え? 小さすぎて気づかなかった
今を遡ること10年前。北方セレスティア大陸で勇者が暗殺された。
リディア王ハンスは若い頃に伴侶に先立たれ、それ以来妃を変えたことがない。彼にはかつて一人息子がおり、その子が将来、ハンスの後を継ぐことは言うまでもないことだった。
王太子の人柄と言えば、それはそれは快活で武勇に優れ、誰にでも優しく接するというナイスガイだった。そんな彼は年頃になると、留学先のエトルリアの社交界でデビューし、そこで王太子妃となる見目麗しい貴族の子女と出会い、恋に落ちて結婚した。リディアに帰還した彼らは国民から愛され、とても幸せな日々を送っていた。まさにリア充人生まっしぐらである。
リディアの未来を担う彼らに国民は心酔し、彼らもまた国民に応えようと努力した。王太子夫妻の人気は高く、国民とも非常にいい関係だった。
そんなわけで、やがて子供が生まれて後継者問題も一段落がつくと、国王は彼らに家督を譲って隠居しようと考えるようになった。王太子夫妻は若かったが思慮深く、リディアの建国理念を深く理解し、亜人融和派を取りまとめては、両国の関係改善に従事するような人たちだと思えたからだ。
彼らなら国をいい方向へ導いてくれる……国王がそう考えるようになるまで、そう時間はかからなかった。
だが、そんな時、勇者の悲報がもたらされた。
その衝撃は全世界へとあっという間に広がり、そして多くの人々を動揺させた。
北方大陸に国を構えた勇者は、知っての通り、かつてのリディアの恩人であり、象徴であり、ひいては亜人融和派が主戦派を説得する論拠の源泉だった。故にその知らせは国中にあっという間に広まり、人々を強く不安にさせた。
王太子は国民の不安な気持ちを理解し、その不安を和らげようと考えた。勇者の恩に報いるために、内戦の続く北方へ派遣するよう国王に願ったのだ。国として介入しようと言うわけではなく、かつての恩人のために馳せ参じようと言うのだ。
普通ならば認めないところであったが、王太子は国王ハンスをも凌ぐ、国内随一の兵でもあった。そのため、内心では北方で何があったのか気になっていた国王は、表向きは反対しても強く引き止める事が出来ず、王太子が少数を率いて北方へと旅立つことを許してしまったのだ。
だが、それは失敗だった。
彼が北方へ旅立っておよそ1年後、今度はその王太子の訃報がリディアに伝わったのである。彼によって助けられた難民によるその知らせに、国中が悲嘆に暮れた。特に王太子妃のショックは計り知れず、体調を崩すと床に臥せってしまう。
しかし、リーダーである王太子を失った亜人融和派は彼女にすがるより他なく、見舞いを理由に接触しては、徐々に彼女の心に反戦思想を植え付けていった。元々、本国人だった彼女の周りには、エトルリア人のコミュニティが存在し、ぶっちゃけ派閥関係で国王が把握しきれない中、気がつけばいつの間にか彼女は亜人融和派のリーダーとして祭り上げられていたのだった。
夫を失った悲しみを背負い、彼女は体調不良を押して精力的に戦争の愚かさを諭して回った。自分自身が夫を失ったばかりで、その悲しさを埋める意味もあったのかも知れない。国王は明らかに担がれている彼女を心配し、近衛を通じて宮殿に帰還するよう要請したが、彼女に聞き入れられることは無かった。
そうやって、彼女は求められれば街中どこでも演説して回った。もうこれ以上、悲しみを背負う人が増えないように、戦争はやめようと説いたのだ。
一見すると美談であったが、しかし、その実とんでもなく浅はかな行動だった。演説のために、民衆の間を分け隔てなく歩いていた彼女は、暗殺者の格好の的だったのだ。そして、国王の手を離れて、事態は最悪の方向へと転がっていく。
国王の再三の忠告を聞かずに無防備を晒し続けた彼女は、戦争反対を説くための壇上で刺殺された。その暗殺者はすぐに群衆に取り押さえられ、興奮した暴徒に撲殺されて死亡した。そのためその目的や、背後関係は未だに判明していない。
主戦派か、メディアの間者か、それとも他の勢力か……何者が彼女を殺したのか、それは分からないが、ただひとつ判明していることは、その王太子妃を襲った犯人が亜人だったということである。
**************************
但馬は15階の謁見の間から出ると、長い長い階段を下りながら、ブリジットのことを考えていた。
そう言えば、彼女は時折、亜人に対して辛辣な言葉を発していた。基本的には穏やかで礼儀正しい彼女らしくないので、きっとこの国のステレオタイプな反応なんだろうと思っていたが、どうやらあれは彼女の個人的な感情の現れだったのだろう。
思い返せば、彼女が水車小屋に殆ど寄り付かなかったのは、何も場所が場所だったからというわけでもなかったのだろう。きっとジュリア他、亜人が沢山いるのが気に食わなかったのだ。
「しかし……相当、胡散臭い話だよな……」
階段を降りながら但馬は息を切らせて独りごちた。
ブリジットに同情しつつも、彼は別のことが気になっていた。正直なところ、話を聞いた限りではブリジットの母親が暗殺される理由がない。
国王の話では、その後、国中が一時的にファッショ化して大戦争への道へと傾倒していったそうで、それは主戦派の望むところだったから、恐らくは彼らが暗躍していたのではないか? という見方が一般的であるようだった。
しかし、この国は王政だ。主戦派と言っても王を戴く臣民であるなら、その王太子の未亡人を暗殺するのはどう考えてもタブーだろう。大概、この手の主戦派は、体制右翼のタカ派が常である。個人よりもお上が大事という輩だ。じゃないと何のために戦ってるか分からないではないか、戦争狂じゃあるまいし。だから守るべき自分たちの王を傷つけるような選択を取るとは考えにくい。
他にも例えば、宮廷闘争で王位継承権を廻り、邪魔な王太子妃の暗殺が目的だったと考えれば辻褄があうが、幸か不幸かリディア王には子供が一人しか居なかった。宮廷闘争など起こりようもないのだ。
この国はメディアと50年も戦争を続けているそうだが、当たり前だが始終戦闘を繰り広げているわけではない。英仏の100年戦争みたいに、途中で休戦も挟んだろうし、幾度と無く和平交渉も行われただろう。そもそも、但馬が話をしてみた限りでは、リディア王はどうやら戦争を望んではいない。
なのに50年も続いている。これは尋常ではないことだ。何者かが糸を引いていると考えた方が無難なのではないだろうか。
それに、ブリジットの母の暗殺に至る一連の流れは、スムースに行き過ぎだ。
勇者が死んだ、何者かに暗殺された。一体何が起こったのかと気になって王太子が派遣された。ここまでは分かる。そして王太子が内戦中の国で不幸にも命を落とす……これもまあ、まだ有り得る話だ。
しかし、ここでどうして亜人融和派は動揺したのだろうか。彼らのリーダーが死んで焦るのは分かるが、そもそも王太子の死とメディアとの戦争は直接の関係がない。急いで国民のコンセンサスを得る必要など無かったろう。なのに、悲しみに暮れる未亡人を担ぎだして、警備もままならない群衆のもとに連れだした。
未亡人は夫を殺されたばかりだから、戦争反対を叫ぶだろう。でも、これじゃ暗殺してくれと言わんばかりではないか。どっちかといえば、亜人融和派の方が犯人なんじゃないの? って感じがする。
もちろん、こんなのは単なる憶測に過ぎないのだが、何だか妙に違和感が拭えなかった。
しかしまあ、単純に相手が憎いと言う感情論だけで行動する、血の気の多いバカが居るってだけかも知れないし、考えすぎても詮無いことだろう。
そもそも、リディアに来たのもせいぜい4ヶ月前のことだし、メディアに至っては何も分からないのだ。国政を論じるくらい、この国に肩入れする愛着も正直いってないのだ。
「そういやあ……メディアってどんな国なんだろうか……」
と言うか、国なのか? 国家なら、どこか別の国と交流して国家承認されてなきゃならない。そんなのシーランド公国と同じで、ただの自称国家に過ぎないので、他国からすれば反乱軍扱いがせいぜいだろう。
しかし、地政学的に他国と交流しようとも、リディアが蓋をしているせいで、そんな余裕があるとは思えない。エトルリア大陸の国家からはどういう風に認識されているのか、誰かに一度聞いてみようか……
などと考えながら、インペリアルタワーの15階もの階段をようやく下り終えて、中央公園までやってきた。公園はいつも通りのどかで、大道芸人や屋台が沢山居て、常連となった但馬を見かけては、みんなが彼に声をかけてくる。
今日も平和そのものだな……などと思いながら、但馬は彼らに手を振り返し、そして公園の目の前にある事務所に入ったら、待ち構えていたエリオスにしこたま怒られた……何故だ?
「何故も糞もあるかっ! 社長、知らなかったとは言え、君は一国の姫君になんて軽率なことをするんだ! 命があるだけマシだと思えっっ!!」
どうやら、国王の元へしょっぴかれていった但馬のことが心配で、相当気をもんでいたらしい。彼は但馬の護衛なので、簡単にとっ捕まえられては立つ瀬がないと言うのもあったろう。
こんな国家権力に捕まるようなことを平気でされては、自分が護衛についていても無意味である。軽率な行動は慎むべきだ。それもこれも、但馬がたるんでいるからに違いない。健全な精神は健全な肉体に宿るとも言うし、前々から思っていたが、但馬は脆弱すぎるから、少し鍛えたほうが良い。自分が叩きなおしてやる。
と言った感じで激おこのエリオスに何も言い返せず、頭をたれながらすみませんすみませんと半べそをかいていた但馬は……
……そんなわけで翌朝、早朝から叩き起こされてローデポリスの外壁を延々と走らされる羽目になった。
朝食も食べずにいきなり走らせるのは体に非常に危険だと説いたのだが、聞き入れてはもらえず、それどころか、運動中は水を飲むな、飲まないほうがいいのだと水分補給を絶たれて仰天し、体内の電解質について科学的に説得したのだが、聞く耳持たれず死にそうになった。
やべえ……この男、考え方が昭和である。
このままじゃ殺されてしまうと、何とか逃げ出す方法を画策したのだが……
「先生って……全然、体力ないんだね」
と、無理矢理付き合わされただけのアナスタシアに、追い越しざまに囁かれて、あまりの情けなさに逃げる気力さえ奪われる始末であった。っていうか、セリフがきつい。個人的には「え? ……もう出ちゃったの?」の次くらいにきついセリフだ……
と言うか、まさかアナスタシアよりも体力がなかったのかよ……周りが超人だらけだったから、自分は多少弱くても構わないや程度に思っていたが、アナスタシアに負けたのだけは正直堪えた。もやしっ子で何が悪いとか開き直ってる場合じゃない。
「う、うお……うおおおおおぉぉぉぉ~~~~~!!!!!」
但馬は奇声を上げると猛然とダッシュした。
「むむっ? ……その意気だ、社長。よし、俺から一本取ったら飯にしよう」
その悔しさが尾を引いて、その後ムキになってエリオスに言われるままに剣を振るったせいで、会社にたどり着いた時には、体がバキバキでポンコツに成り果てていた。因みに朝食は取れてない。
そして、世間はどこまで行っても無情である。
朝礼を終えて、今日はもう仕事にならないから、社長特権で家に帰ってふて寝しようとしたところに、エリックとマイケルがふらりとやって来て、
「それじゃ先生、行きましょうか」
と、どこぞに誘ってくるのだった。何のことかと思えば、
「俺はおまえに言われるままに写真を撮っただけだぞ、くそっ……なんで俺までドブさらいなんかやらにゃならんのだ」
と、背後からトーの実に嫌そうな舌打ちが聞こえてきて思い出した。罰金を払った段階ですっかり忘れてた。そういや罰則もあったんだっけ……
「え? うそ……マジ? 今日じゃなきゃ駄目?」
ドブさらいと言えば聞こえは良いが、この国でドブと言えば、要するにウンコの海のことだぞ……こんな身動きを取るのもやっとの状況で、ウンコ掃除なんてしたらどんな事故が起こるか分からない。死ねと言ってるようなものである。
だから、追徴金を払ってもいいから許してもらえないだろうかとゴネてみたのだが、問答無用でエリオスに首根っこを引っ掴まれて連行された……体力が違いすぎるから、抵抗は無意味である。と言うか、いきなり扱いが厳しくなった。どうやらイケない人に火を点けてしまったようである……とほほ。
そんなこんなでウンコだらけの路地裏に叩きこまれた、但馬、エリック、マイケル、トーの四人は、目がシバシバし、鼻がひん曲がりそうな悪臭の中で、泣く泣くウンコの海を掃除して回った。
ウンコの海と言う表現は概ね正しかったが、その他にもおしっことゲロと生ごみと虫とか色々な死骸で、明らかにやばそうなガスがあちこちで噴き出している。
前回のねずみ講騒動でも罰則を食らっていたエリックとマイケルが意気揚々と掃除の仕方を教えてくれたが、仲間が増えてそんなに嬉しかったのだろうか。むっつりとした不機嫌そうな顔を隠さないトー相手に、色んな小技を披露しては彼に煙たがられていた。
そんな中、但馬は涙を流しながら、ふと思いついて彼に尋ねた。
「あん? メディアの産業だって? どうしてそんなの俺に聞くんだ」
「おまえ、そう言うの詳しそうじゃん。一応、銀行員だったろ」
「まあな……この国と直接取引があるわけじゃないから詳しくは分からんが……あの国は主に交易で成り立ってるようだぞ」
「え? 交易??」
予想外の言葉が出てきて面食らう。正直、意外すぎた。
メディアはガッリア大陸の西端にあり、外洋に面した国土しか持たないはずだ。他国と交流しようにもリディアが邪魔で船が出せない。
「だから、森を通ってエトルリア大陸まで歩いて来るんだと。ティレニアの商人がそう話してたな」
「あ……ああ~、そうかそうか。そうだった」
但馬も、亜人ならば森の調査を楽に行えると思って、雇えないかと国王に尋ねてみたのだ。それをもう少しワイドに展開させれば、森のなかを自由に行き来して、リディアを通らずに他国と交易が出来ることに気づくはずだ。
「しかし気の長い話だな……メディアから北のエトルリア大陸まで、何キロくらい有るんだよ?」
「ぶっちゃけ大雑把にしか分からんが、2~3000キロはあるはずだぜ」
「2~3000キロ!?」
そんな距離を森を突っ切って歩くなんて、普通の人間には不可能だ。一体何ヶ月くらいかかるのだろうか。体力バカと言われる亜人ならではといったところか。
「いや、そうとも限らん。うちの国の東に、フラクタルという海賊頻出地域があるのは知ってるな?」
「ああ」
「そこの海賊と通じてるんじゃないかと、専らの噂だ。この海賊自体も、どうやって生活してるかかなり謎だからな。もしもそうなら、踏破距離は半分になる」
「へえ、なるほどなあ……」
メディアはリディアに交易路を潰されてると思っていたが、そう言うルートがあったのか。そう考えると、リディアの方が森を通れない分、逆に自由度で負けているような気もする。
「交易品はコーヒーやバナナのような果物、あとは様々な薬草類だな。これは森でしか取れないから珍重されている」
「薬草??」
「ああ、世の中にはヒール魔法の効かない病気などがあるらしいが、そう言う時にこいつらがもたらす薬草が必要になるんだと。効能はぶっちゃけ眉唾だがな」
プラシーボという可能性も否定出来ないが……そう言われてみれば、駐屯地に医者がいて漢方薬を出されたことを思い出した。指がニョキニョキ生えてくるくらい強力なヒールがあるのに、なんで医者が必要なのかと思ったこともあった。何かヒールじゃ駄目という法則でもあるのだろうか。
「まあ、そんな具合に、あいつらは森の恩恵を最大限に受けられるから、ヘタするとうちの国より裕福かも知れないな。あまり大っぴらには言えないんだが、他国経由でリディアにもメディアの特産品が入ってきてるんだ。コーヒーなんかもろにそうだな」
「コーヒーならうちにもあるぞ。はあ~……まさかメディアの特産品だったとは。それじゃあ、あのコーヒー豆は本当なら目と鼻の先にあるのに、大陸をわざわざグルーッと回ってうちまで来てるわけなんだ?」
「そうなるな。お陰で結構な値段になっちまってる。ティレニアなら、リディアの半額以下で買えるぜ」
「ふーん……そうなのか。って、さっきから出てくるティレニアって?」
「なんだよ、そんなことも知らないのか?」
トーは呆れるような素振りで言った。
「エトルリアの東一帯を統治する国で、正式名称は『聖女リリィの奇跡により浄化されし山々からなる約束の地、ティレニア神聖帝国』だかなんだか、ギャグで言ってんだろって感じの宗教国家だ。狂信者だらけの気味の悪い国で、宗派の違う相手は容赦しない。凄い閉鎖的な連中だね。その名の通り聖女リリィを開祖と戴き、エトルリア皇女を偽物だと言って憚らず、本国を敵視している」
「そりゃまた穏やかじゃないな……ん? でもエトルリアもリリィが建国したんじゃなかったっけ? なんかそんな風に聞いたけども」
「ああ、その通りだ。言わば本家と元祖で争ってるラーメン屋みたいなもんだな。どっちも自分たちの方が正当だって言い張ってて、はっきり言って仲が悪い」
「ふーん……ってことは、メディアは主にティレニアと交易してるのか」
「そうなるな。リディアはエトルリアの属国だから」
ブリジットの母親を殺した相手が何者かと考えていたら、なんだかおあつらえ向きに怪しい国家が出てきたものである。今のところ、リディアとメディアが戦争していて一番得をするのはこの国だろう。
もしかしてリディアとメディアは、エトルリアとティレニアの代理戦争みたいな側面もあるのだろうか。絶対とは言い切れないが、これは覚えておいたほうが良いかな……と、但馬がそんなふうに考えごとに没頭していると、
ドンッ!
っと誰かが背中にぶつかってきた。
「あ、先生。すんません」
「何やってんの?」
見るとマイケルが中腰になってバックしながら但馬にぶつかってきたようだった。まるで田植えみたいな格好をして、掃除そっちのけで何をしてるのか尋ねてみたら、彼は満面に笑みを浮かべながら、銀貨やらクズ宝石やら、貴金属の山をジャラリと但馬に見せびらかした。なんじゃこりゃあ。
「なんかたまにキラっと光るものがあるなと思ったら……いやあ、探してみれば、意外と転がってるものなんですよね。ほら、ここってウンコだらけっしょ? うっかり落としちゃっても、それほど価値の無いものなら、みんな結構あっさり諦めちゃうみたいで……こうやって熊手で掘り返してみると……ほら」
「ほうほう、なんだか潮干狩りみたいだな……そうか、これが都市鉱山というやつか」
言われて但馬も気をつけながら掃除用のデッキブラシを動かしてみると、暫くそれを繰り返していたらキラリと何か光るものが見つかった。
「おお! 俺も銅貨見つけたぜっ!! へへ……帰りに屋台寄ってこうぜ」
「え? マジかよ、俺も探そうかな」「なになに? どうしたんすか??」
但馬とマイケルが喜々として戦果を報告すると、エリックとトーも我も我もと探し始めた。
そうして四人は清掃そっちのけで、泥に塗れ、汚物をかき分け、ゴキブリと戦いながら、ウンコの海をさらって光るものを探し続けた。やがて日が暮れて辺りがすっかり暗くなったころには、暫くは食うに困らないくらいの一財産出来ていたのであるが……
「……君らは馬鹿なのかっ!!!」
貴金属探しに夢中になって、まったく掃除が進んでいない路地裏を見て、迎えに来たエリオスが嘆いていた。
コンコンと説教を受けながら、本来なら1日あれば終わるはずなのに、昼間やって来た時とあまり変わってない路地裏を見つめ、但馬はうなだれた。一体、一日中自分たちは何をやってたんだ……
「先生……くっさ……」
長いお小言をどうにか聞き終え、ほうほうの体で水車小屋までアナスタシアを迎えに行くと、いつもなら但馬の腕にピッタリとくっついて来るはずの彼女が、鼻をつまんで遠巻きに、後ろからついてくるだけであった……
ガビーン! ……と、ショックを受けて但馬はくずおれた。それにしてもきついセリフである。個人的には「え? 小さすぎて気づかなかった」の次くらいにきついセリフである。