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玉葱とクラリオン  作者: 水月一人
グレートジャーニー(玉葱とクラリオン after story)
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ヨーロッパ遭難編⑬

 牛飼いの男は敵意がないことを示すかのように、三人のところまでゆっくり近づいてくると、またメモを見ながら確認するように名前を呼んだ。もはや彼が自分たちの境遇を知っていることは間違いないから、ハルが首を縦に振って肯定すると、彼も同じように頷いて見せてから、腰にぶら下げていた水袋を差し出してきた。


 きっと、遭難して喉が乾いていると思って気を利かせたのだろう。それを見たトーが水を煮沸するのに使った陶器を見せると、彼はおやっとした表情を見せてから器を手に取り、どこか説明的な口調で何かを口走っていたが、如何せん、言葉が違うので何を言っているかが分からなかった。


 そうして言葉が通じない同士が、お互いに伝わらない言葉を発していたら、そのうち男は思い出したように荷物の中から何かを取り出し、こちらに見せてきた。何だろう? と覗き込めば、それは船団が彼に託したメモで、そこには現在、現地の人の協力を得て捜索に当たっているところである。これを見て、自力で帰ってこれるならそうして欲しいが、もし怪我などをしていて無理なら、その旨を目の前にいる人物に伝えて欲しい。船団へはその人が案内してくれると書かれてあった。


 もちろん、自力で帰れるのでその旨をジェスチャーで伝えると、牛飼いの彼は分かったといった感じに頷いてみせてから、少し困ったようにおずおずと周辺で草を食んでいる牛たちを指さした。


 多分、放牧のついでに三人のことを見つけたわけだから、仕事が済むまでちょっと待って欲しいのだろう。意図がなんとなく分かったので頷き返すと、彼はお礼を言うように何かを口走ってから、背負っていた荷物をおろし、水場で水を汲んでから、荷物を三人に預けて、杖を片手に牛たちの方へと歩いていった。


 そうして、モーモーと空に鳴り響く呑気な声を聞きながら、牛の群れをのんびり見守っていたら、小一時間ほどして不思議な現象に遭遇した。


 時が経つにつれ、太陽は徐々に高度を増していったが、それに応じて気温が上がってくると、やがて一面に生い茂っていた草がその葉をぱたりと閉じ、下の砂地がまた姿を表したのだ。多分、これ以上広げていたら、光合成よりも失われる水分のコストの方が大きいのだろう。


 すると若草に集っていた昆虫たちもまた地面の下へと帰っていき、鳥たちが飛び立ち、小動物たちも皆どこかへ消えてしまった。真っ白な砂漠を一晩にして覆い尽くしたあの草原は、ものの数時間の命でしかなかったのだ。


 気温はどんどん上がっていき、照りつける太陽は容赦なく水分を奪っていく。こうなると牛たちも食事をしている場合ではなくなり、名残惜しそうに顔を上げると、特に牛飼いが何をすることもなく整列した。


 牛飼いの男はそれを見てから水場の方へ帰ってくると、さっき汲んでおいた大量の水を牛たちに背負わせ、自分の荷物をまとめてから三人に付いてこいとジェスチャーをした。彼が鈴をシャンシャン鳴らすと、牛の群れがのそのそと動き出し、三人はその最後尾に続いた。


 こうして四人と牛の群れは縦隊になって砂漠を行進し始めた。眼前にはさっきまでの草原が嘘のように枯れ草の荒野が広がっており、また気温が上がると風が出てきて、砂が舞い上がり、枯れ草を覆い、そして砂漠はまた白い砂の大地へと戻ってしまった。


 そんな諸行無常の世界を横目にしながら、照りつける太陽に焼かれて小一時間ほど歩き、何個目かの丘陵を登り終えると、ぱっと視界が開けた先に大海原が迫り、沖合に一隻のボロボロになった鋼船が浮かんでいるのが見えた。砂浜には乗組員たちが上陸しており、物資を集めたり、負傷者の救助に当たったり、忙しそうにしている姿が見える。


 牛飼いの男はそこまで来ると、船を指さしながら身振り手振りを交えて何かを話し始めた。多分、ここまで来たらもう分かるだろうと言っているのだろう。彼は早く牛たちを次の放牧地へ連れていきたいようだ。


 三人は男にお礼を言って別れると、海へ向かって歩き始めた。砂煙にまみれながら丘陵を降りていくと、間もなくその姿を見つけた船団の乗組員が手を振りながら駆け寄ってきた。


「副長! 無事でしたか!!」

「ああ、心配かけたな。お陰さんで、原住民にここまで連れてきてもらえたんだが、あれは但馬の指示だったんだろう? ヤツはどこだ? みんなどうしてる?」


 目的地まで半分ほど行ったところで合流したトーは、駆けつけた乗組員に状況を尋ねた。すると彼は顔を曇らせ、三人が海に投げ出された後の出来事を話してくれた。それによれば、あの後、巨大ウミヘビのせいで随伴の二隻は撃沈し、旗艦も辛うじて大破は免れたものの航行不能の状態に追い込まれてしまった。


 そして途方に暮れていたところ、この大陸の原住民と遭遇し、戦闘になりかけたが、リオンの機転でどうにか回避し、その原住民と唯一意思疎通が出来る彼と一緒に、但馬は現在、原住民の集落へ出向いているところらしかった。


 その後、原住民たちは手伝いを買って出てくれて、空を飛べる彼らのお陰で捜索ははかどり、海に投げ出されてしまった乗組員は殆どが救助されたようである。ただし、戦闘が激しかったので無傷とは行かず、今も行方不明の乗組員が数名いるらしい。トーたちもそのうちの一組だったわけだが、現在、原住民のネットワークを使って広範囲を捜索中とのことだった。


「散々な目に遭ってようやく帰ってこれたと思えば……こっちの方はもっと散々だな。とりあえず状況は分かった。但馬がいないってことは、今は俺が責任者ってことか。後を引き継ぐから、休めるものから順に休んでくれ」


 トーはそう言って、乗組員と共に海岸に設置されたテントの方へと向かっていった。アンナとハルもそれに続いて船団に合流し、負傷者の介護や船の積み荷の上げ下ろし作業などを手伝った。


 航行不能となった旗艦キュリオシティは現在、沖に停泊中であるが、原住民の話では、怪獣はあれ一体だけというわけではなく、近海にまだまだ沢山棲息しているらしく、それじゃ、いつまた襲われるか分からないから船を降りた方がいいと、みんなで急いで積み荷を下ろしている最中のようだった。


 何しろ世界を一周しようと言うのであるから、食料などの物資は潤沢に積んでいたつもりだが、2隻が沈んでしまってはそんなことも言ってられなかった。残った食料だけで、乗組員を食べさせていくとしたら、あと何日くらいもつだろうか。現地調達は必須であるが、見ての通りの砂漠であるから危機的状況であるのは間違いない。おまけに、船も航行不能の上に、謎の怪物まで現れると考えたら、わりと詰んでる状況なのかも知れない。


 それでも乗組員たちが元気に見えるのは、こうして原住民たちのサポートを受けられていることと、リーダーがあの但馬波瑠であったお陰かも知れない。彼らが所属するレムリア艦隊は、本を正せばリディア海軍であり、かの高名な宰相のことを知らぬ者など一人もいないのだ。きっと彼ならなんとかしてくれる。そう思っているからだろうか、遭難している真っ最中なのに、どこか楽観的な雰囲気すら漂っていた。


 しかし、そんな楽観ムードが一変する悪い知らせは、早くもその日の夜に訪れた。原住民の集落へと向かった艦長がようやく戻ってきたかと思えば、彼が乗っているはずのグライダーにその姿はなく、一人だけ帰ってきたアトラスの話によれば、なんとそのリーダーが行った先で消えてしまったと言うのである。


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