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玉葱とクラリオン  作者: 水月一人
第二章
41/418

おい、おっぱい

 森の調査で但馬が死にかけていたところ、同じ森にリディア軍の討伐隊も掃討任務で出張ってきていたらしい。危険に対して無防備がすぎる但馬がエリオスにお説教を食らっていると、遠くの方から呼び声がかけられた。


 見ればシモンの幼なじみの二人、エリックとマイケルである。


 但馬が嬉しくなって手を振り返すと、部隊は周囲を警戒しながら但馬たちの元へと真っ直ぐやって来るのだった。


 部隊長らしき男が敬礼する。


「リディア軍、首都防衛軍団、第1112小隊であります! 魔物掃討任務中でありましたが、先生のお姿を拝謁しお声をかけさせていただきました。形式でありますが差し支えなければ、所属と目的を教えていただけませんでしょうか」


 20人は下らない男たちが好奇心を隠さない感じの、物珍しそうな顔で但馬たちを取り囲んだ。但馬はタジタジになりながらも、


「ええっと、軍人じゃないから所属っつわれてもね。俺は街でS&Hって会社をやってる但馬って言うんだけど……つーか、先生?」

「ソープだ……」「本物のソープの人だ」「マジでソープじゃん」「ありがたや~ありがたや~……」


 但馬が名乗ると部隊の隊員たちがにわかに騒がしくなった。誰がソープやねんと思わずツッコミを入れそうになったが、どうやら但馬の知名度はそれなりのものになっていたらしい。拝んでも何も出ないぞ。


 最近は見知らぬ街の住人にまで挨拶されるようになっていたが、その名は軍隊にも轟いているらしい。尤も、先生という呼び名からして、名前だけならねずみ講騒動の時から売れていたわけであるが……


 そんな具合に但馬が反応に戸惑っていると、エリックとマイケルが歩み出てきて訪ねてきた。


「こんなところで何してるんですか? 先生。危ないっすよ」

「だから護衛を連れてるんだけどね。なに、ちょっとした調べ物だよ」

「お久しぶりです、エリオスさん……いくらエリオスさんとは言え、護衛が一人じゃ危ないですって。普通なら俺達みたいに小隊規模でやってくるんですよ」

「ん、まあな。それはさっき痛感したよ。今日はブリジットが居なかったらマジでやばかった」

「ブリジット分隊長? 分隊長がいやがるんすか?」「あいつ、どの面下げて……」


 ブリジットの名前を聞くや否や、まるで親の敵みたいな口調で二人がいきり立ち、周囲を睨みつけた。


 あれ? こいつら分隊長ラブじゃなかったっけ……見たところ、そんな雰囲気ではなく、彼らはブリジットの名前を聞いて大層ご立腹の様子である。何だろ、この反応は? と思ったのはそれだけでなく、


「……ブリジット軍曹いるって」「うそ、どこどこ?」「え? おっぱいいるの?」「おっぱい……」


 ついでに周囲の他の隊員もざわめきだした。


 おい、おっぱい。てめえ、有名人だな……と苦笑しながら振り返ると、


「ブリジットならさっきからそこにいるだろ……って、あれ?」


 さっきからエリオスの影にこそこそと隠れているブリジットを、何やってんだろうと流し目で見ていたはずなのだが……振り返ると既に彼女の姿は見当たらなかった。


 あれ? どこ行ったんだと、辺りをキョロキョロしてみたら、ヒヒーンと馬のいななきが聞こえてきて、


「先生すみません、急用を思い出したのでこれで……」


 と捨て台詞を吐いて、ブリジットが逃げるように去っていった。


 なんだ、あいつは?


「あ! 分隊長! この裏切り者ー!」「帰って来い! 逃げんじゃねえ!」


 逃げ去る彼女の後ろ姿を見つけて、エリックとマイケルが騒ぎ出した。彼らはブリジットを一目散に追っかけて行ったが、流石に馬の足に追いつけるわけもなく、数十メートル先ですっ転んで、悔しそうに地面を叩くのであった。


 一体何があったのやら……?


 護衛が一人減ってしまった格好で、もう森のなかで調べ物なんて雰囲気でもなくなり、エリオスと帰ろうとしたら、せっかく出会ったのだから帰り道は護衛すると言われ、小隊に混ぜてもらうことになった。


 エリックとマイケルに再会した但馬は、懐かしい話に花を咲かせた。


 ヴィクトリア峰での奇襲作戦の失敗で欠員を生じたブリジット率いる分隊は、首都に報告するという名目で早馬を走らせて前線から戻ってきた。その後、死亡した隊員の合同葬が行われることになり、それにシモンの親父と一緒に出席した但馬は、その時彼らと再会していた。


 しかし、その時はまだアナスタシアの身請けも決まっておらず、シモンが死んだばかりで会話が続かず、殆ど挨拶程度で別れてしまっていた。アナスタシアと彼らも幼なじみであるのだから、いつか報告しなければと思っていたので、今回偶然に再会出来たのは僥倖であった。


 勝手なことをして何か言われるかと思ったが、彼らは既にそのことは知っており、純粋にアナスタシアが自由になって良かったと喜んでくれた。シモンのこともあって、それがずっと心残りだったそうである。そう言われて救われた気がした。


 何はともあれ、再会を喜び合うもつかの間、それにしても何故ブリジットは逃げたのだろうかと疑問に思っていると、


「シモンが死んじまって俺ら前線から帰還したじゃないですか……」


 その後、葬儀に出席した彼らは欠員を補充した後に、また前線に戻るはずだったのだが……


 ブリジットとエリオスが別任務(但馬の監視)を行うために駐屯地に留め置かれ、雑用係にされていたらしい。駐屯地の掃除やら細々としたお使いやら、今回のように魔物の掃討任務の手伝いやら、それだけならまだいいが……彼女たちの任務が終わって、欠員補充し、いざ前線に戻ろうとしたら、エリオスが但馬の会社に就職するからと抜けてしまい、戸惑っていると、今度はブリジットまで軍から除隊してしまった。


「え!? あいつ除隊したの?? 聞いてないぞ」


 ちらりとエリオスの顔をのぞき見る。彼も知らなかったらしく、首を振るっていた。


「そうなんすよ。そんで俺ら、分隊自体が解散状態になっちゃって」「欠員補充するつもりが、俺らが補充要員になっちゃって、駐屯地で肩身狭い思いしてるわけです」

「そうだったのか……全然知らなかった」

「分隊長も先生の会社に就職したんじゃなかったんですか?」

「いいや。あいつ軍隊やめたとも言ってなかったし、そんな素振りも無かったよ……でも、そう言えば、なんか最近は暇なのか、やたらと市内で会ってた気がする……」


 偶然を装っているが待ち構えてる感じもしたので、また何かの理由で監視でもされてるのかな? と思っていたが……もしかしたら就職活動中だったのだろうか。公園で独りさびしく弁当を食べている姿を想像してちょっと目頭が熱くなった。


「エリオスさんが抜けて、いいないいなって言ってたから、俺たちてっきり分隊長も先生んとこに行ったんだと思ってました」

「じゃあ、あの人なにやってんだ?」

「さあなぁ……」


 三人で首を捻る。但馬はふと思いついて言った。


「つか、おまえらって徴兵だろ? こんな簡単に抜けられるもんなの? エリオスさんは傭兵だからわかるけど」

「分隊長は志願兵っすから。て言うか、女性は兵役義務ないんですよ。あの人、ヒーラーでしょう? 軍隊にいる女性隊員は、十中八九ヒーラーです」

「あ、そうなんだ」

「まあ……あの人はそっちよりも腕っ節のほう買われてたけど……」


 尋常じゃなく強いなと思ってはいたが、やはり軍隊の中でも稀有らしい。あとおっぱい。


「ま、そんなわけで、分隊長が急にやめちゃったもんだから、俺らいろんな小隊をたらい回しにされてるんすよ」「前線に行くよりはマシだけど、一言くらいあっていいじゃないっすかね」

「ふーん……前線って、やっぱ怖いの? 毎日戦闘とかあるのかしら」


 前線の一歩手前までは行ったことはあるが、実際に布陣を見たり、戦闘が行われてる場面に遭遇したわけでもないので、なんとなく聞いてみた。


「いや、まず戦闘はないですよ。前線って言っても進軍してるわけじゃなくて、陣地構築して守ってるわけですから。弓が届くか届かないかって範囲でうろちょろやってるのが殆どで」


 確か以前、王様に聞いたところによると、平野部など道が開けた場所では数にものを言わせたリディア軍が有利で、山岳や森に囲まれた隘路だと、身体能力に優れたメディア軍の方が有利だった。


 だから向こうは基本的に守勢で隘路に活路を見出す傾向にあり、自分たちから集団戦を仕掛けてくるということは無いのだろう。


「ただ、小規模な戦闘をしかけてきたり、単独で嫌がらせみたいなことやってきたりするんで、気が休まらないんですよね」


 ゲリラ戦術のことだろうか。確かに、1対1なら必ず勝てるという自信があるなら、これが有効だろう。多分、メディア側はいかにリディア軍を釣りだし、はぐれた戦力を狩るか……といった戦闘教練(ドクトリン)を持っているのではないか。


 といったわけで、前線では哨戒任務が一番危険で、いつそのお鉢が回ってくるかと、待っている間が最も嫌なのだとか。


「近くに街もないですし、お陰で休暇が一番憂鬱なんですよ」

「せめて気を紛らわせるものでもあればいんすけどね。酒飲んで愚痴るくらいしか」

「なるほどなあ……」

「中途半端に女性隊員が居るから、下品になりきれないのも辛いです。そのくせ気になって気になって」

「女ってなんでこうエロい臭い垂れ流してるんすかね」

「わかるわかる。オナ禁して1週間位すると、なんかフェロモンみたいの感じるようになってくるよな」

「分隊長なんかね、存在自体がもうね。でもムラムラしても発散する場所がないっすから」

「気を紛らわす道具ねえ……エロ本……は有るわけないか。つか、トランプくらいないの? みんなで遊べるやつ」

「エロ……? トランプ? なんすかそれ?」

「ええーと……トランプってのは、カードゲームのことなんだけどね……こう、絵の書かれた紙切れをみんなに配って……そうか。マジで知らないのか」


 そう言えば、ロクな紙もない世界だった。カードゲームが有るわけがない。


 それじゃ、子供の頃とか何して遊んだの? と訪ねてみたら、基本的に道具を使わないものばかりだった。スポーツを楽しむような風習もなく、本国の貴族がそれらしいことをしてるような、してないような……といった感じでかなり曖昧だった。まあ、13歳で成人だし、学校もないし、そんなものかも知れない。


 以前、子供らが遊んでる場面にも何度か出くわしたことがあったが、壁に落書きしては大人に怒鳴りつけられたり、カエルを薬品で溶かしたりとかなりワイルドだった。現代っ子みたいにゲーム機を持ち寄ってポケモンをやったりはしないのだ。


「それじゃあ、かなり退屈だろうなあ……」


 退屈だけならまだしも、前線だけあって死の恐怖がつきまとう。なんでもそうだが、忙しければ他所事(よそごと)にかまけてる暇もないわけだが、いざ時間が出来るとストレスの多い職場では、嫌なことばかり考えてしまうものだ。


 現実世界の戦場でも、兵士の暇つぶしや心のケアには苦心のあとが伺える。130億ドルもの分担金をぶん取られた上に、誰にも感謝されなかったあの湾岸戦争で、唯一日本の企業が絶賛された出来事があった。どこの企業かと言えば、意外かも知れないが、任天堂である。


 まるでゲームみたいだということでニンテンドーウォーと揶揄された湾岸戦争であったが、実際にその現場で任天堂のゲーム機が活躍してたらしい。兵士たちの暇つぶし用にとゲームボーイを提供したのだが、これがかなりの気休めになったそうだ。


 おまけに、爆撃された建物の中からそのゲームボーイが見つかり、焼けただれたその姿から当然壊れてるものと思われたのだが、スイッチを入れたら何事もなく動き出したという逸話があり、その勇姿は語り草となって兵士を勇気づけたという。その筐体は今でも任天堂ニューヨーク直営店で実物が展示されてるそうである。


 ともあれ、芸能人たちの慰問などからも察する通り、戦場ではみんな娯楽に飢えているわけで……


「可哀想だし、作ってやろうかな……紙もあることだし、なんとかなるだろ」


 但馬は独りごちると、街に帰ってからやることを、あれやこれやと頭のなかで考え始めるのだった。


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