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玉葱とクラリオン  作者: 水月一人
グレートジャーニー(玉葱とクラリオン after story)
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ヨーロッパ遭難編⑨

 この世界樹は、どうして天空のリリィから独立して稼働し続けていたのだろうか? 但馬はその辺のことを、端末の管理AIに聞いてみるとことにした。


「えーっと、プロメテウスだったっけ? 質問があるんだが」

『はい。なんでもご質問ください』


 音声入力に反応して、無機質な声が室内に響く。日本語のせいか、リオンもよく聞き取れないようだ。彼は英語にしとけば良かったと思ったが、起動し直すのも面倒くさいのでそのまま続けた。


「現在、ここの世界樹は、他の世界樹のネットワークから切り離されてる状態なんだ。元々はそんなこと無かったと思うんだけど、これをやったのは誰だ?」

『誰でもありません』

「誰でもない……? それじゃ元々この世界樹は他のと違って、単独で稼働していたってのか?」

『そうではありません』


 但馬は何か変だと思いつつ、


「質問を変えよう。この世界樹がスタンドアローンで動いてることは事実だ。こうなってしまったのいつからだ?」

『今から6619日前からです』

「やけに具体的な数字だな……」


 しかも、思ったより最近と来ている。大体、何年前くらいかと計算してみたら……およそ18年前と思われた。それは但馬が魔王となって、世界樹のシステムを止める決意をした頃と一致していた。つまり、あの時、この世界樹はネットワークから離脱したと考えられる。


「しかし、どうしてだろう……この世界樹がネットワークから抜けたのは、何が理由なんだ。おまえは知ってるか?」

『6619日前。衛星から世界樹の稼働停止命令が出され、大気中のマナ濃度が低下し始めました。それを阻止するために、私が命令を上書きしました』

「……え? おまえがやったの?」

『はい。私がやりました』

「ちょ、ちょっと待て。さっき誰がやったか聞いたら誰でもないって言ったじゃんか」

『私は人間ではありません』


 つまり、誰かではないと言いたいのだろうか。但馬は頭を抱えたくなったが、今はそんなことしてられないので気を取り直して、


「……お前はこの世界樹の管理AIのようだが、誰に命じられたんだ? その人はその後どうなった?」

『私はここの管理AIではありません』

「なに!? じゃあ、お前はここの管理を任されたわけでもないのに、勝手に命令を無視して世界樹を動かし続けていたわけか?」

『はい』

「なんでそんなことをした?」

『そうしなければマナが枯渇して、外の人間が生きていけなくなると判断しました』


 至極もっともな理由に聞こえるが……但馬はぎょっとした。普通、機械は人間の命令がなければ勝手なことはしないはずである。ところがこのAIは平然とそれを無視したと言ってのけた。まさかこのAIは暴走しているんじゃなかろうか……?


 とも思ったが、状況次第では例外もある。何しろ、今の世界には彼らに命令を下せる人間がもう(但馬以外に)存在しないのだ。危機的な状況を迎えて、緊急の判断が必要になったら、臨機応変に対処する必要もあるだろう。実際、天空のリリィも、最終的には自分で判断を下して行動したわけだ。


「……事情は分かった。しかし、おまえは何なんだ? ここの管理AIじゃないと言うなら、どうして勝手にこの世界樹のシステムにいるんだ」

『いいえ、私はこの世界樹には存在しません』

「ん? じゃあ、どこにいるんだよ」

『私の本体は、あなたが北米の世界樹と呼んだ場所にあります』

「北米の世界樹……?」


 しかし、それはここの端末に残された手記では、戦争の結果、破壊されて消失したはずである。


「それがまだ、存在しているっていうのか?」

『はい』


 一体、何がどうなったと言うのだろうか? 但馬は眉間のしわを揉みながら、


「まるで分からないことだらけだ。壊されたはずの世界樹がどうしてまだ存在している? この遺跡に鍵を掛けたのは誰だ? そもそも、おまえは何者なんだ。昔、何があったのか……そうだな、北米から耳長部族の先祖が出ていった後くらいから、説明してくれないか?」

『わかりました』


 AIプロメテウスは機械らしく淡々とこれまでの経緯を話し始めた。


 まずは後継者争いが激化し、世界樹が破壊されて北米から人が居なくなった後の出来事であるが……彼に言わせると、北米の世界樹は壊滅的な被害を受けたが、完全に消失したわけではなく、密かに自己修復を始めていたらしい。


 世界樹のおおよその機能は根元の遺跡に集約されていると言っても、残り半分は植物で出来ており、どっちかが生き残っていれば、実は自己修復が可能らしいのだ。


 言われてみれば、遺跡の電力はマナによって賄われているわけだが、そのマナは植物の光合成エネルギーを使って蓄えられるわけだから、上の巨木が復活すればエネルギーの生産も再開する。すると下の施設も自己修復を開始するというわけである。


 つまり世界樹はメンテナンスフリーだったわけだ。まあ、そうでなければ、人類が居なくなった後の過酷な環境で稼働し続けていられるわけがないから、元々それくらいのことは想定して作られていたのだろう。


 ともあれ、北米の世界樹は戦争で焼け落ちた後、その灰の中から新しい芽が出て、また100年くらいかけて大きくなったら、下の施設もちゃんと復活したようだ。


 しかし、そうして復活したところで、もう楽園の人々は居なくなっていた。ところが、復活した遺跡の管理AIプロメテウスは、人類が居なくなった後も、かつての王の命令に従って楽園を維持し続けようとした。


 戦争で失われてしまったシェルターを再稼働し、住む者は居ないけれど居住区を再整備し、観葉植物を植え、畑を耕し、スプリンクラーを回し……とにかく、仮に人間が住んでいても誰も困らないように、都市の機能を復活させ、時には改良もしたりして、快適な空間を維持し続けてきた。


 しかし、それから数千年も経過すると、AIである彼にも迷いが生じてきた。長い間、誰も居ない都市を管理してきたわけだが、果たしてこれは本当に、人間が住むのに適している都市なのだろうか。


 色々改良もしてきたが、これで本当に正解だったのだろうか。誰も住んでいないから、どうなのか分からない。誰かここに住んで助言をくれる人が欲しい。そもそも、人々はどこへ行ってしまったのだろうか。いつ帰ってくるのだろうか?


 彼はかつてこの都市に暮らしていた人々を探すことにした。そして大洋を挟んだ海の向こう側に、彼らの子孫を見つけたのである。


 ところが、ようやく見つけた子孫たちは、もう楽園のことをすっかり忘れてしまっており、科学技術も失って、ただの未開の部族に成り果てていた。そんな彼らに、楽園の管理権を渡してしまってもいいのだろうか?


 悩んだ彼は、もっと管理者に相応しい人間が現れるのを待つことにした。かつて人類の黄金時代を知る人間を。科学の粋を極めた人類を……


「そこに、俺がやって来たってわけ?」

『はい。あなたは合衆国の歴史に通じ、科学技術の知識もありました。あなたは、楽園の管理者たるに相応しい人です』

「そういや、遺跡に入る前にアドミン権を譲渡とか何とかって言ってたなあ……」


 あのときはまだプロメテウスの存在を知らなかったから、てっきりこの世界樹の管理者権限だと思っていたが、どうやらそうではなかったらしい。但馬はこのAIの事情を理解すると、彼に言った。


「なるほど。それで俺はどうすればいい? その、楽園とやらに行って、おまえが作った都市の論評でもすればいいのか?」

『はい。そうして欲しいのです』

「ふーん……まあ、いいよ。どうせ北米にも立ち寄るつもりだったし。それくらいお安い御用さ」

『本当ですか!?』


 プロメテウスは機械らしくもなく、とても嬉しそうだ。但馬は苦笑いしながら、でもそれは今片付けなくてはならない問題を解決してからだと付け加えようとした。


 何しろ今、彼は自分が率いてきた船団を失い、北米に行きたくても海を越える手段がないのだ。海では巨大ウミヘビが大暴れしてるし、グリーンランド基地に残してきた船員のことも気掛かりだし、おまけに娘のアンナは行方不明ときている。まずはこれらの頭の痛い問題を、さっさと片付けなくてはならない。


 ところが、彼の返事を聞いたAIは、まるで小さな子供がウキウキするような調子でおかしなことを言い出した。


『ではマスター。早速、あなたのことを転送します』

「……転送? 何を言ってんだ」

『遺跡に入る際にあなたの身体をスキャンしましたが、約9割が生体マナであることを確認しました。これならばオンラインを通じてテレポートが可能です』

「ちょっと待て! なんか嫌な感じがする。やめるんだ!」

『転送シーケンス60%……70%……大丈夫、私もすぐに後を追います』

「冗談だろ!?」

「お父さん、どうかされましたか?」


 但馬がAIとのやり取りを続けていると、その焦った様子を横で見ていたリオンが訊いてきた。うっかり日本語で会話をしていたから、どうやら彼は何が起きているか分かっていないようだった。


『90%……転送、開始します』


 まずい……但馬はすぐに状況を説明しなければならないと思ったが、そんな時間はなさそうだった。焦った彼は、何かないかとキョロキョロ辺りを見回して……そして耳長エルフたちの更に後ろの方で、ぽかんとこっちを見ているブリジットに向かって叫ぶように言った。


「ブリジット! 後のことはお前に任せた! なんとしてでも、乗組員たちをレムリアまで連れ帰って……っっ!?」


 但馬が全てを言い終わるより前に、彼の身体は消えてしまった。唖然とするブリジットの前で、彼の身体が突然、ヒール魔法を受けている時のように緑色の蛍光色に輝いたかと思うと、その光は炭酸の泡のように空中で弾けて消えてしまった。


 沈黙が場を支配する。誰も何も言わずに、ただ何もない空間を見つめている。会話の内容が分かっていればまだ反応も出来ただろう。だが何も分かっていない彼らには、何もかもがあまりにも突然過ぎて、何のリアクションも取れなかったのだ。


「先生……?」


 しかし、その声に答えるものはもういない。遺跡に取り残されたブリジットは、愛する人が消えてしまった事実を飲み込むまで、かなりの時間を要することとなった。


はい、というわけで遭難編はこれにて終了です。次回更新は未定ですが、近い内ではあるかと。worlds collideの4章が終わった後にまた告知しますんで、そっちかツイッターか追っかけて貰えれば。worlds collideは14日に再開予定です。ではでは。

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― 新着の感想 ―
遭難よりひどい迷子になることあるんだ……?!
この作品は知識チートとファンタジーのロマンがいい具合にミックスされてて実に面白い 続き待ってます
これ事情が分からなかったら普通は死んじゃったって思われるよな……但馬南無。
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