の列を作ったことは記憶にあたらしいことでしょう」
「無論じゃ、昨日の今日であるし、儂はここにおったからのう……思わずローゼス山が大噴火でも起こしたのかと思ったぞ」
「被害総額にしておよそ金貨1000枚。陳情に訪れた市民だけに費用を負担させるのは不憫であると、陛下は即日援助を決定なされました」
「うむ。可哀想じゃからのう。もしや、その原因が分かったのか?」
「はい。この男です……」
ウルフがにべもなくそう答えると、国王はポカーンと口を半開きにした。
その但馬は、今、簀巻にされた状態で逃げ出そうと、まるでイモムシのようにクネクネしながら床を這いずっており、間もなくウルフに取り押さえられて引き戻された。
但馬は額にダラダラと汗水を垂らしながら、
「ちょちょちょ、ちょっと待って? え? なになに、この流れ。まさかそれを俺の責任だって、弁償させようってんじゃないだろうね?」
「他に何があると言うんだ、馬鹿者が! よもや貴様、しらばっくれるつもりではあるまいな!!」
「いやいやいや、そりゃあんた、俺だって目撃者相手にしらばっくれられるほど図々しくはないよ……でも、あんまりなんじゃないの!? やれって言ったのあんたでしょッ!? 俺はあんたが魔法を使え使えって言うから、仕方なくやったんじゃないか。俺は実行犯かも知れないが、言うなれば主犯はあんただ! しかも、俺は脅されて仕方なくやったんであって……」
「そうか。ならば昨日の件は認めよう……だが、それ以前の物は?」
「うっ……でも、大分離れてやったから、被害は無かったはずだろ。昨日の弁済はチャラだっつーならお咎め無しが筋じゃないか」
「昨年末、貴様が我が国に入国してすぐ、近隣で起きた大爆発で今回と同様の被害が出た。この爆発の原因は未だに不明であったが……」
「お、俺がやったって証拠はないだろう!? きっと俺じゃない他の誰かが……」
サクッと但馬の顔面すれすれに剣が突き刺さった。おちんちんがキュッとすぼまる感覚がして、ダラダラと冷や汗を流しながら上目遣いに見上げたら、ウルフは実に嬉しそうな笑顔で但馬のことを見下ろしていた。
「すみません、私がやりました」
ウルフはそれを見ると、わかればよろしいといった感じに剣を引き抜き、また国王の横へと戻っていった。
国王はポカーンと口を開きながら尋ねた。
「では、昨日のあの大爆発は、お主がやったと認めるのか?」
「ええ、まあ……」
「このところ目撃されていた、謎の発光現象も?」
「し、仕方なかったんや!! 俺にだって色々事情があったんだ! 迷惑掛からないように色々と気を配っては居たよ!? でも、にんげんだもの、間違いだってあるじゃないですか。だから王様! どうか……どうかご慈悲を……!!」
そう言って但馬は実にみすぼらしい顔をして泣き出した。
汚い筵でぐるぐる巻きにされて地面に転がされ、身動きが取れずイモムシのような格好で這いつくばり……見るからに小悪党のような顔をして、惨めに慈悲を乞うているのである。
国王は絶句して、生唾を飲み込んだ。
この男は一体なにをやっているのだ? 昨日のあの尋常でない爆発を、この男が引き起こしたと言うのだろう? 魔法使いだとは知っていたが、想像以上の実力者であったのだろう? なんでこの男は、あっさりととっ捕まった挙句に、こんな情けない顔をして許しを乞うているのだろうか。魔法をぶっ放して逃げればいいじゃないか……
呆れるような、それでいて緊迫するような素振りの国王に気づかず、但馬は相変わらずクネクネしながら半べそをかいている。
……いや、しかし、かつての勇者も似たような感じだった。実力は折り紙つきだったが、残忍なところが一切ない。慈悲の塊のような男だった……
「そうか……それじゃ仕方ないのう。今回は大目に見て……」
「陛下、なりません」
良くわからないが、但馬が罪を認めて許しを乞うなら許してやろうと国王は口を開きかけたのだが、それをウルフが制した。
国王はギョッとして彼を凝視したが、ウルフは怯むこと無く続けるのだった。
「この男が罪を犯し、その罪を認めている以上、そうやすやすと恩赦を与えては、他の者に示しが付きますまい。罪は罪、罰は罰としてちゃんと与えるべきです」
「それはそうじゃが……お主も固い奴じゃのう」
「陛下。我が国は少なからず被害を受けました。それも2回もです。わざとではなかった、仕方がなかったとは言っても、事故は事故。事故を起こした本人に、まったく罪がないわけがありません。ましてこの男は自分の罪を認めているのですから、原状回復費用の負担を求めるのが筋ではないですか」
「げえ~、マジかよ……いや、まあ、確かに? 俺がやっちゃったから仕方ないけどさあ……えーっと、いくらだっけ?」
「金貨1000枚だ」
「金貨1000枚!」
但馬はトホホと項垂れた。金貨1000枚。
かつて10万枚を稼いだ身からすれば少ないようにも思えるが、いい加減にこの国の価値基準にも慣れてきたから分かるが、金貨1000枚とはかなりの額だ。大体、この国の成人男子の平均年収が金貨10~15枚で、以前みたいに金貨1枚10万円で換算したら1億円だ。1億円の罰金て……個人に課すには重すぎやしないか。
「貴様の会社があるだろう。罰金分は税から控除してやるから何とか工面して持って来い」
「簡単に言うよなあ……わかったよ。じゃあ、その代わりにうちの商品の貿易許可を、いい加減に貰えませんかね、国王陛下。流石にそろそろ国内需要だけで賄おうにも、限界が来てて、ぶっちゃけやってられません」
「ふむ……ならば、あとで大臣と税関について話を詰めておこう」
「おねがいしますよ」
そう言うと但馬はフンフンと鼻を鳴らして口を尖らせた。
「…………」「…………」「…………」
そして、何となく気まずい空気が流れて、三人でお見合いをしてから、
「……縄、解いてくれない?」
「ああ……」
但馬は簀巻から解放してもらうと、首の骨をぽきぽき鳴らして、ドスドスと謁見の間から出て行った。
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謁見の間に沈黙が流れる。
国王は深い溜息を吐くと、どっとへたり込むように玉座に身を沈めた。今朝は早くから孫のウルフに起こされて、無理矢理登庁させられたのだった。いったい何事かと思えば、こんな肝を冷やすようなやり取りを、なんの打ち合わせも無くやらされるとは……
国王は、いつの間にかびっしょりとかいていた額の汗を拭うと、恨めしそうに孫に向かって言った。
「お主は、老人を労るという気持ちはないのかの。肝が冷えたわい」
「申し訳ありません。早急に対処すべき案件かと思いました」
「……昨年来から何度となく起きた現象……そうか、やはりあれは但馬の仕業であったか……」
「はい。昨日、偶然ながらそれを知ることになりました」
そう言うと、ウルフは昨日あった但馬との決闘について、包み隠さず報告した。国王は、ウルフがコンプレックスを色々と抱えていることは承知していた。そして若いものがやることだから大目にみようと思ったが、しかしあまりにも不用意なウルフの行動には難色し、些か憤慨気味にたしなめるのだった。
「ウルフよ。お主のその堅物なところは美点でもあるが欠点でもある。妹のわがままを何としても窘めたいと言う気持ちは分かるが、不用意に過ぎる。もしもあの男を怒らせていたら、被害の額も4桁では済まなかったかも知れぬぞ。それどころか、今頃お主は生きては居るまい」
「重々承知しております。場合によってはそれもリディアのためと思っておりました」
「馬鹿者!!」
「はっ! 今ではそれがいかに浅はかであったかと、己の卑小さには慙愧の念に堪えません。あの男は、あれだけ強大な力を持っていながらも、手加減が出来ないから使いようがないと言いました。恐らく、周りを巻き込むことを嫌ったのでしょう。私はそれを聞いて悟りました。いくら大きな力を持っていても、その人物が小さくては何の価値もございません。力の大小など些細なもので、要は使い方次第。そう心得ているからこそ、妹もあの男に惹かれたのではないでしょうか。きっと人徳のなせる技なのでしょう」
「ふむ……」
そう言う孫の顔がいつもよりもずっと穏やかなことに気づいて、国王は感じ入っていた。コンプレックスの塊のような孫は、いつも何かに追われているかのように、周囲に規律ばかりを求めた。それは自分を律することの裏返しだったのだろうが、当たり前だが人を遠ざける原因になっていた。国王はそれを指摘し、常に心に余裕を保つように言って聞かせていたのだが、ついぞ理解しては貰えず、気がかりに思っていたのだ。
しかし、その険の取れた表情を見ると、どうやらそれも克服出来たらしい。下手をしたら死んでいたかも知れないが、災い転じて福となすと言うのだろうか。いい影響を受けたようである。
「あの魔法を見て、もう一つ悟りました。恐らく、ブリジットはあれを見たのでしょう……恐らくは、ヴィクトリア峰で」
その可能性は考慮していたが……国王が目だけで答える。
「だとすれば、妹があの男に入れ込んでいるのも頷けますよ」
「かも知れぬが……しかし、それでもブリジットには、我が王位を継いで、この国を背負って行って貰わねばならぬ……可哀想かも知れないが……」
「いえ、陛下。よろしいではございませんか」
するとウルフは、朗らかな笑みを浮かべながら言うのであった。
「妹がそうしたいと言うのなら、好きにさせたらよろしいでしょう」
「何ということを……まさかお主、よもや王位に未練があるのではあるまいな。さては、気でも触れたのか」
「ご冗談を。私は至って正気です」
「ならば、何故?」
胡乱な目つきで見つめる国王に対しても意に介さず、ウルフは言い放った。
「妹はどうせ女です。女王として即位しても、いずれは伴侶を得て子を成さなければ、我が王家の血筋は途絶えます……無論、その相手は強大な魔法使いであることが望ましい」
ウルフの言わんとしていることが分かって、国王は目を丸くした。
「あの男は既にいくらかの貢献を我が国にもたらしております。ですから、頃合いを見計らって爵位を与えればよいでしょう。さすれば、あの男はブリジットを得るということの意味を瞬時に理解し、何らかの手をうつはずです。あとは彼に任せておけば良い」
「なんとまあ……開き直りおったな」
「我々がいくら言ったところで、妹は聞き入れてくれやしませんよ。女のわがままには敵いませんからな」
そう言うと、ウルフは豪快に笑った。実に清々しい笑い声だった。
男子三日会わざれば刮目して見よとはいうが、昨日の今日でこの変わりようには舌を巻いた。いつも余裕がなくイライラしていた孫が、まるで人が変わったかのように、男らしい落ち着きを見せている。
これが但馬のもたらした効果であるのなら、あの男はどれだけのものをこの国にもたらしてくれたと言うのか……
国王はその貢献に深く感謝すると共に、孫の成長を頼もしく感じるのであった。
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一方その頃。その但馬はどうしていたかと言えば、
「エロ本を作ろうかと思います!」
S&H本社の社長室兼会議室で、但馬は目を血走らせながらそう宣言した。
「またバカやって借金こさえてきやがったと思ったら……なんだよそれは」
呆れるような素振りでトーが言う。彼は昨日、いつの間にか気を失っていて、気がついた時には路地で寝かされていたという。魔法を見られていたら、また鬱陶しいのが増えると思っていたが、どうやらブリジットが気を利かせてくれたらしい。GJだ。
で、そのブリジットで思い出した。
「ブリジットの水着写真がさ、かなり好評だったじゃないか。ブリジットはそりゃ可愛いけど、元々は軍隊の部隊内にしか知名度が無かったでしょ? はっきり言って、そんな写真撮っても、普通なら需要が無かったはずなのに、気がついたら全然知らない人たちも銀板写真を欲しがったじゃん」
「そうだな。でもそれは、あの写真が鏡みたいに現実を写しとった精巧な絵だったから、物珍しさが手伝って、みんな欲しがったんじゃないのか?」
「果たしてそうかな? じゃあ、トー、おまえ、ただの風景写真に金貨250枚とか出すか?」
「…………出さねえかな。でも人物だったら……」
「おばあちゃんの写真だったら?」
「出さんな……なるほど、エロか」
「いかにも」
但馬は大仰に頷いた。
「やっぱりエロは説得力が違うんだよ。確かに写真術は目新しい技術でみんなの食いつきはいい。だから普通に何か作っても売れるだろうね。だけど、例えば写真館作ったとしても、その宣伝や費用やらで、売上が出るのは大分先になっちゃうじゃない。そんな悠長なことやってらんねえからなあ……まだ会社立ち上げたばかりで、年商すらわかってないのに。くそっ、あの忌々しい兵隊め、足元見やがって……」
「でも社長! 先月の売上金は金貨1000枚超えてますよ!」
フレッド君が元気よく答えてくれた。あ、そうなんだ。うちってやっぱり儲かってるんだね……と思いつつも、
「で、でもお給料払ったり、設備投資考えたりすると、あんま余裕ないじゃない? 銀行の有利子負債もいっぱい残ってるし……」
「そうだな。動力の改良や、薬品の開発費など、これから積み上がっていきそうだ。社長に言われたとおり、硫酸の生産も始めているが、何にしても先立つモノは必要だ」
「そうでしょうそうでしょう。だからやっぱり手っ取り早く稼ぐとなると、エロなんだよ。絶対お客さんの食いつきが違うから」
「おまえの食いつきが一番違うがな」
お茶をズーズー音を立てながらトーが言った。作りたいなら作りたいと言えといった感じだ。自分だって欲しいくせに。
「ああ、ああ、そうだよ? 俺が見たいんだもん。エロいの、見たいんだもん。どうせ写真自体はやるつもりだったでしょう? あれから新しい発見もあったりして、色々と目処もたったでしょう? ならやらなきゃ、エロ本。男なら前のめりに倒れていかなきゃ」
そう言うと、但馬は机の上にダダンと飛び乗って、高らかに言った。
「俺は! エロで! この国を支配する!!」
その宣言は隣近所まで響き渡り……通行人たちをひどく不安にさせた。
そして、国王に許可されて、意気揚々と但馬の会社に訪問しようとしていたブリジットの心を折ったのであった。