金髪の悪魔
夕方。水車小屋に迎えに来た但馬と一緒にアナスタシアは家に帰った。
夕飯を食べてお風呂に入って、食器を洗って寝ようと思い、彼女が寝室を覗くと但馬の姿は無かった。風呂上がりに下の工房までいそいそと降りていく姿を見かけたが、まだそちらの方なのだろうか。
階段を下りて工房のある廊下まで来るとドアからランプの灯りが漏れていた。ドアの隙間から中を覗くと作業机に向かう但馬の背中が見えた。それがかつての父親の姿と重なって、邪魔をしてはいけないし、邪魔をしたくもないのだが、どうにももどかしてく、いつもなんて声をかけようとかドアの前で考えこんでは躊躇していた。
三年前。母親が死んで暫く、水車小屋の研究室に篭もりきりだった父親が、毎日家に帰ってくるようになった。しかし、何かに追われているように研究に没頭していた父親は、家に帰ってくるだけで彼女にかまおうとはせず、いつも彼女はほったらかされた。
母親が死んだばかりで寂しかったのだと思う。父親にかまって欲しかったのだと思う。だから彼女はいつも何かと理由を付けては、父の仕事の邪魔をした。じっと黙ってその姿を見つめていれば良かったのに、夢中になって彼の気を引こうと邪魔をした。
それがいけなかったのだろうと思う。
修道院での生活は最悪だった。
だから本当なら今度こそ失敗しないようにと、彼の邪魔をしないようにと、いつも工房の扉の前で引き返そうとしていた。でも中々引き返すことが出来なくて、散々逡巡した後に、結局は気がつくといつも、コンコンとドアをノックしているのだった。
「先生、ここで寝てもいい?」
アナスタシアが工房に現れると、何やら工作をしていた但馬はパッと振り返ると、殆ど反射的に、
「いいですとも」
と言ってから、すぐにバツの悪そうな顔をして、
「あ、いや、もちろん良いんだけどね。今日はもう上に戻るよ? 作ってみたは良いけど、この暗さじゃ役に立たなくてね。朝になるまで作業もお預けだ」
と言って何やら黒い筒をパタパタと振った。
「……何作ってるの?」
「ピンホールカメラ……って言っても通じないよね」
「うん」
「オーケーオーケー。百聞は一見にしかずだからな。朝になったら一緒に遊ぼうぜ」
と言うと、彼はランプを持って立ち上がり、アナスタシアの手を引いて二階へと上がった。
翌朝、但馬は日が昇るとすぐに起きだして、庭でピンホールカメラを使って景色を映してみた。昨日、トレーシングペーパーを作ったことで、かつて児童館でピンホールカメラを作って遊んだことを思い出したのだ。
レンズを使わないピンホールカメラは、紙さえあれば簡単に作れる。要は光を通さない箱に小さな穴を空ければいいだけなのだ。すると穴の大きさに応じて像を結ぶ位置が変わるので、ピントがあうようにスクリーンを移動させればよい。
こうやって上手く焦点距離を合わせると、スクリーンに上下逆さまの映像が浮かび上がってくるという寸法だ。
ピンホールカメラの原理は簡単だ。
物体は光を受けると光を吸収し、特定の波長の光を放射する。赤い色は赤い波長の色を、青い色は青い波長の色を放っているから、我々の目にそのように映るのだ。分かりづらいなら、要は物体は特定の色だけを反射すると考えれば良い。
さて、この物体から放たれる光は、上下左右、360度全方位に向かって放たれているのだが、この光がピンホールのように小さな隙間を通ろうとすると、光が入ってくる方向が限定されるのが分かるだろう。
例えば背の高い一本の木を撮影するとして、木が発する光がピンホールを通ろうとするなら、木のてっぺん辺りの緑色の葉っぱ部分は下方向に向かう光だけが、根本の茶色い幹の部分は上方向に向かう光だけが穴を通るので、穴を通った先では緑色が下に、茶色が上に映される……つまり穴を通して、上下左右全てが逆さまにプロットされると言うわけだ。
一方向からしか光が来ないので、光が混ざらないから白くならない。もしも開けた穴が大き過ぎたら、通れる光が多くなるから、色が混ざって白くボヤケる。これがいわゆるピンぼけ写真の原因で、よくカメラを絞るという表現を使うが、これは穴を小さくしたりして、入ってくる光量を調整しているのである。
但馬が早朝から庭でピンホールカメラを使って遊んでいると、朝食を作りに起き出してきたアナスタシアに見つかった。昨晩は見せてあげられなかったので、手招きして呼んであげると、彼女はカメラを手にとって、不思議そうにあちこちを覗いていた。どうやら気に入ったらしい。
せっかくだし簡単なカラクリだから、朝食を食べてから一緒に工房で2号機を作り、ついでに予備の3号機を作ってから、会社に行くのにいい頃合いになったので別れて家を出た。普段なら午前中は家の掃除をしたりして過ごす彼女が、但馬と一緒にいそいそと出かけて行ったのは、恐らく水車小屋の子供たちに見せてやろうと思ったのだろう。
相変わらず難しそうな顔ばかりしているが、少しずつでも色々なことに興味を持ったり楽しんだり出来るようになってきたらしい。なんだか和む。
会社に持って行って朝礼で見せてやると、やはり子供にウケが良いのか、番頭のフレデリックが物凄く喜んではしゃいでいた。そして、シモンの父親もその不思議な現象に驚いていたようだが……
「へえ……これ、小さいけどカメラになってるのか」
意外にも不良社員がピンホールカメラを見て、一発でそれが何かを言い当てたので、思わず但馬の方が驚いた。
「何だよトー、おまえカメラ見たことあんの?」
「おう、本国で見たことあるぜ。こんな小さいやつじゃなくて、部屋がまるごとそうなってんの。画家が中に入って絵の下書きをするんだとよ」
ピンホールカメラの原理が世に登場するのは紀元前1000年頃、古代中国やギリシャでも知識層には知られていたようである。恐らく、部屋に空いた小さな穴が、偶然壁に映像を作ったのが切っ掛けだったのだろう。アリストテレスもその存在を知っていて、何故このような現象が起こるのか? と言う問いかけを残しているそうだ。
当初は一種の好事家や金持ちなどの道楽にしか使われていなかった技術であるが、それを画家が積極的に使い出したのは15世紀頃、ルネッサンス期のことである。
当時の芸術家たちはこの現象に目をつけて、部屋がまるごとピンホールカメラになっているカメラ・オブスクラという装置を作り、その中に入って映像をなぞり風景画などの下書きにしていたそうである。
かのレオナルド・ダ・ビンチもこれを用いて数多くのスケッチを残し、陰影や遠近法、透視画法などを学んだと言われている。あの精緻な絵画は、こうして生まれたという訳だ。
但馬はトーの言葉に驚いて言った。
「え? それじゃ、本国じゃあこの手の精密な絵を描く絵かきがいるわけ?」
何と言うか写実主義的な。
「ああ、この国じゃ絵かきはお遊びみたいに思われて肩身が狭いが、本国じゃれっきとした商売で、職業画家なんてのもあちこちに居るぜ。向こうの貴族社会じゃ肖像画を描かせるのが一種のステータスみたいになってんだな」
「へえ、そうだったんだ……おまえ、そういうの詳しいのか?」
「ん? まあな。俺より支配人の方が詳しいぜ……リディアじゃ武人が幅を利かせてるもんだから、コソコソしてるが、こういった芸術方面に興味を示す人らもちゃんと居るぜ。うちの支配人もそうだし、大臣なんかもそうだ。銀行に居たとき、たまに応接室で楽しそうにやってるのを見たな」
あの三大臣の一人か……会社設立の融資を相談しに行った時、確か銀行にふらりとやって来たのが居るが、彼だろう。そう言えば、インペリアルタワーに行くと、決まって近衛兵やら武官らしき人物がうようよといたが、文官らしき人材は大臣たち以外に見たことがない。
財務省は銀行が兼任してる感じだし、他も民間に投げてるのだろうか。人口10万人強の国だから、意外となんとかなってるのかも知れない。
「ふーん……なるほどなあ。まあ、絵画とかって、見る人が見ないと面白くもなんともないものだからな」
そもそも、一目見てこれに金を出そうと思えるような絵画には、中々お目にかかれるものではない。しかし描かなければ絵は上手くならないわけで……画家が育つには裕福な家庭か、どうしてもパトロンのような存在が必要になるだろう。
それだけの余裕がこの国にあったかと言えば、確かに疑問で、芸術家が育たなかった理由も頷ける。しかし、最近のゴム製品需要による好景気で、少しずつその芽が出てきていると言った感じのようだ。
「んで、こいつを使って何をすんだ? 確かに珍しいものかもだけど、売り物にしようにも、子供のおもちゃにしかなんねえぜ? 大規模な装置を作って、見世物小屋でも作ろうってのかい」
「それも悪くないけどね……写真機を作ろうと思ってるんだけど」
「写真機?」
「簡単に言えば、このスクリーンに移った景色をそっくりそのまま写し撮るんだ」
「本国みたいに画家を育てようってのか?」
「いや、そうじゃなくって、薬品を使ってこれを定着させるのさ」
但馬が何を話しているのかチンプンカンプンだと言う不良社員のために、河岸を変えて工場で直接見てもらうことにした。フレッド君も来たがったが、本社を空にするわけにもいかないので我慢してもらう。
工場にやってくると、但馬は研究員たちも呼んで、新しい装置のプロトタイプ開発をその場で行った。
研究員たちにピンホールカメラを見せると、彼らは映像が簡単に得られることを知って驚き、喜び勇んで大昔のカメラのようなものを作ってくれた。暗幕を被って、カメラの背後から見れば、トレーシングペーパーで作ったスクリーンに映像が映ると言うところまでは同じだが、但馬はそのスクリーンを取り替えることが出来るような仕組みを作ってもらった。
スクリーンの代わりに、そこにフィルムを置けば、フィルムに映像が写るというわけだ。あとはそのフィルムを用意すればいいわけだが……
「石鹸製造で余ってる塩素持ってきてくれる?」
フィルムは、主にこの塩素と銀を使って作られる。
塩素と銀は常温で容易に反応し、塩化銀となる。塩化銀とは、ハロゲン化銀と言う化合物の仲間で、水に溶けず、安定的な化合物であるのだが……これには面白い特徴があって、光が当たると黒く変色する性質があるのだ。
21世紀になりデジカメが普及すると、かつてのアナログ写真のことを銀塩写真と呼ぶようになっていたことに、気づいているだろうか。元々そう呼ばれていたのだが、あまりにも一般に普及していたから呼ばれなくなっただけで、デジカメの普及とともに元の名前を取り戻したのだ。
この銀塩というのは塩化銀のことで、かつてのフィルムが、この塩化銀の感光性を利用して作られていたから、そう呼ばれるようになったのだそうだ。初期の写真は銀メッキ板の上に作った感光層に、ピンホールカメラで出来た映像を定着させるという方法を取った。これを発明者ダゲールから取って、ダゲレオタイプと呼んだ。
先の絵描きが風景を写しとったように、カメラ・オブスクラの画像を固定して残そうと言う試みは、かなり古くから考え続けられていた。最初期にはアスファルトが太陽の熱で溶ける現象を利用して、画像を定着させるという試みがされたが、それは露光時間が8時間超もかかるという代物でとても使い物にならなく、普及には至らなかった。
ダゲールは、銀とヨウ素の化合物が、光を当てると変容することに目をつけると、それを利用して風景を固定する方法を編み出した。
彼は鏡面状に磨き上げた銀板にヨウ素の蒸気を当てて表面にヨウ化銀の膜を作り、それをカメラ・オブスクラによって映された像に当てることによって感光、映像を記録した。そのままだと画像は見えないのだが、これに水銀の蒸気を当てると、銀板上に銀水銀合金が形成されて、画像が浮き出てくる。あとはそれを食塩水に漬けて定着するという仕組みだった。
この時得られる画像はポジ画像、いわゆる白黒の反転していない画像であり、そのままで鑑賞することが出来た。また、ダゲレオタイプは初期のものでも露光時間はせいぜい10~20分と短く、十分に撮影に耐えると知れると世界中にその手法が広まっていった。
日本に伝来したのは幕末で、その手法から銀板写真の名前で広まった。大名の島津斉彬は、これを研究するように部下らに命じ、やがてそれが日本中に写真術として広まり、明治時代には各地に写真館が建てられる程になったそうである。
さて、初期にはヨウ素を使い、撮影に10分以上かかったダゲレオタイプだったが、アメリカ人科学者ジョン・ドレイパーは、いかにも化学者らしく、この反応が同じハロゲン元素の塩素や臭素でも起こるのではないか? と気付き、すぐさま改良を始め、塩素を用いることによって撮影速度を劇的に縮めることに成功した。
塩化銀の方が反応が早かったらしく、彼はこれを改良し続け、最終的に露光時間を65秒にまで縮め、数多くの肖像写真を残したそうである。
但馬もこれにあやかって、薄く伸ばした銀板を磨き、塩素蒸気を当ててピンホールカメラで露光した。そして水銀蒸気を当てると……
「おお! 写った写った!!」
すると、まだまだ雑でムラが多く、ぼやけた画像であるがなんとか撮影に成功したのである。
正直、初めての写真はあまり見れたものでは無かったが、それでも恐らく、この世界初の写真を前にして、その場に居た従業員たちは色めきだった。すぐさま二枚目、三枚目と写真撮影を続け、徐々に効率の良い塩素の当て方を身につけていった。
ヨウ素も使えると知ると、海藻を乾留することで手に入れてそれも利用し、そして昼食も取らずに午後になるまで、失敗した銀板を鋳つぶし何度も何度も撮影を行い、それなりの写真が撮れるようになってきたころ……
「ごめんくださ~い! 先生、いらっしゃいますか?」
そんな時、工場にふらりとブリジットがやってきたのである。
彼女は昨日、但馬が別れ際に……うまくすれば、エリックとマイケルの怒りを鎮めることが可能かも知れないからと言って、工場に来るように予め声をかけておいたのだ……
「よく来たよく来た。まあ、ちょっとこっち来て仕事の手伝いをしてくれよ」
「……? お仕事のお手伝いですか?」
何も話を聞いていなかったブリジットと従業員たちは、但馬が何をしようとしているのか分からず首をひねっていた。しかし、
「実は我が社は夏に先駆けて新作の水着を作り、今度売り出すことにしたのだよ。君にはその水着を試着して、その耐久性を確かめてもらいたいのだ」
「水着……ですか?? えーっと……こんなに人がいるところで着替えるのは恥ずかしいんですけど……」
突然、そんなことを言われて、ブリジットは戸惑うばかりだったが、対して但馬のセリフを聞いた従業員たちは全てを瞬時に察するのだった。
「あ、俺達は外出てますから……この一番写真を撮るのが上手い……ゲフンゲフン、トーと言う男だけ、アシスタントに残ることを許してください」「俺達は新作水着に全てを賭けてるんです」「これが成功すれば、きっと歴史に残る偉大な発明間違いなしなんです」「どうか……どうかご協力ください!!」
「は、はあ……そういうことでしたら」
男たちの強烈なプッシュに気圧されながら、ブリジットが承諾すると、男たちは互いに目配せをしあい、取るものも取り敢えず席を外した。押し出されるように工場から追い出されたシモンの親父だけが呆れた顔をしていたが……残った但馬と不良社員はほくそ笑んだ。
「そ、それじゃあブリジットさん。更衣室で着替えたら、こちらの方で色々とポーズを取っていただけますでしょうか?」
「はあ……ちょっと恥ずかしいですけど。先生の頼みならわかりました」
そうして被害者は、少々上気した顔を赤らめて、ハニカミながら快諾するのであった……
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「左団扇じゃああああああぁぁぁぁ~~~~!!!!」
ホテル・グランドヒルズオブリディアの最上階ロイヤルスイートルームに、下品で卑猥な声が木霊した。肥え太った醜い豚のような男が、今、ジャラジャラと音を立てて金貨の風呂の中にダイブした。但馬である。
ブリジットのあられもない姿を収めた銀板写真は売れた……
あまりにも欲しがる者が続出したものだから、気がつけばその一枚が今では金貨数百枚の価値にまで膨れ上がったのだった。
但馬の口八丁手八丁にノセられて正常な判断を失った彼女は、S&H社きっての不良社員によるリビドーの赴くままのカメラワークによって、赤裸々な姿をポートレイトに刻み込んだ。
良く分からないことをやらされたなあ……と思いつつも、但馬の役に立てたと喜んで帰っていったブリジットを尻目に、全社員が見守る中で震える手を抑えつつ現像すると、そこに現れたのは熱い男の情念のこもった空間を精密に切り取りつつも陰影に縁取られたエロスそのものであった。
これが芸術……工場という鉄と埃に塗れた空間に育った男たちは、神により作り出された『美』に打ちのめされ、心のなかが浄化された空気を吸い込んだ時のような清々しい気持ちになることを、生まれて初めて体感するのであった。
男たちの快哉に見送られた但馬が駐屯地のエリックとマイケルに、アートを届けると、彼らは感涙に咽び泣いた。彼らが神の奇跡を目の当たりにした信者のごとく敬虔な祈りを捧げていると、そこへ通りがかった数多くの隊員たちもまたその美しさに天啓を受け、地にひれ伏してその『美』に惜しみない賞賛を送るのだった。
そして瞬く間に駐屯地の隊員(女性除く)に知れ渡った銀板は、男たちの羨望の的となり、やがて美を欲した亡者どもによる争奪戦が始まるのであった。
「金ならいくらでも積む」
物凄い現金を積まれて、それを譲ってくれと迫られた但馬たちは、え? そんなにくれるなら……と思わず言い値で譲りそうになったが、すぐさま、
「いいや、俺はそれ以上出す」
と言う者が現れ、争奪戦が始まってしまい、にっちもさっちもいかなくなった。
欲しがる人が沢山いる手前、あんまり安い値段で売るわけにも行かず、その場のノリと勢いでオークションを開催したら、あっという間にその値段はつり上がって、気がつけば家が買えそうな額にまで達してしまったのだった。
これは商売になるぞと思った但馬は、その日撮影した全ての銀板を放出することを決意。後日改めてオークションを行うと告知し、その場を去った。ところが、この噂がどんどんと独り歩きして、気がつけばリディア中の紳士たちに知れ渡っていたのである。
そして今日……ホテル・グランドヒルズオブリディアにオークション会場を用意した但馬は、そこに集まった仮面の紳士たちによる金に糸目をつけない争奪戦を目の当たりにして、笑いが止まらないでいたのである。
「金貨250枚……250枚です、他にありませんか? ようございますね? ではこちらの商品、金貨250枚で……ハンマープライス! おめでとうございます。作品番号第39番、
『DAISUKI』は、仮面紳士Sさんの手によって落札されました。皆さん、盛大な拍手をお願いします!」
「ぱちぱちぱち……」「おー、何と言う……金貨250枚なんてとても手が出ない」「やはりDAISUKIはA氏の物になったか……」「『まいっちんぐ』に続き『DAISUKI』までも……くっ、悔しいが仕方ない」「それにしても何と言う美しさだ。あれが『美』なのか」「振り返りながら潤んだ瞳で、DAISUKIと言う仕草がたまりませんな……」「うーむ。これこそ、まさにアートですね」
「さあ、ご来場の皆さん、いよいよ今日の目玉商品でございます。御覧ください! 作品番号40番『だっちゅーの』のお披露目です!!」
「わーわー!」「すごい、あれがだっちゅーの!」「だっちゅーの!! 何と言う神々しさだ」「だっちゅーの!!」
仮面紳士たちが、一斉にだっちゅーのと連呼する。
「クックック……あんな下品な脂肪の塊のどこが良いのか知らないが、俺の豪遊生活のために、せいぜい役に立ってくれよ92G。クックック……」
但馬はその様子にほくそ笑みながら、窓辺へとやってくると今度は下界を見下ろすのだった。人がゴミのようだ。そして人々が地べたを這いずりまわる様を、見下しながら高級ーヒーを飲んでいると……
「ガサ入れだああ~~~~!!!!」
そんなとき、突然、階下から悲鳴にも似た叫び声が上がったのだった。
「なにィ!?」
前回の反省から、外の様子に絶えず気を配っていた但馬は焦った。このような非合法な集会、いつ踏み込まれてもおかしくはない。だから近衛隊や憲兵隊がホテルの周りをうろついていないか、自分でもチェックしていたし、雇い入れた護衛たちにも口を酸っぱくして指示していたというのに……
但馬は慌てて窓から外を覗き込んだ。しかし、ホテルの周りにはそれらしき姿はない。
「ぐわあ!」「やられたぁ!」「そ……そんな……」
階下から護衛たちが次々とやられる悲鳴が聞こえてくる。雇い入れた護衛はかなりの数だ。それがやられるなんて、きっと相手は大軍であるに違いない。おかしい、いつの間にこんなに近づかれていたのだ……!?
騒ぎが大きくなると、オークション会場はどよめき始めた。オークショナーが客を誘導し始める。落ち着いて係員の指示に従ってくれと言うのだが、動揺した客達が我先にと会場から外へと逃げ出していった。
「ええいっ! 一体何者だ。俺の金儲けを邪魔しやがって……」
但馬は舌打ちすると、階下の様子を探りに行こうとドアへ向かって歩き出した。しかし、そのドアからほうほうの体のエリックとマイケルが飛び込んできて、但馬を押しとどめるように縋り付いてくるのだった。
「ふ、二人共! どうしたんだ、その傷は、ボロボロじゃないか!?」
部屋に飛び込んできた二人は傷だらけで、もはや歩くのさえ困難な様子だった。彼らは但馬にしがみつきながら、最後の力を振り絞りつつ言った。
「せ、先生……逃げてください!」「もう時間がありません! はやくっ!」
「い、一体何があったんだ! 誰にやられた!?」
「あ……悪魔です……」
二人はガクガクと震えながら言った。
「金髪の悪魔です!」
「金髪の……悪……魔……?」
ガタリ……
その時、ロイヤルスイートに続く唯一の扉に、人の手が差し込まれた。その手が扉をギィ~っと引き開けると……そこには金色の髪を靡かせた、一匹の悪魔が佇んでいたのである。
「あ……悪魔……金髪の、悪魔……」
但馬は思わず独りごちた。まさに悪魔と呼ぶに相応しい、禍々しいオーラを纏った生命体がそこに居た。
すわ!? 地震か? と勘違いしそうなくらい、世界がグラグラと揺れだした。しかし地面が揺れているわけではない。但馬は目の前の悪鬼に気圧されて、自分が全身をガクブルと震わせていることに気がついた。
こ……殺される。
「ま、待ってくれ……つい、出来心だったんだ」
「コー……ホー……」
悪魔はダースベイダーみたいな息を響かせて、ゆっくりと但馬に向かってくる……
「話しあおう、話せばわかるから!」
「コー……ホー……」
しかし、悪魔は但馬の声に耳を貸してはくれなかった。
ジョボボボボ~~~……ジョバジョバジョボボボー……但馬の股間に生暖かいシミが広がっていく。しかし、もはや死を覚悟した彼は絶望に打ちひしがれていて、そんなこと気にもならなかった。
ドンッ……と、背中が壁にぶつかった。
振り返ると背後にはもう窓しか無くて……残された道は2つ、飛び降りるか、斬り殺されるかである。
悪魔はゆっくりと手にした剣を振りかぶった。
その剣はまるで帝国兵のライトセイバーのように光っており……そしてその小柄な悪魔は、ふわふわの金髪を靡かせて、胸に92Gの脂肪の塊をぶら下げていて……そのくせ、ありえないスピードで但馬に擦り寄ったかと思ったら、あっという間にその意識を狩り取ったのであった。





