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玉葱とクラリオン  作者: 水月一人
第二章
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いま思いついただけですけどね

 1543年、以後予算(いごよさん)かかる鉄砲伝来。種子島に漂着した中国船に同乗していたポルトガル人によりもたらされた火縄銃は、やがて日本全国に広まり、瞬く間に戦場の主役に踊り出ることとなる。種子島島主、種子島時尭(ときたか)は、その慧眼により即座にこの武器が有用であると察知すると、二丁を購入し部下の八板金兵衛に分解複製を命じた。


 金兵衛は受け取った火縄銃を分解し、その構造を学習していったが、しかし銃身の尾栓に使われていたネジの作り方が分からず、娘をポルトガル人に嫁がせてまでその秘密を探ろうとしたという。嘘か真か分からないその伝説が大変有名であるが、それくらい当時の日本人にとって、ネジを作ることは大変なことだったと言うことである。


 しかし、大変なのは何もネジだけではない。銃には絶対付き物の、火薬もその一つであった。


 古代中国の唐代に発明されたとされる火薬は、はっきりとした起源は分かっていない。当時の錬丹術(不老長寿の研究)書に硫黄と硝石を混ぜると火事になるから注意しろと書かれていたのが、恐らく火薬の起源であろうと言われている。


 因みに、これを書いた人の家は物凄い勢いで燃えたらしく、あまりにも良く燃えたものだから、それが錬丹術師の間で評判になったようで、そのお陰で火薬の存在が世間の明るみに出たようだ。発明者の家が盛大に燃えなければ、この世紀の発見も闇に葬り去られていた可能性がある。そう考えると感慨深い。これが恐らくチャイナボカンの起源と言えよう。もとい、火薬はその後、日本でもお馴染みの『てつはう』などに使われたが、残念ながら本家中国ではそれほど活用されることなく廃れていった。


 さて、中国で発明されたはずの火薬が世界に広まったのは、東ローマ帝国最後の地、コンスタンティノープルの陥落におけるウルバン砲の存在と、15世紀のフス戦争が切っ掛けであり、遠く離れたヨーロッパで活用されたことが圧倒的に大きいと言える。


 何故、その火薬が欧州ではなく中国で発明されたのだろうか?


 古代中国が偉大であったと言えばそれまでだが、恐らくは硝石の存在が大きかっただろう。硝石鉱山は大陸内陸部のような乾燥地帯に存在し、日本のような湿潤な環境では天然に存在しない。中国にはありふれていたのだが、欧州には殆ど存在しなかったのだ。


 そのため、欧州でも産出する地域が限られ、やがて鉄砲が普及していくと、各国は火薬の確保に苦労することになる。特にフランスでは硝石は一切産出することがなく、その時々の他国との関係に左右される羽目になった。


 このままではまずいので、当時の国王は硝石の製造方法を広く求め、やがて古民家の土を湯に溶かし、それに木灰を混ぜると硝酸塩……いわゆる硝石が析出することに気づき、硝石採取人という職業を作って、硝石の確保を行っていたそうだ。因みに日本に火縄銃が伝来したと同時に、この火薬の製造方法も一緒に輸入されたようだ。江戸時代にはこの方法を古土法と呼んで、硝石を得ていたという記録が残っている。


 ところで、先に述べたとおり、島国である日本は湿潤な地域であるため、国中どこを探しても硝石が天然に産出する場所がない。そのため、古土法やとある方法を使って自前で確保するか、輸入に頼ることになるのだが、そうすると商人との関係が物を言ってくる。事実、織田信長は上洛を果たすと真っ先に堺をその手中に収めた。


 その結果、堺より東国の大名家には殆ど鉄砲が行き渡らず、唯一、奥州伊達家が鉄砲を利用していたくらいのものである。


 で、その自前で手に入れる方法とは一体どんなものだったのか? といえば、結局突き詰めれば古土法と同種の方法だった。まず、何故民家の古い土から硝石が得られたのか、それを考えてみよう。


 硝石とは硝酸カリウム(KNO3)のことであるが、先に述べたとおりに、古民家の土と木灰を水の中で混ぜて作り出す。これは、土の中に含まれていた硝酸のイオン(NO3-)が、木灰の中に含まれるカリウムイオン(K+)と結びついて、塩を作るからにほかならない。水の中で、そういう化学反応が起こっていたわけだ。


 では、どうして古民家の床下の土にだけ、この硝酸が存在したのだろうか?


 それは人間や家畜の糞尿から出たアンモニアや尿素が、土中のバクテリアによって酸化されて、硝酸に変質していたからだ(窒素循環)。もしかしたら、熱帯魚を飼っている人には常識かも知れないが、このアンモニアを硝酸に変えるバクテリア(硝化菌)は、世界中のどこにでも存在する。実は植物の生育を助けるバクテリアでもあるのだ。


挿絵(By みてみん)


 さて、こうして土中に作られた硝酸は、水に溶けやすいので、やがて雨によって流されないで済む古民家の床下などに堆積する。昔の人達は、それを知らず知らずの内に利用していたわけである。多分、実物の硝石鉱山と、床下の土の様子が似ていたからではなかろうか。


 話を戻して、じゃあ糞尿さえ用意出来たら硝石が作れるのか? といえば、ぶっちゃけそれは殆ど正解で、後は雨に流されず、日に当てず、植物が育たないように、土中のバクテリアを培養出来る環境を整えてやれば、継続的に硝石を得ることが可能なのだ。実際、フランスではナポレオン戦争時代にイギリスから輸入していたインド硝石の供給が絶たれ、硝石丘という人糞を固めた丘から硝石を得ていたという。


 戦国時代の大名も実はそれ式で生産していたらしく、秘伝であったから広くは知られていなかったが、加賀の五箇山や、飛騨の白川など、各地に硝石の生産地が存在し、早くから培養による生産体制を整えていたようである。古い文献を紐解けば、五箇山では蚕の糞から硝石を作っていたことが分かるのだそうな。


 

 タァーーーーーーンッッ!!


 ……と、ローデポリスから少し離れた丘の影で、乾いた銃声がこだました。


 但馬はシモンの父親から借りたマスケット銃に、路地裏でかき集めた土から作った硝石で作った火薬を詰めて、こっそりと銃の試し打ちを行っていた。


 シモンの親父に言われるまま、9対2対1の割合で硝石、木炭、硫黄を配合し、銃口から火薬と鉛球を突っ込んで、上からギュウギュウと押し込み、実際に持ってみたら思いの外重かったマスケット銃をおっかなびっくり構えて、ドキドキしながら火蓋を切ると、目もくらむような閃光と音と共に、激しい衝撃が肩を叩いた。


 但馬はキーンとする耳鳴りで、頭をクラクラさせながら銃の先においておいた鉄板に目をやると、それは大きな穴を開けて貫通されているのだった。数ミリ程度の鉄板なら、紙切れ同然に突き破るようである。


「……話には聞いていたが、これほどの威力だったとは……これがあれば、鉄の鎧など無意味だな」


 その威力を目の当たりにして、エリオスが舌を巻いていた。彼はかつて勇者の護衛官だったそうだが、まだ若い時分の下っ端であったため、この手の新兵器の存在は殆ど知らされて居なかったらしい。


「勇者様はこれを量産しようとなされていたが、結局硫黄が手に入りにくいもので断念したんだが……君はこれをどうするつもりだい? 量産して、この国に配備するつもりだろうか?」


 試し打ちを終えると、傍らで見守っていたシモンの親父が尋ねてきた。彼は、但馬が硝石を手に入れたと伝えると目を丸くしてから、それじゃメンテナンスも兼ねて一回試し打ちしてみようと言って、マスケット銃を持ち出してきた。


 前々から興味を持っていた但馬はすぐに応じて、街から遠く離れた場所までやって来てこっそりと撃ってみたのだが……


 耳鳴りでクラクラする頭を叩きながら、彼は返事した。


「え? なんで?」

「なんでって……こんなもの他に使い道がないだろう」

「そりゃそうでしょうけど。積極的に戦争に加担するつもりなんてサラサラ無いですよ。大体、現状ほぼ大勢が決している状況でしょう。そんな時に、こんな兵器があるなんて知れたら、メディア侵攻が加速するだけですよ。馬鹿馬鹿しいじゃありませんか」


 但馬がそうあっけらかんと言うと、大人二人はぽかんとした顔で顔を見合わせた。これがゆとり世代というやつだろうか……みたいに思われてそうで癪である。


「あのね、あなた達がどう思ってるか知りませんけど、種族も生活習慣も違う国を滅ぼすってことは大変なことですよ。まず国を滅ぼして、その国を治めていた一族を根絶やしにして、はい、今日から君たちの王様は俺たちですよって言っても、誰もついてきやしませんよ。反乱を起こされて泥沼の闘争になるのが落ちです。


 それに、メディアって国は恐らく滅ぼすことが不可能です。仮にメディア平原をリディアが抑えたところで、彼らは森に依ることが出来ますからね。なのに、リディアの方は近づくことすら出来ない。そうなったら最悪ですよ? 戦線は伸びきって、散発的なゲリラ戦術に悩まされ、いよいよ和平なんて結ぶことすら出来なくなる。現状、一番良い方法は、彼らに旨味を残したまま、和平を結ぶことなんです」

「はぁ~……そういうものか。君はいつもそんなことを考えているのかい?」

「いや、いま思いついただけですけどね」


 大人二人はガクリとした。但馬は口を尖らせながら、


「でも、わりかし間違っちゃいないと思いますよ。元々、彼らは一つの国の住人で、反乱軍扱いですからね。滅ぼそうにも国としての体を成してないから、滅ぼしようがありませんし。尤も、それを含めて、俺なんかがどうこう考えるようなことじゃないですしね。本国の調停に任せりゃいいんですよ。国が和平交渉をしようとしてるときに、波風立てるようなことは慎んだほうが吉でしょう、きっと」

「それもそうか……」


 シモンの親父は、それを聞いて安心したといった感じに、


「それなら、それは君が持っておけ」

「え?」

「元々、それは勇者様がお作りになったものだ。俺のものではない。晩年、勇者様が何を思ってそれをお作りになられたのか……それが分からなくて、ずっと所持し続けてきたのだが、君なら必要なときに、上手に使ってくれるだろう。俺が持っているよりよっぽどいい」

「いや、使い道無いし、使わないと思いますよ? それに、量産するなら、結局は親父さんの力を借りることになりますし」

「それならそれまで持っとけ」

「はあ……そういう事でしたら」


 ぶっちゃけ、この世界に来てからずっと但馬は丸腰なので、そろそろ自分用の武器の一つもあったほうが良いかなと思っていた。この間、熊に襲われた時も、これがあったら、もう少しまともな対処が出来たはずだ。


 いや……先込め式の火縄銃では咄嗟の時はお手上げか。今にも熊に襲われそうなときに、火薬を詰めて弾を込めて口火を切ってズドンって……ギャグ漫画かよ。このままじゃ到底使えまい。


 まあ、自分用カスタマイズなら、遠慮無くやっちゃってもいいだろうし、そのうち何か改造してもらおう……などと考えていたら、エリオスが言った。


「それじゃ社長。この硝石とやらは、このまま封印するのか。昨日、あんなに苦労してかき集めたと言うのに……」


 彼はその時の光景を思い出したのか、ブルブルと身震いをしていた。ウンコまみれになってしまった但馬はもう慣れてしまったが、初見の人にはやはりキツかったのだろう。もう思い出すのも嫌みたいだ。


「いや、もちろん、そんなもったいないことしないよ。これはこれで別の使い道がありますから。ぶっちゃけ、銃の方がついでだったんだ。せっかくだから試し撃ちしたかっただけです」

「そうだったのか? それじゃあ一体、こんなものを集めて何に使うんだ」

「色々使い道ありますよ。差し当たっては……そうですね。王様とも約束しちゃったし、写真の方をもっとちゃんとしましょうかね」

「また、あれか。また騒動になったら困るぞ」

「今度は上手くやりますよ。つーか、物凄い金になることが分かりましたからね。上手くやらにゃならん」


 そもそもなんで写真撮影なんか始めたのかって、前線の兵隊向けにエロ本でも作ってみようと思ったのが切っ掛けだった。取り敢えずインパクト勝負と思って、ブリジットを被写体に水着グラビアみたいのを作ってみたが、その銀板写真の評判は凄まじいものがあった。どうせなら続けた方がいいだろう。


 そのためには現状の銀板を使う方法ではコストが掛かり過ぎる。さっさとコストダウンを図ったほうがいいから、そのために硝酸を欲していたのだ。正直、お手上げだと思っていたが、思いがけないところから硝石を手に入れることが出来るようになったのは僥倖だった。


 少し脱線してしまったが、贈答用石鹸も商品化しなければならないし、森の調査も継続して続けたい……まだマナの正体や、この星について何も分かっていないのだ。やることはいっぱいある。


 但馬たちは市街に戻ると、シモンの親父は工場へ、エリオスは事務所へ、但馬は昨日のウンコ掃除がまだ残ってるので路地裏へと向かった。


 路地裏でいつもの面子と合流し、残り少ない清掃仕事を片付けると、昨日と同じように路地裏の土から硝石を抽出する作業を日が暮れるまで続けた。手伝ってくれよと言うと、始めはみんな嫌がったが、日当出すからと言うと喜々として仕事を請け負ってくれた。3日目にもなると慣れてしまったのか、みな泥まみれ……というかウンコまみれになっても全然文句は言わなかった。


 夕方になって作業を終え、近所の人たちに白い目で見られながら水場で水浴びしてから、憲兵隊事務所で鼻をつまむことを隠そうともしない憲兵に報告し、晴れて自由の身になった4人は三々五々別れた。


 日当を手に入れたエリックとマイケルは駐屯地に帰ってPXで飲むらしく、トーは金をちらつかせながら、どこぞの姉ちゃんのところにでも転がり込むつもりでいるようだった。


 但馬はいつものように水車小屋にアナスタシアを迎えに行こうと、事務所の面子に声をかけてから帰宅の途についた。今日まで路地裏掃除が長引いてしまったが、明日からは通常営業で、新商品の開発もしなければならない。写真の方がうまくいくようなら、写真館なども建てたいし、これから忙しくなるぞ……などと考えながら、人混みを避けて人通りの少ない裏通りをテクテク進んでいくと……


「いい加減にしろ! お前はまだそんなことを言っているのか!!!」

「……兄さんには関係ないじゃないですか!」


 なにやら前方から聞き覚えのある怒鳴り声が聞こえてきた。


 但馬は渋面を作った。


 なんか、あの人苦手なんだよなあ……と思いつつも、もう一人の声の方にも聞き覚えがあったので、渋々様子を窺おうと、こっそり隠れながら声のする方を覗き見た。


 すると、人気のない路地の空き地に、ウルフとか言う近衛副隊長と、数人の近衛兵たちに囲まれたブリジットの姿が見えるのであった。


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