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玉葱とクラリオン  作者: 水月一人
グレートジャーニー(玉葱とクラリオン after story)
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ヨーロッパ遭難編⑯

 但馬が消えてしまってから数日後、彼の捜索のために空飛ぶ杖が必要であるから、原住民たちに貸してくれないかと交渉に向かったリオンは、説得に難航するかと思いきや、思ったよりもあっさりそれをゲットしてきた。


 もちろん杖は原住民にとって命よりも大切なものであるから、最初は渋るどころか話すら聞いてもらえなかったのであるが、しかし、連れない態度を取ってはいても、彼らは彼らで思うところがあったようで、その後、状況が変わるや態度を改め、協力的になってくれたのだ。


 その状況というのは、長年彼らが苦しめられてきたあの巨大ウミヘビのことである。


 世界樹の遺跡が発見されてから暫くして、それまで毎日のようにあった襲撃がぱったりと止んだ。


 防衛のために集まっていた原住民たちは、いきなりの静寂に逆に困惑し、何かの間違いではないかと斥候を海に飛ばして調査してみたところ、近海でいくつも漂流しているウミヘビの死骸を発見したのだ。


 どうやらあのウミヘビは、彼らの全く預かり知らぬところで、勝手に全滅してしまったようなのである。


 それで一体何が起きたのだろうかと、長老たちが集まって話し合ったところ、数日前に世界樹の遺跡の中で消えた但馬のことが話題にのぼった。


 彼と同行した原住民のリーダーが報告したところによれば、消える前の彼は遺跡の中で慣れた手つきで何かの機械を操作しており、その結果、ウミヘビの襲撃が止まったのだろうと言うのである。


 それは本当なのだろうかと、今度はリオンを呼んで追求してみたところ、彼は長たちにウミヘビが異常発生していたメカニズムを解説してから、但馬がそれを食い止めるために行った施策を丁寧に説明した。


 長老たちはそれでもまだ迷っていたが、今度は海からマナが放出される現象が確認され、どうやら彼らが言ってることは本当らしいと結論するしかなくなった。


 こうなってくると、但馬の捜索に協力しないわけにはいかないだろう。本当ならば、彼は数千年ものあいだ誰も知らなかった世界樹の遺跡を発見し、そして十数年間悩まされ続けていたウミヘビの襲来を防いでくれた恩人なのだ。それにもしウミヘビが襲ってこないのであれば、杖を揃えておく必要はない。もう戦わなくていいのだから。


 そんなわけで、但馬を発見したら返還することを条件に、数本の杖を貸与してくれることとなった。因みに借りパク対策で、またあの気の毒な耳長のリーダーが同行する予定である。彼はきっとあの時、船団を見つけなければよかったと思っていることだろう。


「そうか! 杖を借りられたのも助かるが、巨大ウミヘビどもが死んでいたってのも有り難いな」


 戻ってきたリオンから報告を受けたトーは嬉しそうにそう言った。海域からあの怪物がいなくなったのであれば、安心して航海を続けられる。


「グリーンランドまで戻れれば、もっと本格的な修理も可能ですからね。残してきた燃料もあそこにはあります」

「正直、今は辛うじて浮いてるだけだからな、あっちに戻るまで何日掛かることやら」

「まだ怪物も完全にいなくなったかどうかは分かりませんから、もう暫くは様子を見たほうがいいでしょう」

「そうだな。最低でもあと1週間か……出来れば2週間は様子をみたい」

「ちょっと待ってください。それじゃいつ先生を探しに行けるんですか!?」


 トーとリオンが今後の方針について話し合っていると、それを横で聞いていたブリジットが焦れったそうに言った。


「先生が居なくなってから、もう何日も経過してるんですよ。先生に限って命の心配はないでしょうが、お腹をすかしているかも知れません。あと2週間も待てませんよ」


 身を乗り出して気色ばむブリジットを、トーは落ち着けと宥めながら、


「もちろん、そんなことは分かってるよ。今のはあくまで船団の話で、やつの救助にはすぐにでも向かったほうがいい。リオン! 改めて聞くが、杖さえあれば、海を渡ることは可能なんだよな?」

「はい。元々、グライダーは一般の航空機よりも頑丈に作られてますし、耐久性に関しては太鼓判を押しますよ。よほどのことでもない限り、墜落することは無いでしょう。寧ろ、長時間フライトによる人間の疲労のほうが問題になるんじゃないでしょうか」

「だとよ。それじゃ姫さんは救助隊を編成して、野郎の救出に向かってくれ。俺たちは準備が整い次第、あとを追いかけるつもりでいるが、くれぐれも無茶はしてくれるなよ?」


***


 そんなこんなで今すぐにでも飛び出して行きそうなブリジットを隊長に、但馬の救助隊が結成されることとなった。メンバーは目的地に世界樹があることを考慮して博学者のリオンと、生存力の高さを買われてエルフ、それから娘のアンナとその付き添いのハル。そして最後に、気の毒な原住民のリーダーである。


 メンバーが決まると、リオンはまずグライダーを改造し、借りてきた杖をエンジン代わりに使えるようにした。杖だけでも空を飛ぶことは可能だが、やはり長距離を飛行するなら風防の有無が物を言うので、機体は絶対必要である。


 そうして改造グライダーが完成すると、救助隊はまずはグリーンランドを目指した。留守番隊員への状況報告と、食料調達、後に現地で合流する予定の船団と通信出来るよう、無線機を調達するつもりである。


 来る時には一週間近く掛かった航路も、こうして空を飛んでしまえばあっという間だった。グライダーは普通の航空機よりは遅いが、それでも平均時速150キロくらいは出せるので、早朝に出発した一行は夕方にはもう現地に到着していた。


 約10時間のフライトを経てグリーンランドへ到着した一行は、残してきた隊員たちに出迎えられながら、基地のある湾内へと着水した。駆けつけた隊員たちに、船はどうした? と問われた一行が、提督が行方不明となったこと告げると彼らは動揺していたが、意外にもあの巨大ウミヘビに関しては既に承知しているようだった。


 どうやら船団が発った後、島の調査を続けていた隊員の何人かが、あれを目撃していたらしい。しかし、大きさが常識とかけ離れていたため、始めは何かの見間違いだろうと思っていたところ、ほんの数日前その死骸が島に流れついて、みんな度肝を抜かれたそうだ。


 なにはともあれ、報告を終え物資を分けてもらい、その日は基地に留まり、翌朝、改めて目的地に向けて飛び立った。今度は4000キロ近いフライトになるから2日間に分けて飛んでいく予定である。


 基地を飛び立つと、一行はまずカナダとの海峡となるラブラドール海を目指した。自分たち以外に飛行機は存在せず、魔法の動力のお陰で乗員はただ座ってるだけでいいのだが、その座ってるだけがきつかった。いわゆるエコノミー症候群になりかけながら、一時休憩を繰り返しつつ海峡を越えて、夕方を少し過ぎたあたりで、北米大陸へと到着した。


 暗くなりかけている中、慌ててキャンプを張り、焚き火を囲みながら夜営の準備をしていると、夜行性の動物たちが次から次へと現れて、物珍しそうにこちらの様子を窺っていた。やはり、こちらの大陸の動物たちは、人間に対する警戒心が薄い。必要ないから狩りはしないが、もし遭難しても、ここなら誰だって余裕で生存できるだろう。


 因みに、原住民のリーダーに尋ねてみたところ、彼ら北欧の人々は海の向こうに大陸があることを知らなかったようだった。せいぜい神々の伝説に出てくるだけで、そんなものが本当にあるかどうか、探そうとしたことすら無いらしい。


 空を飛ぶ手段があるのだから、とうの昔に誰かが到達していても良さそうなものだが、案外、空を飛べるからこそ、逆にたどり着けなかったのかも知れない。ここに来る道中、狭い座席の上で、それを身を持って知ったような気がする。


***


 翌朝、日の出とともにキャンプを発ち、海岸線をなぞるように南を目指した。目的地まで残り2000キロ近くあったが、それでもこれまでのフライトから計算すると、夜までには到着するはずであった。


 ここへ来るまでの道程はずっと海上も穏やかで風も殆どなく、視界良好の中、緑豊かな自然を見下ろしながら旅は順調に進んでいた。


 しかし、最後の最後で救助隊は悪天候に見舞われた。


 飛び始めてから数時間、そろそろ目的地のマンハッタン島が見えてくるところで、空が急に暗くなりだし、一行は濃い霧に行く手を阻まれてしまった。


 視界不良の中、フライトを続けるのは困難であるから、救助隊は一旦諦め、ちょうど良さそうな湾を見つけて緊急着水することにした。


 そこは在りし日のアメリカであれば、ボストンと呼ばれた街の近くで、ニューヨークはもう目と鼻の先である。


 霧が濃いとはいえ、雲の上に出れば飛行は可能だとブリジットは主張したが、グライダーで高度を出すのは危険だし、第一寒い。あと少しの辛抱だからと彼女のことを宥めすかし、その日はそこで夜営することにした。


 早く天候が回復すればいいのにとお祈りをする彼女の祈りが天に通じたか……


 翌朝には濃霧はすっかり晴れ、きれいな朝焼けと共に穏やかな朝を迎えた。ほっとしつつ朝食を終え、焚き火の後始末をして飛び立った彼らは、そしてその後、驚きの光景を目にすることとなった。


 今にして思い返せば、前夜からおかしな兆候はあった。


 ここに来るまで、大自然の中を進んできた彼らは、いつも何かしら野生動物を目にしてきた。しかし昨夜は、焚き火を囲んでいてもそれを覗きに来る獣はおらず、鳴き声すら聞こえてこない非常に静かな夜であった。それで少々おかしいと思いはしたが、この時は単に、濃い霧が出ているせいだと思っていた。


 しかし翌朝、カラッと晴れても違和感はまだつきまとっていた。野生動物は見当たらず、風は凪いでいてやけに静かだった。それなのにアンナは胸騒ぎがして仕方がなかった。なんとなくだが、どこからか雑踏の中のような、人のざわめきが聞こえてくる気がしてならなかったのである。しかし、耳を澄ませても、特に何も聞こえてくることはなかった。


 だが、どうやらそれは気のせいでは無かったらしい。


 キャンプを片付け、グライダーで飛び立った彼らには、昨日は霧のせいで全く見えなかった海岸線が、どこまでも続いているのが見えた。視界は良好で、霞む地平線の向こう側までくっきりと見え、なんなら今にも目的地が見えてきそうであった。


 実際、ボストンからマンハッタンまで、小一時間もすれば見えてくるはずだった。とはいえ、そこにあるのは無人の荒野と予想していた彼らは……やがて地平線の向こう側から現れた、妙なものを見つけて目を疑った。


 その時、空を飛ぶ彼らの目に、ふいに灰色の何かが飛び込んできた。


 近づくにつれて徐々に輪郭が見えてきたそれは、明らかに人工物のようだった。まさかとは思ったが、そこにあったのは、どう見てもコンクリート造りの巨大なビルだった。


 太陽を反射するほど鏡面仕上げを施されたビルは、一棟、二棟という規模ではなく、次々と他のビルが現れたと思ったら、ついには一つの島を覆い尽くすコンクリートジャングルが目の前に現れたのである。


 ビル群は島を覆い尽くすだけでなく、川の向こう岸にも、なんなら地平線の向こう側まで延々と増殖していた。レムリアのビル群を見たことがあるアンナたちでも、流石にここまでの大都市は見たことがなかった。この世のものとは思えない、大摩天楼がそこにはあった。


 みんな信じられない光景を前に声を発する事もできず、文字通り唖然とする中で、ついに目的地の上空までやって来た彼らは、遠くから見えていたビルの本当の大きさを知って、更にショックを受けた。


 先ほど、レムリアのビル群と比べたが、そこにあるのはそんなちゃちな物では到底及びもしない。レムリアではせいぜい10階を超えれば高層ビルと呼ばれるが、ここには30階を超えるビルがゴロゴロしているのだ。


 なんだったら100階を超えるビルもあちこちにあって、それはもしも見る人が見れば、エンパイアステートビル、クライスラービル、ロックフェラープラザ、そしてワールドトレードセンターと呼ばれる超高層ビル群であった。


 ニューヨーク港に浮かぶリバティ島には自由の女神がそびえ立ち、碁盤の目に整備されたストリートには、膨大な量の車が川の流れのように渋滞を作っている。


 どこかで祭りでも始まるのだろうか? 数万とも、数十万とも思える人々が目的もなく歩道に溢れて、上空を通過するグライダーに向かって何か板状の物を取り出し、パシャパシャとやっている。


 それは現在の地球人類には到底及びもつかない、信じられないような技術で作られた小型カメラ……というかスマホだったのであるが。


 アンナもハルも、ブリジットもリオンも、眼下に広がる町並みと、おびただしい人口に圧倒されて言葉も出ず、ただそれを見ながら通過することしか出来なかった。


 喧騒の中からは様々な音が響いてきて……アンナはその中から、A列車でいこうのメロディが聞こえてくるような、そんな気がしていた。


(ヨーロッパ遭難編・了)

次回、ニューヨーク編は年明けになるんじゃないかなあと思ってます。大分空きますが、またお会いできましたら。ではでは。


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― 新着の感想 ―
まさかのタイムトリップ展開ですか? もう続きが気になって・・・、お早い更新を心待ちにしています!!。
毎回いいところでヒキますね 次回も楽しみにしてます
首を長くして待ってます。
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